AQUBE MUSIC PRODUCTS
- 2024/11/16
Ibanez EHB SERIES
日本が世界に誇るギター/ベース・ブランド、アイバニーズが、これまでに類を見ないまったく新しいヘッドレス・ベース、“EHB(Ergonomic Headless Bass)”シリーズをリリースした。ベース史を振り返ると、過去にいくつものブランドからヘッドレス・ベースは発売されてきたが、このEHBはこれまでのヘッドレス・ベースの固定概念を覆す、アイバニーズが独自の考え方で生み出した革新的なベースだ。そんなEHBシリーズの実力を元ZAZEN BOYSで現在は多数のアーティストのサポートを手がける、吉田一郎不可触世界とともに検証していきたい。
アイバニーズが満を持して発表したEHBシリーズは、1980〜90年代を知る人には懐かしさを、若い世代には斬新さを訴えかけてくるかもしれない。そのどちらも正しく、また少し足りないというのがEHBシリーズの真髄だろう。
最大の特徴であるヘッドレスというコンセプトをまず振り返れば、アイバニーズは1986年には、Axstarというシリーズを発表し、当時誕生した新たな方法論にいち早く挑んでいる。さらに、EHBシリーズのもうひとつのコンセプトである“人間工学”に基づいたデザインという点では、1992年にスイスの楽器製作家ロルフ・スプラーと共同開発したAffirmaシリーズを皮切りに、1997年のERGODYNEシリーズなどでその方向性を追求。加えて現在では標準ラインナップとして欠かせない多弦モデルも、ローB弦の伝道者としてその道を切り開いてきたアイバニーズらしく、1988年のSR5弦モデルをはじめ、1999年にはBTBでも5弦モデルを展開し、5弦ベースのレギュラー・モデル化を意欲的に努めてきた。
また、EHBシリーズ全モデルに搭載されているプリアンプVari-mid 3バンドEQは1993年から、各弦独立機構を持ったMONORAILブリッジは1997年から改良を重ね続けてきた。それらの蓄積が結実したのが、このEHBシリーズというわけだ。そのうえで“既存デザインあるいはシェイプの単なるヘッドレス化でもありません”と謳うように、多弦の演奏性・ピッチなどの向上を目指したマルチ・スケールの導入(マルチ・スケール自体は、2014年からSRシリーズで34〜35.5インチという設定で採用されている)、ボディのチェンバー加工やピックアップ選定も含めた、パッシヴでも成立するサウンド・デザインなど、現在のニーズを踏まえたうえでのメーカーからの積極的な提案もニュー・モデルたる由縁だ。
奏法や音色の多様化をスポイルしない、弦選択の自由を担保するヘッド&ブリッジの独自機構なども、前述したプリアンプやブリッジと同様、パーツも自社開発するアイバニーズの強みだろう。懐かしくも新しい、未体験のインスピレーションを持ったシリーズだ。
ローステッド・メイプルを使用したタイトなサウンド
本器はアメリカン・バスウッド・ボディに、ローステッド処理されたメイプル&ウォルナットの5ピース・ネック&ローステッド・バーズアイ・メイプル指板という構成で、マットなホワイト・パール・カラーと合わせてポップさと落ち着きを兼ね備えている。
ピックアップはフロント&リアともに、BTBシリーズなどにも搭載されているバルトリーニのパッシヴ・ソープバー・タイプBH2を搭載。特有の中低域の印象が強いサウンドだが、そのウォームさが、パッシヴ時はもちろん、アクティヴ時でもどこかアコースティックな鳴りを生み出す一要因となっている。EQは独自のVari-mid 3バンド&パッシヴ・トーンという構成で、パッシヴ/アクティヴ問わず的確な音作りが実現できる。
ネックは、ナット幅41mmで、19.5mm(1フレット地点)〜21.5mm(12フレット地点)厚、500R指板と、かなり薄めの握り。テクニカルな演奏にも配慮した設計だ。ポジション・マークは4弦寄りに打たれた独自のデザインで指板サイドには蓄光インレイも入れられており、演奏者視点での視認性も確保。シャーラー製S-Lockストラップ・ピン、ノイトリック製ロッキング・ジャックなども標準装備で、十万円台前半のモデルとしては至れり尽くせりのスペックと言える。
【Specifications】
●ボディ:アメリカン・バスウッド●ネック:ローステッド・メイプル/ウォルナット(5ピース)●指板:ローステッド・バーズアイ・メイプル●スケール:34インチ●フレット数:24●ピックアップ:バルトリーニBH2×2●コントロール:ヴォリュー ム、バランサー、トレブル/ベース(2連2軸)、ミドル/ミドル・フリケンシー(2連2軸)、EQバイパス・スイッチ●ペグ:カスタム・ヘッドピース●ブリッジ:MR5HS●カラー:パール・ホワイト・マット●価格:¥139,000
生鳴りが大きくアコベを弾いているよう
