AQUBE MUSIC PRODUCTS
- 2024/11/16
KORG / KROME EX
数ある楽器の中でも、特にキーボードというものは常に最新の音楽シーンを意識した進化を求められ続けてきたと言えるだろう。重鎮にして今もなお気鋭のメーカー、コルグがそういったニーズに最大限に応えられるよう、こだわり抜いて作り上げた音色を、惜しみなく収録したミュージック・ワークステーションKROME EXをリリースした。単純に流行を追いかけるだけでなく、今後も長らくスタンダードになり得るサウンド・セレクト。操作がシンプルで使い勝手の良いアルペジエーター&ドラム・トラック。演奏モードからシームレスに音楽制作を開始できるシーケンサー。コルグ伝統のタッチビュー機能を備えた大型LCDディスプレイに、ダークカラーのクールな筐体。幾多の優れた機能をスタイリッシュに内包する本機を余すところなく紹介したい。
基本の音色はプログラムと呼ばれ、そのまま1つの音色を演奏するプログラム・モードと、プログラムを最大16音色重ねることができるコンビネーション・モードがある。コンビネーションのレイヤー/スプリットによるゴージャスなアンサンブル感はもちろん、ストレートな単音色のプログラムにおいても非常に“弾き応え”のあるライブラリーに仕上がっている。名エンジニア、オノ・セイゲン氏が監修の、新搭載されたグランド・ピアノ音色をはじめ、アップライト・ピアノ、エレピ(ローズ、ウーリッツァー)、クラビ、オルガン、アナログ・シンセ等の手弾きキーボーディストにとって生命線となる音色群は、終始丁寧に作られている印象だ。
そういったベーシックな部分に続いて、近年世界的に支持され続けているEDM系の音色が充実している。例えば、[PROG. Bank B080 Sidechain Kick Synth]では、サイドチェイン・シンセをPCM波形で模倣しているわけではなく、ドラムのキックからの出力でシンセのゲート(音量感)がコントロールされる仕組みをちゃんと再現しているので、BPMを変えたとしてもまったく問題ない。時代のトレンドにフォーカスを合わせた音色であったとしても、細部の作り込みにしっかりとした職人魂を感じるのがコルグ社の強みだと思う。さらに、胡弓などに代表されるエスニック系音色、シネマティックなSFX音色など、現代の音楽制作やライブで活躍しそうなラインナップが目を引く。
プログラム及びコンビネーションは、どちらも5基のインサーション・エフェクト、2基のマスター・エフェクト(センド用)、1基のトータル・エフェクトが同時使用できるという優れたシステムなので、歪み・空間系などのエフェクトにこだわる人には心強い。いずれも本格的で、信頼を置ける質感である。
また、KROME EXの機能で音色との素晴らしい連携を誇るのが、アルペジエーターとドラム・トラックである。アルペジエーターにいたっては、コンビネーションとシーケンサーの各モードで2基同時に使用可能(デュアル・ポリフォニック・アルペジエーター)という強力な仕様である。シーケンサーでファンキーなトラックを作ると想定しよう。ベースとクラビを別々のアルペジエーターで演奏させ、ドラムはドラム・トラックでパターンを選べば(エディットももちろん可能)あとは手弾きでオルガン音色を弾くくらいで、打ち込みなしで簡単に制作が完結するのである。
アルペジエーターのパターンも音楽的なものが多く、ドラム音色もPCのソフト音源に負けないくらい高品位に感じた。音色を弾いている時にその音色にマッチするパターンですぐに自動演奏が追随してくれるので、制作意欲を掻き立てられることは間違いないだろう。
シーケンサー部は16トラック(MIDI)でピアノロール画面などもあり、タッチビューも相まって使いやすいユーザー・インターフェースと言える。近年の日本の音楽業界は、DAWでの制作が主流になりトラック数が肥大化しているが、一方で洋楽では音数が減っている傾向がある。“16トラックでシンプルに音楽を作る”というのも、クリエイター魂に火がつくのではないだろうかと、個人的には好意を持てる。
