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- 2024/11/16
Fender
フェンダーでチーフギターエンジニアをつとめる、ティム・ショウに、今の仕事に従事するきっかけから、現在のフェンダーでの役割、American Performer seriesで採用された新開発のYOSEMITEピックアップの技術的詳細や話題のAmerican Acoustasonic Telecasterの開発背景についても訊いた。
──あなたの経歴をお教えいただけますか。フェンダーのピックアップに関わり始めた時期や、きっかけ、どのシリーズを手掛けているかなどについて。
ティム・ショウ(以下T):私は13歳からギターを始め、15歳の頃からベースを弾き始めました。子供の頃から今日まで、ずっと音楽に興味を持ち続けています。ミシガン州カラマズーでの大学時代にギター・リペアショップで働き始め、これを将来の仕事にしたいと考えていました。
当時(1973年頃)、高名なピックアップ・デザイナー、ビル・ローレンスもカラマズーに住んでいて、私は彼からピックアップ・デザインを教わったんです。ギター本体のデザインについても勉強をしていたので、働いていたショップでギターやピックアップを作り始め、そのショップは小規模ではあったものの、ひとつのエレクトリック・ギター・ファクトリーのようになっていきました。そこで得た経験は私にとって非常に貴重なものです。1978年〜1992年まで、私はギブソン社に勤めていました。カラマズー工場のR&D(製品開発部)で、ピックアップやギターを設計しながら、ピックアップ部門を取り仕切っていたのです。1984年に工場が閉鎖したタイミングで、現在私が住んでいるテネシー州のナッシュビルに引っ越したのです。
1996年に、フェンダーがギルド社を買収した時に、私はフェンダー社に入社しました。入社してまず任されたのが、ギルド・ブランドのエレクトリックとアコースティック・ギターのR&Dでした。それ以来、フェンダーではさまざまな部署を渡り歩いてきましたが、ほとんどがR&Dに関わるポジションです。現在ではピックアップの開発にほとんどの時間を割いていますが、私の業務はそれに限られているわけではなく、多くのプロジェクトにも関わっています。
──フェンダーでのあなたの役割を教えてください。
T:私の肩書きは「チーフギターエンジニア(CHIEF ENGINEER-GUITARS)」です。肩書きだけ見るととても大袈裟で、何をしているのかわかりづらいかもしれません。同じ「チーフエンジニア」仲間としては、FENDER CUSTOM SHOPの創設メンバーの1人であるジョージ・ブランダがいます。このポジションのスタッフにはギターの仕組みに関して深い洞察と豊富な知識が求められます。私はアコースティックとエレクトリック・ギター両分野の開発に携わっており、ピックアップを始め、様々なハードウェアに関する研究と開発を日々行なっています。フェンダーでは今まで多くのピックアップを製作してきました。今回のYOSEMITEピックアップのように、ギター/ベース製品シリーズ全体のピックアップ開発を任されることもありますし、アメリカン・プロフェッショナル・シリーズの時がそうであったように、TELECASTERやSTRATOCASTERといった特定のモデルのピックアップ開発を任される場合があります。
──今回発表されたAmerican Performer seriesに搭載されている、新開発のYOSEMITE ピックアップのポッティングにシェラック溶剤を使っていますが、どのような特徴、利点がありますか?
T:ピックアップは基本的にワイヤーコイルとマグネットで構成されるパーツです。このコイルの巻き方が緩いと、大音量で演奏した際にコイルが振動し、ハウリングが起きてしまいます。コイルの振動は必ずしも悪いものではなく、多少の振動があった方がサウンドが「生き生きとしている」とか「音楽的」と表現するプレイヤーがいるのも事実です。ピックアップの製造過程には、この振動を抑制するためにコイルを特殊な溶剤に浸す「ポッティング」と呼ばれる工程が存在します。この溶剤に使われるマテリアルは様々ですが、ポッティング自体、トーンに少なからず影響を与えます。フェンダーは一般的にワックスでポッティングを行なっており、みなさんが慣れ親しんでいるサウンドの多くはワックス・ポッティングされたピックアップのサウンドなのです。1960年代にシェラックでポッティングしていた時期があり、シェラックはワックスに比べ、楽器の「息づかい」がよりナチュラルに伝わる特性があるように感じます。決決してワックスがシェラックに劣っているというわけではなく、ただYOSEMITEピックアップに求めていたサウンドに適していると判断したため、今回はシェラックを採用したのです。
