AQUBE MUSIC PRODUCTS
- 2024/11/16
エレクトリック・ギター(彫金、彫刻、インレイ等)
独自のニッチな切り口でギターはじめとするさまざまな機材を取り上げる機材ラビリンス。その評価軸は基本的に音や機能に置かれていることは間違いないが、Dr.Dの視点はそれだけに止まらない。ルックス、見た目、つまり「美しさ、カッコよさ」という価値観もギターにとって大切なものではないのか。そんな価値観から今回は、彫金、彫刻、インレイ等で装飾された美麗なギターを17本、紹介してみたい。
音にならないモノに、どれだけお金を払えるのか──。
考えた事はあるだろうか? ギターやアンプは音に関係している。シールドやエフェクターもそうだ。電源……も音に関係するか。エフェクター・ボードは……確かに音には影響はないかもしれないが、セッティングの効率化や運搬のリスクを考えると必要か。その意味ではスイッチャーなんかも微妙な線だ。音に関係がなくたって、ストラップも、チューナーもあるにこした事はない。もちろん、必要だから、それらは存在しているはずなのだ。
では、ライブのために新しい服を買うのは全く無駄な行為という事になるのか? ここは確かに悩むポイントだろう。そうではないと思いたいが、「音に関係がない」事を考えると、どこかうしろめたいものを感じざるを得ない。何故か。それは、機材を運ぶのにレンタカーを借りることや、ショック・マウント付きのケースに入れ替えるのとは明らかに違って、それが本当に必要かどうかは、結局、己の中にある虚栄心などとの相談になってくるからなのだろう。どうやら、音に関係がない上に、効率やパフォーマンスからも無縁な物に対して支出を行なうことを、ミュージシャンという種類の人間は、どこかで自動的に背徳心に問いかけるようにできている生き物のようだ。そして、あげくの果てに、そういったモノへの支出を、現在のスタンスや奏者としての“腕”などにからめ、誰に責められてもいないのに勝手に自分の中で天秤にかけて悶々とする。
なんとも馬鹿馬鹿しい話じゃないか。明らかに欺瞞とわかっていても、この問題に向き合おうとしない音使いは意外に多い。音と服は関係がない、でも欲しいなら買えば良い。それだけのことがわからない。ギタリストにTPOがないわけではないが、「音に関係がない」ものが全て「無用な物」ではないはずだ。会社の重役でなければグリーン車にも乗れないというのは、現代においては非常にナンセンスだと言わねばなるまい。それと同じ事だ。
そう考えると、アンプとキャビのトーレックスの色を揃えたりすることや、ギターのペイントや装飾なども全く同じ理屈に当てはまる。それらは、肝心な音に対して、ほとんどの場合、全くと言って良いほど影響を与える要素ではない。それでも、派手なインレイや高名な彫金師の作品には破格の値段が設定されたりする。そして、今日も誰かがそれを買っている。欲しいから────ただそれだけの理由で。だが、それで十分じゃなかったのか。いつから、音に関係のない物が無価値だと思うようになってしまったのか。音への執着やこだわりが増えてくるほどに己をがんじがらめにしてしまう、言わば、職業病のようなジレンマで身動きができなくなってしまっている人のなんと多い事か。
思い出して欲しい。初めて入った楽器屋で、金ピカに塗られたレス・ポールに魅入られたあの日の事を。3コードしか弾けなくったって、テンガロン・ハットをかぶってステージに上がった時のワクワク感を。音を出さないモノ達が、ギタリストを導く瞬間が必ずある。それを無視してはいけない。巨大スタジアムのコンサートで豆粒のようにしか見えないステージ上のヒーローから確かな歓喜が伝染するように、熟練の職人の手によって施されたギターの装飾がショウケースの向こうから己の魂を揺さぶる時がきっと来る。自分がそこを通りかかるのを待っていてくれた楽器達の、音を出さない「カッコつけ」を共に喜んでやってくれはしないか。だってそうじゃないか。ギタリストだからって、ギターを持っていない所でカッコつけちゃいけない法なんてあるわけがない。それと同じだ。
音に関係があろうがなかろうが、カッコよくなきゃ始まらない。それがミュージシャン、それがギター、それが楽器の世界。だから、キルトもトラ杢も同じだ。バック・パネルの掠れたアーティストのサインも、ツアー・ケースのハゲかけたステッカーも、破れまくったツイードも、決して金額では量れない。それは自身の中で、それらの呼びかけに必死に応えようとする何かにしかそれ自身の価値を判断し得ない。だからこそ、人は、誰かに理解されることはないとは知りつつも、明日のライブのために服を買い、ブーツまでもついでに新調してしまうのだ。
無数の音にならない「カッコつけ」たちが、今日もひしめき合って自分の中で声を上げている。それを、すました顔で、旋律に乗せ聴衆に叩き付けるギタリストの相(さが)を呪え。……そして。
ステージが終わったら、その服をコインランドリーにぶち込んで、今度は、もの言わぬ楽器達の「カッコつけ」に付き合ってやってはくれないだろうか。
今回は、装飾されたエレキ・ギターを特集する。グラフィック/ペイントやシルエット整形を除いた「物理装飾」によるアート・マテリアルを施されたエレキ・ギターを、デジマートの在庫に準拠する形でリサーチしてみた。インレイに関してはドットやブロックのような一般的な物ではなく、名は知られていても、見た目にも美麗でなるべく希少価値の高いものを選別している。最近は指板用シールも多数あるが、本物はやはり質感が違う。しかも、今回選んだモデルは、見た目だけでなく皆、実用に堪えうる音のクオリティを持っているモデルばかりである。結果として高級な仕様が多くなってしまったのですぐには手が出ない人も多いかとは思うが、いずれ訪れるであろう“一生に1本の選択”の際に、こういった視点がある事を憶えておくのも良いだろう。また、単にこれらは目の保養にも最適である。本当に最高峰のインレイ・ワークや装飾彫金を鑑賞するならばオーダーのワンオフ物やショウ・モデルを手に入れるに限るが、デジマートにある市販品に近いものでも様々なバリエーションのアート装飾の数々を見られるので、気になる人は是非検索してみて欲しい。意外な掘り出し物があるかもしれない。
※注:(*)マークがモデル名の後につくものは、レビューをしながらもこのコンテンツの公開時にデジマートに在庫がなくなってしまった商品だ。データ・ベースとして利用する方のためにそのままリスト上に残しておくので、後日、気になった時にリンクをクリックしてもらえば、出品されている可能性もある。興味を持たれた方はこまめにチェックしてみよう!