鍵盤は61鍵/73鍵ではセミ・ウェイテッドのナチュラル・タッチ鍵盤、88鍵ではピアノ・タッチのNH(ナチュラル・ウェイテッド・ハンマー・アクション)鍵盤を採用しているが、ピアノ・タッチではない61鍵/73鍵でもピアノ系音色も演奏しやすく、音色との相性は良好である。
リアルタイムに制御することの多いカットオフなどのパラメーターは、4つのツマミにもともとアサインされている上に、ユーザー・エリアには自分がコントロールしたいと思うパラメーターを割り当てられるので、フレキシブルに使用できる。3バンドEQがタッチビューで調整できるようになっているというのも、ツマミにアサインされているよりは勝手に設定が変わる危険が少ないため、安心だろう。先述したアルペジエーターとドラム・トラックという重要な機能を起動させるボタンも押しやすい場所に配置されている。また、それらを含めたプログラムもしくはコンビネーション・データをそのまま瞬時にコピーしてシーケンサーで音楽制作に入ることのできるオート・ソング・セットアップという機能もある。
さらに、シーケンサーのMIDIデータや本体データをSDカードやUSBで保存・やり取りできるシステムは、PCベースで制作する人にとっては非常に便利である。演奏がメインの人なら、ピッチベンドをはじめ各種パラメーターを操作できるジョイスティック周辺が点灯して、照明の暗いステージなどで視認性を高めてくれる機能も見逃せない。外観に関しても、本体の曲線的なライン、光沢感あるアルミのパネルにより、ステージにセッティングしても上品に映えるデザインに仕上がっている。ちなみに本体重量は、61鍵で7.2kg、73鍵で8.2kg、88鍵で14.7kgという比較的軽量な作りとなっており、可搬性も良いので、機材の多いユーザーや電車移動のユーザーにもお勧めできる。
コルグのフラッグシップ・モデルであり本機の上位機種にあたるKRONOSと比べても、根本的なスペック以外のあらゆるアイディア、使いやすさを重視した仕様がKROME EX独自の魅力を各所に感じさせる。むしろ場面次第では本機の方がフィットするケースも考え得るほどである。
KROME EXは、機械の苦手な鍵盤初心者から、多数の現場で活躍するミュージシャンまで、あらゆる人々が生み出す“音楽の鮮度”を保ち、演奏や創作における“純粋な楽しさ”を改めて教えてくれる、いわば相棒のような存在として、愛着の持てるキーボードとなるだろう。
本記事は、リットーミュージック刊『キーボード・マガジン 2019年7月号 SUMMER』(6/10発売)の記事を転載したものです。今号では今年3月に3枚目となるフル・アルバム『THE ANYMAL』をリリースしたSuchmosのキーボーディストTAIHEIに、本作がどのようにして生み出されたのか、その制作過程について語ってもらうとともに、全国アリーナ・ツアーの広島公演の模様&キーボード・セッティングをレポートしています。また、機材特集では『最強ポータブル・キーボード』と題して、以前にも増して賑わいを見せるポータブル・キーボード・シーンにフォーカス。エポックメイキングなビンテージから注目の現行モデルまでを一挙に紹介していますので、ぜひチェックしてみてください!
価格:¥135,000 (税別)
平畑徹也(ひらはた・てつや)
鍵盤奏者・作編曲家・プロデューサー。通称「はっちゃん」。大阪府八尾市出身。1982年6月13日生まれ。ピアノ・ポップユニット「グックル」で2007年にメジャーデビュー後、さまざまなアーティストのサポートを行なう。今まで参加したアーティストは、高橋優、クリープハイプ、吉田山田、大竹しのぶ、ヨルシカ、井上苑子、山崎育三郎、世良公則、西田敏行、小池徹平、サーカス、Aimer、Every Little Thing、川嶋あい、村上佳佑、GOING UNDER GROUND、山崎あおい、ソンジェ(超新星)、緒方恵美、シェネルなど。