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- 2024/11/16
〜チューブ・アンプ電圧降下実験〜
「チューブ・アンプの電圧を変えると、音が変わるらしいよ」
「でも故障の原因になるから、絶対にやらないほうがいいって」
「でもでも音は聴いてみたいよね」
「じゃ、またあのおじさんにやらせるのが良いよね」
というわけで、試してみました。
今回のお題は、電圧です。
「ギター・アンプって、結局どのくらいの電圧で弾くのが良いのかな」と悩んでいる人へ。答えはひとつ、「メーカーが推奨する正しい電圧で弾いてください」、以上です。ところがそうは言っても「電圧に関する伝説」のせいで、実際の音を聴いてみたいという人が後を絶たないわけです。
超有名な話ですが、デビュー当時のエドワード・ヴァン・ヘイレンがギターを弾くと、サウンドのあまりの素晴らしさから「その音どうやって出してんの? おせーておせーて」と聞かれまくりで、ついエディも「電圧上げてるんスよ」とか答えちゃったもんだから、大変なことに。それで壊れたマーシャルが、相当数あるとか。その後、エディが反省し「すまん、あれ嘘っぴ」と言って事態は収束、今では「実は120Vを90Vで弾いた」というのが正解ということになっています。
ただ、120Vを90Vで弾くということは、それはそれでトランスや真空管に負担がかかりますので、お勧めできません。お勧めできないんだけど、どんな音になるのかは、興味がありますよね? 実際にどう変わるのか、なかなか音を聴けませんもんねー。というわけで出番ですね、電圧降下実験、始めるよー!
■使用機材
◎ギブソン/レス・ポール・カスタム(ギター)
◎マーシャル/1959SLP(アンプ)
◎マーシャル/JCM800 2203 mod(アンプ)
◎フェンダー/’68 Custom Deluxe Reverb(アンプ)
◎マッチレス/Spitfire’15(アンプ)
◎マーシャル/1960A(キャビネット)
◎ヴァンデンハル(ケーブル)
◎ギブソン/ティアドロップ・シン(ピック)
◎エリクサー/ナノウェブ 010-046(弦)
◎山菱電機/ボルトスライダー(スライダック)
※セッティングについて
■アンプの選定は、“電圧下げと言えば”のマーシャル1959(1996年製のリイシュー品です)、もう1台マーシャル代表としてJCM800 2203 mod(こちらもリイシュー・モデル)、マーシャル以外のポピュラーなチューブ・アンプとしてフェンダー68カスタム・デラックス・リバーブ、そしてイレギュラー品も1つくらいあったほうが良い考え、マッチレス・スピットファイヤ15を加えました。
■アンプのセッティングは、ある程度歪みを確保しつつ、電圧の違いがはっきりとサウンドに反映されやすそうなセッティングを模索して決めました。必ずしも各アンプのベスト・セッティングではないので、ご了承ください。
■本来はルーパーを使って比較すべき実験内容ですが、電圧の違いによって試奏者の弾きやすさが変わる点にも着目し、あえて手弾きで行なっています。
■本企画では動画再生の際、ヘッドフォンでの視聴を推奨しております。
■視聴者の皆さんは絶対に真似をせず、動画を観て楽しむだけにしてください。
まずはマーシャル1959SLPにシールド1本でレス・ポール・カスタムを直結し、100Vで弾いてみました。このマーシャルは、リットーミュージックの機材好き編集者として知られる小林弘昂さんの私物を貸していただいたものです。それはそうですよね、スタジオの備品を勝手に電圧下げて使うわけにはいきませんから、リスクも含め事情を話した上で貸していただいています。それと、使用しているギター、レス・ポール・カスタムも小林さんのものです。ありがとうございます!
で、このアンプ、良い音してんなぁ。レンジが広いし、押し出しの強さがこれぞロックって感じです。リイシューでもこんなに良い音するのか! でもですね……この音、メッチャクチャ弾きにくかったんですよ。反応が良すぎて、適当に流して弾くということを絶対に許してくれないんです。歪みも聴く分には極上のクランチなんですが、弾く方としてはこれならどクリーンの方がまだ弾きやすいです。ブースターでもつなげば、もっと歪んでもっと弾きやすくなるかもしれませんが、今回はそういう実験ではないので、泣きながら弾きました。
エディは90Vらしいですが、一気に80Vまで落としてみました。音質の変化を、よりはっきりと感じたかったためです。で、実際に弾いてみると……まず音量が小さくなり(電流計の変化にもご注目)、レンジが少しミッド中心にまとまり、コンプレッションと歪みも増えました。そして何より弾きやすい! こっちの方が、弾いていてずいぶん楽です。なんというか扱いやすい50Wのマーシャルを弾いている感じ? 100Vのパワフルでバリンとした音も聴く分には素晴らしいですが、ギター・プレイヤーならこちらの80Vの方が良いという人が多いかもしれません。これは、良い音、そしてずいぶん違うなぁー!!
