AQUBE MUSIC PRODUCTS
- 2024/11/16
BOSE / S1 Pro
BOSEが今年1月に発売したS1 Pro Multi-position PA System。コンパクトなアンプ内蔵スピーカーに3系統の入力を持つミキサーを備えたこのモデルは、その名が示すように従来のポータブル・アンプとは一線を画したPAシステムであり、またたく間に“音の良いスピーカー”として、世界中のミュージシャンに認知され始めている。その“音の良さ”の背景にはどんな技術があるのか。また実際にプロPA基準からみてどんな製品なのかを探ってみることにしたい。
1台でPAスピーカーとモニター、楽器用アンプ、さらには音楽再生機としても使える小型スピーカー・システム。角度を付けた床置き(縦/横)、テーブルトップ、スタンド・マウントといった4種類の設置状況に合わせ音質を補正するAutoEQを搭載。リバーブを搭載した3chミキサーには、ボーカル・マイクやアコースティック・ギターの入力に最適化するToneMatch機能、Bluetoothでのワイヤレス入力機能、リバーブを内蔵する。さらにオプションのリチウム・イオン・バッテリーでは4〜6時間の駆動が可能。2.5時間での急速充電にも対応する。
S1 Proのユーザーの多くは、自分の演奏を拡声したいミュージシャンだろう。しかし、現場に持ち込まれたS1 Proの音がどう響くのかは、ぜひ専門家に判断してもらいたい。そう思い、1980年代からエンジニアとして第一線で活躍する山寺紀康氏に声をかけた。氏からは、この4月から准教授として教鞭を執る尚美学園大学の実習で使ってみたいとの提案が。その意図も含め、S1 Proの率直な印象を語っていただいた。
ノーEQでもいい音で鳴るスピーカー
山寺氏は、カフェ・ライブを想定したPA実習で、S1 ProをSIDEポジションでフロア・モニターとして使用した。
「今回、時間の限られた実習の中で、スピーカーのチューニングまで扱うのは難しい。どうしようかと考えていたところ、ちょうどお借りしたS1 ProならEQなしでも扱えるのではないかと考えたんです。本来、テストは授業とは別にやろうと思っていたのですが、この状態でS1 Proがどう聴こえるのか試してみるのにもいい機会だと思いました。SIDEポジションで置いてみると、EQを使わなくても問題なく、しかもうるさくなく聴こえる。“あ、なるほどな”と思いました」
氏が“なるほど”というのは、L1シリーズやF1 Systemなど、近年リリースされてきたBOSEスピーカー・ラインナップのサウンドを知った上でのことだ。
「S1 Proの音は、ひと言で言うなら、“フルレンジ感”があるんですよね。ここ最近のBOSEの業務用製品は、ボーカル・クラリティの追求がテーマになっていますが、ホーン型2ウェイ・スピーカーとは異なり高域と低域が分離している感じがしません。F1 Systemなどと同様に、恐らく1kHzより下の帯域にクロスオーバーがあって、ボーカル帯域を奇麗に出している。なるほど、BOSEの音だなと感じました」
実習ではフロア・モニターとして使用したが、追加テストとして床置きのTILT-BACKポジション、そしてスタンド・マウントで、S1 Proの主用途として考えられているPAとモニターを兼ねた使い方も試していただいた。
「ボーカル帯域がナチュラルで、音量を上げなくても聴こえやすいサウンドだと思います。逆に言えば、聴こえやすいからこそ音量を下げられるので、ハウリングも起こりにくいと感じました。6インチという小口径ウーファーも、ハウリングの起こりにくさに貢献していると思います」
そんなS1 Proのサウンドの特徴を、山寺氏はこう語る。
「空間を音で埋めていくようなスピーカーですね。遠達性を追求するよりも、音が届いている範囲に均一なサウンドを届けようとしている感じがしました。それでいて、すごく近いところで聴いてもうるさくならない。ホーン型スピーカーだと、どうしても耳に痛く感じるので、こうした使い方だと演奏者自身が音量を下げてしまい、観客に届きにくくなってしまいますが、S1 Proなら演奏者と観客の双方が同じ音量感を得られると思います」
もうひとつ、印象的だったと語るのはS1 Proの指向性だ。
「水平120°×垂直50°ということですが、横置きのSIDEポジションでモニターとして使うときに、水平指向性が狭くなるのは理に適っていますし、垂直指向性が広いので立っても座ってもモニターできます。一方、TILT-BACKで使用したときに、最初に演奏者が“ギターが聴こえづらい”と言ったのですが、それは近過ぎたから。もう少し離れて使えば聴こえてくるので、逆に指向性コントロールが効いていることを実感できました」
演奏しているものをそのまま大きく聴かせる
学生やミュージシャンではなく山寺氏自身ならS1 Proをどういうシチュエーションで使うのか? そんな疑問を投げかけてみると、こんな答えが返ってきた。
「ホールにおけるリップ・フィル、インフィルなどで使うと、ホーン・スピーカーのように高域の主張が強くないので混ざりやすいと思いました。小スペースではサイド・フィルにも使えそうです。音量の大きなバンドの中でどう聴こえるかも試してみたいですね」
また、音楽の現場に限らず、日常的に拡声が求められるところでも活躍してくれそうだと氏は指摘する。
「Bluetooth入力もあって、バッテリー駆動もできるので、ちょっとした地域の集まりなどでもいい音で使える。バッテリーでも電源駆動と変わらない音質だったことも今回確認できました。音が良いと気分も盛り上がります」
そして、S1 Proの本来の用途、ミュージシャンのセルフPAシステムとしての可能性について、こう語ってくれた。
