AQUBE MUSIC PRODUCTS
- 2024/11/16
DAW / プラグイン・ソフトウェア
メタル・シーンの最前線で活躍するプロデューサー/エンジニア、イェンス・ボーグレン氏が来日。アーチ・エネミーやオーペスをはじめ、DIR EN GREYやBABYMETALなどの作品にも関わる彼は、持ち前のダイナミック・レンジ豊かなメタル・サウンドで、近年知名度を獲得している敏腕だ。今回はそんなボーグレン氏と、ギタリストの若井望(写真右)、レコーディング・スタジオCrunch Studioオーナーの石野洋一郎(写真左)による座談会を敢行。メタル制作の極意や制作環境について話を聞いた。
──ボーグレンさんの今までのキャリアを教えてください。
ボーグレン 15歳から18歳までギムナジウム(スウェーデンの高校に相当)に通って、そこでメディアやサウンド、テレビなどにかかわる科目を選択しました。素敵なスタジオで勉強してヘヴィなバンドも始めましたが、卒業後はプロとしてレコーディングをやっていきたいと思ったんです。最初はロックをはじめジャズやクラシック、ヒップホップとメタル以外も手掛けていましたね。
若井 メタルを中心に手掛けるようなった時期は?
ボーグレン 2001~2002年頃です。スウェーデンのデスメタル・バンド、エッジ・オブ・サニティのダン・スワノに見出されたことが大きなきっかけですね。彼はオーペスやカタトニアの初期のアルバムをプロデュースした人物で、カタトニアに私を推薦してくれました。そこからブラッドバス、そしてオーペスのアルバムをプロデュースして、それ以来ずっとこの仕事をしています。
──メタルのエンジニアはプロデューサーとして作品に大きくかかわることが多い印象です。
若井 確かにそうですね。海外の方が顕著に表われていると思います。プロデューサーとして作品に関わる時はどのようなことに気を付けていますか?
ボーグレン ミックスを見据えてアレンジに介入しています。そうすることでミックスやマスタリングだけを担当するより、作品のクオリティ・コントロールがしやすくなりますね。ですが自分がプロデュースした楽曲をミックスする際は、プロデューサー・モードをオフにしてミックス/マスタリングに取り組む必要があるので、切り替えが難しいです。
石野 私も作業ごとのマインド・セットは大切にしていますね。ボーグレンさんは確かな作風があってブレの無さがすごいと思っているのですが、ミックスで大切にしていることはありますか?
ボーグレン ベーシックな手法にとどめるようにしています。必要の無いトラックを排除して、全体像を把握しやすくするんです。手法を凝らすとサウンドは良くなるかもしれませんが、良い曲にはならないと思っています。あとポイントとしては楽曲を聴くほど脳がサウンドに慣れてきてしまうので、速くミックスすることを心掛けていますね。ミックスにおける最大の敵は自分の脳。脳は聴いているサウンドに順応していくので、耳にしているものが好きになっていきます。だから速く進めておいて、時間をあけて作業に戻ってくるようにしているんです。
──ミックスはどのパートから始めますか?
ボーグレン リズム・セクションからです。ドラムをミックスする秘訣は、ほかの楽器も再生しながら音作りをすること。私はリズム・ギターを入れてドラムの音色を作っています。リズム・ギターは周波数帯域が広いためほかのパートとのかぶりが多く発生して、ドラムにも大きく影響を及ぼしますから。同時に鳴らせばビッグなドラムにするためにはどうしたらいいかすぐに判断できるんです。逆にドラムだけを聴いて音を作るとほかのパートが加わったとき、突然世界一小さなドラム・キットになってしまいます。
若井 ボーグレンさんが手掛けるサウンドは、生ドラムっぽさがしっかり残っていますよね。ドラムの位相が整っていて芯がくっきりしている印象があります。
ボーグレン 時間をかけて然るべき位相にするよう心掛けていますから。ドラムのミックスを始めるときは、早い段階からオーバーヘッドやルーム・マイクに手を付けて、それが音像にどういった影響を及ぼすかを確認します。これらをミックスする際に大事なことは、キックとスネアを際立たせて、それらの音像を破壊しないこと。オーバーヘッドのタイミングを動かして、スネアと位相を合わせる人もいますが、そうするとタムやキックの音がすごく変になってしまうと私は思っています。全体を少しスリップさせることはありますが、大抵は位相反転とEQのみで解決していますね。
若井 位相は録音段階で、できる限り揃えたいところですよね。タム類には何か特別なことを行なっていますか? いつも自然な抜け感を作っている印象です。
ボーグレン タム類が鳴るところで、スネアに立てたマイクをミュートさせることがポイントかもしれません。マイクの立て方によって、スネアに立てたマイクの音がタム類のサウンドを損ねてしまうことがあるからです。同じ理由でタムが鳴るたびにオーバーヘッドもダッキングさせています。このような作業には時間をかけていますね。
石野 そのようなボリューム調節で音色を際立たせる手法はほかにもありますか?
