AQUBE MUSIC PRODUCTS
- 2024/11/16
KEF / LSX
BBC(英国放送協会)のモニターをはじめ、リスニングからプロ・オーディオまで長い歴史を持つイギリスのスピーカー・メーカー、KEFから今年、“世界初のハイレゾ対応ワイヤレス・スピーカー”を謳うLSXが発売された。そのバックグラウンドにある技術とともに、モニター・スピーカーとしての可能性を探ってみることにしよう。
LSXはカジュアルに音楽を楽しむ、新たなリスニング・スタイルをユーザーに提供するスピーカーとして生まれた。しかし、その出自はスタジオ・モニターにあり、制作用として十分なポテンシャルを持っている。まずはそれをKEFの歴史から紐解いていこう。
KEFは1961年10月2日に、ロンドン南東のケント州にて産声を上げた。KENT ENGINEERING & FOUNDRYという鋳造工場内で創業したため、その頭文字を取りKEFと名付けられた。創業者のレイモンド・クック氏はもともとBBCのエンジニアで、モニター・スピーカーからの出音を原音に近付けるために、研究と開発を進めた。BBCとの共同開発により、名機LS3/5Aを1966年に発売。LS3/5AはKEF製のドライバー、ネットワークを使って各社からライセンス生産され、2003年にKEFが生産を終了するまでに6万〜10万ペアが販売されたと言われている。
KEF設立当初の一般的なスピーカー開発は、エンジニアの感覚によって行われていた。しかし、スピーカーの出音は環境などさまざまな要因によって変わる。当然、聴き手であるエンジニア自身の感覚も日々変動している。そのためKEFでは他社に先駆けてコンピューター解析を導入。ユニットのコーンの材質や内部構造の変化が音にもたらす要因を突き詰めていった。KEFは当時からマグネットを含めたユニットを自社生産しているブランドで、現在もその技術力を生かして同軸型のUni-Qドライバーを開発。多くの製品に投入している。このUni-Qドライバーは点音源再生を実現しながら再生周波数帯域を拡張するもので、その時々の最新技術を採用し、現在は第12世代のものまでが製品に投入されている。
そんなUni-Qドライバーを採用し、LS3/5Aの後継に当たる位置付けとした50周年記念モデルがLS50(2011年)。Uni-Qドライバーの点音源再生を生かすため、スピーカー内部の定在波やフラッター・エコー、キャビネットのコーナーで起こる回折を排除すべく、比較的自由な形状に加工できるグラスファイバーをボディ材に採用した。2017年には、Bluetooth&Wi-Fi対応したLS50 Wirelessも誕生し、KEFの実力をよく知るオーディオ・ファンのみならず、カジュアルに良い音を楽しみたい音楽ファンにも受け入れられてきた。
2019年に登場したLSXは、そんなLS50 Wirelessのコンセプトを継承しつつ、よりコンパクトかつカジュアルなスピーカーとして仕上げられたモデル。世界初ハイレゾ対応フルワイヤレス・スピーカーであり、左右のスピーカーもワイヤレスでリンク可能だ(ワイアードでは96kHzまで対応)。Bluetooth 4.2(aptX)のほか、Wi-Fiを通じて高音質再生が行えるSpotify Connect、さらにはTIDAL(日本未展開)やAPPLE AirPlay 2(対応予定)と、コンピューターレスのさまざまな音楽再生に対応。各スピーカーを電源ケーブルでつなぐだけというシンプルですっきりとしたセッティングが可能となっている。Uni-Qドライバーも、LSX用にユニットをリサイズした専用品。内部構造もすべて新規で作り、内部での定在波発生を抑えている。LS50 Wirelessが内部容積18Lに対し、LSXは6Lと容積比で言えば1/3になったが、サウンドの印象はそのサイズほど変わらないという。
また、KEFはさまざまなデザイナーとのコラボレーションにも積極的で、LSXに関してはイギリス人デザイナーのマイケル・ヤング氏が監修。高級家具を中心に大手ファッション・ブランドともコラボレーションを続け、red dot design awardの受賞歴を持つ氏は、LSXのラインナップを5色に設定した。さらに、グロス・ホワイト以外の4色は、キャビネットをデンマークKvadratの高級ファブリックでラッピング。Uni-Qドライバーのコーンや底面パーツもキャビネットのカラーに合わせて塗り分け、さらにツィーター・ドームの色も変えるといったこだわりが感じられる。
