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- ビンテージ・エフェクター特集 Vol.1:MXR Distortion+
MXR Distortion+
オーバーロードした真空管アンプのサウンドをモチーフにした初の歪み系エフェクター
2つしかないコントロールで実に多彩なサウンドを放つ
ギターやアンプと同様に“ビンテージ”と呼ばれ、現在でも多大な支持を集めるエフェクターが存在するのは皆さんご存じだろう。しかし30〜40年前の製品ゆえ、個体の少なさ、コンディションの良し悪し、価格などの面で、欲しくともなかなか手に入れられず、試す機会が少ないのが現実である。それでは実際のところ、ビンテージ・エフェクターはどんなサウンドや特色を持っているのだろうか? それを試奏動画と共に掘り下げていくのがこのコーナーだ。連載第1回は、現代的な歪み系エフェクターのルーツとも言えるMXR Distortion+を取り上げてみた。
Brand History 〜About MXR
1970年代、アメリカに発足したエフェクター・メーカーであるMXR。その後の世界のエフェクターに大いなる影響を与えた老舗ブランドである。もちろん、MXRのエフェクターが世に現れるまでもそれなりに、エレキギターの音色を変化させる道具は存在していた。代表的なところでは、マエストロのファズやダラスアービターのファズフェイス、Jenのクライベイビー等があげられる。では、なぜMXRがその後のエフェクター達に多大な影響を与えたのか?
まず、第一にそのサイズであった。それまでのアタッチメント(エフェクター)と呼ばれていた道具達は、どれも大ぶりの物が主流だった。最近ではあまり見かけなくなったが、銀色に輝く弁当箱くらいのサイズのエフェクターが当時は普通だったのだ。ところが、MXRは一気におよそ1/3程度にまでダウンサイジングしてしまった。ではなぜそれを実現できたかだが、積極的に集積回路の部品を用いたからである。それまでは、1つ1つ組み込まれていたパーツ群をルーチン化した部品を多用したおかげで、一気に基板面積を狭くする事に成功した。高価ではあるが、それらの部品のおかげで筐体はコンパクト化されることになった。
また、それまではシルバーや黒が基調になっていた筐体のカラーもカラフルに色分けする事で見た目も素敵に仕上がったのである。そして世界のギタリストがこぞって使用した事からもわかるように、その多彩なサウンドと高い耐久性は信頼性を呼び、瞬く間に世界に広まった。その血統は現在も色あせる事無く脈々と世界のギタリストを魅了し続けている。
Distortion+ 〜その成り立ち
ギタリストの永遠の課題である"歪み"というサウンドをより進化させる元になったエフェクターはもしかしたらこのDistortion+かもしれない。
そもそもエレキギターという楽器が世に登場した頃は、音が歪んではいけなかったのである。しかし十分なPAシステムも確立していない時代に、より多くのオーディエンスにバンドのサウンドを届けるには、ステージ上のアンプを大音量で演奏するしかなかった。するとどうしてもその出音は歪んでしまうわけだ。しかし当時のプレイヤー達はそのサウンドを"アリ"としてしまった。そこから音楽に"歪み"の歴史がスタートしたのだ。
Distortion+が発表されるまでにも、もちろんファズという歪み系エフェクターは存在したが(厳密にはギターの信号を長くする--サステインをかせぐために開発された)、Distortion+は大型アンプのボリュームを上げ、“歪んでしまった”時のサウンドを再現したのだ。つまりオーバーロードした真空管アンプのサウンドをモチーフにしている。よって、それまでのファズとは全く趣の違うサウンドを出力する。
話しは少し逸れるが、昭和40年代に歌謡曲を聞いていたお父さんたちなら覚えているかもしれない一節。その当時の歌謡曲のエレキのサウンドは耳にキーンと来なかっただろうか?ところが昭和50年代に入るとそのキーンとするギターの音がグッとマイルドになって伸びやかになったはず。丁度その頃MXRのDistortion+が日本にも上陸したのだ。それぐらい劇的に当時の歪みサウンドを変えてしまったのだ。
今回、試奏をしている実機は70年代製造のかなり初期のモデルだ。写真を見てもらうとわかるが(経年劣化でかなり薄くなっている)、筐体に刷り込まれているロゴが、筆記体(スクリプト)になっているのがその見極めポイントとなる。MXRのエフェクター群は生産当初は、このスクリプトロゴのデザインで開始された。しばらくすると、その筐体を飾るブランドロゴはブロック体の表記に変更される事となる。ちなみにMXR社の最初期生産の固体は非常に軽量な筐体が使用されている。これらの生産台数は(複数のモデル込み)たったの数百台と言われている。現在では手に取って現物に触れる事はまず出来ないだろう。
Distortion+ 〜そのメカニズム
画像を見てお気づきかもしれないが、初期生産のDistortion+には、現在のエフェクターにおいてほぼお約束となっているLED(発光ダイオード)が搭載されていない。その理由だが、ONになってりゃ音が違うんだからわかるだろう的な、とてもアメリカンな発想と思われるかもしれないが、サウンドを優先するにあたり搭載しなかったのかもしれない。
これはあくまで推測だが、事実、単純にLEDを回路内に追加すると、ONにした瞬間にLEDに電流が流れ込むため、クリックノイズ(フットスイッチをONにした時にボツッというノイズ)が大きめに発生してしまうし、その性質がダイオードのため、出音もごくわずかだが高域が強めになってしまう。しかし、その後の日本製のエフェクターの台頭で、エフェクターにはLED搭載が標準化してしまう。開発サイドの意見かどうかは定かではないが、そんな中、ブロック体ロゴの時期にLED搭載のモデルがリリースされる。これは、MXR社も日本製のエフェクターを注目していたという表れかもしれない。