欧州はおろか、全世界にカスタム・メイド・ギターの最高峰として名を馳せるZemaitis。オリジナルは、半世紀にも渡る生産年数にして、初期のアコースティック・モデルやスチューデント・モデル等をあわせてもわずか600本程度しか作られなかったという、本物のオーダー・プロダクトである。その全てをたった一人で手がけ、2002年に亡くなった主宰アンタナス(“トニー”)・カシミア・ゼマイティス。その意志を真摯に受け継ぎ、2005年に神田商会が新生Zemaitisの立ち上げを公に発表してからすでに10年の歳月が流れた。1本1本の仕様が異なるオリジナルZemaitisを量産化するために基準となるスペックを整理し直すという気の遠くなる作業からそれは始まり、専用の工場を国内に立ち上げ……その中でも、年間でほんのわずかな本数しか作られない採算度外視とも言える厳格な品質管理の中、より完璧なオリジナル・クオリティに迫ろうとするカスタム・ショップ。そのフラッグシップとも言うべきモデルの最右翼こそ、この「METAL FRONT」ということになるであろう。
他に例を見ないトップ全面を被うジュラルミンの鈍い光沢とそこに施された美しい彫金のインパクトは、一度見たら忘れる事などできない。まさに、職人工芸によるアート的価値の一つの到達点を誰もが認めざるを得ないほどに、その美は達観しているのである。それもそのはず、このギターという完成されたシルエットに見事にマッチした全面彫金をデザインした人物こそ、オリジナルのZemaitis時代から、マスター・エングレイバー(彫金技師)として“トニー”・ゼマイティスのギター製作を支えたダニー・オブライエンその人だからである。そのオリジナル時代より数々の名ギタリスト達を虜にした妖艶かつ圧巻のダンディズムを誇るフロント・デザインは、新生Zemaitisになってもカスタム・ショップでは変わる事なくダニーの監修のもとで一つ一つ手彫りで制作される。そして、その細密な彫金は、ブリッジ、テイルピース、トラスロッド・カバーはおろか、エスカッションやジャックプレートにまで及ぶ。そのため、それは同じデザインでも一つ一つ微妙に彫面の形状が異なるため、金属面を伝わる音に複雑かつ予測不能な振動波形の乱れが付加され、各個体の音色に絶妙な差が生まれると言われている。個体差云々の都市伝説的な要素は除いても、金属面を伝わり増幅される独特の倍音感とサステイン、そしてロー・ミッドから鋭く立ち上がる硬質のエッジははっきりと感じる事ができるほどにその音には特徴がある。この音、このアイデアこそ、まさにZemaitisギターの真骨頂であろう。
せっかくの豪華なホンジュラス・マホガニーによるボディやネックから伝わるはずの丸みのある音色を期待しすぎると、その鋭角な音の立ち上がりに多少の戸惑いはあるかもしれないが、マホガニー特有のワイドに包み込むような響きも、大音量にすれば多少奥まってはいるもののしっかりとついてくる。その微妙な二つの材の違いから来る時間差が生む奇怪な“二重音”とでも言うのか……全く二つの異なる楽器を同時に重ねて鳴らすような不思議なニュアンスは、やはりこのギターでしか味わえない独特のものであろう。個人的には、70年代あたりのHiwattアンプなどで鳴らせば、最もこのギターの特性を活かせるような気がする。近年、このシリーズには、オリジナル時代には無かった「スカル」「ドラゴン」「トライバル」等の新たな時代のニーズに向けた前衛的なデザインも登場し、よりステージ映えする容姿を揃えてきている。新世代に引き継がれたZemaitisの崇高なる精神を知るには、この彫金の意匠が語るメッセージを見逃さない事こそ重要なのだろう。
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Zemaitis製の彫金モデルを語る上で欠かせないもう一つの顔と言えば、この「DISC FRONT」シリーズに違いあるまい。英国の誇るロック・バンド、ザ・ローリング・ストーンズのギタリストとして知られるロン(ロニー)・ウッドが、60年代のオリジナル個体を今でも愛用しており、世に最も早くこのメーカーの存在を知らしめた一種のシンボル的モデルである。水研ぎによりつや消しされたボディのブラック・ラッカー塗装に、ピックアップからテイルピースまでを内包する真円のメタル・プレートが良く映える。ルックスにおいては全面に金属を施した「METAL FRONT」ほどのゴージャスさはないが、金属の豊かな響きと、ボディ材のマホガニーによるふくよかなアタックがほど良く混ざりあい、太いながらも実に透き通った芯のあるサウンドを生み出す。倍音の出方にしても、木の自然な減衰が、なだらかに広がってゆく金属の静謐な余韻に入れ替わっていくところなど、音の“統一感”においては圧倒的に使い出のあるモデルと言えるだろう。
よくZemaitisの個性的な音色を飼いならすのに、その金属由来の細やかで鋭利なピークを「エフェクターとの相性が良い」などとごまかし気味に解説する論調があるが、この「DISC FRONT」タイプのモデルならば、ネガティブな意味ではなく、むしろ積極的にエフェクターの使用をお勧めしたい。特に相性が良いのは、ボリューム系のモダンなクリーン・ブースターやナチュラル系のポスト・コンプ等だ。音像の輪郭を強めつつ、減衰域がロールする瞬間の出足を自分のピッキング深度に合わせて意図的にコントロールしてやると、非常に図太く、見違えるようにパワフルなサウンドを放出するようになる。また、ロン自身もそうしているように、スライド・バーなどの併用と実に相性が良い。この場合、特に、金属パーツを多用することによるギター本体のグラウンドの優位さゆえのノイズレス、そして、巻き弦の再生精度の異常な高さが、より幻想的でピーキーなウェーブを生成するのに適しているからだ。
3ハム、5ポジション・セレクターによる多彩な音質も、ジャンルに縛られない要素として重宝する事だろう。彫金としては、このモデルでしか見られないセレクター・プレートへの彫り込みがアクセントになっており、実に渋い。とにもかくにも、現行カスタム・ショップ製のモデルの中では、この「DISC FRONT」こそ、音とルックス、そしてブランドの個性が見事なバランスで融合した最も先進的なモデルである事は疑いようのない事実であろう。
