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- 2024/11/16
YAMAHA / YC61
2020年、ヤマハが満を持して発表したステージ・キーボード、YC61。同社の歴代モデルを思わせる“YC”とパネル上に搭載されたドローバーを見て、ついにヤマハがオルガンに着手した!と驚いた人も多いのではないだろうか。しかし本機はオルガン専用ではなく、“ステージ・キーボード”と謳われるようにライブに最適な音色や機能を満載した全方位モデル。今回は、オルガンはもちろん、ピアノ、シンセにも精通するキーボーディスト、YANCYによるデモンストレーションとともにYC61を詳細にレポートしていく。
ヤマハのYC61は、本格的なオルガン・サウンドとオルガンらしい演奏性を究極まで追求した機種である。同社が初期に出していたコンボ・オルガンの名機YCシリーズの名前を冠したところにも力の入れようが分かるというものだ。そして、オルガンとして非常に完成されているだけでなく、ピアノ、エレピ各種、クラビ、シンセ、ブラス、ストリングスなどライブで最も必要とされる音色が用意され、さらにFM音源までも内蔵する。それらの音色とオルガンを同時に使うこともできる、まさに至れり尽くせりのステージ・キーボードである。じっくり試奏してそのサウンドと演奏性を確かめてみたので、ここにレポートしていこう。
ビンテージのトーンホイール・オルガンは、ドローバーの組み合わせ方でハーモニーが繊細に変わったり、音量をペダル操作することによってサウンドのドライブ感が大きく変わる楽器だ。複雑なアナログ回路の1つ1つが生み出すニュアンスの変化が折り重なり、さらに各種ノイズや歪み、リーク音が刻々と移り変わることによって、あの不思議と深みのあるオルガンの音色や唯一無二の演奏が生み出せるのだ。この辺りを徹底的にモデリングして新たに開発されたのがこのVCM(Virtual Circuitry Modeling)オルガン音源である。
弾いてみると非常に表情の変化に富み、オルガンにしか出せないと思っていたニュアンスをすっと出せることに驚き感心してしまった。音色のタイプには、スタンダードなビンテージ・タイプ(H1)、抜けのいいタイプ(H2)、ロックに向いたタイプ(H3)と3種類があり、それぞれ表情豊かないい音を聴かせるが、2種類のドライブ機能で色付けすることにより、さらにオルガンらしいプッシュ感のあるサウンドが得られる。1つはオルガン内部のプリアンプを変更するプリドライブで、クリーンな感じでサウンドを前に引き出してくれる。もう1つは、VCMエフェクトのロータリー・スピーカーのドライブ。こちらはダーティーな歪みを加味できるので、2つのドライブのブレンド具合でさまざまなジャンルに合ったオルガン・サウンドが得られるだろう。また、スピーカー/アンプ部のトーンのツマミで、簡単に抜けのいいシャープなサウンドにも、ロー感たっぷりのビンテージ・ライクなサウンドにも色付け可能だ。
そのロータリー・スピーカーは、ノイズや歪みまでがよく再現されており、外部エフェクターや本物のレスリーを持ち運ぶことは今後なくなりそうなクオリティである。また、スロー/ファストの回転スピードに合わせてLEDが点滅し視認性も良い。回転を停止させるストップ・スイッチも装備され、長押しをすることでローターの位置をリセットすることができる。
ドローバーは1セットだが、アッパー/ロワーの切り替えボタンやオクターブ切り替えボタンが用意されているので、単体でスプリットして弾いていくには十分。ドローバーには7色から選べるLEDが付いており、例えばライブセットに作った音色を保存して呼び出すと、物理的なドローバーはそのままでも、LEDが現在のセッティング状態を表示してくれる。もちろんもう1台のMIDI鍵盤と接続し、2段鍵盤による本格的なオルガン演奏も可能だ。
さてトーンホイールはあるのに、トランジスター・オルガンは? 心配無用、本機ではFM音源を用いて、人気のあるイギリスやイタリアのコンボ・オルガンのサウンドが、オルガン・セクションに3種類用意されている。VCMオルガン音源同様、ドローバーを用いてのサウンド・メイクが可能だ(FM音源は8オペレーターのため、ドローバーは8本使用できる)。さらに、スピーカー・セクションでVCMエフェクトのギター・アンプ・シミュレーターを選び、ドライブのツマミで歪ませて、トレモロをかければ、あの往年のサウンドの完成だ。
