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- 2024/11/16
〜トレモロ・スプリング実験〜
なんだか蒸し暑い日が続きますね。実験室は地下にあるので、なおのこと蒸し蒸しです。そんな中、部屋の温度を上げる強烈なゲストをお招きして、夏なのにスプリング実験をやっちゃいます。
ストラト使いの方々は、よくこんなことを言います。「まぁ、ストラトはバネによっても音が変わるからねぇ」。実際、私が取材を担当したギター・マガジン7月号のSugi Guitarsさんの記事でも、新機種「Stargazer」の開発にあたり、プロトのサウンドが硬かったためバネを交換したと仰っています。
私も地下実験室を30回近くやっていますので、もう「何を変えても、音は変わる」という心境になっておりまして、これはあり得るだろうなぁと思います。で、ストラト大好きという方はこの世にゴマンといるわけですが、実際にバネが音や操作性にどの程度影響するのか、体験し理解している人はかなり少ないのではないでしょうか? そこでぜひバネ実験をやりたいのですが、実は私は今、ストラトを持っていません。指板を削って売却するという暴挙に出てしまったためです(地下15階/スキャロップ実験参照)。これは、あの人に相談せねば。
私 「ストラトのバネの実験をやりたいんですが……」
赤鬼(デジマガ編集長)「実はそれ、こちらでも考えていたんですが、我々が思っている以上にセッティング等シビアらしいんですよ」
私 「……ご、ごくり」
赤鬼「バネ素人の我々で知恵を絞るより、プロに話を聞きに行きませんか」
というわけでやってきたのが東京・御茶ノ水にあるESP御茶ノ水ギターワークショップ。ここには国内大御所ギタリストも頼りにしているというその道のマスターであり、実験室にもたびたび企画ご協力いただいているクラフト&リペア担当の林宏樹さんがいます。
赤鬼 「実は我々、バネ実験を考えておりまして……」
林さん「ああ、面白いですね。まずバネの種類は……で、バネを効率良く交換していくためには……(以下、2万字割愛)」
私 「ご、ご、ごくりぃ………」
すると赤鬼が、アイコンタクトで次のように訴えかけてきました。
赤鬼「(……これ、林さんに出てもらったほうが早くね?)」
私 「(……編集長、あんたって人は→→→ナイス!)」
というわけで出演交渉をしてみたところ、まさかの快諾! じゃあ、実験室、はじめるよー!
赤鬼「いや、ところで室長、アーミング得意ですか? トレモロ・スプリングが付いているギター、もはや持っていませんよね?」
私 「……ぎ、ぎくり」
赤鬼「であれば、プロのご協力も得られましたし、ストラト・マスターのあの超絶ギタリストに出演をお願いしましょう。それじゃ、ストラト・バネ実験、始めるぜー!」
あぁ、それ私のセリフ……。
■使用機材
◎フェンダー・ストラトキャスター(ギター)
◎フェンダー Bassbreaker 15(アンプ)
◎KS-ODX(オーバードライブ)
◎Ex-pro/FLシリーズ(ケーブル)
◎アーニーボール・スーパー・スリンキー(弦/09〜42)
◎Kelly SIMONZオリジナル・ピック ウルテム(ピック)
◎ESP Floyd Rose Tremolo Spring(バネ)
◎ESP CUSTOM LAB Tremolo Tone Springs Type-1(バネ)
◎ESP CUSTOM LAB Tremolo Tone Springs Type-2(バネ)
◎Raw Vintage Tremolo Springs RVTS-1(バネ)
◎SCUD Tremolo Power Spring GE-PSP-H(バネ)
さて、今回のもうひとりのゲストは、皆さんお馴染み、超絶ギタリストのケリー・サイモンさんです。ストラト・マスターであり、アーミングについても一家言をお持ちということでご登場いただきました。ケリーさんは通常、バネは3本がけで、真ん中の1本がストレート、両脇の2本をハの字にかけているそうです。それでフローティングさせ、3弦開放で1音〜1音半アップできるようにセッティングしているとのこと。今回の実験では、バネの掛け方を変えて、同じフレーズを弾いていただき、音や操作性についてチェックしていきます。