“人間工学頭なしベース”という、かなり強気なネーミングですよね。まず特筆すべきは重量で、おそらく3kg台で非常に軽量。ストラップで持っても軽かったです。それは、ヘッドレスであること、ネック材のメイプルに熱処理が施されていること、ボディがチェンバー加工されていることが功を奏しているかと思いますが、生鳴りが大きくアコースティック・ベースを弾いているような感覚も少しありましたね。見た目はモダンですけど、ハイ・テクニカルな演奏だけでなく、基本的にはどんな音楽でもいけると思いました。
レギュラー・スケールの34インチ5弦モデル
【Specifications】
●ボディ:アメリカン・バスウッド●ネック:ローステッド・メイプル/ウォルナット(5ピース)●指板:ローステッド・バーズアイ・メイプル●スケール:34インチ●フレット数:24●ピックアップ:バルトリーニBH2×2●コントロール:ヴォリュー ム、バランサー、トレブル/ベース(2連2軸)、ミドル/ミドル・フリケンシー(2連2軸)、EQバイパス・スイッチ●ペグ:カスタム・ヘッドピース●ブリッジ:MR5HS●カラー:ブラック・フラット●価格:¥145,000
34インチでも充分なローB弦の張力
このモデルは34インチ・スケールですが、ローB弦の張力は充分あって、8ビートのルート弾きなどでもローB弦が負けないで戻ってきてくれます。パッシヴ・トーンも効きが良いですし、アクティヴEQも、ハイはすごくブライトでローはフルにすれば建物が壊れてしまいそうな響きです(笑)。ミドルも、フリケンシーの幅が広いので、かなり細かく設定ができます。アクティヴとパッシヴの差がないですし、パッシヴ寄りの音作りができるので、アクティヴが苦手な私でも、これなら使えそうです。サステインも豊かですね。
ポプラ・バール・トップのジャンルレスなモダン・サウンド
へッドレスに加え、扇状にフレットが打たれたマルチ・スケールが採用された、ルックス上のアイキャッチと機能性を兼ね備えたEHB1505MS。デザインに加え目を引くのが、トロピカル・シーフロア・フラット(TSF)という、まさに南洋の穏やかな海底を思わせるカラーが施されたポプラ・バールのトップだ。バック材はアフリカン・マホガニーで、EHB1000−PWMと比べると中低域の張り出しが強いサウンドが特徴。ネックはやや重量のあるパンガパンガ材とウォルナットによる9ピースで、500Rの指板もパンガパンガ材だ。
ナット幅45mmと一般的な設定だが、独自開発のモノレール・ブリッジはサドルを左右1.5mmまで移動調整が可能。好みの弦間ピッチに設定することができる。(5弦モデルは出荷時に弦間18mm設定、4弦は19mm、6弦は17mm)。ピックアップはノードストランド製カスタム・モデルで、5&4弦と1〜3弦のコイルがスプリットされたハムバッキング・タイプのビッグ・スプリットを搭載。PB的な太さとJB的なタイトさの両立を狙ったモデルと言えるだろう。
5弦側35インチ、1弦側33インチというマルチ・スケールに合わせて、ピックアップもスラント・マウントされており、指弾き時の親指の置きどころには、最初は多少の違和感を感じるかもしれない。本器も蓄光のサイド・ポジション・マーク、シャーラー製ロック・ピン、ノイトリック製ロッキング・ジャックを標準採用。
【Specifications】
●ボディ:ポプラ・バール(トップ)、セレクテッド・ライトウェ イト・アフリカン・マホガニー(バック)●ネック:パンガパンガ/ウォルナット(9ピース)●指板:パンガパンガ●スケール:1弦側33インチ〜5弦側35インチ●フレット数:24●ピックアップ:ノードストランド・カスタム・ビッグ・スプリット×2●コントロール:ヴォリューム、バランサー、トレブル/ベース(2連2軸)、ミドル/ミドル・フリケンシー(2連2軸)、EQバイパス・スイッチ●ペグ:カスタム・ヘッドピース●ブリッジ:MR5HS●カラー:トロピカル・シーフロア・フラット●価格:¥217,000
4弦ベースのごとき輪郭で鳴るローB弦
マルチ・スケールと呼ばれるモデルですが、5弦側を35インチにすることで、4弦ベースのE弦のごとき輪郭でローB弦が出てくれますね。8ビートでガンガンいきたいときも、ローB弦がバヨンバヨンにならないし、世界を変えてくれたという印象です。演奏者側から見れば、それほどフレットがグニャグニャした感じはなく、すぐに慣れると思いますね。ピックアップはノードストランド製で、芯が硬質な印象がありますが、ボディ鳴りが優れていて、どう拾っても大丈夫というところまで持っていけていると思いましたね。
EHBが生まれた経緯、そのコンセプトについて星野楽器株式会社 Ibanez DIVISIONマーチャンダイジング第一部ベース・プロダクト主任の中村真央氏に聞いた。
━━ EHBの開発にはどれくらいの期間を要したのですか?
