Positive Grid Spark LIVE meets Toshiki Soejima & Naho Kimama
- 2024/12/13
ネック用材
楽器を弾く際、誰しも間違いなく最初に触れる部分“ネック”。厚み、幅、形状、重さだけでなく木素材自体の質感も選ぶ際の重要な要素であることは言うまでもありません。ネックとの相性がしっくりこない楽器はどうしても手に取りづらくなりますからね。ネックがプレイの“ネック”になるというわけです。上手い弾き手は楽器に合わせることもできるでしょうが、多くの巷プレイヤーにとってネックとの不仲は、合わない枕同様、深刻な問題です。リシェイプという方法もありますが、ここはひとつ、思い切ってネックごと作ってしまわんばかりの貴方へ、ネック素材をご紹介します。
ネック用のメイプル材と言えばハード・タイプが主。見た目が整った柾目、強度が高く、杢のバリエーション豊富な板目といった感じでしょうか、アメ色に焼けたビンテージ・ネックなど経年変化による美しさも魅力的ですね。
天地二方柾目(木目が90度に近いもの)にはピッチの整ったカーリーがよく見られます。カーリーがなくても目幅の詰んだ柾目は、それだけで大変美しいものです。どの角度から見てもバランスの良いカーリーが見られるフォーサイド・タイプ(四方柾、Rift Sawn)も捨てがたい存在です。ネックのラウンド断面部にもしっかりスジが刻まれますからね。柾目で気をつけないといけないのは、穴開けなど加工時に過度な衝撃を加えないことです。一気に縦方向に割れてしまいますので慎重に加工をば。
バーズアイは板目面(Flat Sawn)に強く現れます。この杢を柾目面で見ると眼が開かず、杢が彗星状に流れたような形状になります。樹芯に向かうにしたがって眼が小さくなるのはご存知のとおり。バーズアイにフレーム調の杢が重なると、それはそれは美しい立体感を生み出します。北米系、ヨーロッパ系、アジア系それぞれのメイプルに存在する杢ですが、どことなく人類同様の特徴が出るような気がします。
素材を真空状態かつ中高温で焼き上げることにより、木質細胞内の成分を変化させ強度、物性を高めると同時にエイジング効果を狙った加工材です。こんがり焦がしたダークから、わずかに焼いたライト、そしてその中間のミディアムまでスターバックスもびっくりのロースト・バリエーションがあります。Beforeに比べて総じて軽くなり、タップトーンも変化します。基材がシュガー・メイプルの場合、メイプルシロップの甘い香りが漂いますので甘党にはオススメの材です。
ここ数年、“THE定番”の名をほしいままにする中南米産マホガニーの地位を狙って、世界各地から続々と刺客が訪れています。中でもアジア、ポリネシア産のマホガニーが目立ちます。育ちが早いのでしょうか、木質のざっくり感は否めませんが、色も近く、今後の代替材としてさらに流通が増えそうな勢いです。もちろんカヤやシポなどのアフリカン・マホガニー、そしてサペリなどの見た目近似種もネック材として安定した地位を築いています。
上質なマホガニーは狂いが少なく、加工性も高く、ネック材としてもコストパフォーマンス最高の材だと言えます。と同時にもろさもあり、ネック・ヘッド部など木目が途切れた部分などに力が加わると、容赦なく断裂します。バキッと割れるというより、モサッといった感じで繊維が剥がれる印象です。歩留まり効率だけを考えて木取ると、後々痛い目に合うこともありますのでご注意を。
近年人気の高いカーリー・タイプ。マホガニーのカーリーはピッチが細かく均質に出るタイプが多く、高級感があります。いわゆるフィドルバック・タイプです。アコギ個人ルシアー系の需要が高いにも関わらず、国内在庫はほとんどなく入手はとても困難です。見かけたら買っておく素材No.1ですね。
派手なボディ材にコーディネイトすべくネックにも杢っ気が求められています。強度、物性を考えるとややリスキーな点も否めませんが、その辺りはロッド補強やラミネート加工などでのカバーをオススメします。
