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- 2024/11/16
TASCAM / Series 8P Dyna
TASCAMから発売された8chマイクプリ、Series 8P Dyna。そのモデル名が示す通り、Series 102I、Series 208Iなどのオーディオ・インターフェースとの併用を前提として、S/MUX対応のADAT出力を備えたモデルだ。一方で、TRSフォーンやD-Sub 25ピンでのアナログ出力端子も搭載。さらに各チャンネルにワンノブ・コンプも実装するなど、プロの現場まで見据えた仕様となっており、そのクオリティにも俄然注目したくなるところだ。ここでは開発エンジニアへのインタビューと、スタジオでの試用レポートで、そのポテンシャルの高さを明らかにしていく。
■オープン・プライス(市場予想価格:69,800円前後)
Series 102I/208Iには、TASCAMオーディオ・インターフェースで定評あるUltra-HDDA(High Definition Discrete Architecture)マイクプリが採用されている。しかし、Series 8P Dynaはそれを凌ぐHDIA(High Definition Instrumentation Architecture)を搭載したモデルだ。このプリアンプ部のみならず、Series 8P Dynaに込められたTASCAMの技術と努力を、開発チームを代表して松本剛知氏に語っていただいた。
“Series”と銘打たれているように、Series 8P DynaはSeries 102I/208Iのマイク入力拡張用として構想された。
「しかし、単なる拡張用機器としてではなく、製品マイクプリ機としての魅力を作り出したい。結果的に、それがSeries 8P Dynaの完成度を高めることになりました」
そこでTASCAMが考えたのが、HDIAを採用することだ。後ろの2文字=“IA”が示すインストルメンテーション・アーキテクチャーでは、初段に2つ、次段に1つのオペアンプを使用。バランス入力となる初段で同相信号除去比(CMRR)が大きく取れるため、ノイズの低減が期待できる。
「計測器用のアンプとして昔から使われている技法です。オペアンプの使用個数が増える分、ノイズの増加もあり得ますが、現在は低ノイズのオペアンプもあり、全体として低ノイズ化できます。コストは増えますが、この方式を採用しました」
HDIAを採用した機種として、2014年発売のプレミアム2chオーディオ・インターフェース、UH-7000があった(現在は生産完了)。Series 8P Dynaのマイクプリも基本的な構造はこれと同じだが、多チャンネルに伴う小型化、基板パターンの最適化、そして最新パーツの採用など、開発に当たっては新しい技術を多数盛り込んでいるという。
「ADコンバーター・チップも最新のものになりましたし、電源やコンデンサーなどはより新しく、性能の優れたものが搭載できました。低ノイズのオペアンプを採用したのに加え、それに使う電源も低ノイズ化を図り、全体的に低ノイズを実現しています。また大出力時には電力が急激に使われてしまうので、大型コンデンサーで電力の安定化を図り、音質の劣化を起こさないようにもしています。温度管理や電圧に関しても余裕を持った部品を使って、まとめ上げました」
これらのエピソードは、実は第一段階のもの。そうした土台の上に、さらに音質と使い勝手を追求するステージに進む。
「社内外での試聴を経て、別のオペアンプを試したりしました。例えばオペアンプを変えると、キャラクターは良くなってもどこかの特性が下がることがあります。だとしたら、設計面でその特性をフォローする。そのせめぎ合いでしたね。スペックとキャラクターの両立が目標でした。同様に、トゥルー・バイパス仕様のワンノブ・コンプもさまざまなソースに対してどのようなカーブ特性にすべきかを絞り込みました」
もう一点、このクラスでワード・クロック入出力を搭載しているのもSeries 8P Dynaの特徴だろう。
「弊社のPLL回路はもともと特性の良いものでしたが、そこで満足せず、細部を煮詰めてより高精度なものに仕上げました。結果として弊社製品の中でもかなりレベルの高いPLL回路となり、クロック・マスターとしても十分使っていただけますし、良質な外部クロックにもきちんと追従します」
オーディオ・インターフェースの拡張用マイクプリとしてはもちろん、アナログ出力も備え、多用途に使えるプロ向けの一台に仕上がったSeries 8P Dyna。松本氏は最後にこんなエピソードを披露してくれた。
「最終試作で、2種類のオペアンプのテストをしました。外部のレコーディング・エンジニアに意見を伺ったのですが、“どちらにしても良いものができたよね”という言葉をいただき、ホッとしましたね。我々開発エンジニアだけではなく、営業スタッフとも意見をすり合わせ、このサイズと価格にまとめ上げられたと思います」
Series 8P Dynaの音質と性能を見極めるべく、いろはスタジオの林田涼太氏にテストを依頼。ラスティック・バンド、OLEDICKFOGGYの大川順堂(ds)にも参加してもらい、ドラムに新旧さまざまなタイプのマイクを立ててレコーディングを行った。その結果を踏まえて、林田氏にSeries 8P Dynaの印象を語っていただいた。
──林田さんのお仕事で、こうした8chマイクプリを使いたいと思うケースはありますか?
