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- 2024/11/16
ミックスダウン
前回はドラムの音作りでのアタックと低音の処理の重要性について話しました。今回は曲の骨格を支える役目として非常に大事なパートである「ベース」について話します。たとえピアノ・ソロであっても左手のベース部分は曲を安定させ、豪華な響きにしてくれますよね。またドラムのリズム感に心地良いうねりを与えてくれるのもベースです。ベースは曲のまとめ役になりますのでしっかり音作りしてあげましょう!
まずコンプレッサーをかける前に余分な低音をカットします。これはコンプレッサーに余分な音量を入力しないための下準備です。音に変化が無いようにしてください。EQのハイパス・フィルターで聴感上の変化が表れる手前までカットして良いでしょう。
奏法にもよりますがアコースティック・ベース系は、基本波形のサイン波に近い音になっており、非常に歪みが目立ちやすい特徴を持っています。クリーンな音を保つのであればコンプレッサーの使い方に注意する必要があります。急に波形が圧縮されるほど音が歪んで聴こえるので、アタックやリリースが15ms以下になると歪みが目立ちやすくなり、3ms以下となるとどちらかを15ms以上にしない限り大きく歪みます。そこで、アタックとリリースは、共に100msぐらいから調整すると良いでしょう。レシオは8:1ぐらいの強めでしっかりと押さえます。スレッショルドは、RMSメーターやVUメーターであれば人間の聴感に近い音量レベルで表示してくれるので、それらが示す最大値あたりに設定すれば良いスタート・ポイントになります。ピーク・メーターの場合は最大値から-6dBぐらいで良いでしょう。スタート・ポイントが決まったら音量が大まかに一定に聴こえるまでインプット・レベルを上げるかスレッショルドを下げます。スレッショルドを下げた場合は音量が下がりますから、その都度モニターの音量を上げて確認し、最終的にコンプレッサーのアウトプット・レベルを上げてください。
大まかにそろったらリリースを短くしていくと、さらに一定に聴こえるのと同時にリズム感も変化して聴こえてきますので、特に裏拍のグルーヴに気を付けながら調節してください。心地良いうねりを無くしてしまったら台無しです。
次にアタックの調整はドラムも一緒に鳴らして確認しましょう。拍の頭など、ドラムと同時に鳴った時に一体感が出るまでアタックを短くしていきます。バス・ドラムにアタックを譲りながら、ベースが低音を添えるように鳴る感じが良いでしょう。上手く設定されていると、ドラムとベースのバランスを少し変えても心地良いサウンドを保ち、ミックスバランスの自由度を広げてくれます。何やっても上手くいく状態の無敵感は非常に楽しく、モチベーションが上がります。ミックス作業はとても時間がかかるため、各セクションで喜びを得ることが最後まで良い作業をするポイントです。これは非常に大事なことですよ!
ここまで来たらゴールは目前です。コンプの後段にEQを置いて仕上げましょう。PEQ(パラメトリック・イコライザー)のQ(変化させる帯域幅)を狭く設定して、余分な音をカットします。Qを狭くしてゲインを-6dBぐらいに下げたら300〜500Hzあたりをスーッと移動してみましょう。音が良く聴こえるポイントで止めてゲインを調整してください。ゲインでうまく調整できない場合はQをさらに狭めてみてください。さらに150〜250Hzをカットすると、重心をズーンと下げることができます。原音と大きく変わってしまいますが、EQで面白い効果が出せる技として覚えておくと役に立ちます。
それでは処理前と後の違いを実際に聴いて確認してみましょう。前半の2小節が処理前、後半の2小節が処理後です。
エレキ・ベースの場合も、曲の土台を支えるという目的ではアコースティック・ベースと同じ処理方法ですが、エフェクター、キャビネット、マイクなどで、さまざまな音作りが行なわれているため倍音成分が大きく違います。特にチョッパーで弾いた音などはド派手になっているはずです。これはベースに限らず全てのパートに言えますが、派手な音は軽い処理ではビクともしません。下手に整えると中途半端に上品な音になって魅力を落としてしまいます。派手な音は歪みに対してもタフですので、コンプレッサーはアコースティック・ベースより強めにかけて大丈夫です。ここが大きく違うポイントです。
もうひとつ大事なポイントが録音時の加工についてです。クリーンで録音してDAW上でキャビネット・シミュレーターなどを使う場合も同じですが、音色は録音する手前で作り込んでおきましょう。ミックスダウンの段階でEQなどを使い大きく音色を変えると良い結果が得られません。音圧と周波数の干渉を避ける作業だけが残っている状態がベストです。簡単な判断基準としてソロで聴いて気持ち良い音が出てれば大丈夫でしょう。ミックスダウンで他のパートとなじませることだけに集中できます。またエレキ・ベースの場合はジャンル上、ギターとユニゾンで弾くことも多いでしょう。その時に300Hz〜500Hzなどで干渉する場合もありますが、これらは本コラムの“総合的な処理を行なう回”で解説させてください。ここでサイドチェイン・コンプも登場します。
シンセ・ベースは、ほかのベースと比べると低域を含むという共通点以外は、ダンス・ミュージックからのアプローチが強い音色やシンセ特有の癖のある音色が選ばれることが多く、処理の幅が広いです。