クラシック・ギターのネックとして有名な材です。香りのせいでシダーと呼ばれていますが、れっきとした広葉樹でマホガニーを軽く色白にした雰囲気です。楽器以外の用途としては葉巻入れとして有名(いわゆるシガーボックスですね)。
ほとんどのローズ類が国際間で流通規制される中、細々と残った国内在庫と数少ない認証輸入材だけが頼りです。その需給バランスから価格的にも高価で、いつの時代も憧れのネック材であります。今回の特集後半で、この材の魅力に取り憑かれた方をご紹介します。
ネック材としては某ハイエンド・メーカーの専売特許のような存在です。油分の多いブラジリアンはひんやりとして滑らかで、無塗装でもきもてぃいい触感を味わえます。杢や色のバリエーションの豊かさは他に類するものが存在しません。
ローズ類の中では、今でも柾目のキレイな材が入手しやすいので最初のローズはこの種をレコメンドします。深い紫からダーク・ブラウンの色調は平面で見るより、ネックのような立体断面で見た時の方が遙かに高級感あります。
上述のローズ2種に比べて比重が高く、油分も多く含みます。それゆえ、この材でしか得られない音があるようで、それにはまると少々重くても、香りがスパイシーでも気にならないとか。削りたてからの経時色変化はローズ類の中で最もドラマティックで、さほど時間を要さず濃茶から黒化していきます。
ネックとしては、まだほとんど見かけませんが、ヴィヴィドな色目、しっかりとした比重感、整った木目など、これからの要注目ローズウッドです。流通名として“○○ローズ”と呼ばれていてもその実ローズじゃない木がたくさんある中で、貴重な正統派として見逃せません。
ここで弦楽器におけるネックの役割について深く考察を進めてきた人物を紹介します。ピアニスト村松健氏がその人。1983年、大学在学時にアルバム・デビュー。以来、多くのオリジナル作品を発表するとともに、CMやテレビ、ラジオのテーマ曲、そしてアニメ/サウンドトラックなどを手掛けることにより幅広いファン層を獲得してきました。近年では、シリーズ化された富士通やアフラックのCM曲を手掛け、その曲により企業イメージが向上し、株価にさえ影響を及ぼしたと言われています。独特の哀愁を帯びたフレーズは村松節とも呼ばれ、一聴で氏の曲であることがわかるほどです。
ではなぜ、そのようなピアニストの村松健氏が弦楽器のネックを考察するのでしょうか? 氏は90年代から取り憑かれたように奄美大島に通ううちに島の三絃(※奄美三味線)に強く惹かれるようになります。自身でもプレイするうちに、既存の三絃では表現しきれない物足りなさを感じ、やがて自ら選んだ材を削り、細かい工夫を重ねてオリジナルの三絃を製作することになります。それは同時に島の伴奏楽器であった三弦を独奏楽器として進化、探求することでもありました。 そんな氏と5月某日、密会できることになり、島における三絃の製作事情と氏の三絃ライフについて伺ってみました。
ここでは村松健氏が創造する三絃楽器だけでなく旧来の三線、三味線なども総称してこう呼んでいます。
筆者(以下:FW) どうして自ら三絃を製作するようになったのですか?
村松健氏(以下:村松) 90年代から奄美大島に通うようになって以降、楽器を求めるために先達の製作者を訪ねましたが、その多くは造形としての型を踏襲するにとどまっていて、音について明確な意識をもって作っている方はごく少数でした。西洋楽器を声としてプレイしてきた私にとって伴奏楽器としての三絃ではなく、さらに表現力豊かで器の大きい楽器が必要だったのです。
FW 製作を始めて感じたことは?
村松 もともと木を削ることは好きでしたが、何より自ら材を選りすぐり、型を削り出した成果が音色になる醍醐味は音楽家である自分にとってこの上ない歓びでした。自分でも使いたいと思える楽器が生まれ始めたのは、ほんの5年ほど前のことです。
FW 今はどのくらいの頻度で削っているのですか?