林田 あります。スタジオでもマイク入力チャンネル数が不足してしまうこともあるので、特性のそろった追加マイクプリとして。もう一つは、ライブ録音時に持ち出せる多チャンネルのマイクプリとして。案外、1Uくらいで持ち出せる良い8chマイクプリって少ないんです。決め手が無い中でSeries 8P Dynaが出てきてくれたのは、選択肢が増えていいと思います。
──いろはスタジオ常設のマイクプリとは異なる、8ch分がそろった選択肢ということですよね?
林田 はい。価格が手ごろだけど音がいまいちだとか、すごく良いけれど高価だとか、そういう製品はこれまでもありました。Series 8P Dynaは、すごく使いやすい音。聴いた瞬間に、良いマイクプリだなと思いました。低価格のマイクプリでは、第一印象は奇麗でも太さが無いようなものが多いんですが、Series 8P Dynaはブーミーにならずにローエンドがちゃんと出ている。今回、いろいろなマイクを使ってみるという趣旨で、スネア用には普段立てないSENNHEISER MD421-U5という古いマイクを選んでみたのですが、そこにかぶっている低域の再現力までも高かったですね。ドラムで試してみましたが、何にでも使えそうですし、それぞれのマイクのキャラクターも出ていると思いました。
──ビンテージ・マイクでも問題は無い?
林田 マイクプリは高級モデルであっても、どうしてもゲインを上げるとノイズが上がることも多いし、コンプを入れたらさらにノイズが増えます。でもSeries 8P Dynaは全く大丈夫でした。ゲインが低いリボン・マイクも全く問題無いし、コンデンサーもダイナミック・マイクも関係なく使える。すごく静かなマイクプリです。価格は10万円くらいかなと思っていましたが、1ch=1万円を切っていて、コンプとADコンバーターも入っているのには驚きます。
──ワンノブ・コンプはいかがですか?
林田 今回は、ゲインをそろえて、コンプをかけていくだけでまとまりましたね。ここからどういう方向に持っていくかは音楽性やミックス次第ですが、マイクプリも素直ですから、応用は効きやすいと思います。コンプ自体もすごくナチュラル。カーブもちょうど良い設定で、しっかりかかるんだけど、アタック/リリースがすごくつぶれて破たんするようなこともない。それが良いですね。8ch分のレベル・メーターに加えて、コンプのオン/オフ表示が付いているのも便利です。
──シンプルでも考え尽くされた設計のようですね。
林田 ライブ録音用としても、コンプをかけておきたいケースは多いので、重宝します。ノブを回していくと音量を変えずにコンプのかかり方の強さだけ調整できます。これだったらライブ録音時に必要なチャンネル全部をSeries 8P Dynaで録ってもいいなと思いましたね。
──テスト中にクロック・ジェネレーターCG-1000も併用してみましたが、これについては?
林田 高級クロックは、奇麗になっても味気なく感じるものが多いのですが、CG-1000を使うとトップ・エンドが奇麗に出るだけではなく、ローエンドの輪郭もはっきりしてきます。クラシック系だけでなく、ロックでも使いたい音になりました。これを使うと元に戻れない(笑)。その意味では、CG-1000とのコンビネーションも、Series 8P Dynaにワード・クロック入力があるからこそできることですよね。
──S/MUX対応のADAT出力やTRSフォーンのアナログ出力だけでなく、D-Sub 25ピンのアナログ出力がある点から見ても、プロ仕様と言えますね。
林田 アマチュアの人がよくやるようなリハスタでのドラム録りはもちろん、小規模スタジオのマイクプリ、ライブ録音……何にでも使えます。“ビンテージ・マイクプリのような強い個性は不要だけれどもちゃんとした音で録っておきたい”という場面は、結構多いんですよ。そういうシーンは、昔からTASCAMが得意としているところだと思います。
──しかも1Uサイズにこれだけの機能を収めています。
林田 7万円前後の機材の音とは思えないし、10年前では絶対考えられないです。プロのエンジニアも、最近は低価格の機材が良くなってきたことは知っていて、良いものがあるなら試してみたいと思っています。プロとアマチュアの機材差は、昔ほどは無い時代になりましたね。
本記事はリットーミュージック刊『サウンド&レコーディング・マガジン 2020年1月号』の記事を転載したものです。本号の巻頭特集は、毎年1月号恒例のプライベート・スタジオ特集。100ページを超えるボリュームで気鋭からベテランまで、17組の注目クリエイターたちのプライベート・スタジオを公開しています。
【登場クリエイター/エンジニア】
大塚 愛 / エイドリアン・シャーウッド / mabanua / AAAMYYY / Okada Takuro / machìna / Chaki Zulu / starRo / DJ PMX / クボナオキ / 畑亜貴 / 桑原聖(Arte Refact) / 毛蟹 / Nao(アリス九號.) / yuya(Develop One's Faculties) / 森元浩二. / フローティング・ポインツ
林田涼太
いろはスタジオの代表を務めるレコーディング・エンジニア。清春、J、Boris、OLEDICK FOGGYなどの作品に携わる。9dwのサポート・メンバーとしても活躍してきた。