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「鳥」のシルエットは、PRS製ギターの象徴のような記号である。かつてはオプションでありながらも、今や“Modern Eagle”をはじめとした多くのモデルに標準で入れられるようになった「バード・インレイ」もその一つだ。あまりにも有名なそのインレイ・デザインの中の7フレット位置に入れられている鳥が「ノドアカハチドリ(英名Ruby-throated Hummingbird)」であり、なんと、その鳥をボディ・トップに大胆に彫刻したモデルがこの“Private Stock McCarty Bird Limited Run”が存在する。非常に固く細工のしにくいメイプル材に、これだけ大きな“ハミングバード”の雄姿を刻むのは相当根気のいる作業だったに違いない。しかも、Private Stockで使われるようなバリバリの虎目の出たイーストコースト・カーリーメイプルという高級材で、触ってもかなり凹凸の感じられるほど大胆な彫り込みを行なった手際はさすがPRSの職人といったところだろう。この装飾の存在感は、決してペイント物では出し得ない高級感である。
同社の“Private Stock Bird Limited Run”には、他にも、鳥彫刻家としても有名なフロイド・シュルツがデザインしたとされる“Landing Eagle”も存在しており、エレキ・ギターにとっては二の次とされがちな物理装飾というジャンルにおいても彼らは一切手を抜く事ながない。あらゆる方面からギターの工芸的価値を高めようとするその姿勢には頭が下がる。肝心の音色はと言えば、材の良さも相まってさすがのビンテージ・ライク。ややパワーが抑え目なピックアップといい、厚めのボディといい、レスポンスはレス・ポールを強く意識しているのは間違いないが、滑らかなエッジの立ち方、そして手馴染みの良いネックによるプレイアビリティの高さはさすがだ。
国内でもトップに彫刻を持つ“Bird Limited Run”は数えるほどしか存在しないはずだが、こういった見た目を含めたあらゆる面で完成された『象徴的ギター』に一生添い遂げる事で、ギタリストとしてのアイデンティティを固めてゆくのも一つの考え方と言える。音にまつわるスペック以上の付加価値について考えるとき、100年先でも薄まる事なくくっきりと刻まれたままのそのアイコンを己の物としたいと言う欲求は、ギタリストにとってごく自然なものだということだけは、ここに明言しておこう。
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「Custom Crimson」とは、カスタム・ショップ内での特別なワン・オーダー製作の時にのみ用いられた赤いマーキング・テープの印に由来したネーミングであり、個人工房クラスのスペシャルなカスタム・スペックを生み出すために2012年にナッシュビル工場の中に作られた精鋭チームによるプロダクトを示す言葉である。最高グレードのストック材を用い、ショウ・モデルに用いられるような豪奢なインレイ・ワークや彫金をふんだんに施した個体も多く、そのスペックたるや博物館に飾られてもおかしくないほどに極められた逸品になるという、まさにカスタムの中のカスタム。
この“Custom Crimson L-5 CT Quilt Cherry Sunburst”はそうした中の1本で、あの元Valley Artsの創始者の一人であり、90年代からギブソンのカスタム・ショップにも参加していたマイク・マグワイヤのマスター・ビルド作品。計らずもカスタム・クリムゾン・チームが発足した2012年に引退宣言をした彼にとって、まさに置き土産ともいうべき貴重な足跡を刻んだ歴史の節目に生まれた奇跡の個体と言って良い。しかも、ピックアップやトラスロッドのカバー部分やテイルピースには、元カスタム・ショップのエングレイバーとしてその優美で流れるような陰刻で定評のあったブルース・カンケルによる手彫り彫金が施されているのである。17インチの引き締まった“L-5”のシルエットがさらにその彫金の輝きを目立たせ、チェリー・サンバーストの艶やかなフィニッシュの中にあって、その黄金のハードウェアの光沢が夜闇に沈み行く寸前の燃え上がるような黄昏を思わせるようで圧倒される。
音ももはや文句の付けどころのない伝統の“L-5”サウンドで、現代仕様となった説明不要の“57 Classic”ピックアップと同社のアーチトップの歴史を作ってきたと言って良いfホール入りのボディのマッチングが生む、まるで高域の倍音がほろほろとこぼれ落ちるような甘美なジャジィ・トーンに胸が熱くなる。軽く指で爪弾いただけで、そのまろやかな音色が伝統のスプルース・トップを這うように広がるのがわかる。ネック・グリップも思いのほかがっちりとした握り込みで作られており、繊細なトップの装飾とは真逆の、質実剛健ともいうべき同社製ギターの剛性をいささかも損なう事なく組み上げた職人技にただ感嘆するのみだ。手に入れたならば、まさに一生モノの愛器となる事だろう。
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カナダを拠点に、木材による「音」と「美」の巧を極めたギターを少量生産のハンドメイドによって生産するBlueberry Guitars。そのプロジェクトは、カナダのベテラン・ギタリスト、ダニー・フォンフェダーが、旅先でギターを紛失するというトラブルに見舞われた際、たまたまバリ島のワークショップで知り合った木彫り職人ワヤン・ターゲスと意気投合し、全く新しいアプローチのギターを作ると決意した事から始まった。すでにその世界では名を知られた職人であったワヤンの強烈なインパクトを与える木彫り工芸のレイアウトをギターに組み入れるため、ダニーは、バーモント州ポストミルズの片田舎で楽器製作学校を運営する凄腕の職人ジョージ・モーリスをマスター・ルシアーとして召還し、高度な現代的英知を結集させたそのギターを完成させたのである。