村松 いつも年明けに2~3本まとめて削ります。儀式のようなものですね。
FW 三絃の棹が出音に与える影響はどんな風に感じられますか?
村松 三絃はシンプルな楽器ゆえ棹の影響が半分、ボディや“からくい”(ペグ)の影響が残り半分といった感じでしょうか。からくいは調弦するだけでなく、音色をイコライジングする効果もあります。人間に例えるなら棹は声帯、ボディは頭蓋骨のようなものです。声帯が発する音を頭蓋骨で共鳴させ、声として伝えているのと同様の仕組みが三絃にも備わっているわけです。
FW ご自身が思う理想の三絃サウンドとはどのようなものでしょうか?
村松 三絃独特の鐘のような輝きに加え、琴の典雅、琵琶の幽玄さ、バンジョーのグルーヴ感、そしてガット・ギターの繊細さを兼ね備えて表現できるような弦楽器が理想です。さらに音の広がりや遠達性も不可欠な要素です。具体的にはダイナミックスとサステインを十分に確保した上で、トーンの太さや変化の幅を持った、従来の三絃とは違う領域を目指しています。
FW これまで様々な材を削ってこられたと思いますが、どのような材を試されましたか?
村松 アジアの材も色々削りましたが、私の音楽を表現できるものではありませんでした。マホガニーも試しましたが、重心が下がりきらず満足できませんでした。中南米ローズではココボロやホンジュラス・ローズを削りました。ココボロは大変力強い音色で、一時メインで使用したこともありました。ホンジュラスは抜群のパワーを持っていたのですが、華やかさに欠ける気がしました。一方、本物のローズではないもののパーフェロ(ボリビアン・ローズウッド)を削ったところ、油分が少ないので、さほど期待していなかったのですが、出音はアタックが強く優れたものでした。アフリカ系ではブラックウッドやピンク・アイボリーを削りました。ブラックウッドは大変キレイに仕上がるのですが、素材として重過ぎたのか、狙った音は得られませんでした。ピンク・アイボリーはものすごく弾力のある素材でした。
FW 今までに削った棹の中で最もお気に入りは?
村松 今年削ったブラジリアン・ローズウッドの出来が良く、夢のような表現力を得られました。自分の仕業とは思えないくらいの神秘的な出来で、完成当初は夜通しプレイし続けるほどでした。この三絃のおかげで、今回ようやく三絃による音楽を世の中に送り出そうと思えるようになった次第です。
FW なるほど、その三絃を使ってレコーディングされたのが最新作というわけですね?
村松 最新作は初の三絃完全独奏作品でして、2枚同時発売を予定しています。1枚は移り住んだ奄美大島の感受性に呼応し、島の1年をその折々に綴った8つの短編集です。もう1枚は聴く人を自然と神秘の世界に誘い、祈るような穏やかさと自然との一体感を回復させるための6曲からなります。
FW 私も早くブラジリアン三絃を聴いてみたくなりました。本日はお忙しい中、お時間をいただきありがとうございました。
村松 こちらこそ、ありがっさまありょうた!(奄美の方言で「Thank you very much」の意)
理想とする音楽表現を目指して自ら楽器を製作する村松氏のインタビュー、いかがでしたでしょうか。氏の話を聞いて、棹(ネック)が出音に与える影響が想像以上に大きいことを改めて確認しました。次に購入する楽器は、ネックを中心に吟味しても良いかもしれません。
※CDについてのお問い合わせは村松健オフィシャルFacebookまで。
次回は7月28日(木)更新予定。夏場の木になる情報をお届けします。
森 芳樹(FINEWOOD)
1965年、京都府生まれ。趣味で木材を購入したのが運の尽き、すっかりその魅力に取り憑かれ、2009年にレア材のウェブ・ショップ、FINEWOODを始める。ウクレレ/アコースティック・ギター材を中心に、王道から逸れたレア・ウッドをセレクトすることから、“珍樹ハンター”との異名をとる。2012年からアマチュア・ウクレレ・ビルダーに向けた製作コンテスト“ウクレレ総選挙”を主催するなど、木材にまつわる仕掛け人としても知られる。