本機はオルガンとしても実に力の入ったモデルであるが、それだけではない。Keys(Key A/Key B)セクションには、同社のAWM2音源によるアコースティック・ピアノ、ローズやウーリッツァー、シンセ、ベース、ストリングス、ブラスなど実に多彩な音色を有し、さらにFM音源によるエレピやシンセのサウンドも搭載されている。ピアノやエレピは、先ごろ発売され非常に音が良いと好評なステージ・ピアノCP88/73と同クオリティでとにかく素晴らしい。また実際のFM音源で鳴らすDXエレピやシンセ・サウンドは非常に滑らかかつクリアで、PCMなどで模したFM音源のサウンドとは全く別の次元となっている。
また、Keysセクションで選んだ音色2つとオルガンをなんと同時に使用することも可能となっている。それぞれのセクションに用意されたスプリット・ボタンとオクターブ・ボタンにより、レイヤーやスプリットの操作は簡単。液晶ディスプレイでは各セクションにどのサウンドが選ばれ、鍵盤のどこに配置されているかが一目瞭然で把握できるようになっている。すべての設定はマスターEQを除き、ライブセットに保存できるので、多彩なサウンドをライブのシーンごとに弾き分けられる。ハイクオリティなピアノ、エレピ、シンセ、そしてオルガンをそれぞれ同時発音数も全く気にしなくていいレベルで同時に弾けてしまうなんて、本当に時代は進化しているなぁと強く実感した。
これだけ多彩な音源を持ち、高機能にもかかわらず、本機は前述のCP88/73と同じく、あらゆる操作にライブ中に迷わずアクセスできるインターフェースを徹底している。すべてのセクションにオン/オフのスイッチがあり、オルガン・セクション→Keysセクション→エフェクト・セクション→スピーカー/アンプ・セクション→リバーブ・セクション→マスターEQと、サウンドの流れが左から右に向かっていくのが非常に明確で音作りがしやすい。初めて触った時から迷わず演奏や設定ができるであろう。
Key A/Key Bセクションでは、それぞれエフェクト1と2の2系統がかけられ、用意されたエフェクトの種類も実に多彩だ。また、EGやフィルターもツマミ1つで調整できる。さらにその後段にもう1つエフェクト・セクションがあり、Key A、Key B、もしくはオルガンのうち、どれか1つにエフェクトをかけられるほか、テンポ・ディレイも用意されている。スピーカー/アンプ・セクションでは前述のロータリー・スピーカーやギター・アンプ、ローズのスーツケース・アンプのシミュレーターなどを選ぶことができ、最後尾ではさらにリバーブの調整ができる。例えばKey Aでクラビの音色を選び、歪み系のエフェクト、タッチワウ、さらにディレイをかけて最後にリバーブを調整などということもできてしまう。本体さえあればアンプもエフェクターも何も必要なしという有り難さである。
YC61は、61鍵セミウェイテッド・ウォーターフォール鍵盤を装備。非常にコンパクトで軽いが重量なんと7.1kg、ステージ・キーボードとしてのポテンシャルは計り知れない。気軽に背負って行って、単体でギグやレコーディングに使うのもスタイリッシュだと思うし、88鍵のピアノの上に置いて、オルガンやシンセやパッドを曲の中で弾き分けるも良し。ついにオルガンも軽くなり、しかもレスリー・スピーカーや外部のシミュレーターがなくても大丈夫という時代に突入したというのは本当に感慨深い。キーボーディストは車が必須と言われ続けてきたが、そんな話も過去のものになっていくのであろう。とにかくこのリトル・ジャイアントを早くステージに載せてみたい。
本記事は、リットーミュージック刊『キーボード・マガジン 2020年4月号 SPRING』の記事を一部転載したものです。誌面では、ここでは紹介できなかった製品プロデューサーや開発陣のインタビューを4ページに渡り掲載しています。YC61開発の裏側のストーリーや、VCMオルガン誕生秘話など、本機の魅力を深く掘り下げる内容となっていますので、ぜひ手にとってご覧ください!
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YANCY
ドクター・ジョンやオル・ダラのフロント・アクトを務め、オーティス・ラッシュやバディ・ガイと共演するなど、ルーツ・ミュージックのフィールドでの活動とポップス・シーンを自在にまたぐ存在。さまざまなアーティストのレコーディングやライブ・サポートに幅広く参加。またアレンジャーやサウンド・プロデューサーとしても評価されておりレコーディング作品やCM作品も多数。近年は福原美穂や加藤登紀子の作品を手がけている。