まずは、最もポピュラーだと思われる3本ストレート掛けから試していただきました。
ケリーさんの感想は「ちょっと感触が固めですね。音は張りがあるというか……抜け過ぎのように感じます」というもの。我々はまずこれを基準として、以降のものをチェックしていきましょう。
次に3本、ハの字がけです。これも特にロックの世界では一般的な掛け方ですね。ケリーさんもいつもはコレとのこと。
試奏していただいた感想は、「いつもの感じなので、問題なく弾けます」。操作性については見ている者にはわかりませんが、ここで注目していただきたいのはサウンドです。ぼーっと見ていると(聴いていると)わかりませんが、実はこの掛け方の方が明らかにローが出ていますね! 低音弦をズンズン弾くフレーズを聴き比べてください(2:51〜と3:21〜)。こうして比べると、1の時にケリーさんが「張りがあるというか……抜け過ぎ」といった意味がわかります。1の方が低音がタイトですもんね。
普通に考えると、ハの字掛けの方が、真ん中の1本以外の張力が増しているので音も硬くなりそうなイメージですが、張力の変化をハンガーで調整してフローティングの具合を揃えています(そうしないと、弦とPUの距離も変わってしまい、音が変わるのは当然ということになりますので)。掛け方(+ハンガーの調整)で、操作性だけでなく、音も変わるのか! 私には新鮮な驚きでした。
この掛け方は、私は知りませんでした。なんだかバランスが悪そうな掛け方ですが、どうなんでしょう?
ケリーさんのコメントは「3本掛けでは一番固い気がします。アーミングの細かいコントロールが、ちょっとし難いです」とのこと。調整をしてくださった林さんも「かなりバネの張力が強いので、ハンガーをだいぶ緩めました」ということです。動画左上に出ているバネ部分を写した画像でも、低音弦側のハンガーが緩められていることがわかります。
サウンドは、私が聴く限りではローが出過ぎだと感じましたが、皆さんはいかがですか? ちょっと低音弦の音の粒が粗く、アタマが潰れてしまっているように聴こえるのですが(3:51〜)。バランスが悪そうな掛け方は、操作性、音ともに厳しいということですね。
次に4本掛けです。これもよく見る、一般的な掛け方のひとつだと思います。ケリーさん曰く「操作性は滑らかではないんですが、トルクがある感じ。音は、やはりタイトです」。
私が聴いた印象は、ローはしっかり出ていますが、3の3本N字掛けのように嫌なローの出方ではなく、バランスが取れていると感じました。ちなみにギタマガで取材したSugi Guitarsさんでは「“柔らかいスプリング”で、4本掛けがベスト」と仰っていました。これはもちろんすべてのギターに当てはまるわけではないと思いますが、興味深い意見なので紹介しておきます。
出たー! これは、基本的にアームを使わない人向けという感じですね。あるいは1954年のストラト・デビュー当時は、この世にライト・ゲージが存在しませんでしたから、当時の極太弦でのアーミングを想定したものと思われます。
林さん曰く「5本ということで安定するように感じるかもしれませんが、実はバネはある程度伸びたところが最も安定します。5本も付けていると1本1本のバネが縮みきってしまうので、逆に不安定になりがちで詰まった音になることもありますね」とのこと。ふ、深い。ヘッドホンでよくよくそのサウンドを聴いてみると、なるほど、詰まった音かぁ。わかるような気がします。プラシーボでしょうか……。
この掛け方は、一部メタル系プレイヤーが実践していますね。これは例えば、5本掛けの場合は5人で一緒に重たいものを持ち上げていたのを、たったふたりで持ち上げるのと一緒ですから、それぞれのバネの負担感は半端ないはずです。お前が休んだら、俺もアウトじゃ、みたいな。まぁ、頑張っていただきましょう。
ケリーさん曰く「操作性はなめらかです。丸く、細い音になった気がします」とのこと。私も、なんというか音に張りがないように感じます。そうかなーと思う人は、3本ハの字掛けあたりに戻って、聴き比べてみてください。ね?