それと同時に、それまで電池駆動でしか使用出来なかった所にDCジャックも追加される。但し、しばらくの間は現在見られる筒状のプラグではなく3.5mmのプラグだった。わかりやすく言えば、ヘッドフォンのプラグの形状だ。これは当時のアメリカ基準の電源供給に良く見られたケースなので、そこは本国に照準を合わせたのだろう。
今となってはギタリストにとって常識化している「Distortion」という言葉をエフェクターに使用したのは、おそらくDistortion+が初めてと思われる。それゆえ、Distortion+は「Distortion」と認識されがちだが、実は大別すると「OVERDRIVE」に属する。内部基板の部品を確認すればわかるが、実はゲルマニウムダイオードの正対称クリップで設計されている。これがあの何とも言えない甘く太いサウンドのカギなのだ。
余談だが、DistortionとOVERDRIVEの違いを見極めるには簡単な方法がある。アンプをクリーンにした状態で確認すると識別しやすいのだが、エフェクトをONにした状態で、ギター本体のボリュームを下げた時に、歪みが少なくなって乾いた音になっていくのが”OVERDRIVE”。歪み量はそのままに単純に音量だけが下がっていくのが”Distortion”と覚えておくと良いだろう。
内部基板についてだが、初期生産のモデルは中空搭載されている基盤が絶縁と保護のために薄いスポンジで包まれている。生産当時は予想されていなかったことかもしれないが、経年変化でこのスポンジは崩壊してしまう。電池交換の際に裏ブタを開けたときにボロボロッと崩れ落ちるのだ。当然、メーカーもその事象を確認し対策を施したのであろう、後にIN、OUTジャックを用いて基板が固定される事となり、万一のショートを気にする事なく使用できるようになった。これは、現行のモデルでも継続されている方式である。
一番気になるサウンドだが、先に触れたLEDの搭載や、若干の回路変更により、やや初期の方が高域が良く出る固体が多く見受けられるが、これはサウンドのキーになるゲルマニウムダイオードの部品そのものの違い(ゲルマニウムとは鉄鉱石から生成されるが、近年その精度が向上し部品自体のばらつきが激減している)や、誰がどれくらいの時間どんな使い方をしてきたかで変わる、部品そのものの酸化による個体差かもしれない。
また、エフェクターに使われる「抵抗」という部品はその多くが誤差±5%のものがポピュラーだ。これが意味するのは、例えば100Ωの抵抗は95Ωから105Ωまでが合格基準となる。その基本的な部品でさえ複数(数値的なバラツキ)あるのだから、出荷直後の製品でさえ、厳密には同じ音ではないかもしれない。また、電解コンデンサなどの部品には寿命があり、当時使用されていた電解コンデンサはおよそ2000時間とされていた。毎日2時間の使用を3年間続ければ、“別物”のサウンドに変化する可能性もあるわけだ。
ビンテージ・エフェクターとは、それだけ個体差があるものと考えた方が良いだろう。古いエフェクターのその個体の音が気に入ればそれでいいのだが、もしそこに拘りが無ければ、出来るだけ新しい物を購入する方が、自分の音を作りやすいのかもしれない。
Distortion+ 〜サウンド・インプレッション
サウンドの特色は、ギターの原音をしっかり守りつつ、ツマミを回すごとに歪みの分量が正比例するので非常に設定しやすい。歪み量を増やしても決して耳の痛い高域が出ることはなく、太くマイルドなサウンドが特徴だ。
また、MXRエフェクターの特徴として、OUTPUTの音量が小さ目と言うことが挙げられる。歪み系エフェクターの多くはつまみが12時以下でOFF状態の音量と同じになるモデルが多いが、初期MXRの場合、2時から3時あたりでOFF状態の音量と同じになる設計となっている。
これは、開発当初、歪んでいない状態のアンプに接続する事を前提に設計されていたからだと推測される。その頃の大型チューブアンプはマスターボリュームを搭載しているモデルが少なかったし、現在のモデルとは比べ物にならないくらい歪みが少なかった。現在の様にOVERDRIVEをブースターとして使用する事はおよそ無かったであろうし、ブースター専用機はすでに出回っていたが、歪み具合やOFF状態との音量差をコントロールすることが難しい。
しかしDistortion+を接続した場合は--ブースターとしても使用可能だが--小さめの音量でも十分ドライブさせる事も可能であったのである。つまりアンプの音量を上げすぎなくてもアンサンブル中に適度な歪みを得ることができたのだ。しかも、出力音量が控えめであったからこその利点として、音量や、歪み具合のカーブは絶妙に機能し、2つしかないコントロールで実に多彩なサウンドを放つ。またそのどれもが“使える”音なのだ。音量と歪みのバランスに四苦八苦していた当時のギタリストのハートを掴むのに時間はかからなかっただろう。
是非、試してみて欲しい。アンプを歪ませた状態で市販のOVERDRIVEを接続してみて欲しい。LEVELを上げると歪みの深さは増すが、DRIVEを上げ一定以上に増幅すると、音の輪郭が無くなりハウリングの手助けにしかならない。それと比較すると、現代のアンプと組み合わせてもこのDistortion+はかなり多彩なサウンドメイクが可能だ。現在もリリースされ続ける理由はこれなのかもしれない。
試奏に関して
サウンドの特色を分かりやすくお伝えするため、シングルコイル・ピックアップ、ハムバッキング・ピックアップのギターと、真空管アンプ、トランジスタ・アンプの代表的なモデルを使用した。
●ギター:ストラトキャスター・タイプ、レス・ポール・タイプ
●アンプ:マーシャルJCM2000、ローランドJC-120
動画ではマーシャル編、JC120編のふたつに分け、それぞれストラトタイプ→レス・ポール・タイプと試奏を進めている。