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- 2024/11/16
沈木材/シンカーウッド/サルベージウッド/タイムレスティンバー/神代木楽器
今、楽器“材”として世に流通するのは、新たに山で伐ってきた木だけではありません。長い間、地中・湖沼・河川などの底に沈み、埋もれていた木を引き揚げ、適正な養生を施したのち、トーンウッドとして活用されることも多くあります。今回はそんな一発大逆転的木生(人生ではなく)を歩んだ木をご紹介してみたいと思います。
木は有機物の塊ですからその生を失うと微生物の力を借りて土に還ろうとします。しかし酸素が遮断され、かつ環境の短期的変化が少ない場所では、虫や微生物の影響を受けることなく死してなおその姿を保ち続けることがあります。長い間、人目に触れないリアルアンダーグラウンドで過ごすと色や匂い、木質は当然変性しますが、レスキュー後、しっかり養生(乾燥やシーズニング)してやれば、通常の木材と同じように、いや、一部は楽器材として大変有効なポテンシャルを発揮します。二度とシャバの空気が吸えないと思った沈木が、スポットライトを浴びる楽器に生まれ変わる……これほど劇的な一発逆転に感動の涙を禁じえません。沈木楽器を手にされたら、どうか優しく抱いてやってください。
※引き揚げイメージ
国内では材種を問わず、地中に長年埋もれていた木をこう呼びます。神代とは、一説、“神の代に存在した木”“神に代わる存在”などの敬意が込められています。その筋では具体的な年数として1,000年以上前の木を“神代”とし、それ以下だと“半神代”と呼ぶそうです。長い年月をかけて地中で圧力を受けた材質は変性し半ば炭化(亜炭)します。炭化が進んだ表面は使えなくても、木理が残った内部は貴重な自然遺産、そして素材として大変重用されています。化石燃料は木が数万年以上かけて変性したものですが、その序章段階、超レア状態を味わっているようなものとも言えます。
神代木はそれが発掘された場所により大きくふたつに分けられます。ひとつは山神代(やまじんだい)。木が火山活動、地殻変動や土石流など天変地異で倒され、そのまま地中に埋もれてしまったものです。最近のニュース映像でも多く見られますが、ある日突然、木生を終えてしまったまったく不慮の事故と言えます。外見は灰から褐色を帯び、独特の鈍い艶を放つものが多いです。中でも灰色が際立つものは鼠(ねずみ)神代と呼ばれることもあります。
もうひとつは川(河)神代(かわじんだい)。倒れた木が水辺まで運ばれたのち、水中の堆積作用で埋もれたものです。昔は火山活動でできたカルデラ湖畔などからも発掘されたそうです。薄い茶褐色から枯れた緑褐色に変わることが多く、山神代とは異なる色彩を持っています。いずれの場合も、神代木は戦国武将の埋蔵金よろしくわざわざ探すのではなく、山林開発や河川改修工事の際など偶然に発掘されることがほとんどのようです。
筆者が子どもの頃、野球で落ちる球と言えば、シンカーとかドロップとか呼ばれていました。いつからかフォークだの、ツーシームだの呼び方、握り方?が増え、違いがよくわからなくなりました。他方、木材業界で“シンカー”と言えば、川や湖、海(河口)などで水中乾燥中(水面に浮遊状態)に沈んでしまったもの、わざと沈めたもの、そして山から川を移送中にはぐれて沈んでしまったものなどを指します。もちろん伐採作業中に、想定外の方向に倒れ、そのまま水中にドボンもあったかもしれません。
水中乾燥というのは河口や河川、湖沼などに丸太を浮かべて乾燥させる方法。 水中乾燥材は適度な養分が残り、木質繊維が破壊されずに結合水を抜くことができ、後工程の人工乾燥に費やす時間が短縮されるとともに、割れや収縮が起こりにくいという特徴があります。 山で伐られた丸太をイカダに組んで流すのも、理にかなった輸送手段だったのです。神代木が自然現象であるのに対し、シンカー材の多くは人の手による作業工程の中で発現するものと言えるでしょう。