特に、その中でも貴重な“Electric”(ソリッド・ギター)は一度見たら忘れられないインパクトを持っている。何しろ、トップ材がボディ本体まで到達するほど深く彫り込まれ、まるで宮大工の彫った「欄間(らんま:日本家屋の部屋や廊下との境目に施される、透かし彫りなどの彫刻を施した板)」のごとき凄まじい風格を否応無しに見せつけるからだ。今回リサーチの際に偶然見つけた個体は、なんと全面木彫りのトップ材にローズウッドを使用するという、ソリッド・ギターとしては規格外の風体を誇っていた。油分の多い素材のテカリも艶かしく、実際に弾いてみると驚くほどバック材のマホガニーの温かい音色に上手く芯を与えてくれていた。かなり極端に彫り込んであるため弦振動が上手く伝わらないのではと最初は不安だったが、予想以上に音の分離は良く、ブライトに鳴る。ブリッジこそ金属製のチューン“オー”マティックだが、テイルピースもローズウッドで掘り出してあるのがかなり効いているようだ。ネックにもメイプルとローズウッドが3ピースで組まれ、かなり斬新な木材選択ではあるが、組み上げは実に精密で、音のバランスも思いのほかモダンな響きを持ち合わせたくっきりと輪郭を持ったトーンに仕上げられているところに、ルシアーのジョージの腕の確かさが伝わる逸品だった。とにかく、ソリッド・ギターとしては今までにない心地よさを持った木の鳴りなのだ。
さらに、指板の素晴らしいエボニーの上から、これまた鮮やかな木製のインレイが入れられているのもこのギターを唯一無二の存在に押し上げている要因と言えよう。地球を半周する距離を経て結びついた、三人の達人によるアイデアと技術と情熱の結晶であるこのギターは、見た目に負けないくらいその音の優位性が突出している事がもっと認知されれば、あっという間に今後その価値が高まる事は請け合いだ。ワヤンの装飾を含め全てがハンドメイドのため、アコースティック・ギターはまだしも、ソリッド・ギターを国内で見る事は珍しいので、知名度の低い今ならば、その本来の価値以下の価格で手に入れるチャンスと言える。見かけたら是非ゲットして欲しい逸品だ。
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フランス生まれの名物ルシアー、ジェイムス・トラサートの名とともに、その美しい彫金を施されたスチール・ボディ、スチール・トップのギターは、ヨーロッパのみならず、もはや全世界に認知されるようになって久しい。古きアメリカン・ギターのサウンドに魅せられながらも、決してトラディショナルな趣向にしがみつこうとせず、ギターを1本作るたびに常に新しい考えを付加しようとするその姿勢は、数多くの著名なギタリスト達から称賛され続けている。
フランス時代の初期の製品で、その彼の名を一気に高めたとされる、溶接されたホロウ構造の金属ボディと木製ネックの組み合わせによる“Steel Deville”や、近年、このブランドの代名詞ともなっている「Rust-O-Matic(ラスト・オー・マティック)処理」(ボディに使うスチール材で硬い鰐皮の織地などを両面からプレスし、さらにそれを数日間水中に放置することで、ついた模様の上から彫金を施す手法。腐食した赤錆の浮き出た表層部分をあえて残すのが特徴。ビリー・ギボンズが命名)は、ご存知の方も多いであろう。2000年に拠点の工房をL.Aに移してからも、未だ彫金は基本的に本国のフランスで行っている事も含め、全てをハンドメイドで作らなければ気がすまないという非効率をあえて享受するスタイルを堅持しているJames Trussartのギター。だが、その発想はどこかあっけらかんとしており、まさに自由闊達。型破り。それでいて、長年培ったルシアーとしての経験とあらゆる音楽への深い造詣が導き出したギターの形にそのアイデアを当てはめると、不思議と古い物と新しい物を完璧な調和によって混ぜ合わせたような不思議な音とルックスのギターが出来上がるのだ。
この“STEEL MASTER”もそういったものの一つで、基本構造はセミ・ホロウのジャズ・マスターのような風体ながら、トップ全面に金属プレートを張り巡らせた職人気質の結晶とも言うべき絶妙な風合いの逸品。今回試奏した固体の金属部分は「Rust-O-Matic」ではなかったものの、独特のレリック処理により、“燻し”たような鈍い輝きを放つ金属面はペイズリーを写した模様の上から細密な彫金を施した恐ろしく重厚感のあるルックスに仕上げられていた。その装飾がどれほど音に影響するかは謎だが、このギターの大きな特徴として、ヘッド部分の化粧板にもこの金属板が大きく施されている点だろう。こちらはマシンヘッドにも接触している事から、鳴りにも少なからず影響を与えていると思われる。実際、このギターのアタックは恐ろしいほどに明瞭で、巻き弦でも音が団子にならないできちっと分離して聴こえるのが、気持ち良かった。絶妙にピッキングのムラを底支えしながら、弾けるように音を拾い上げるこの音の出方を司るためには、今やこのブランドのピックアップ製作の全てを担当するようになった、パートナー兼マイク・ビルダーでもあるロブ・ティモンズの力も欠かせないのだろう。これほど複合的なセンスを消しあう事なく引き立て、あらゆるマテリアルを充実させるための技術。そして、その能力を駆使する人材の適性を見抜き配置する眼力こそ、このメーカー最大の強みと言えるだろう。
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今、プライベートな国産のハンドメイド工房の中でも、その傑出した感性と技巧によりコアなファン層に知名度が浸透しつつある注目のブランド、I Hush Guitars。茨城県取手市の自宅工房で製造から組み上げ、そしてその印象的なボディ・トップの彫金までを全て一人でこなす職人・井橋直樹氏の手によって生み出されるギターは、シルエットこそスタンダードながら、その中身において斬新なアイデアの宝庫であり、彼にしか生み出し得ない確かな世界感を演出する特異なサウンドを持っている事でも知られる。
