AQUBE MUSIC PRODUCTS
- 2024/11/16
Sony / PCM-D10
ソニーから音楽作品のハイレゾ録音を意識した製品が発売され、注目を集めている。それらを使用する第一線のプロにインプレッションを語ってもらうのが本連載だ。今回は、舞台や映画、インスタレーションなどさまざまな媒体で活躍する音楽家=原 摩利彦が登場。これまでに数台のハンディ・レコーダーを使ってきたが、最近出会ったソニーのPCM-D10が目下お気に入りだ。
最高24ビット/192kHz WAVのリニアPCM録音&再生に対応するレコーダー。外形寸法は約80.2(W)× 197.6(H)× 37.4(D)mm、重量は約480g(単3アルカリ電池×4を含む)のハンディ・タイプで、本体に単一指向性コンデンサー・マイクをペアで搭載。ズーム/ワイド/XYの3種類のマイキングが行える。また、XLR/TRSフォーン・コンボのオーディオ・イン×2やファンタム電源を備えるため、ミキサーやシンセサイザー、エレキ・ギターなどのライン入力や外部コンデンサー・マイクの入力も可能だ。アナログ/デジタル回路にはいずれも高性能な部品を採用し、基板レイアウトを最適化することで低ノイズと高音質を実現。3,300Μfの大容量コンデンサー×2により、電源供給の安定化を図っているのも魅力だ。そのほかBluetoothを使っての音源再生や、スマートフォン(Android/iOS)に専用アプリRec Remoteをインストールしてのリモート・コントロールも可能。付属品として、Mac/Windowsにファイルをコピーする際に使用するUSBケーブル、ウィンド・スクリーンやキャリング・ポーチなどが同梱されている。
「ハンディ・レコーダーの用途と言えばフィールド・レコーディングにスポットが当たりがちですが、僕はほかにもいろいろな使い方をしているんです」と話す原。近ごろ夢中なのは本体のXLR/TRSフォーン・コンボ端子を使ったライン録音だそうで、取材時にはMOOGのアナログ・シンセサイザーとstrymonのリバーブが直列で接続されていた。
「DAWに録音する方が、録ったそばからプラグイン・エフェクトをかけられたりして便利なのですが、気分的にコンピューターを立ち上げたくないときがあって。ピアノを弾いたり譜面を書いたりする以外はずっとディスプレイを見ているので、曲作りが編集作業のように思えてくるというか、両者の境目が薄れている気がするんです。そこでPCM-D10に楽器をつないで、即興演奏や素材を録ってみる。するとDAWの横軸や時間感覚から解き放たれて演奏できるんですよ。これはミュージシャンにとってすごく大事なことだと思います。録り音の波形をモニターできるわけでもなく、“この辺まで録ったらいったん止めて編集しよう”といった考えがちらつくことも無いので、演奏そのものに集中できるんです。それによりDAWでのエディットでは作れないニュアンスを得られたりするし、エフェクト込みで記録するから録り音のアイデンティティが強固になるというか、フィールド・レコーディングした音のように“ある場所のある瞬間を切り取ったこと”の意味合いが強くなると感じています」
原は普段、24ビット/96kHzで使用。音質については「とても奇麗です。録り音をDAWに移してほかと共存させてもそん色ないですし、良い音だと思いますね」と語る。
「フィールド・レコーディングや生ピアノのスケッチ録音には内蔵マイクを使っていて、ラフでスピーディに、なおかつハイクオリティに録れるところが良いなと。作曲などのクリエイティブな工程では、そういう部分が大事だと思うんです。“この音を録りたい”と思ったときに、DAWを立ち上げてオーディオI/Oやマイクをセットして……とやるのは大変じゃないですか? もちろん、映画やドラマの音を作る際には大がかりな設備も要るでしょうが、作曲ではPCM-D10のようにある程度カジュアルで、いろいろな人が“ちょっとやってみようかな”と思えるくらいのツールが理想だと思うんです。価格も5万円ほどで、手が届きやすいですしね」
その“カジュアルさ”に直結する要素として、原はPCM-D10の操作性の高さを評価している。
「まずは電源を入れるとき。ほかのレコーダーではボタンの長押しが多いと思いますが、PCM-D10ならPOWERスイッチを上げるだけでいい。これは小さいことのようで実は大きくて。起動までは少し間があるものの、長押しして待っているよりストレスが少ないんです。例えばスマートフォンでの録音なども便利ですが、外部マイクの認識に時間がかかったりアプリを起動させる必要があったりするので、やっぱりPCM-D10の方が速い。筐体はやや大ぶりな印象ですが、液晶の表示が大きくフォントも洗練されていて、視認性が高いなと。左の側面にあるバック・ライトのボタンもユニークで、黄色く塗装されているため暗所でも目立つでしょう。こうしたスムーズな操作性は、さすが録音の“専用機”です」
16GBの内蔵メモリーもお気に入り。「SDカードか内蔵メモリーか、好きな方を選んで録音できるのは便利」と語る。
「録音し終えて本体をコンピューターにUSB接続すると外部ストレージとして認識されるので、あとは録り音のファイルをドラッグ&ドロップで取り出すだけです。個人的にうれしいのは、ファイル名に日付だけでなく“時刻”も入るところ。聴き返したとき録音時のシチュエーションがありありとよみがえってくるし、コンセプチュアルな作品を作ったりしていると“いつどこで録ったか”という情報が大事になることもあるので、時刻まで記録されるのはありがたいんです」
今後は、さらにPCM-D10でのライン録音に注力したいと話す原。「やっぱり“コンピューターを離れた素材録り”をもっとやってみたいなと。MOOG以外のシンセが控えているし、新しいアナログ・ミキサーも買ったので、いろんなものをつないで、どんな音が録れるのか試してみたいんです」と目を輝かせていた。
本記事はリットーミュージック刊『サウンド&レコーディング・マガジン 2019年7月号』の特集記事を転載したものです。今号のサンレコでは、約5年ぶりとなるオリジナル・アルバム『三毒史』をリリースする椎名林檎を表紙巻頭で特集。数々の男性ボーカリストを迎えて制作された本作について、エンジニアの井上雨迩との対談を通じて迫ります。そのほかにも、Kポップ/ヒップホップのプロデューサーたちを直撃し、そのバックグラウンドを紐解いた「潜入! K-POP/K-HIPHOPプロデューサーの制作スタジオ」、コンプレッサーの代表格であるUNIVERSAL AUDIO/UREI 1176の活用法を説く「プラグインで実践する1176系コンプ集中講座」など、注目のコンテンツを収録。ぜひチェックしてみてください!
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原 摩利彦
全世界リリースのアルバム『Landscape in Portrait』で、ポストクラシカルにおいて独自の位置を確立。ダムタイプや高谷史郎のパフォーマンスへの参加、坂本龍一との共作などでも国際的な評価を得る。