さらに“サルベージ・ウッド”という呼び方も存在します。サルベージとは本来、沈没船の引き上げなど、海上で活躍する大型クレーン作業のことを指します。木材業界では伐採時に谷底に落ちてしまい、放置された丸太、過剰伐採のあげく山に見捨てられた不遇材、風雪に耐えられなかった古倒木などをレスキューしたり、立木の伐採時、残されるわずかの幹を含む切り株部分を後年掘り起こすことなどをこう呼んでいるケースが多いようです。加えて水中から引き揚げた材をそう呼ぶこともあります(この場合はシンカー材と同義語)。いずれにせよ新たに立木を伐採するのではなく、なんらかの理由で陽の目を見そこなった木を救い出し、改めて有効活用することに相違ありません。
ヨーロッパからロシアにかけての沼地(Bog)などの中に埋まったオーク材(ナラ、カシ)で時代的には千~数千年前のものと言われています。時代的にも存在形態も、西洋神代と言えます。高い圧力の中でゆっくりと炭化が進行するおかげで、軽い割にはとても堅い質感を保っています。ヨーロッパではこの木を磨いて作ったアクセサリー類をブラックジュエリーと呼んでヤングからアダルトまでナウい人たちにとても人気があります。
デザート・アイアンウッドとは、そういった樹種が存在するわけではなく、アリゾナ南部からメキシコ北部の砂漠地帯で、立ち枯れした木やバール(瘤)、根っこ部分が時を経て半化石化したものの総称です。その色彩は黄土色から濃褐色までにわたり、無機質な石のような外観を呈しています。ナイフグリップやペンクラフト、アクセサリー類の素材として重用されています。完全な砂漠発掘ものだけでなく、似たような質感を持った材もデザートウッドとして流通しており、入手には注意が必要です。
仙台名産の“埋もれ木”は、およそ500万年前に地中に埋まった樹木が炭化して化石のようになったものです。その時代の地層から亜炭燃料を採掘する際の副産物として世に出てきました。500万年前と言えば、琵琶湖が形成されたり、猿人が出現し直立二足歩行を始めた時期。古いにもほどがあります。
時は流れ、昭和30年代以降、仙台での亜炭採掘は幕を閉じ、同時に埋もれ木も採れなくなってしまいました。江戸時代に武士の内職として始まった埋もれ木を使った皿や茶托などの工芸細工は地元の土産品として人気がありましたが、現在、継承者はたったひとりの職人と若いお弟子さんのみだそうです。今も昔も素材として大きく厚みがあるようなものは存在しませんが、既にこの木を使ったウクレレも実在しており、なんとかその採掘復活を望みたいところです。石炭になりそびれたおかげで、この世に蘇った超最古沈木のお話でした。
いかがでしたか、沈木たち。恐ろしく長い時間、地中・水中にいる間に木質は変性し、それが楽器にとって音響的に優れた作用を施すこともあろうかと思いますが、加えて、時代が古い木であることも材として重要なポイントに思えます。人の手が入った現代木と違い、原生林、密林ジャングルなど天然の厳しい環境下で育った木は、圧倒的に違った木味(杢・色・比重など)を有しているからです。ひょっとしたら沈木はあなたの身近にも眠っているかもしれません。今日からは下を向いて歩きましょう。あっ、枕木じゃないからね。
ここからは今すぐデジマートで買える沈木楽器特集です。例によって、リンク切れ御免、早々にご確認ください。
まずは和材総本家・ディバイザー社が誇るmomoseブランドから神代タモのホロー・ボディをご紹介。トップにはバーチカルなフレイム杢、バックはタモらしい等高線風コンター杢でまとめています。シックな神代木を濃厚なローズ・ネック&フィンガーボードとタートイズ・ピックガードで一気に奉り上げ、神の領域に近づけています。海外でも人気が高まる和材、ますます楽しみですね。
神代ニレを使い、京都の大自然の中で製作されたセルマー・スタイルのテナー・ウクレレ。枯れ淡グリーンからベージュ系にフェイドしたカラーが美しいです。まさに自然が創りだすナチュラル・アースカラーと言えるでしょう。フォークロアなボディ・スタイルにもピったんコ、柾目のケヤキ・ネックも木フェチ心をくすぐります。
浜松のBLUE STRINGSからは神代ケヤキを使ったテナー・ウクレレを。神代木は風格漂う渋カラーに目が行きがちですが、材の質感にも注目したいところです。少なく見積もっても数百年、古いものでは千年以上地中で眠っていたわけですから、地上で過ごした時間を含めると人類の生命とは比べものにならない時間を経ているわけです。そんな自然遺産材を楽器で気軽に味わえることに感謝の念を禁じえません。作ってくれた竹下さんに1,000点お願いします。