「S1 Proの手本となったL1の発想は、演奏しているものをそのまま大きく聴かせられるという点で、ミュージシャンに好まれています。そのL1がさらにコンパクトになったものと考えていいでしょうね。僕は30年以上前から、ステージ中と外が一致するPAを理想としてきましたが、これからはそうしたPAが流行していくと考えています。それを伝えたくて、教えることにもチャレンジしていますが、S1 Proのようなシステムがあることが、そうした考えを後押ししてくれる部分もあると思います」
米BOSE本社プロ・サウンド部門を束ねる持丸聡氏。大会場向けのRoomMatchやShowMatchをはじめ、日本でも人気を集めるコンパクトなF1 Systemなど、多くの製品に携わってきた人物として知られる。5月上旬に帰国した氏に、S1 Proについて話を聞く機会を得た。
重量バランスも考えたデザインを採用
「S1 Proの“S”はSoloという意味です。つまり、ソロのミュージシャンが持って行って使えるというのが最低限のPAスピーカーとして設定したライン。これ以上小さいものはPAとして使えないサイズだと考えました。“Pro”はこのサイズでもプロ用のものだということを強調したかったからです」
そう語る持丸氏。S1 Proで最も腐心したのは、製品の構想だという。
「ご存じのように、L1 CompactやF1 Systemをはじめ、さまざまな製品で技術の蓄積があります。その中で、この製品のターゲットをどこに置くか。そこに時間をかけました。あとはディテールですよね。“集大成”というわけではありませんが、これまで培った技術を使って、目標とする製品のニーズに合うものを作り出すことがテーマでした」
持丸氏の言うディテールとは、実際の製品として、ターゲットとしているミュージシャンの使い勝手のことだ。
「例えば置き方を替えてもミキサーがちゃんと操作できるとか、ラベルが見えるとか。あるいは持ちやすい重量バランスであるとか。音響的なモックアップとは別に、操作部のモックアップ、そして重量バランスのモックアップをいくつも作ったんです。それに基づいて、パワー・アンプや電源、リチウム・イオン・バッテリーなどを配置しています。うまくバランスが取れていないと、ちょっと触っただけで倒れてしまいますし、持ち運びもしづらい。その見極めはかなり大変でしたね」
そのバッテリーを内蔵している点も、プロ製品としての新たな試みだ。
「4〜6時間、電源ケーブルをつないだときと同じパフォーマンスが発揮できますし、2.5時間の急速充電も可能です。BOSE PROFESSIONALではバッテリーの知識がなかったので、コンシューマー製品で経験のある社内の部署の協力を得ました。バッテリー・セルも電気自動車に使われるレベルの、信頼性の高いものを採用しています。例えば電源が取りづらい場合でも、演奏中はバッテリーで使用して、休憩中に充電するといった使い方ができますね」
ボリュームを上げてもひずまない設計
S1 Proに搭載されたユニットは、2.25インチのドライバー×3基と6インチのウーファー×1基。複数の小型ドライバー・ユニットを組み合わせるのは、L1シリーズやF1 Systemなど、BOSEでも実績のある方法だ。
「このサイズのドライバーで作れば、概ね10kHzより下の帯域では位相干渉を解消できます。それより大きなドライバーを複数使うと、一番大事なボーカルの帯域で位相干渉が起こり、耳障りな音になる原因となるのです」
この3つのドライバーを、アーティキュレーテッド・アレイと呼ばれる角度を付けた配置によって、より広いエリアに音を届ける仕組み。これもL1/F1から継承された技術だ。持丸氏も、「私がGMである限り、カバー・エリアは大事にしているポイントです」と強調する。
「コンパクト・モデルは、なるべく水平カバレージを広くするのがポイントだと思います。オーディエンスは、スピーカーが見えたら音が聴こえるんだと期待しますから、そのイメージに近付けるべきだと思います。同時に、垂直は反射を抑えるために狭くしています」
このユニット、一見するとL1シリーズやF1 Systemのものを流用しているかのように思えるが、実はS1 Pro専用に開発されたものだという。
「BOSE製品は、ユニットのコーンもボイス・コイルも、すべての製品に対して最適化したモディフィケーションをしています。S1 Proもすべて専用設計。既存のものをそのまま入れたら、ここまでのものはできません。それはアンプも同じですね。逆もまたしかりで、S1 Proのウーファーが良い音がするからといって、そのユニットをそのまま何かに取り付けても、同じ音はしないんです」
こうした技術の積み重ねで実現しているのが、これまでの実績で培ってきたのと同様のBOSEスピーカーのサウンド。持丸氏はこう語る。
「BOSEの製品はすべてそうですが、ボリュームを上げてもひずまない。リニアリティと言えばいいですかね。ボリューム・ノブのこの辺りは都合が良いが、それより上げるとひずんでしまうというスピーカーが多いんです。BOSEはコンシューマー機器も、リニアに上がっていくというのがポイント。その部分で顕著に違いが出ますね。それと、BOSE製品のスペックは、実際の使用時にそれだけの性能を保証するというものです。スペック表記は同じ製品があったとしても、使ってみれば違いはすぐ分かると思いますよ」
本記事は、リットーミュージック刊『サウンド&レコーディング・マガジン 2018年8月号』の特集記事を転載したものです。表紙巻頭では、新曲「Echo」をリリースしたDEAN FUJIOKAを大特集。俳優としてもお馴染みな彼の“クリエイター・サイド”に迫ります。そのほかにも、真空管やトランス、FET、OPアンプ、FPGA……などなど、機材の重要器官と言えるパーツと回路に焦点を当てた『「パーツ」と「回路」解体新書』などを収録した注目の1冊となっています。ぜひチェックしてみてください!
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