──American Performer seriesはアルニコ4を比較的中心に据えて使用していると聞きましたが、狙いは何でしょうか。
T:アルニコ4は歴史のあるマグネットで古くから存在しますが、ギターのピックアップ・マグネットとしてはほとんど使用されてきませんでした。私の知る限りでは、特にテクニカルな理由はないものの、ピックアップのロッド・マグネットとしては注目されてこなかったようです。アルニコ4とアルニコ2は似た成分構成ですが、アルニコ4の方はニッケルが多く、コバルトが少ないのが特徴です。サウンドはアルニコ2とアルニコ5の中間的なキャラクターで、アルニコ2よりはアタックが強く、アルニコ5よりはブライトさとパンチが少なく、まろやかなサウンドです。
──他のAmerican seriesのピックアップと比較してYOSEMITEピックアップはどのような特徴がありますか。
T:YOSEMITEピックアップを開発していく上で、そのサウンド特性をうまく言葉で表現できるように考える必要がありました。私の良き友人で同僚のジョーイ・ブラスラー(エレクトリックギターおよびベース製品開発部ヴァイスプレジデント)と一緒にナッシュビルでピックアップのヴォイシングを行なっていた際に、彼は次のようにYOSEMITEピックアップのサウンドを表現しました。「素晴らしいスタジオ環境で、素晴らしいギターとアンプを使ってレコーディングをしたとしよう。そこで収録できた最高のサウンドを、ライブ・ステージで再現できるのがYOSEMITEピックアップだ」と。YOSEMITEピックアップはハイファイ・サウンドでありながら、音楽的でもある生き生きとしたサウンドを奏でてくれるのです。
──YOSEMITEピックアップの特徴はどのようなプレイヤーを想定して決定されたのでしょうか。
T:YOSEMITEピックアップは、静かにプレイしても、大音量でプレイしても、すぐにそれとわかるキャラクターを有しています。私は新しいピックアップやギターをデザインすると、すぐに新しい曲のアイデアや新しい奏法のインスピレーションが湧いてきます。YOSEMITEピックアップは、プレイヤーたちにインスピレーションを与え、心の内側にある表現を導き出せるように工夫することを念頭に置きながら開発しました。
──American Acoustasonic Telecaster(以下 Acoustasonic)のピックアップについてもお聞かせください。
T:Acoustasonicに搭載されているマグネット・ピックアップは第4世代NOISELESSピックアップのバリエーションです。ヴォイシングとマグネット構成を、アコースティック弦での使用を想定し、最適化しています。
──Acoustasonicは、どのような要望から開発がスタートしたのでしょうか。
T:私が任されたのは、ギター本体のデザインと、そのプロトタイプ化です。本体のデザインは私と同僚のブライアン・スワードフェガー(ギター製品開発部ヴァイスプレジデント)、そしてジョッシュ・ハースト(主任エンジニア)とで行ないました。最初の10本は、ナッシュビルのR&D研究室で製作されたのです。このギターを開発するにあたり、まずアコースティック楽器としてのサウンド・クオリティを重視しました。座って弾いた時の感触や、アンプに接続しない状態で弾いた時のエクスペリエンスの大切さについて多くの議論が交わされました。またギター本体のサウンドに個性を持たせすぎると、アンプでサウンドを増幅した際に柔軟性が欠けてしまうため、なるべくニュートラルに仕上げる必要がありました。多くの課題が立ちはだかっている中でプロジェクトを進行させるのは、困難を極めました。結果的に、アコースタソニックが奏でるサウンド・キャラクターの55%は楽器本体の設計、45%はピックアップとFISHMAN社と共同開発したアコースティック・エンジンによって構成されていると言えるでしょう。
──フル・ホロー・ボディに搭載するピックアップということで、何かこれまでになく大変だった点はありますか?