この“STRATO PIRATE FIGURED”は、シンライン・スタイルのチャンバー構造のストラトに、トップ全面を被うアルミ板を装着したモデルだ。このメーカーの最大の特徴は、この美しい彫金を施された金属板を、単なる飾りとしてではなく、ギターのトップ、しかも、ホロウ構造の個体のトップ材──“共鳴素体”の一部として有効に機能させている事にある。軽く弾いただけでもはっきりとわかる。これは、Zemaitisのように基本的にソリッド構造の物に施す金属トップとは全く似て非なる物で、Zemaitisのメタル・トップが金属の豊かな響きそのものを余すことなく音に還元しようとしているのに対し、I Hush Guitarsのプレートは、その透き通った鳴りを音に加味する事はもちろんだが、ともすれば過剰になりがちなホロウ構造の雑味を生む内部反響をさりげなくミュートする役割を担っているという点において更に精密な音バランス制御にかかる性質を要求されているのである。しかも、サステインはむしろ膨張しすぎる事もなく、キレイな金属特有の伸びの方が上手く押し出されている。ソリッド・スタイルのギターにメタル・トップを合わせた時に弱点となるとされてきた「ボディ本体の材の音質を殺してしまう」部分を、上手く美味しいところだけ取り出せるようにしているこの着眼点には恐れ入る。決して見た目だけではない、実に洗練されたトーン制御の感性を織り込まれた構造になっているというわけだ。しかも、グラウンドが金属プレートに流されているので、パワフルなピックアップを載せていてもホロウ構造にも関わらずハウリにくくなっているというところも一石二鳥の手腕と言って良い。重さの面でもホロウ構造が金属プレートの重量のハンデを相殺し、なおかつ、シンクロナイズド・トレモロのサステイン・ブロックが実に上手くギターの前倒れを阻止する役割を果たしているように思える。
試奏した個体はボディがアッシュのホロウなので、100Wアンプをフルにするとやや低音がダブついてしまう観はあったが、音量を上げすぎなければ、元々ホロウにしてはノイズに強い構造を持っているため、このギターはかなり強力な武器になりそうだ。彫金も、作者の独学とはいえ、浅い彫り込みながらもなかなか味わいのあるマッシュな陰影がこの音にもマッチしているようにも感じられた。ギターのスタイルは他にもレス・ポール・タイプやVタイプのものもラインナップしており、それらは重量バランスのためにブリッジの下に専用のブラス製ブロックを埋めたり、レス・ポール・タイプにいたってはトップのアーチ用にアルミ板を一つ一つ丁寧に打ち出して板金し、カーブを形成したりと全てに抜かりなく手間と工夫が注ぎ込まれている。まだ国内流通量は限られるが、見かけたら是非手に取って試していただきたい。その恐るべきポテンシャルに驚くはずだ。
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山口県にあるコンポーネント・ギター工房の雄、Provision Guitar。その創立期にごく少数だけ生産され、このメーカーの技術と材選びの確かさを広めた名器“KARAKUSA”が、製造ラインに帰還した事は喜ばしい限りだ。やはりこのギターの魅力と言えば、ため息がでるほど見事な杢目のメイプル材を贅沢に配置したトップの艶やかさと、サウンド・ホールとしてくり貫かれた唐草の文様の見事さに尽きるだろう。ステージ映えし、それでいて装飾は機能重視でありながらも、さりげなく落ち着いたロケーションを演出する、その杢目と彫刻の対比は、まさに熟練の奏者の手によって奏でられるのに相応しい凛とした佇まいに統一されている。
さらに、ピックアップ・カバーの材も同じ斑紋の木から調達してその背景となるトップと同化させる等、心憎い仕様だ。基本はProvisionオリジナルのP-90タイプが主流だが、復刻に伴いテレキャス・スタイルのシングルやハムバッカー・タイプのものも見かけるようになり、音のバリエーションも豊富になった。ホロウ構造独特の丸い飽和と急激なロールに押されず、くっきりとしたアタックに連なるコシのある余韻が好印象だった。しかも、高域の倍音がうるさすぎる事もなく、上から下まで気持ちよく鳴ってくれる。
“KARAKUSA”の標準モデルでよく採用されているGOTOH製“GTC102”はやや弦間が狭めに作られているためスムーズなピッキングにはある程度の慣れが必要だが、このモデルのように多少Rが作ってある指板のギターなどには、チョーキング等で非常に優位なので、ポジティブに捉えて指を慣らしていくと良いだろう。創業当初から変わらない、Provision特有のあのネックがびんびん響く感じも相変わらずで、レスポンス特性は最高だ。さりげない工芸技術で音もルックスも調和させてしまう、こういったギターを、いざというときのために1本は所有しておきたいものである。
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「METAL FRONT」や「DISC FRONT」等のジュラルミン・モデルと対をなす、Zemaitisの中でも最もその個性を全面的に押し出し贅を尽くしたモデルが、この「PEARL FRONT」である。別名シェル・トップとも呼ばれるそれは、トップ全面に、あらゆる組み合わせで天然貝によるモザイクを貼り巡らせる手法で作られる、史上最も美しいギターの一つとしてたたえられるほどの贅沢な仕様が特徴だ。
希少木材に負けず劣らずワシントン条約で使用が厳しく制限される素材もある中、アバロンを始め、白蝶貝、黄蝶貝、黒蝶貝等を、光沢の流れる方向や裁断の角度によって変化をつけ、シルエットに沿って乱れ散るスペクトラムを美しく配置することでこのギターは作られる。その輝きは、観賞用のためだけに生まれた伝統工芸品と言ってもおかしくないくらいの、狂おしい反射のひらめきの中に埋もれ、高貴な存在感を纏うようになる。ステージでは、ピンスポットがその上をひとナメするだけで光のスプラッシュが四方に飛び散る様を見る事ができるだろう。肝心の音はと言えば……何とも表現しにくのだが、その容姿とは裏腹に、朴訥というか、非常に控えめと言うのだろうか。パシっと乾いていて粒立ちの良い音なのだが、思ったほど音に倍音が乗ってこず、どちらかと言えばタイトな部類になるだろう。バック材のマホガニーと貝で埋められたトップの間にはスプルースが張られているようだが、ブリッジの音はあまり横には広がらないようだ。枯れた音、というのとも違う、どこか淡々としていて、出音の情報量に対して、その音が空気に触れた瞬間に硬い真珠の粒に戻って地面に散らばるような……そんなニュアンスのサウンドなのである。