このアンプは、エフェクター写真館や「The EFFECTOR BOOK」の「マニアの極北」でお馴染みの細川雄一郎さんの私物を貸していただきました。ついでに言うと、スライダックも細川さんのものです。おかげで実験が成り立っているわけで、本当にありがたいです。
で、その音は……1959とは全然違いますね。グッとモダンな音になっています。と言っても近代マーシャルとはまた一味違い、これはこれにしか出せない音だと思います。ローとか、凄く出ていますよね。Modしてあるせいか歪みも凄く深いし、これはペダルなしでそのままいけちゃう感じです。弾きやすい! これは良いなぁ。
うわ、キタコレ! これ、シールド1本完全ノーエフェクトで弾いていますが、エコーやリバーブの処理をすればエディの音にかなり近づく感じがしませんか? もちろんギターもアンプ同じではありませんし、そして何より弾き手がへ……ですが、この音は良いですよ! 100Vの時に感じたモダン感が薄まり、少しビンテージ方向に寄ったように感じます。でも歪み、コンプレッション、サステインは十分にあり、非常に弾きやすいです。
でも、実はこの音がこのアンプのベスト・トーンではありません。この感じがあまりに良かったので、動画には収録していませんが(他のアンプと条件を揃えるため)90Vも試したんです。すると、見事に100Vのテイストと80Vのテイストの間、やや100V寄りくらいのサウンドが出ました! それを聴いて、収録現場にいた人一同、もうほんのちょい80Vより、言って見れば87Vあたりがこのアンプのベスト・サウンドになるだろうということで意見が一致しました。あー、楽しい!
次はエディの音とは離れますが、一般的なチューブ・アンプの電圧も変えて試してみようということで、 フェンダー68カスタム・デラックス・リバーブの登場です。これはデジマートを運営しているリットーミュージックさん(このことを知らない人、意外といるんですよね)が所有しているアンプです。ギター・マガジン、デジマートなど数々の取材で使用され、弾いたアーティストさんが一様に「なにこれ!? 持って帰りたい!」という、業界内では知る人ぞ知る隠れ名機です。
まず100Vのサウンドから。……むうう、やっぱり、良い! マーシャルのようなズゴーンとした押しの強さや、ローのゴリっとした感じはありませんが、ブライトで良い音です。それにフェンダーも結構歪むでしょ? この時はボリューム7だったはずです。これ、ボリュームを5か6にちょっと落として、TSつないでシングルで弾けば悶絶しますよ。やはり良いアンプです。
さて、隠れ名機の低電圧版はどうでしょうか。
……あれ? さっきの方が良かったな。パンパンに張り詰めて鳴っていた100Vに比べると、なんだか音の張り、艶に欠けるし、レンジも狭くなって……なんだかスピーカーの口径が1サイズ小さくなったような鳴り方です。マーシャルは2台とも、電圧を落とした音が好印象だったんですが、これは100Vの方が良かったですね。ふーん。では、次に行ってみましょう。
大メジャーではないチューブ・アンプもイレギュラー品として試してみたいということで、マッチレスSpitfire’15を用意しました。これは私の私物なので、壊れても安心です。これはプリ管に12AX7×2、パワー管にEL84×2、整流管にGZ34で約15W出力、コントロールはVol、Tone、Masterの3つというシンプルなアンプで、バカでも使えるので重宝しています。いつもはクリーンで使っているのですが、この日は他のアンプに合わせて歪ませてみました。キャビはスタジオのマーシャルのものをそのまま使っています。コントロールは全部8です。
ふーん、こんな感じか。ここまでで一番小さいアンプなんですが、やっぱりなんというか小さいアンプの音がしている気がします。なんだろう、ミドルに癖があるのかな。キャビとの相性も良くない感じもしますね。やっぱりこれはクリーンで使う方が好きです。
で、スピットファイヤの80V版です。これも他のアンプと同様にレンジが狭くなる傾向があって、元から小型アンプなのに、より小さいアンプになった感じがします。この動画で見る限り、極端に悪くなった感じはしませんが、収録現場では結構しょんぼりした気持ちになったことを覚えています。
結論:電圧下げは一定の効果あり! でもやらないでね(笑)
こうして一通り試してみると、電圧を下げることによって、音量が下がる、レンジが狭くなる、コンプレッションが増える、歪みが増えるなど、結構はっきりした効果があることがわかりました。
例えばマーシャルのようにハイもローも過剰なくらいズゴーンと出るアンプは、電圧を落とすことによってマイルドになり、弾きやすさも増しました。エディがそうしたのも、わかるような気がします。
一方で、明るいハイが売りのフェンダーはその輝きを失い、小型のマッチレスにも電圧下げの恩恵は特になかったように思います。
何にでも効く魔法の薬がないように、電圧下げという手法も合うアンプ、合わないアンプがあるんですね。電圧を下げた時の音のニュアンスがわかったこと、そしてマッチングの問題もあるということがわかって、今回の実験は収穫があったように思います。
とはいえ、くどいようですが、これを真似して事故や故障、最悪火災などが起こっても、我々にはその責任を負うことはできません。今回の動画は音の違いが聴きやすく、皆さんも十分に音の傾向がわかったと思うので、これでよしとしていただければやった甲斐があるってもんです!
それでは、次回、地下43階でお会いしましょう!
井戸沼尚也(いどぬま・なおや)
大学在学中から環境音楽系のスタジオ・ワークを中心に、プロとしてのキャリアをスタート。CM音楽制作等に携わりつつ、自己のバンド“Il Berlione”のギタリストとして海外で評価を得る。第2回ギター・マガジン・チャンピオンシップ・準グランプリ受賞。現在はZubola funk Laboratoryでの演奏をメインに、ギター・プレイヤーとライター/エディターの2本立てで活動中。