T:Acoustasonicの内部回路は非常に複雑なため、ピックアップはハムバッカー仕様にする必要がありました。これによりある程度ピックアップのチョイスは狭められました。ギターの構造上、ピックアップのサイズや重量にもある程度制限が加わり、その結果たどり着いたのが、NOISELESSピックアップだったのです。既存のNOISELESSピックアップのマグネットの高さなどをアコースティック弦用に最適化するなど、この楽器から最高のパフォーマンスが得られるように調整しました。Acoustasonicは「まったく新しいギター」をコンセプトに開発したため、マグネット・ピックアップを特定のギター・サウンドに近づける必要性はありませんでした。ただ一聴して「フェンダー・サウンド」と分かるように仕上げることに注力しました。
──特にこだわった点について教えてください。
T:Acoustasonicは3年の開発期間を経て完成しました。その過程では、技術的な、そしてデザイン上の、多くの難しい決断を迫られました。ピックアップのヴォイシングなどに関しては知識も経験もあるので、それほど難しいことはありませんでしたが、やはり全く新しい楽器を設計し、なおかつそれを製品化し、安定的に生産できるプロセスを構築していくことは、非常にチャレンジングでした。今まで存在しなかった楽器を創出するという意味では、フェンダーはもちろん大変でしたが、FISHMAN社も我々の多くの難しい要求に一つ一つ対処してくれたからこそ、成し遂げられたことだと感じています。
──ピックアップ作りに関わるようになる前と後では「音」に対する意識やデザインの仕方は変わりましたか? また、フェンダーのピックアップをデザインする際に、特に気をつけている、こだわっているポイントなどがありましたら教えてください。
T:フェンダーに入社した時、私はギブソン・スタイルのピックアップだけでなく、フェンダー・スタイルのピックアップに関する知識や、自分のオリジナル・ピックアップも作っていましたので、ピックアップというパーツの知識は豊富にありました。ピックアップの電気的な仕組みは普遍的なものですが、ピックアップや楽器のデザインと歴史は各社で異なりますので、ピックアップや楽器の開発に関わるということは、ある意味、異国の文化について学ぶプロセスと似ていると言えるかもしれません。ある国の一市民として生きていくためには、その国の言語が話せるようになり、食事や習慣に順応していき、歴史や文化、価値観を吸収していかなくてはなりません。
フェンダーは70年以上の長い、かつ豊かな歴史を持つブランドです。ピックアップの製造方法やコンセプトはるか昔に決められており、その伝統はフェンダーの価値として守られてきました。例えば、フェンダーのピックアップはポールピースにロッド・マグネットを採用する慣習があります。他社ではバー・マグネットやスチール製のポールピースを採用している場合があります。大切なのは、メーカーは何であれ、ギターやベースという楽器は様々なコンポーネントの集合体であるということです。ボディやパーツの材、ネックのジョイント方式、ハードウェアの構成。これら一つ一つの要素が、サウンドに個性を持たせる重要な役割を果たしています。フェンダー製品がフェンダーならではのサウンドを奏でるのは、そこにフェンダーの伝統と価値観が詰め込まれているからなのです。
──フェンダーといえばクリーン・トーンでシングルコイル、と思っている方もいるかもしれませんが、あなたの作るフェンダーのハムバッカーの良いところはどんなところでしょう?
T:私が手掛けてきたSHAWBUCKERやDOUBLETAPハムバッカーは、音楽的なニュアンスに重点をおいて開発されてきました。大音量でも、控えめな音量でも、繊細な表現を的確に届けられるよう設計されています。ディストーションで歪ませても、トーンの芯が失われないようにデザインされています。シングルコイルとの相性も良いと思いますよ。良いバンドやスポーツチームと同様、個々のキャラクターを引き立て合いながら、全体的にまとまりのあるサウンドが得られる便利な音楽ツールに仕上がっていると思います。
──ピックアップはサウンドの要だと思いますが、ズバリ「真のフェンダーサウンド」とは何だと思われますか?
T:ピックアップはあくまでも楽器を構成するコンポーネントの一つです。野球で例えるならば、いかに素晴らしい技術を持ったピッチャーがグラウンドに立っていても、他のチームメンバーがグラウンド上にいなければ、意味はないですよね。ギターも同じで、良いサウンドを鳴らすためには、ピックアップだけでなく、ギター全体として各コンポーネントがしっかり機能していなくてはいけません。私が思うに「真のフェンダー・サウンド」とは、使用するアンプやプレイ・スタイルに関わらず、プレイヤーにもリスナーにもインスピレーションを与えるサウンドのことだと思います。私はよく「ギターはツールであり、夢である」と言います。私がギターに求めるのは次の3つのポイントです。欲しいサウンドを鳴らしてくれること。十分な音量が出せること。弾きたくなるものであること。一つでも欠けると、ギターはただのオブジェに過ぎません。フェンダーの製品開発チームのメンバーはみんな実際楽器を日常的に演奏するプレイヤーです。私たち自身が弾きたいと思えるものを、日々開発しているのです。今まで製品化されてきたアイディアは、必ずみなさまにもインスピレーションを与えるものだと信じています。
──次に挑戦したいピックアップの構想があれば、教えられる範囲で教えてください。
T:私は現在、ピックアップを開発することに多くの時間と労力を割いています。もっぱらのフォーカスは「いままでになかったピックアップ」を開発することです。これを実現するには、新しい材料やデザインを研究していくことはもちろん、プレイヤーが新しい演奏方法を開拓したくなるようなアイディアも模索中です。
──最後に日本のみなさんにメッセージをお願いできますか。
T:日本のフェンダー・ファンは、製品の知識が豊富で、製品を選ぶセンスも非常に洗練されていると感じています。日本は私たちにとっても非常に大切な市場で、みなさまの価値観は、フェンダー製品をより高次元に進化させる原動力となっています。いつも応援していただき、感謝しています。私たちの製品が、みなさまに素晴らしい音楽を作るインスピレーションとなることを願っています。Arigato gosaimasu!(アリガトウゴザイマス!)
価格:¥270,000 (税別)