AQUBE MUSIC PRODUCTS
- 2024/11/16
アッシュ、アルダー&バスウッド材楽器
1970年代初頭、わずか2年だけ活動した伝説のロック・トリオBB&A(ベック・ボガート&アピス)。彼らの作り出す音楽は数多くのミュージシャンに多大な影響を与えました。一方、トーンウッド業界にも1950年代にデビュー以来、今なお第一線で活躍する最強トリオが存在します。アッシュ、アルダー、そしてバスウッド。人呼んでAA&B。長年、LM楽器シーンを支え続ける彼らの軌跡を製作現場から生の声とともにレポートします。
実は、この連載を書き始めてから、いつも、やらなきゃ、書かなきゃ、調べなきゃと気が重かった存在がこのボディ材3種でした。どこからどう見てもおっ立つような杢目があるわけでなく、目を引く鮮やかな色気もなし、花のように香るわけでもなく……ベタに塗装されるとまるで工業製品のように存在感(木配)さえ失ってしまいます。しかしながら、地球上にソリッド・ギター&ベースが登場して以来、一貫してスタメン・フルイニング連続出場を務め、今なお第一線で活躍する彼らをこれ以上ネグレクトし続けるわけにはいきません。
ここでは、そんな三種の神木の堅いも軽いも噛み分けて最前線で戦ってきた製作家を訪ね、その特徴と魅力の数々を語っていただきます。ご協力いただくのはこの人、デジマート・マガジン製品レビューにもヒット商品を送り込んだY.O.S.ギター工房の吉田友樹さんです。どうぞよろしくお願いいたします。
アッシュは重さ、堅さにとんでもなく大きな差がある材(生育環境で変わるらしいです)で、重いものは「ホワイト・アッシュ」、軽いものは「スワンプ・アッシュ(ライト・ウェイト・アッシュ)」などと呼ばれ流通しています。個体差がとても大きく、ボディ材ほどの厚みがあっても、平気で幅反りしてくれる、にくい奴です。フェンダー社は50年代にスワンプ・アッシュ、70年代にはホワイト・アッシュを中心にギター、ベースを作っていました。楽器用材として流通しているものの含水率が、平均的にアルダーと比べて数パーセント低いところで安定しているものが多く、それがトーンウッドとしての響きの良さに繋がっている面がありそうです。
さらにアッシュの大きな魅力が、その鮮やかな木目。夏目と冬目がハッキリした「木」らしい木目で、その木取りで外見の雰囲気も大きく変わってしまうため、前述の比重の部分も含めて、一期一会の要素が大きいです。ホワイト・アッシュともなるとハード・メイプル並に堅いものもありますが、油分が少なく繊維も素直なので、刃物での加工性は悪くありません。ただ木目に沿って導管が密集する部分が柔らかく、何も考えずヤスリを掛けていると木目に沿ってどんどんボコボコになる恐ろしい材です。その堅さの違いのせいで、穴あけの際にドリル刃が柔らかい部分に流され、狙い通りの位置に穴が開けられない、なんて苦労も多々あります。アッシュ材にシンクロナイズド・トレモロ・ブリッジの6連穴加工は、製作者泣かせの作業です。アルダーと比較すると木肌は白く、どんな色でも鮮やかに仕上がります。導管部分に色を付けたフィラー(目止め)を入れることで木目のイメージも変化し、さまざまな見せ方が可能な材です。
近年は軽量なアッシュの人気もあり、良質なスワンプ・アッシュの流通量は目に見えて減ってきました。価格も高騰しています。スタンダード材の中では、今後の供給が最も心配されている材です。キレイな杢入りのアッシュも存在しますが流通量は極めて少なく、木フェチな方々垂涎のレア材です。
エレキ・ギター用材界の優等生。フェンダー社が50年代後半からほとんどのモデルのボディに採用している材で、ボルト・オン・タイプのエレキ・ギター、ベースのスタンダード材と言えます。ボディ用としては平均~やや軽な重量で個体差も少ないため、楽器になっても当たり外れは少ないです。広葉樹の中では柔らかい木ですからカンナがけ、ヤスリがけともにストレスを感じません。木の密度も均一で適度な堅さもあるため、彫刻など複雑な加工を施したギターを作りたい場合は、真っ先に選ばれる材ですね。某メーカーさんの立体造形バリバリなギターたちは、ほとんどアルダーなんじゃないでしょうか。
弱点としては、木目がハッキリせず外見が地味なこと。アッシュやバスウッドと比べて塗装後の色味も濃いことから、鮮やかなシースルー・カラーリングには不向きです。ただその外見の地味さのおかげで他無垢材業界では人気が無いようで、現在でも入手性は良く、単価も安定しています。個人的には、エレキ・ギターになるために生えている木だと思っています。