音量自体はきちんとあるので、ビンテージのチューブ・コンプなどでレシオを下げてやると、このギター独特のアタックの強さに隠れていた鈍い光沢がようやく顔を出すようになるだろう。もしくは、元の淡白な音をテープ・エコー等で自然にサチュレーションを高めながらハイ・カットを効かせてやると、絶妙に渋みのある減衰を生み出し、柔らかくメリハリの利いたサウンドを引き出す事もできる。今回は試せなかったが、レスリーのようなロータリー・サウンドともなにげに相性が良さそうだ。このギターを弾くと、単に歪みをかませて元気よく使うだけが能じゃないという事をあらためて教えられる。必要なのは、上質且つやや雑味のある「チューブ・サチュレーション」と、「力を抑えたピッキング」らしい。興味のある方は是非お試しあれ。
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カスタム・ショップ謹製、第4のモデル「SUPERIOR」。ホンジュラス・マホガニーのボディを黒衣のつや消しフィニッシュで仕立て、それに合わせたこれも見事に真っ黒な最上のエボニー指板という、ド派手なメタルやパールでこれでもかとトップ材を飾り立てた他のモデルに比べれば地味な印象もあるこの個体。実はオリジナルの時代から、Zemaitisの中でも「最も音のバランスに優れている」のがこのシリーズではないかと噂されるほど、その実践的価値を追求されたモデルとして世界的に賞賛されているのである。
思ったほど手に取った重さやバランスは「METAL FLONT」等と変わらないような気がしたが、実際に音を出してみると……驚いた。本当に、音は他の3シリーズとは全く別物であった。まず、1回、ピッキングしただけで、ふくよかな、マホガニー材特有の一斉にザァッと立ち上がって吹きこぼれるようなブライトなサウンドが溢れたからだ。他のどの機種からもほとんど感じられなかったネックを振動が這い上がる感じもはっきりと指先に伝わる。そして、アンプの出音も、見違えるようにミドルの倍音が増え、美しい枯れたカーブが哀愁を呼び起こすように鳴くようになった。サステイン自体は金属トップの方があるように感じたが、これぞまさに自然なギターのサウンドだ。しかも、メイプル等の硬いトップがなくても、しっかりと音に芯が残り、ざらざらとした音色には決してならない。どうやら、Zemaitis特有の重厚な金属ブリッジのサウンドが、ここでしっかりと活かされてきているようだ。
ピックアップも、特に3連シングルの“TerZetto(ターゼット:イタリア語で「三重奏」の意味)”スタイルでは、「PEARL FRONT」の時とは全く異なる、きらめくようなピークを感じる事ができた。ピックアップについても、現行品の今ひとつ伸びのない音色が、オリジナルで使われていたようなKent Armstrong製スタック・ハム等との個性の差かとも思っていたが、現行品のピックアップ本来のポテンシャルを発揮できる「SUPERIOR」に触れる事によって、その考えが大きな誤解だった事に気付かされた。このモデルこそ、個性ではなく、本来のギター・サウンドで真っ向から勝負できるZemaitisそのものポテンシャルを引き出せるラインであるようだ。装飾的に見ても、メタル・パーツの彫金だけではなく、きちんと隙間無くトップの外周を埋めるシェルによる象嵌やダイヤモンド・インレイもバックの黒を引き立てるように実にセンス良く配置されているのがわかる。メタルやシェルでなければ、あえてトップにメイプル等を使用する必要もないというZemaitisの哲学さえも垣間見えるようでいっそ清々しくも感じるモデルだ。
むろん、それは、他のモデルの音が悪いと言う意味ではない。全てをトータルして考える時、それはZemaitisにとっては音の善し悪しではなく、単なるフロントの意匠の違いによる架け替えの差を明確にするためだけの差別化でしかないのである。それらは、時代に適したモデルとそうでないモデルはあるものの、全ては「Zemaitisの音」を均等に4分割した一部分でしかなかったというわけだ。4本のシリーズを全て弾き比べて初めてわかるその個性の真実、そして奥深さの片鱗に触れる事ができるブランド、Zemaitis。恐るべし。
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90年代の大改革の波を乗り越え、新世代と旧世代の技術的融合を果たした老舗Washburn。その中でも一目見ただけでわかる、かのポール・スタンレー(KISS)御大のためのシグネチャー・モデル“PS1800”。Ibanezの2663(後の“Iceman”の基本形とされるモデル)やグレコの“M”(ミラージュ)シリーズを彷彿とさせるシルエットもさることながら、やはりそのトップにラインストーンをびっしりと敷き詰めたド派手なルックスこそが真骨頂と言わんばかりに、とにかく眩しいギターである。
ホワイトのバインディングの内側はクラックド・ミラー・トップとなっており、ファセット・カットされたラインストーンの輝きはその鏡面部からの反射も受け、ミラーボールを抱えていたほうがマシと言えるほどに凄まじい輝きを放つので、実際のステージではピッキングに支障が出ないか心配になるほどだ。だが、まあ、暗いステージの上では存外弾きやすい集光効果もあるかもしれない、などと思ったりしないわけでもない。とにかく、粒の揃ったストーンをこれだけの広面に手作業で一つ一つ接着していった職人達の根気に脱帽である。指板に埋められたアバロンのポジション・マークによる光沢もボディの派手さに負けていない。重さは多少感じるものの、これだけの石を配しながら前に傾く事はなく、実に持ちやすいのは素晴らしい。
また、さらにこのギターの凄いのはその見た目だけでは終わらない音の良さにあると言えよう。とにかくよく歪むし、歪みすぎてもシャギーになりすぎる事がなく、しっかりと纏まった音圧のある鳴りと立体感のあるエッジを維持できているのには驚いた。Randallのピックアップのパワーもさることながら、ボディのマホガニーとトップの細かなラインストーンの相性は決して悪くないようである。また、バズ・フェイトン・チューニング・システムを採用し、和音の整合が完璧なのも嬉しい。やはり、こういったギターはポール同様に長身のプレイヤーに、激しくギターを揺さぶるようにプレイしてもらってこそ華があるというものだ。コレクションするだけじゃもったいないギターなので、是非購入後はステージでぶん回してやって欲しい。