例えばフィルターが激しく変化するシンセ・ベースの場合、レゾナンスがかかったフィルターが変化すると周波数のピークが移動します。そのため普通にコンプレッサーをかければカットオフが上がった時に低音がやせてしまうことがあります。その解決方法を2つ紹介しましょう。
マルチバンド・コンプは一見難しそうですが、実は全帯域を同じ設定から始めると簡単です。3バンド以上ある場合は最も低い帯域を100Hz前後に設定しておいて、アコースティック・ベースの処理と同じ設定をしてみます。次に他の帯域へ設定をコピーしましょう。これでフィルターが動いても各バンドが吸収して太い低音が保てます。ありがたや。またこの処理方法は、シンセ系や室内楽(オーケストラ)の低音パートでインパクトを与えるような低音にも使えます。
もうひとつはトラックを複製して、ローパス、ハイパスで分けて処理をする方法があります。こちらの方が手間がかかりますので、2つ目の手段として覚えておくと役に立ちます。マルチバンド・コンプが付属しないエントリー製品のDAWでも使えます。
それぞれの境界線は80〜100Hzが目安です。そしてローパス側はアコースティック・ベース、ハイパス側はエレキ・ベースと同じ処理が応用できます。同時に鳴らした時に音色が変わり過ぎないように音量バランスは注意してください。
また、トラックを分割する処理としては、アレンジの段階でのアプローチとしてTB-303の二重奏のように担当を低域パート、高域パートと分けてしまうという方法もあります。シンセ・ベースを多重にすることはごく普通です。もちろんそれぞれに処理が必要になるので楽な方法ではありませんが、さらに分厚いサウンドは期待できます。いずれもトラックが分かれた場合はバス・トラックに束ねておくと最終的な処理がとても楽になります。
最も手間がかかる音がEDMやベース・ミュージックで使われるド派手なベースです。これは主役を兼ねるベース・パートとなりますので、今までの方法とは大きく違います。ミックスダウンで整えると同時に音作りを行なうと思ってください。シンセのプリセット時点で、それっぽい音は出ていると思いますが、さらに過激な音色にしてみましょう。
シンセ・ベース・パートを3つのトラックに複製します。ソフト・シンセを使っている場合は、フリーズ機能やバウンス機能を使って波形に書き出してから複製しましょう。次にそれぞれにマルチバンド・コンプを立ち上げます。マルチバンド・コンプのバンドをミュートまたはソロ出力を使って3つのパートを低域、中域、高域の3つに分けてください。分け方は低域を100Hzまで、高域を5kHzから、中域はその間で大体OKです。
低域はコンプレッサーをレシオを最大、アタックを最短、リリースは100ms程度で少し歪むぐらいまで圧縮してください。感覚的にはンーと聴こえる音がウーとなる感じですね。モーまで行くと歪ませ過ぎですが、作品は自由に作るべきですので良いと思ったらアリです。
中域のコンプレッサーは軽く、もしくはかけないという選択肢で大丈夫です。その代わりにサチュレーションやコーラスといったエフェクトで味付けを行ないます。音色の雰囲気を保って攻撃的な感じを増すにはサチュレーションが便利でしょう。チューブドライブなど色々な名前で製品化されてますが、簡単には暖かい歪み系です。さらなるひと工夫として、先ほど紹介したPEQで150〜250Hzをカットして重心を下げる手法が使えます。コツとして200Hzから前後どちらに動いた方が効果的か確認すると良いでしょう。
高域は軽くコンプレッサーでピークを叩いてください。設定は低域と同じで大丈夫ですが、スレッショルドを浅くしてピークに軽く当たる程度にします。エフェクトはリバーブやディレイの空間系を軽くかけると味が出ます。ショート・ディレイなんかもお薦めですが、ハイハットとの兼ね合いを見て調整してください。ドラムとベースはセットで考えましょう。
最後にバス・トラックへ送って束ねます。バス・トラック上ではコンプレッサーで高域の処理と同様に軽くピークを叩いて仕上げます。この手のジャンルはドラム、ベース共にダブル主演となりますので目いっぱいに手間をかけましょう。また、トラックを分けずとも内蔵エフェクトで同様の処理が行なえるリッチなシンセもありますので、それでも全然問題ありません。
アコースティック・ベース、エレキ・ベース、シンセ・ベースについてそれぞれ解説しましたが、たくさん発売されているベース専用のプラグインを利用するのも大賛成です。その際に今回紹介した処理方法を知っているとより上手にパラメータを使いこなすことができるはずです。下処理&後処理にも必ず役に立ちますので、是非覚えておきましょう。
そしてさらにベースは仕上げの際にもうひと工夫しますので、最終回までお付き合いください!
次回はボーカルの処理を行ないます。他にもパートはあるにも関わらず、先にボーカルを処理する理由はドラムとベースと共に、ボーカルが整っていれば曲の完成形が見えてやすく、その後の作業がグッと効率アップするからです。それでは次回をお楽しみに!お読み頂き有難うございました!
フランク重虎(ふらんく・しげとら)
音楽作家として広告、タレント、海外ドラマ、ゲームに楽曲を提供し、他のアーティストのミキシング、マスタリングエンジニアも専門的に行なう。音楽家とハードウェアエフェクター設計の知識を合わせて(株)ふむふむソフトとプラグインメーカー「DOTEC AUDIO」を立ち上げサウンドプロデュースおよびプログラムを担当。また個人ではサイバーパンクバンド「VALKILLY」「VALKIRIA」にて活動中。