最初に企画が持ち上がったのは2016年10月頃でした。一番時間を費やしたのは、オリジナルのブリッジとヘッド・ピースで、開発に2年を要しました。これまでとはまったく考え方の異なる製品ということもあり、ヘッド・ピースだけで10種類以上を試作しました。
━━ EHBはアイバニーズのベース・ラインナップのなかでどういった位置付けになるのでしょうか?
もともとは2014年に開始した“Ibanez Bass Workshop“で得たノウハウや知識の集大成的な立ち位置として考えていましたが、開発過程でのスタッフの熱量、そして結果的に高い完成度を実現できたということで、その枠にとどまらない、SRやBTBといった弊社を代表するモデルと肩を並べる位置付けにしようという考えになりました。
━━ 特殊なボディ形状は、製品名にもある“Ergonomic(人間工学)”を考慮した結果でしょうか?
確かにトラディショナルなJB /PBタイプのユーザーから見ると珍しい形状のように思われるかもしれませんが、実は部分ごとにBTBやSRの要素を取り入れていたり、あくまで我々にとっては普通のベースという認識です。そのなかでカッタウェイやコンター、チェンバー加工など、エルゴノミックと言われる要素をふんだんに入れています。我々が実現したい形状とプレイアビリティを融合させた結果、こういったスタイルとなりました。
━━ 全モデルを、まだまだマイナーと言えるヘッドレス仕様とした狙いとは?
これまで世界各国のメーカーからさまざまなヘッドレス・ベースが発売されてきましたが、その製品に敬意も表しながらも“我々の考える最高のヘッドレス・ベース、そして究極のエルゴノミック・ベースを作りたい“という考えのもと開発に乗り出しました。ヘッドレス特有の“ヘッド落ちしない、チューニングしやすい”点もエルゴノミックな要素だと考えています。
━━ “マルチ・スケール”も特徴のひとつですが、あえてパラレル・スケールとの2モデル展開とした狙いとは?
マルチ・スケールもエルゴノミックな要素であると思っていますし、低音弦のテンションを確保するためにも5弦をマルチ・スケールにすることは最優先な考えでした。とはいえ、オーソドックスなプレイを好む方のためにパラレル・スケールもラインナップしました。一般的なマルチ・スケールだと34〜37インチ・スケールが一般的ですが、BTBシリーズで採用している35インチと、先述した“Ibanez Bass Workshop“のBTB845VとBTB846Vで採用している33インチを融合させ、EHBは33〜35インチとしました。
━━ EHBシリーズには1000番台と1500番台があり、それぞれ木材やピックアップなど明確に分けられています。具体的にはどのような差別化を狙いましたか?
サウンドの差別化という要素が一番大きいですが、1000番台はハムバッキング・ピックアップにローステッド・メイプルの指板、カラーもソリッドということで、よりモダンな見た目、サウンドを追求しました。1500番台はシングルコイル・ピックアップでどちらかというとヴィンテージ・ライクなキャラクターなので、より幅広い人に使ってもらいたいという考えを含んでいます。
━━ 驚くべきはこの価格帯です。相当な企業努力があったのでは?
単刀直入に、より多くのプレイヤーに使っていただきたいということで、めちゃめちゃ頑張りました(笑)。確かに開発に時間を要したことで、多大な開発コストはかかっていますが、“自分たちが満足できて、プレイヤーの皆さんに楽しんでもらうこと”が第一だと考えていますので、限界まで価格を下げています。弊社の強みである“全世界に販売網がある”ということも価格を下げられる要因だと思います。
━━ EHBをどういったベーシストに使ってもらいたいですか?
仕様やエルゴノミックな要素から、テクニカルなプレイヤーのみに向けたものという印象を持たれるかもしれません。もちろんそういった方には喜んでいただける前提なのですが、ほかにはないまったく新しい生き物として、ぜひともJB/PBタイプをご使用の方々にも手に取っていただきたいです。
本記事はリットーミュージック刊『ベース・マガジン 2020年8月号』の特集記事を転載したものです。今月号では、特定のバンドにだけ所属するのではなく、さまざまなアーティストのレコーディングやライヴで演奏する“セッションマン"を表紙巻頭にて大特集。そのほか奏法特集では70〜90年代のヒット曲を分析する「歌謡曲特集」、機材特集はプロ・ベーシストの自宅録音環境を紹介する「プロの宅録環境」などなど盛りだくさんの内容ですので、ぜひチェックしてみてください!
吉田一郎不可触世界
よしだいちろうふかしょくせかい●1982年12月14日 生まれ、長野県出身。中学生でベースを手にし、ソウル/ファンクに傾倒したのちにプログレにも大きな影響を受ける。自身がベース・ヴォーカルを務める3ピース・ バンド12939dbを経て、2007年にZAZEN BOYSに加入(2017年12月に脱退)。TK from 凜として時雨、Aimer、坂本真綾など多数のアーティストのサポートも手がけている。2015年2月より“吉田一郎不可触世界”名義でソロ活動を開始し、2015 年に『あぱんだ』、2020年4月に『えぴせし』という2枚のアルバムをリリースしている。