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PRSというブランドを華麗で美しいイメージに確定させた、究極のインレイ・デザイン“DRAGON”。元々、ドラゴンのアート・ワークを個人のギターに取り入れる事をすでに70年代から試みていたとされるポール・リード・スミスが、その長年の夢をプロフェッショナル・インレイ・ワークの頂点として正式にラインナップする事にしたのは、何といってもメリーランド州のラリー・サイフル社と接点を持った事が大きかったに違いない。CNCルーターによる人の手の及ばないほどの細密なディレクションにより、90年代以降のバード・インレイをラリー・サイフル社が手がけるようになったのはあまりにも有名だ。
彼らの手にかかれば、どんなに加工が困難な宝石類をもカットして隙間無く配置する事ができたし、目測や勘では及びもしないフレットを挟んだ連携や、“2000”以降の“DRAGON”シリーズに見られるようなPRS特有の複雑なアーチトップに対して立体的にインレイを施す事も可能だったからだ。そうして生まれた“DRAGON”シリーズは、1991年から限定で生産を開始され、1992年に正式に第1号のプロトタイプ(この22フレット・スタイルのモデルが、後の“Custom 22”の原型となる)が発売されるに至る。当初のモデルは指板のみのインレイだったが、それでも200種類を越えるパーツを組み合わせた豪華絢爛なもので、“DRAGON II”“DRAGON III”と回を重ねるたびにその使用ピースや装飾に用いられる宝飾の種類も増えていった。そして、ついに1999年発表の“DRADON 2000”からはボディにも大胆に装飾が入れられるようになり、その複雑さも面積も圧倒的に拡大していく事になる。
その後は周期的に記念モデルとして度々Private Stock等に登場した“DRAGON”は、2015年に30周年記念モデルとして新たな“DRAGON”を発表した。それは、デザイナーに世界初のファンタジー・テーブルトークRPGのシリーズ「Dungeons & Dragons」のアート・ワークを手がけるジェフ・イーズリーをむかえ、かつてないスタイリッシュな、そして躍動感のあるドラゴン図によって完成を見た。その輝かしい装飾に命を吹き込まれた30th記念“DRAGON”は、翡翠、ラピスラズリ、アジュライトの様な鉱石から、アバロン、各種マザー・オブ・パール等による合計285種類ものパーツで構成される巨大インレイと、タイガー・アイ、ナイトシェードといった2種類のラッカーでフィニッシュされて市場に卸された。
いずれの“DRAGON”も、もはやフレットの打ち直しすら不可能と思わせるほどの精密なインレイ・ワーク故に実際の使用も躊躇われるほどの高級モデルだが、そこに使われる杢材もまた最高級グレードの物ばかりなので、弾き込めば歴代のモデルのどれもが凄まじく良い音を出すに違いない。コレクションとしても今後資産価値の上がる代物なので、PRSファンならば、一生に一度はこれらを我が手にする夢を見ながら日々を過ごすだけでもささやか幸福感を得られることだろう。
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天下のGibsonと言えば、やはりレス・ポールなどに見られる台形のディッシュ・インレイが代表的かと思われがちだが、その質実剛健なイメージを持つギブソンの中にも特殊なインレイを持つ物が存在する。そういったシリーズの一つが、カスタム・ショップの中の更なるスペシャル・ラインである「Custom Crimson」で作られるこの“ULTIMA”だ。
アコースティック・ギターでは広く見られる同社のあの独特の形状の蔦模様「ツリー・オブ・ライフ」。それを、ただでさえ狭いエレキ・ギターの指板にみっちりと彫り込んだその美しさは、それが特別な製品である事を否が応にも教えてくれる。しかもここに採用されるのは、伝統的にヘッドストック等に刻まれてきたアイコン・デザインである‘壺咲き’──すなわち「フラワー・ポット」をそのツルの根元部分に用いた実に見事なデザインに仕上げられたインレイなのである。このシリーズに標準のパーロイドでできたグローバー“Imperial”ペグや、ボディ・トップに施されたアバロンの象嵌、さらにはその眩しいゴールド・パーツも含め、目に毒と言えるほど上質な佇まいのギターであり、やはり弾くのを躊躇ってしまうほどの高級志向である事だけは間違いない。もはや、ボディ・トップの目も眩むようなキルティッド・メイプルなどただの一般仕様と言わんばかりの華やかな容姿に、ため息が漏れる事必至だ。
さらに、別仕様の“ULTIMA”では、オーダーにより「フラワー・ポット」よりも更に豪華な特殊“炎(フレイム)”型インレイ等を持つ個体も存在しているようだ。世紀をまたいでGibson独自のインレイ技術を継承し続ける、カスタム・ショップのインレイ職人達。今後も更に個性的な装飾の妙技を発揮して、その素晴らしい音に匹敵する高度かつ硬派な細工で人々を魅了し続けて欲しいものだ。
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川の名を持つギターでおなじみ、近代的解釈の高級ギター・メーカーKnaggs Guitars。主宰でありマスター・ルシアーのジョー・ナッグスは、元々PRSにおける最高品質ラインである“Private Stock”を統括していた人物であり、ポール・リード・スミス自身も認める20年来の右腕として名の知られた現代最高峰の職人である。そんな人物が作るギターは、斬新かつ実践的なアイデアと、PRS仕込みの装飾技術を融合した期待通りのずば抜けたクオリティで、2009年の設立以来、瞬く間にトップ・ブランドの一つへと登り詰めてしまったことでも知られる。
“Choptank”とはメリーランド州のチェサピーク湾にそそぐ川の名称で、ストラト・スタイルのロング・スケール、3シングルでありながら、シングルカッタウェイであり、さらにテレキャスターのようなブリッジ・プレート上にリア・ピックアップがマウントされる「チェサピーク・ブリッジ」(通常は固定式だが、蝶番連結された全く新しい方式のトレモロ・タイプも存在する)を採用しているモデルだ。歯切れの良いサウンドが特徴で、手にがっしりと握り感を伝えるグリップといい、ストラトよりもむしろテレキャスに近いフィールを感じさせる仕様だ。サステインには特有の硬質な響きがあり、全体的な出音はモダン、しかも、強い歪みに対しても音量が上がるほど懐の深い反応を見せるので、常に余力を残すような地に脚の着いたプレイを目指したい人にはとても良いギターと言えるだろう。