メジャーなエレキ用ボディ材としては最も軽く、柔らかい部類の材です。導管は小さく材質も均一なので刃物やドリルによる加工は容易ですが、とにかく柔らかいため傷や打痕が付きやすく、加工中はそちらにも気を遣う必要があります。また、しっかり乾燥した材でも木屑に湿った感じがあって、ヤスリは目詰まりを起こしやすいです。なんとなく適当に削るには楽なんだけど、寸法通り美しく仕上げるのは至難の業、そんな材ですね。アッシュやアルダーはほぼ無臭ですが、バスウッドにはハッキリとそれとわかる酸っぱい匂いがあります。アルダー以上に地味な外見で、木目を見せる塗装には向いていないため、バスウッドを用いたギターのほとんどは塗りつぶされています。もともとはアルダーの代用材として用いられた背景があり、カタログには「アルダー」って書いてあったのに塗装を剥がしてみたら実はバスウッドだった、なんてことが昔はよくありました。アッシュ、アルダーの2強と比較するとトーンウッドとしては癖があり、その人気では1段劣るため、現在でも入手困難な印象はありません。
筆者(以下:FW) ここまでのご説明、どうもありがとうございました。それぞれが楽器になった時の音響特性について感じることも教えていただけますか。
吉田氏(以下:YOS) 材種によりそれぞれの個性は有りますが、大前提としては以下が挙げられます。
◎軽いボディ
振動性が良く豊富な倍音、軽やかで明るい音。低音域はタイトさに欠ける。クリーンやクランチは表現力豊かだが、強く歪みをかけると賑やか過ぎることも。
◎重いボディ
太い弦の振動エネルギーもしっかり支えるため、音程感のはっきりしたタイトな低音とロング・サステインが期待できます。細かい振動が減る分、倍音構成は地味ですが、エフェクターや歪み乗りは良いです。
◎アッシュの音響特性
スワンプ・アッシュは煌びやかな高音域が特徴で、そのサウンドには他材にはない魅力的な倍音が豊富に含まれています。明るくカラッとしたキャラクターです。50年代のフェンダー・ギターが軽量なアッシュを用いていることもあり、ギタリストから人気が高いです。ホワイト・アッシュはタイトで音程感のはっきりした迫力ある低音が魅力です。スワンプ・アッシュほどレンジは広くありませんが、高音域にも力強さがあり、メリハリの利いた硬い音が特徴です。どちらかと言うとベース向きですが、ギターでもタイトで硬質なサウンドを聴かせてくれます。アルダーと比較すると、楽器ごとの個体差は大きいです。サウンド的にも上下の帯域に特徴が出るため、楽器としてまとまりに欠ける場合もあります。特に軽いアッシュ材を使う場合は、目指すサウンドに合わせて、ピックアップやハードウェア・パーツ、塗膜の厚み等を調整する必要がありますね。
◎アルダーの音響特性
ギター、ベースともにバランスの良いサウンドの材であり、ボルト・オン・ギター、ベースにとってのスタンダード材です。これはアルダーがトーンウッドとして優れているというよりは、アルダー(で作られた楽器)の流通量が多く、それを基準としてエレキ・ギター、ベース業界が進化・発展してきたから、自然とスタンダードに落ち着いたという方が正しいかもしれません。低音から高音までバランスが良く、変に突出する帯域もありません。ギター、ベースともに伝統的なパッシブ・サウンドを楽しむことができる材で、ジャンルも問いません。
◎バスウッドの音響特性
アルダー、アッシュと比較すると、サウンド・レンジはやや狭いです。軽量材ゆえにタイトな低音は期待できません。その分、中音域付近の個性は断トツで、バスウッドならではの暖かみあるサウンドを奏でます。決してモダンな音ではありませんが、このレイドバックした感じにハマっちゃう方も多いのではないでしょうか? 用途はほぼギター用に限られます。ベースへの使用はサウンド面以外にも、軽過ぎるボディによる重心バランスの悪さが懸念されます。バスウッド単体でボディを製作する場合は、軽量過ぎる個体は極端なサウンド・キャラクターになる可能性が高く、避けた方が無難です。さらに、質量のあるブリッジを使う、ある程度厚みのある塗膜を乗せる等して振動性を抑えた方が、楽器として使い勝手の良い音に仕上がります。一方、ラミネート・ボディ用バック材としては人気があり、硬さのあるメイプル材等との組み合わせはサウンド的にもバランスがとりやすいようです。
FW ところで、ビンテージ楽器に使われていたAA&Bと現在のそれとの違いは感じますか?