地下実験室らしい、アホな掛け方も一丁やってみましょう。見たことがない、1本がけです。林さん、お願いします。「できません」。へ?「バネの力が弦の張力に負けてしまい、ハンガーを調整できる限界まで動かしてもチューニングが合いません」。あらー……。では、仕方がありません。ちょっとズルですが、この1本掛けのみ張力が強い製品を使って、意地でも1本掛けに挑戦してみましょう。
画像を見てください! どうです、この絵? 黒い塗装に、張力が強い黒いバネが1本、絵的にはめちゃくちゃかっこいいですね! ただし、弾くと誰にも見えないので無意味ですが。
ケリーさん曰く「まぁ、弾くのが無理というほどではありませんが、遊びがあり過ぎです」。音の方も、イメージ通りですがコシがないですね。これも3本ハの字掛けあたりに戻って聴き比べると、よくわかります。さて、ここまで実験して驚いたのは「掛け方で、操作性だけでなく、音まで変わる」ということ、それと「やはり定番の掛け方は音のバランスが良い」ということですね。それから、巷でよく言われる「リバーブ感」。これをチェックしたくて、ケリーさんにはリバーブなしで弾いてもらい、最後のフレーズはEのコードを短く切ってもらったんですが、正直よくわかりませんでした……。
では、実験2に行ってみたいと思います。
ここでは、バネの掛け方は統一して(ケリーさんお好みの3本ハの字掛け)、市販されているリプレイス用のバネを交換し、そのサウンドをチェックしていきたいと思います。キモはその固さになるんですが、バネ自体の外径、線径、そしてバネが縮んでいる時の長さ(自由長)によって変わります(もちろん材質も関係しますが、実はバネの材質自体はそれほど変わらないことが多いとか)。この外径&線径&自由長が、意外と製品によって異なるんですよ。XXXの場合は伸びきった時の長さが心の拠り所となるわけですが、バネは縮んでいる時が勝負なんですね。ふーん。
まずは、ESPのフロイドローズ用のスプリングです。これは、純正のストラト用のものより、若干固いとのこと。この製品は、外径7.8mm、線径1.3mm、自由長64.5mm(以下、すべて実測値)です。外径が小さいのが特徴ですね。
「デフォルト(フェンダー純正)より若干固いですが、安心感がありますね。音の抜けも良いです」とケリーさん。なるほど、確かに最後のハーモニックスなんか、すごくキレイに出ていますね。我々は、これを基準に他の製品の音をチェックしていきましょう!
