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- 2024/11/16
ミックスダウン
現在活躍中の音楽クリエイターが講師となってテクニックや心得を伝授する連載“デジマート・クリエイターズ私塾”が開校! 第1弾はミックスダウンに関するコラムを6回に渡って連載します。講師は音楽作家、DOTEC-AUDIOサウンド・プロデューサーとして活躍するフランク重虎氏。デモ制作から完パケまで即戦力となるミックスダウンのテクニックを解説します!
僕はレコード会社や音楽出版社などのコンペに送られたデモを聴いて、プロデューサーやディレクターに解説する仕事を多々受けることがあります。その中にはアマチュアの作品も含まれていますが、そこでまず思うのは「みんなミックスがうまい」ということです。本当です。20年前であればアマチュアが作ったデモだとすぐに分かるものでしたが、今はそれなりに音が整っています。現在のDAWはエントリー・クラスでも一通りのミックスダウン用のツールがそろいますし、プラグインも安価で手に入りやすく簡単に使えるようになりました。無料のネット動画サイトにも数多くのチュートリアルが公開されています。こういった環境が、アマチュアのミックス・テクニックを大きく向上させているのですね。
しかし、そんな素晴らしいデモの中には、曲の内容を別として“ひときわ耳に届く音”と“そうでない音”の差があります。それが“アタックと低音の処理の差”です。どのデモもトラックのバランスや音の選び方、アレンジに至るまでしっかりと作り込まれているのに、なぜかアタックと低音の処理に力を注いでいないことが多く、耳に届く音になっていないことが多いのです。反対にその処理だけしっかりしているデモは再生した瞬間に迫ってくるものがあります。これは僕だけでなく、制作の専門家ではない事務所の社長やマネージャーも同じように感じているんです。
そんな誰でも共通して感じるなら、制作者はデモを出す時に気づくはずなのですが、メロディやアレンジなどに集中しすぎると、このようなポイントに気づけないという落とし穴に陥ってしまいます。思えば僕もこれがひとつの原因でコンペに落ちたこともありました。聴かせたい部分が耳に届く音になっていなかったんですね。
それではアタックと低音をどのように処理したら耳に届く音になるのでしょうか?
アタックは前後で鳴っている音より大きいことで再生した瞬間に迫ってくるような印象深い音になります。
肩たたきのようにトントンと叩かれるとメリハリを感じますが、こぶしをグッグッと押されるとあまりメリハリを感じません。音にもこれと同じようようなことが言えます。
フロア・タムのようなサステインの長い音を連打したり速いテンポで演奏したりすると、音がつながってアタックが感じられず、迫力に欠けた音になりがちです。
このような場合は、まず波形自体のディケイ(余韻)を調節するとメリハリ感が出ます。ディケイが調節できない音源は、ゲート(またはノイズ・ゲート)を活用しましょう。ゲートは、スレッショルド(しきい値)で設定したレベル以下の音を減衰させるエフェクトです。最近のほとんどのDAWに標準搭載されています。
● ゲートの一例
ゲートにはアタック(スレッショルドを超えた時に元の音量に立ち上がるまでの時間)、ホールド(ゲートが開いた状態を保持する時間)、リリース(レベルがスレッショルド以下になった時に徐々にカットするための時間)などのパラメーターがあり、主にボーカル・トラックに乗ってしまったノイズをカットする場合などに使用されますが、今回のようなディケイをコントロールする場合にも大変重宝します。
● ゲートでディケイを調節するための操作方法
1.スレッショルドを0dBまで上げてから、徐々に下げてアタック部分だけが聴こえたところで止める
2.好みの長さで鳴るまでリリースを調整する。
とても簡単ですね。広範囲に活用できるゲートは、この連載でも今後よく登場すると思いますので是非マスターしておきましょう!
コンプレッサーを強くかけるとアタックとディケイの音量差が縮むことによって均一化され、ディケイが伸びた状態になり歯切れが悪くなります。この状態になっているとアタック感を出すには工夫が必要です。
まず良く知られるのが、バス・ドラムやスネアなどのアタックを強めたい音を重ねる手法です。スナップの効いた歯切れの良い音を、聴かせたいポイントへ置いていきます。この時、重ねる音のディケイは短く、目安としては16分音符ぐらいあれば十分です。バス・ドラムは“ドン!”ではなく“ドッ”、スネアは“タン!”ではなく“タッ!”と聴こえるようなイメージですね。また、すべてに重ねるのではなく、スネアであれば2拍目と4拍目の頭だけというようにメリハリをつけることが大切なポイントです。
次にEQ(イコライザー)を使って、重ねた音を元音となじませる作業を行ないます。これはEQに限らず言えることですが、パラメーターはゆっくり動かすのではなく、ある程度サーッと動かすことがポイントです。なぜならば、ゆっくり動かすと耳が慣れてしまい音の変化に気づきにくくなるからです。夕方の空がいつの間にか暗くなっている感じに似ています。時計の秒針が進むぐらいの速さでサーっと動かせば、ふと良く聴こえる範囲が見つかります。そこからじわじわとポイントを絞っていきましょう。ハイパスで低域をカットして良くなじんでいたら、ローパスで高域をカットする必要はありません。聴こえている音が良ければそれで良いのです。