YOS AA&B材と言えばフェンダー社ですが、当時はどの木もトーンウッドとしての実績は無かったわけで、どちらかというと入手の安定性や加工性等を考慮して採用された面が大きかったのではないかと推測します。ビンテージ・ギターには特有の鳴り方があるのは間違いありませんが、それは木材の質というよりは、経年変化による成分の変化や、演奏され続けてきたことによる振動性の向上ではないかと思います。ですから現在私がストックしているアルダーやアッシュが、ビンテージのそれらに比べて劣っている感じはしません。ただ業界全体で見ると、生産本数の増加や価格競争のあおりを受けて、昔であればはじかれていたであろう質の良くない材も、その名前だけで製品化されてしまっているということはあると思います。全体的に量産品は、重い個体が増えているなという印象です。
FW AA&Bを製作やリペアの現場で見てこられて、思い出深いエピソードがありましたらご紹介ください。
YOS 苦労話となると、ほとんどがアッシュになります。硬さや密度にムラが大きい木材ですから、加工中のチップ等、予期せぬトラブルがつきものです。冬場に乾燥が進むとアッシュが縮んで、2ピース材の接着面が「パカーン」という大きな音とともに勢いよく割れることがあります。夜ひとりだと、結構その音にビビります。バスウッドは、私が初めて作ったギターのボディ材です。あの匂いを嗅ぐと今でも甘酸っぱい思い出が蘇ってきます。
FW 最後にAA&Bの代替材として気になる素材はありますか?
YOS AA&B材は広葉樹の中では比較的比重が小さい方で、楽器用材としてのサウンド面だけでなく、成長の速さ、乾燥の容易さ、狂いの少なさ等がとても高いレベルにあります。AA&B材にとって代わるためには、それらの条件を満たす必要があると思います。可能性を感じている材はいくつかありますが具体的な樹種名は……ヒミツです。
FW その他、AA&Bについて感じることがありましたらお聞かせください。
YOS 例えばブラジリアン・ローズウッドやカーリー・メイプル等を買い付ける場合、選ぶ基準として大事な要素のひとつはその外見ですから、写真等で木目の状態やグレードを見て、1枚1枚選びます。一方、アルダーやバスウッドを買う時に、節の有無等を除けば、外見で選ぶことは少ないです(そんなことをしたら、業者さんに煙たがられること間違いなしです)。実はAA&B材で狙い通りのものを仕入れることはとても難しい作業であるとともに、材が納品される時は結構ドキドキだったりします。軽量で木目もキレイな1Pスワンプ・アッシュ材なんかが入ると、すぐにギターにしたくなっちゃいますね。
FW なるほど、上質なAA&Bとの出会いも杢材と同じ苦労があるわけですね。 最強のAA&Bが来日した際は、必ずお声かけします! 今日はお忙しい中、有難うございました。
吉田“Sensei”友樹/Y.O.Sギター工房主宰
静岡県菊川市でカスタム・ギター製作、リペア、オリジナル・ペダル製作など幅広いクリエイティブ・ワークを精力的にこなす。独立起房する前は楽器製作専門学校で長年教鞭をとっていた。ハンダをも溶かす熱い講義は未だ校内の語り草。仔細な製作、リペア工程の紹介など、講義の続きは本人ブログで見ることができる。
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ご本家マスタービルド・シリーズから1ピース・アッシュのご紹介。ホワイト・ブロンド・カラーの向こうに縞めくアッシュが透過して見えます。黒々としたローズネックとのカラー・コントラストも最高。一切派手さのないアッシュをこれほど色っぽく見せることができるのは同社ならではの技術と感性の融合によるものでしょう。
さらにマスタービルド・シリーズからは木フェチ諸氏が泣いて喜ぶ1本。キルト・メイプル・トップ、バーズアイ・メイプル・ネック、ボディはこれぞアッシュとも言うべきワイルド・グレイン仕様。もはや説明不要のド・ストライク。このギターに萌えない木フェチはいないでしょう。エメラルド・グリーンのフィトンチッド効果も見逃せません!