ボーグレン ボーカルが再生されるたびに、ギターとキーボードを少しだけ抑えています。そうすることでボーカルが聴こえやすくなるんです。
──ハイゲイン・ギターはどのような手法で録っているのでしょうか?
石野 温かみのあるハイゲイン・ギターは、ボーグレンさんのトレードマークとも言えますよね。
ボーグレン 私が手掛ける作品の95%はリアンプしています。でないと何度もリズム・ギターにEQをかけることになるからです。リズム・ギターは広い周波数帯域に音が入っているので、EQによる位相ずれの副作用が目立ちます。それを防ぐためには録り音の段階でベストな音にする必要があって、時間をかけて最適なマイクを見つけているんです。メタルではリズム・ギターが楽曲の雰囲気の大きな部分を占めているので、ここは特にこだわってやっています。
若井 どのようにマイクを選んでいますか?
ボーグレン “ビート・ザ・マイクロフォン(Beat The Microphone)”という良い手法があります。マイクをたくさん立てて、その中から一番気に入ったものを1~2本見つける。選ばれなかったマイクを変えてまた選抜する……そうしていくことによって、どんどん自分好みの音に近付いていきます。
石野 メタル向きのアンプは多くありますが、中でもお薦めのモデルがあれば聞きたいです。
ボーグレン MESA/BOOGIE Rectifierに加えて、Celestion V30を搭載した質の良いキャビネットがあるといいですね。リズム・ギターに最高の組み合わせです。
──ミックスで欠かせないプラグインを教えてください。
ボーグレン メタルのミックスにおいて、特定のプラグインが必要だという気はしていません。でもひとつ重要なのは、トランスペアレントなEQを使うこと。特に多くのパートが入っている楽曲だと、問題のポイントをすぐに探し当ててEQでカットしなければなりません。そのような用途にはFLUX Epureを使っています。最近はFABFILTER Pro-Q3もよく使っていて、あれを問題解決のために使うとすごく早く作業が終わりますね。リズム・ギターの低音はダイナミックEQモードを使えば、WAVES C4以上に音を変えずに音量を抑えられます。良いEQです。
若井 C4はギターの低域処理で、今や定番のプラグインとなっていますよね。ダイナミックEQの台頭によって、そういった処理がマルチバンド・コンプ一択でなくなったのはおもしろく感じます。
石野 エミュレート系のプラグインでよく使うものは?
ボーグレン コンソールでミックスをしていたころはSSLの卓を使っていたので、SSLをエミュレートしたプラグインがとても重要になっていますね。ベーシックな音作りはそれでやっています。今のお気に入りはBRAINWORX BX_Console SSL 4000 E。実機の72chをそれぞれエミュレートしていて、チャンネルが無作為に選択されるランダマイズ機能が気に入っています。ハードウェアでもプラグインでも大切なモデルは、UNIVERSAL AUDIO 1176。とても多彩なコンプレッサーだと思います。プラグインではUNIVERSAL AUDIO UAD-2 1176 Rev Aをよく使っていますね。FABFILTER Pro-Q3、BRAINWORX BX_Console SSL 4000 E、そしてUNIVERSAL AUDIO UAD-2 1176 Rev Aがあれば、良いミックスをサポートしてくれるでしょう。
若井 ボーグレンさんのスタジオFascination Street StudiosのWebサイトは、日本語でも表示できるようになっているのを拝見して驚きました。日本のメタル・シーンも視野に入れているのですか?
ボーグレン はい。日本も日本の音楽も好きなのでWebサイトを日本語に訳しましたし、日本人のエージェントとコラボレーションも始めたんです。DIR EN GREYやBABYMETALなどの仕事は、エージェントに通訳をしてもらっています。
若井 今後日本でボーグレンさんの手掛けた作品を聴く機会が増えそうですね。
ボーグレン そう願っています。
本記事はリットーミュージック刊『サウンド&レコーディング・マガジン 2019年7月号』の特集記事を転載したものです。今号のサンレコでは、約5年ぶりとなるオリジナル・アルバム『三毒史』をリリースする椎名林檎を表紙巻頭で特集。数々の男性ボーカリストを迎えて制作された本作について、エンジニアの井上雨迩との対談を通じて迫ります。そのほかにも、Kポップ/ヒップホップのプロデューサーたちを直撃し、そのバックグラウンドを紐解いた「潜入! K-POP/K-HIPHOPプロデューサーの制作スタジオ」、コンプレッサーの代表格であるUNIVERSAL AUDIO/UREI 1176の活用法を説く「プラグインで実践する1176系コンプ集中講座」など、注目のコンテンツを収録。ぜひチェックしてみてください!