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- 2024/11/16
パッド・コントローラー
クラブ・ミュージック・カルチャーからの視点で音楽制作ツールを語る#_SUPERCOMBO_ の機材夜話。今回のテーマは正方形のゴム・パッドを縦4×横4に並べた入力用デバイス「16パッド」。その歴史はAKAI MPCシリーズから始まり、現在はさまざまな電子楽器に採用されるようになりました。MEEBEE a.k.a KAZUHIRO ABOとDJ 1,2からどんな話が飛び出すのでしょうか?
MEEBEE a.k.a KAZUHIRO ABO(以下、ABO)── 今回は、DJやビート・メイカーに身近なデバイス「16パッド」について話していこう。
DJ 1,2(以下、1,2)── 16パッドといえば何と言ってもAKAI MPCシリーズ! 今日のさまざまな電子楽器のデザインに影響を与えたよね。
ABO ── MPCシリーズはそれだけで連載ができてしまうぐらい多く語れるから、今回はパッドだけに絞ろうか。
1,2 ── MPCのパッドに関しては一部の機種を除き、基本的なデザインに大きな変更がみられず、初代MPC、MPC60でほとんど完成していたとも言える。
ABO ── パッドの質感に関してはMPC3000が最高だという人もいれば、MPC2000XLが好きだという人もいて、多少個人差があるけどね。
1,2 ── MPCは、外部からサンプリングした音をガシガシ演奏できたのが革命だったと思う。E-MU SP1200のようにサンプラーが付いたリズム・マシンもあったけど、プラスチック製のボタンだったからMPCのようにたたくことは難しい。あとMPCのパッドの形や大きさも秀逸だったと思う。パッドの角が丸かったりすると、面積が思った以上に小さくてたたきづらいんだよ。
ABO ── 確かにそれは言えてる。だからMPCはドラムの代用品を超えた「サンプリング打楽器」になったんだと思う。
1,2 ── あと便利なのが、すべてのパッドのベロシティを最大にできる「FULL LEVEL」ボタン。SP-404の回にも話したけど、音量違いの同じサンプルを別のパッドに割り当てておけば、ベロシティで強弱をつけることなく音に抑揚をつけられる。こういうベロシティを固定する時にもFULL LEVELが使えるわけ。電子楽器ってこういう演奏能力の差をフラット化して、さまざまな人に門戸を広げたよなぁ。
ABO ── 音楽制作環境がDAWが中心になってからは、AKAI MPD16を筆頭にほかのメーカーからも16パッドのMIDIコントローラーがたくさん出たね。初期はM-AUDIO Trigger FingerやKORG padKONTROLが有名だった。padKONTROLはパッドの感度が良いということでフィンガー・ドラマーの第一人者、HIFANAのKEIZOmachine!さんも愛用してた時期がある。
1,2 ── 最近はNATIVE INSTRUMENTS Maschineをサブ・コントローラーにしてDJソフトと組み合わせて使うターンテーブリストも多い。このパッドもMPCを踏襲しているね。
ABO ── タイプは違うけど、Roland TR-8Sにも入力用にMPCスタイルのゴム・パッドが1個だけついてる。開発者が“この形と質感が一番たたきやすい”って分かって設計している感じがして僕はとても好き。そう言えば、RolandにはMV-8000、MV-8800っていうパッド型ワークステーションもあったね。
1,2 ── 16パッドが、4x4の格子状に並んでいるっていうのも重要だよね。理由の1つ目は単純にたたきやすいということ。MPC3000までは各パッドにドラムの名称が印刷されていて、キックはここ、スネアはここ、ハットここ……と印刷された通りに音をアサインしてたたくと理にかなっている。この配列で演奏するとフィンガー・ドラマーの基準的な運指になるんだよね。理由の2つ目は、鍵盤的な作曲方法から離れやすいということ。
ABO ── そう! パッドが鍵盤配列になっていると、どうしても鍵盤的なメロディ・ラインを追ってしまって、ヒップホップ的なミラクルが生まれづらい気がするんだよね。
1,2 ── うん。16パッドだと、左右だけでなく上下のパッドも意識するから、音高にランダムなジャンプが生まれる。
ABO ── 分かる。何も考えずに「とりあえず1個飛ばしで押してみよう」、「左縦列から順番に押してみようと」、「今度は対角線に押してみよう」といった具合に、図形的なアプローチで音楽に触れられる気がする。そもそもアサインされてるサンプルがフレーズをチョップしたものだったりするから、楽典的にあれこれ気にするのもナンセンスだしね。
1,2 ── 16パッドはグラフィカルな発想でフレーズを生成するっていう高度なことを自然にやらせてくれる、奇跡のようなインターフェースなんだよね。
ABO ── “16”っていう数がまた良いよ。16は、音楽をやってると体に刷り込まれてくる魔法の数字(笑)。
1,2 ── 元の小節数によっても異なるけど、フレーズを16分割して並べていくとパッド1個あたりのサンプルが1拍とか1/2拍とか“ちょうどの幅”になりやすい。何も考えずに並べても、ちゃんと“使える”結果が出やすかったってのは、ヒップホップのビート・メイクにとってかなり大きな影響を与えていると思う。
ABO ── 16パッドの世界観をさらに拡張したのが、DAWソフトAbleton Liveの専用コントローラーのAbleton PushやNovation LaunchPadだったりするのかも。Ableton Live内のデバイスDrumRackを立ち上げて16パッドを出現させられるから。
1,2 ── 16といえば、TR-REC(Roland TR-シリーズに採用されたリズム・プログラミングの手法)のような16ステップ・シーケンサーにも16パッドを活用できるわけだよね。
ABO ── そうだね。それを実現したNATIVE INSTRUMENTS Maschineは、当時のMPCシリーズになかったステップ・シーケンサーを搭載してるんだけど、ノート入力のON/OFFをパッドのイルミネーションで可視化させた。これは16パッドの発展に大きく貢献したんじゃないかな。
1,2 ── ステップ・シーケンサーはMPC RENAISSANCEとMPC Studio以降、本家AKAI MPCにも取り入れられたね。
ABO ── ちなみにMPCの中で、この2機種とMPC Touchは、“MPCソフトウェア+専用コントローラー”という仕様。これ以降はまたスタンドアロン・タイプに戻ってMPC Live、MPC Xが発売されたんだけど、MPCソフトウェアがそのままハードに積まれているから、従来のMPCとは比べものにならないぐらいの高いポテンシャルになった。
1,2 ── あっ、16パッドを進化させたマシンとして忘れちゃいけないのが、Pioneer DJから発売されたマルチトラック・シーケンサーTORAIZ SQUID!