これはESPカスタムラボのスプリング2種のうち、固い方です。ちなみに、今回協力いただいているESP林さんが開発されたものです。とはいえ、この2種のスプリングとも通常よりソフトでしなやかなスプリングとなっています。このType-2は外径9.2mm、線径1.3mm、自由長64mmと外径が大きいのが特徴です。
ケリーさん曰く「こちらの方がベターですね。ボクとしては固過ぎないほうが、自分のタッチでコントロールできるので弾きやすいです」。音の感じは、よりソフトに感じます。逆に、パワフルで音圧がある感じにしたければ、Floyd Rose Tremolo Springもアリですね。好みで付け替えてみると楽しそうです。
同じくESPカスタムラボのスプリング2種のうち、柔らかい方です。外径8.2mm、線径1.2mm、自由長64mmと、外径、線径ともに細くなっており、かなり柔らかいスプリングですね。通常のセッティングでは、4本から5本張ることを想定したものだとか。これは本当に柔らかいんですね、ハンガーがギリギリまで締められているのがわかるかと思います。
ケリーさんは「音色的には、歪ませた時はType-2より1のほうが好みですね」と仰っています。確かに、音が柔らかい感じがしますね。自分のストラトの音がちょっと固いなぁと悩んでいる人には、効果が期待できそうなバネです。
これは柔らかいタイプで、ビンテージ・ギターへの交換用として人気のあるバネですね。外径8.8mm、線径1.3mm、自由長63.2mmです。柔らかさということで言えば、ESPのType-1よりは少し固いんでしょう、それはハンガーの位置を見てもわかりますね。
サウンドに関しては、音の張り具合と柔らかさのバランスが良いように思います。人気があるのも納得いたしました。
パワー・スプリングというだけあって、最も固いスプリングになります。外径8.2mm、線径1.3mm、自由長60.0mmで、要は長さを短くして、固くしているようです。
これを3本ハの字掛けしようとしたところ、林さんからNGが! 「固過ぎて、3本掛けてしまうとフローティングできません。フローティングさせて同じセッティングを保つためにハンガーをギリギリまで手前に持ってくると、バネがまったく伸びずに外れてしまいます……」とのこと。仕方がないので、このバネだけは2本ハの字掛けとしました。それでも「操作性は固めで、音もパリッパリですね」とはケリーさんのお言葉。恐るべし、SCUD Tremolo Power Spring!
結論:ストラトの音は、トレモロ・スプリング(裏バネ)の掛け方や製品によって変化し、好みの方向へ調整することができる。
今回は、動画の最後にケリーさん、林さん、私の鼎談を設けさせてもらいました。そこでケリーさんが「普段やらない掛け方も試すことができました。ボクはどんなギターを弾いても自分の音になってしまうんですが、それでも今日は違いが出ていたと思います」と仰っています。本当にその通りで、ケリーさんクラスのギタリストは多少アレなギターを弾いてもタッチによる補正を無意識に行ないますから、実は違いがわかりにくいという側面もあるのですが、それでも違いが出ていましたよね? 個人的には製品ではなく、掛け方でけっこう音が変わることに驚きました。
また、林さんの「やっちゃいけないという掛け方はないが、やはり理にかなっている掛け方というのはある」という言葉にも納得です。定番の掛け方は、音のバランスも取れていました。
これを見て、自分でもいろいろ調整してみたいという人のために、林さんのスペシャル調整講座も収録しております。ぜひご覧ください。きちんと調整されたシンクロナイズド・トレモロはこんなに狂わないんだということも、私にとっては発見でした! 最後に、ケリーさん、林さん、改めましてありがとうございました。
それでは皆さん、次回地下30階でお会いしましょう!
Kelly SIMONZ(ケリー・サイモン)
1970年7月1日、大阪生まれ。超絶ギタリスト。1998年には自主制作アルバム『Sign Of The Times』をリリース。翌年ソロ名義の『Silent Scream』でメジャー・デビューを果たす。2003年よりESP/MIジャパンの特別講師に就任。2009年にはリットーミュージックより『超絶ギタリスト養成ギプス』を刊行、テクニカル系ギタリストを目指すプレイヤーのバイブルとしてベスト・セラーになる。Kelly SIMONZ's Blind Faithの最新作は、2015年7月1日リリースの『AT THE GATES OF A NEW WORLD』(キングレコード)。 超絶ライブ情報や話題のKSエフェクターについてはオフィシャルHPをご参照ください。
井戸沼尚也(いどぬま・なおや)
大学在学中から環境音楽系のスタジオ・ワークを中心に、プロとしてのキャリアをスタート。CM音楽制作等に携わりつつ、自己のバンド“Il Berlione”のギタリストとして海外で評価を得る。第2回ギター・マガジン・チャンピオンシップ・準グランプリ受賞。現在はZubola funk Laboratoryでの演奏をメインに、ギター・プレイヤーとライター/エディターの2本立てで活動中。