ストラト好きには、この2トーン・サンバーストも絶対に外せません。アッシュの見本とも言うべきゆったりとした等高線のような木目が際立っています。ゴールドでまとめられたハードウェアとのコーディネートも最高峰の出来栄えです。
圧巻のビンテージ・ルックを誇る1953年製エスクワイヤー。60年以上前のアッシュは、もはや木という有機物の範疇を超越したかのような佇まいです。ボリューム感あるファットなメイプル・ネックにも目を奪われます。硬くて太いの、憧れます。
体を細めるフクロウのように身構えたTLのようなVのような “TeeVee”です。レリックされたバタースコッチ・ブロンド・ボディは、なんとアッシュ。貫入調ウェザーチェックやバックル傷が泣かせます。
上品なジャーニーマン・レリックで優しくアルダーを仕上げてあります。ピックガードもお約束のアノダイズド・アルミでまるでビンテージの風格、質感を再現しています。このベースde元気になりましょう。
“今すぐ手に入る”と口走ってしまいましたが、このモデルだけはさすがに受注生産です。こういった変形、異形、変態ものは、アルダー材の独壇場でしょう! 以前お送りした工場訪問時にもたくさんのアルダー材が異彩を放ちつつ加工されていました。
ギターという西洋の楽器に新たな和の息吹を吹き込む若き製作家・西垣氏によるセミホロー・ボディ・モデル、伝統工芸品のように美しい加工、フィニッシュがアルダー・ボディに施されています。今回チョイスの中でも特に試奏してみたい1本です。
コロナ・ファクトリーにて選定されたという逸品。単なるビンテージ・レプリカに留まらず、指板にはアフリカン・ブラックウッドを採用し木フェチ琴線ラインをしっかりと木~プ。焼けたブロンド・カラーとアルダー・ボディはマイフェイバリットですたい。
ゴージャス極まりないないメイプル・バール・トップに目が奪われがちですが、ボディを支えるのは見るからに質の良さそうなアルダー様です。オープンポア調のナチュラルなフィニッシュが「人間的なオーガニック・トーン」を実現させているに違いありません。
これは木フェチのために製作されたようなカスタム・ギターですね。もちろん今回の主役はアルダーですが、その周りを固めるというよりは、さらに時代を先んじた豪華木素材がそこここに採用されています。
厚いキルト・メイプル・トップ採用ということで直々にお呼びがかかったのでしょう、バス君。美しいワインレッドに化粧されると、君が誰なのか、そんなことは議論の対象でなくなります。ノッペラーなルックスが最大の魅力、バスウッドです。
EVH上級モデルからはバスウッド・アーチドトップ・モデルをご紹介。こういったカラーリングを施されると、もはやインダストリアル素材のようになりますが、それはそれでアリなのがバスウッドの絶妙な立ち位置。プロ・スペックなギターには欠かせない存在としてますます磨きがかかりそうです。
バスウッドと言えばこのモデルを忘れるわけにはいきません。今や純国産のモズライト、ベンチャーズ・モデル。復刻版とはいえ、ボディ素材は往年モデル同様、バスウッドを採用しています。プレイアビリティの良さが存分に味わえそうなカスタムショップ・フィニッシュが施された1本です。
アイバニーズの国産プレステージ・ラインも見逃せません! オーストラリアン・ブラックウッド(コアの従兄弟)のトップをがっしり支えているのがバスウッドです。仕上がり3.18kgの軽量&ハイ・コストパフォーマンス仕様はメインギターとしても十分活用できるクオリティ! 余談ですが、黒くもないのにブラックウッドとはこれいかに、地産材の中では色が濃いということなのでしょう。他にもほぼマホガニーなクイーンズランド“メイプル”なんかもあったりして、素直になれないオージーさんです。
AA&Bってネーミング、カッコいいですよね。デジマート・マガジン編集長自ら命名してくれました。当初は「アッシュ、アルダーとその仲間たち」的発想しかなかったのですが、このロックっぽい名前のおかげで随分上がりました。これを読んだ後は皆さんも塗装下の透けるトンな木目を追うこと間違いなしです。 次回は9月29日(木)更新予定。いつにも増して、木になる情報をお届けします。
森 芳樹(FINEWOOD)
1965年、京都府生まれ。趣味で木材を購入したのが運の尽き、すっかりその魅力に取り憑かれ、2009年にレア材のウェブ・ショップ、FINEWOODを始める。ウクレレ/アコースティック・ギター材を中心に、王道から逸れたレア・ウッドをセレクトすることから、“珍樹ハンター”との異名をとる。2012年からアマチュア・ウクレレ・ビルダーに向けた製作コンテスト“ウクレレ総選挙”を主催するなど、木材にまつわる仕掛け人としても知られる。