いつも他メーカーに先立ち、積極的に変わった材を使ってくれるTaylorブランド。このシンカー・レッドウッドも何年も前から採用しています。メガサイズでお馴染みの西海岸レッドウッドの中でも伐採後になんの因果か水中でしばし暮らすことになったシンカー材。部分的に深いグレーから紫褐色に変化し柾目の細かいピッチを彩ってくれています。水中に沈んでいる間に一体何があったのか、想像と妄想を日々繰り返す木フェチの醍醐味がこの沈木にはあります。
アコギで沈木使いと言えばこのブランドもはずせません。アイルランドのローデン。リクレイムド・キューバン・マホガニーを始めとして、温故知新傾向の材選択が多い同ブランドですからこのシンカー材も当然の採用です。このレッドウッド個体はレギュラー材に近い色味を残しています。沈んでいた場所の水質や生命体であった頃の組成の違いが影響しているのだと推測します。黒木と赤木のコーディネート、三ケタ万円越えも致し方ありません。
マーティンのカスタム・ショップもシンカー材を採用しています。これはバック&サイドにシンカー・マホガニーを用いたモデル。恐らく中米あたりの河で沈んでいたオオバ種(ホンジュラス・マホガニーなど)かと思います。色や杢の見た目は現代のマホガニーとさほど違いがありませんが、マホに限らず広葉樹の沈木裸木には独特の発酵スメールが漂います。確証はありませんが、その発酵的作用が木質に様々な影響を与えているに違いないでしょう。
「アクアティンバー」と称される沈メイプル材をネックに採用しています。Sugiブランドでは同じくアクアティンバーのマホガニーやウォルナット材なども商品化されていたはずです。メイプルの沈木は香りとともに、色合いが美しいです。ロースト系の人工的加工とは違い、独特のパテナ(古艶)感を醸し出しています。
さらにSugiブランドからは同じくアクアティンバー・メイプル・ネックの5弦ベース。同ブランドの中では比較的なシンプルな外観ですが、ピックアップ・カバーなど細部にも木遣いがなされています。アクアティンバー材は五大湖など木材集積地の水中から引き揚げられるとのことですが、まだ沈資源はあるのでしょうか? いつかその作業に参加したいものです。
ウクレレ・サイズのシンカー素材を今すぐ買うこともできます(自作自演で恐縮です)。これは中米ベリーズ(旧英領ホンジュラス)の河から引き揚げられた丸太から製材されたもの。やや黄味がかった色や軽い質感はシンカーのものであり、時代の古いマホガニーならではの特徴でもあります。できたての新品楽器でもビンテージ・サウンドが多分に期待できます。
Fano Guitarsの創始者:Dennis Fano(デニス・ファーノ)が立ち上げる自身のブランドNovo Guitarsが遂に始動!!ということでこちらはサルベージド ・カーリー・レッドウッドの登場です。大きなフレイムを描くフィギャード材は、このサルベージものに多い木がします。厳しい時代に育った証とも言えるこの大胆不敵な景色は抜群の存在感を見せつけてくれます。なだらかにべべルドされたコンター部などはこの杢の最大の見せどころでしょう。こんな厚みがあったら割いてアコギ・トップに使えるのに、といった貧乏くさい発想は筆者だけに留めておきます。
フィンガースタイル・プレーヤーを中心に絶大な人気を誇るブリードラブ。こちらはシトカ・スプルースのサルベージ材をトップに採用しています。どのくらい眠っていたのかわかりませんが、商品説明にある材の熟成感が写真からも感じ取れます。限られた資源を有効活用するだけでなく、トーンウッド的にも充分過ぎる枯らし効果が得られるサルベージ・ウッドは今後ますます目に触れる機会が増えるでしょう。
次号はいよいよVol.30特別記念号、11月29日あたりに更新予定。予算が出れば南半球大規模ロケを敢行したいところですが、無理だと思いますので地道に珍木を求めて彷徨います。どうぞお楽しみに。
森 芳樹(FINEWOOD)
1965年、京都府生まれ。趣味で木材を購入したのが運の尽き、すっかりその魅力に取り憑かれ、2009年にレア材のウェブ・ショップ、FINEWOODを始める。ウクレレ/アコースティック・ギター材を中心に、王道から逸れたレア・ウッドをセレクトすることから、“珍樹ハンター”との異名をとる。2012〜2015年までアマチュア・ウクレレ・ビルダーに向けた製作コンテスト“ウクレレ総選挙”を主催するなど、木材にまつわる仕掛け人としても知られる。