こうした凝った意匠を持つLSXだが、あくまでもその狙いはKEFの真髄である原音忠実再生。Uni-Qドライバーによる点音源化、キャビネットからの影響の最小化に加え、KEF独自DSPアルゴリズムMusic Integrity Engineによって位相とタイム・アラインメントを制御。BBCモニターから受け継がれた伝統を、このサイズのアクティブ・スピーカーに凝縮していると言えるだろう。
現在、リスニング用ワイヤレス・スピーカーがますます手軽になる一方で、制作用モニター・スピーカーには一層シビアな描写能力が求められるようになった。カジュアルさと正確さという、両立の難しい要素を併せ持つ可能性を、LSXは秘めていると言えるだろう。
実際にクリエイターの目線から見て、LSXはどのようなポテンシャルを持っているのか? 今回はシンガー・ソングライターの磯貝サイモンのプライベート・スタジオにLSXを持ち込み、テストをしてもらった。
数々の楽器やアウトボードに囲まれた磯貝のスタジオ、hitoride studio。まず磯貝は、LSXをテレビの脇に置いてBluetooth接続でリスニングをしてみたという。
「まずこのサイズでこれだけ低域が出ているのに驚きました。小さい音でも50Hz以下の音がどれだけ入っているかが分かる。一昔前のこのサイズのスピーカーで、こんな迫力ある低域が出るモデルはまずありませんでした……“音質は求めず普通に音が聴ければOK”というスピーカーが多かったし、ウーファーも4インチ程度だと、低域の再生能力はある程度あきらめていましたから」
あらためて、制作デスクのスピーカー・スタンドに設置。AUX入力でDAW&オーディオ・インターフェースからのソースをさまざまな音量で聴いてもらった。
「いつもの環境で鳴らしてみて分かったのは、点音源のメリットです。普段は8インチ+1インチの2ウェイ・モニターを使っていますが、スピーカーから近い位置なので耳の高さでの聴こえ方が変わるし、それを気にしてモニタリングしています。LSXのような点音源だと耳の高さをあまり意識しなくても、聴きたい音が聴けるのが利点ですね。音量も8インチ機に匹敵するところまで出ます。筐体が、その音量に十分耐えられているのもすごいです」
この際、スマートフォン・アプリのKEF Controlで設置状況に合わせた補正も行っている。
「本体のパネルだけを見て、EQ的な機能が無いと思っていたんです。でも実は設置環境に合わせた補正がアプリでできる。制作用途にチューニングするには十分な機能だと思います。LSXの構造上レイテンシーがあるので、MIDI鍵盤でリアルタイムで演奏するような使い方は慣れが必要だと思いますが、演奏モニターはヘッドフォンで行うといった使い分けで対応できるでしょう。ステップ入力やマウス入力、オーディオ編集主体の人なら問題ないと思います。重低音の密度が高く、鳴らそうと思えばかなりの音量も出せるので、制作でテンションが上がりそうです」
また、LSXがコンパクトでレンジの広い音が出せることは、大きな強みだと磯貝は語る。
「このサイズにしては軽い方だと思うので、外部スタジオに使い慣れたLSXを持ち込むとか、ミックス中に並行してブースでほかの作業をするといった用途にも対応できますね。LSXで普段はスマートフォンからワイヤレスで音楽を聴いて、必要に応じてメイン・モニターにプラスするチェック用という形でLSXを使うのもいいと思います」
本記事はリットーミュージック刊『サウンド&レコーディング・マガジン 2019年7月号』の記事を転載したものです。今号のサンレコでは、約5年ぶりとなるオリジナル・アルバム『三毒史』をリリースする椎名林檎を表紙巻頭で特集。数々の男性ボーカリストを迎えて制作された本作について、エンジニアの井上雨迩との対談を通じて迫ります。そのほかにも、Kポップ/ヒップホップのプロデューサーたちを直撃し、そのバックグラウンドを紐解いた「潜入! K-POP/K-HIPHOPプロデューサーの制作スタジオ」、コンプレッサーの代表格であるUNIVERSAL AUDIO/UREI 1176の活用法を説く「プラグインで実践する1176系コンプ集中講座」など、注目のコンテンツを収録。ぜひチェックしてみてください!
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磯貝サイモン
シンガー・ソングライターとして2006年デビュー。嵐、KARA、ナオト・インティライミなどに楽曲提供したり、ゆず、flumpool、レキシ、大塚愛、My Little Loverなどのツアー・サポートでギターやキーボードも演奏するマルチプレイヤー。