しかしEQだけでは全くなじまない場合があります。この多くの原因は重ねた音と元音との発音タイミングがズレていることです。特に生ドラムの演奏のようには数msのズレは、DAWのナッジ機能で細かく修正しています。これは大変時間がかかる作業ですが、多くのDAWに搭載しているトランジェント検出機能を使うとアタック部分へ簡単に合わせることができます。
トランジェント・シェイパーとはアタック部分を強調または抑制するエフェクトです。ドラムに限らずミックスなどあらゆる素材で活用されます。特にEDMなどエッジが立った歯切れの良いサウンドには欠かせません。
使い方はとても簡単。大半はスレッショルドとアタックの方向(速いか遅いか)を決めるだけです。エフェクト全般に言えることですが、スレッショルドはまず1番始めに調節しましょう。目的の音でインジケーターが反応するようにスレッショルドを調節したらアタックの方向を速めます。コンプレッサーにさまざまな特色があるのと同じようにトランジェント・シェイパーにもさまざまなモデルがあります。各社のデモ版を試して自分の音に合ったものを見つけましょう。必ずしも世の中の評判や価格が、自分の好みと一致するわけではありませんので実際に音を聴いてよく確認することがとても大切です。タイプ別に2種類ほど持っていれば心強いですね。
●トランジェント・シェイパーの一例
こんな便利なエフェクトがあれば、前述の方法なんて必要ないのでは……と思うかもしれませんが、実はトランジェント・シェイパーはミックスされた状態の一部だけを強調させるのが苦手です。マルチバンド・トランジェント・シェイパーを使えばある程度は対処できますが、それでも完全とは言えないのです。ですから前述の手法も知っておくことはさまざまなシチュエーションに役立ちます。とは言ってもトランジェント・シェイパーは大幅に作業時間を短縮できるので最初に試すことをお薦めします。
さぁ、これでパンチの効いたアタックが手に入りました。次は説得力のある低音を手に入れましょう。低音はEQやエンハンサー、エキサイターを使って処理しますが、ただ低域を上げれば良いというわけではありません。
まず大事な点として曲のキーを意識しましょう。キーとチューニングがズレていると低音が浮いたりブレたりします。チューニングにはコツが入りますが、ベース・ラインを再生しながら行なうのがお薦めです。
ベース・ラインを聴きながらドラムのピッチを調整していくと、不協和音として聴こえる状態からスッとキーになじむポイントが2か所あります。それがルートと完全5度のポイントです。例えばキーがCならば、CとGがなじむポイントとなります。ルートの場合は座りが良く聴こえ、完全5度の場合は少々派手に聴こえて浮遊感や和音感があるでしょう。ただしこの作業のために手間をかけて音源のキーを調べる必要はありません。EQなどで音を大きく変えると音程感も変わりますし、特に打楽器はアタック部分とリリース部分で音程が違うことが多いので、ベース・ラインとなじんでいるかを聴感上で判断するだけで良いのです。音感の有無を心配する必要はありません。とても簡単です。
タムの音はキーが取りにくいかもしれませんが、EQのローパス・フィルターを利用して高域を1kHzぐらいまでカットすると音域が狭くなってキーを判断しやすくなります。チューニングが終わったらローパスをオフにしましょう。このようにミックスダウンにおいて、一時的にフィルタリングして判断するシチュエーションは多いので、是非テクニックとして覚えておきましょう。
チューニングを合わせたら次は味付けです。リズムの骨格を作るバス・ドラムとスネアは低音がしっかりしていると、印象を大きく変えられます。
まずバス・ドラムは60Hz、スネアは160Hz辺りが重く鳴らす部分(ボトム)として考えます。PEQ(パラメトリック・イコライザー)のQ(変化させる帯域幅)をやや狭くして、手始めにボトム部分の周波数帯を+3dBほどブーストしてあげましょう。EQの基本はカットと言われますが、音のキャラクター付けはブーストした方が手っ取り早く、世界のトップ・エンジニアも結構なブーストを行ないます。
もしボトムに重みが出ても音がこもってしまう場合は、カットを併用すると良いでしょう。カット・レベルは-8dB程度、Qはかなり狭くした状態で、200〜400Hz辺りをサーッと動かしてスッキリするポイントを探します。さらに、カットした部分の両端が少し膨らむように+1〜2dBほど軽くブーストさせると、スッキリしたまま自然に厚みが出やすいので一度試してみてください。
エンハンサーを使う場合は簡単操作で厚みが増します。しかしドラムの各音色にかけすぎると強調した部分が重なって鈍くなることがあるので、ミックス・バランスを確認しながら作業する必要があります。エンハンサーはバス・ドラムなどに限定して使うのが良いでしょう。
この後ドラム・パートをバス・トラックにまとめて処理を行ないますが、それは連載最後のトータル・ミックスの回にて解説します。そしてドラムと共に骨組みをささえるベースの処理をしっかり行なうことで、驚くほどミックスが良くなります。その方法は次回のベース編にて。お読み頂き有難うございました!
フランク重虎(ふらんく・しげとら)
音楽作家として広告、タレント、海外ドラマ、ゲームに楽曲を提供し、他のアーティストのミキシング、マスタリングエンジニアも専門的に行なう。音楽家とハードウェアエフェクター設計の知識を合わせて(株)ふむふむソフトとプラグインメーカー「DOTEC AUDIO」を立ち上げサウンドプロデュースおよびプログラムを担当。また個人ではサイバーパンクバンド「VALKILLY」「VALKIRIA」にて活動中。