ABO ── そうそう! さっき話に上がった“グラフィカルな発想でフレーズを生成する”という手法を、シーケンサーで体現できるマシン。打ち込んだノートの再生方法を視覚的を変化させることで、新しいフレーズを複数生み出すことができる。
1,2 ── ジグザグやリバースとか48種類も用意されていて、シーケンス・パターンの再生速度も変えられるんでしょ? これさえあれば音楽の知識がないことが強みになる音楽制作ができるかもしれない。
1,2 ── こういったビート・メイク・テクノロジーの進歩はDJにも及んでいる。DJブースで16パッドを見かける機会も多くなった。
ABO ── Pioneer DJからは16パッドを搭載したサンプラーTORAIZ SP-16とDJS-1000、そして16パッドが2つ並んだDJコントローラーDDJ-XP2が出ているね。
1,2 ── MPCには1つのサンプルを半音ずつ音高を変えてパッドで演奏できる「16Levels」という機能があるんだけど、これと同じ機能がDJソフトのSerato DJやRekordbox DJにも導入された。それにパッドを使ったルーパーやスライサーも、1つのサンプルを「ダダダダ」って連打できるMPCのNote Repeatがあってこそ生まれたんじゃないかな。コンピューターを使ったDJプレイは、突き詰めるとリアルタイム・ビート・メイクに近くなっていってるかもしれないね。
ABO ── 最近は、DJソフトのMIDIマッピングを工夫してコントローラーを面白く使うDJも増えてきたし、16パッドの使い方が再び更新されそうな気配があるね。音符だけでは表現しづらい音楽表現を競ってる感じなのかも。A-TRAKが主催するDJバトルのGoldie Awardsのビート・バトル部門では、フィンガー・ドラミングもターンテーブリズムも打ち込みも全部入りでパフォーマンスしている。すでにビート・メイクとDJの境目があいまいになっている印象を受けたよ。
1,2 ── 既存のやり方以外でどう音楽をやるかっていう挑戦だね。この分野を切り開いた先駆者はDJ Shadowだね。ターンテーブリストでありビート・メイカーである彼が、16パッドとターンテーブルというシンプルなインターフェースを突き詰めた結果、デビュー・アルバム『エンドトロデューシング』というDJアートの金字塔的な作品を作り出したことは、いつ思い出しても背筋が伸びるね。
ABO ── それとMPCが日本で一般レベルにまで広まったのは、やっぱりKREVAさんの影響は大きいと思う。最近のライブでは、MPCに限らず、最新の機材をどんな風に使っているか分かりやすくパフォーマンスしてくれている。
1,2 ── 楽器店の話によると、KREVAさんのライブで楽曲制作に興味を持って来店するお客さんも多いらしいよ。
ABO ── 16パッドは、従来の音楽理論や器楽演奏能力とはまた違った角度から音楽と触れ合える、素晴らしいインターフェースだと思う。小中学校の音楽の授業とかでもそろそろ16パッドを扱ってみてもいいと思うし、そういう子供に向けた16パッドのワークショップとかやってみたいね。
MEEBEE a.k.a KAZUHIRO ABO( #_SUPERCOMBO_ )
1984年生まれ。1998年より地元でDJ/トラックメイカーとしての活動をスタートし、2002年に上京。さまざまなアートに触れる日々を送りつつ、活動を本格化させる。2008年から新木場ageHaで約2年間に渡って開催されていたパーティ「Cloudland」では毎月2,3時間のロング・セットを行なうレギュラーDJを務めたことで、シーンに独特な存在感を示す。サウンド・クリエイターとしてもダンス・トラックのみならず、美術作品のための音響製作や、パフォーマンス・ガールズ・ユニット「9nine」のライブ音源制作、ファッション・ショーや映像作品のための音楽/音響制作、ゲーム音楽やアニメ劇伴なども手がける。
DJ1,2( #_SUPERCOMBO_ )
日本を代表するターンテーブリスト。ヒップホップ・カルチャーの根付く街、青森県三沢市にて、14歳から独学でDJを始める。その後DMCを始めとする多数のDJバトルに出場し、華やかな戦歴を残す。2003年には19歳という若さで、世界3大DJ大会の1つのITF Japan finalにて優勝。日本代表としてドイツ・ミュンヘンにて行なわれた同大会の世界大会に出場する。その確かなスキルは、玉置浩二、Def Tech、MIYAVIなど、多数の著名アーティストから絶大な信頼を得て、ツアーDJとして選び抜かれる。近年ではNHKへの出演や楽曲提供、海外でのイベント出演等、ターンテーブリストとしての活躍の場をさらに広げている。まさにオールラウンド・プレイヤー。