中でも、『Tier 1』と言われる上級ライン用に特別に用意された個体には、12フレット位置にオシャレな蜻蛉(トンボ)のインレイを入れた日本限定モデルが存在する。それをただのワンポイント・インレイと侮るなかれ、なんと、その1ヵ所だけで、5種類のマテリアルによる39ものピースからなる非常に緻密な仕事によって形作られているというから驚きだ。同社自慢のカラフルな魚インレイだけでなく、土地柄に合わせた風光明媚なアクセントでユーザーの目を楽しませてくれるところも、このブランドの素晴らしいところだろう。他にも、『Tier 1』グレードならではのピックガードにまで使用される材の見事さや、ハット・ノブのトップに入れられたアバロンの化粧、ココボロ指板等のスペックも見逃せない。見た目でもプレイでも楽しめる本当の意味での“使えるギター”、それがこのブランドの基準のようだ。
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「ツリー・オブ・ライフ」と呼ばれるインレイは、Martin等のギターやマンドリンに戦前から施されていた事でも知られ、古い物だと19世紀にはすでにあったとされる美麗装飾の大定番である。指板の狭いエレキ・ギターにはあまり取り入れられる事はなかったが、それでもショウ/カスタム・モデルやシグネチャー・モデルにおいて、海外ではギブソンやシェクター、PRS(フラワー・インレイとも呼ばれる)、国内ではIbanez、ESP等が昔から積極的にこのインレイを用いていたことで知られる。
インレイ自体の太さや花弁の有無等、用いるマテリアルの数や種類までメーカーによっても千差万別という中において、Ibanezはオリジナル・ギターに力を入れ始めた70年代中頃から、ここぞというモデルでは必ずこのインレイを愛着を持って用いてきた経緯がある。彼らの「ツリー・オブ・ライフ」が他のメーカーと大きく異なっていたのは、どの時代でもその「実用性」において高く評価されてきた点にある。原始的な「ツリー・オブ・ライフ」がその装飾の華麗さを競うあまり過剰なまでに複雑で優美な仕様に仕立てようとする中、Ibanezのこだわっていた着眼点は、インレイがきちんと本来のポジション・マークの役割を果たすかどうか、という事のみであった。
同社の「ツリー・オブ・ライフ」をよく見ると、それは、基準となる1、3、5、7、9、12、15、17、19…といった従来のマーク・ポイント位置に目立つ大きな花弁が来ていたり、わざと色のついた貝を配置されたりしているのがはっきりとわかる。明らかに、インレイの上からでもフレットのポジションが一目で分かるようにデザインされており、一見、貧相に見えるそのツタの細さでさえも、花弁のポジションとの明るさの対比の中でデザインと実用性を見事にバランスするように計算された“あえて控えめ”な記号だと見ると、それは本当に粋な日本の美徳を象徴するような仕事と言う事ができるだろう。今や、Ibanezの「ツリー・オブ・ライフ」は、その大半がトップ・ラインの一つであるJ.customに受け継がれ、現行品ではこのJCRG15シリーズ(5色あり、木目を活かした1501、1502、1505のみにボディにアバロンのリーフ・インレイが施されている)などでその歴史を繋いでいる。
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コンポーネント・ギターの原点に返るような、まさにESPの技術と情熱が注ぎ込まれた見事な一点ものショウ・モデル“2015 Exhibition Limited STREAM-G Natural ”──通称「Mummy」。もはやこれをバーフリング(木を埋め込む装飾)と呼んで良いのかさえ不明な、木工による貼材装飾を極限まで追求した芸術作品である。
「Mummy=ミイラ(木乃伊)」の名が示す通り、指板はおろかボディの大半を果てしない数のナラとパープルハートのチップによる濃淡のみで構成し、その落窪み虚空を宿した眼底や、潰れた鼻、ひからびた歯茎から覗く薄汚れた歯牙のひとつひとつまでを完璧に描き切っている。波打つような褐色のフレイムを浮かび上がらせたナラの杢目が、黄ばんだ包帯のイメージを全面に押し出すとともに、どこか古い荒土の陶器を思わせるような不思議な哀愁を放つ。稼働部を持つハードウェアとナット以外は、裏蓋を含めたほとんどのパーツが木でできており、装飾の邪魔をしないあくまでもパッシブなセンスで勝負しているところがそういった感覚を呼び起こさせるように感じた。
このシルエットのもとになった“Stream”シリーズのベースのようにスルーネックでこそないが、ネック自体は、パドゥク、ウェンジ、ハード・メイプルによる9層にも及ぶラミネイトで恐るべき剛性を保ち、指板の「Mummy」インレイの下には贅沢にもかなり黒みの強いエボニーが配置されるという、超豪華な組み合わせによる“いかにも”な材を、セットネックで丁寧に組み込んでいる。さらに、ボディ材はトップにウォルナットとメイプル、バックにシルバーハート(アニグレ)を用いるというかなり前衛的な仕様が目を引くが、音を出せば、見事に木材の調和を活かした、ミドルの強い突っ込みのあるダークな熱量をはじき出した。響き成分がことのほか多く、ピッキングの精度は求められるものの、タッチはどこで弾いてもなめらかで、解像度の高さが光るロー・ミッドを中心にかなり早めに飽和するような音色がとりわけ気持ちよかった。唯一無二の見た目と、複数の木材の鳴りをまとめあげたESPの技と知恵の真髄をダイレクトに感じることのできる1本だ。
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桜のインレイと言えば、PRSのプライベート・ストックで見られる美しい“Cherry Blossom”インレイがあるが、そこまで貴重で高価な製品でなくとも、国内には素晴らしい桜のインレイを持つモデルがある。それが、DEVISERの飛鳥工場でストックする厳選された木材で作られた“EWC(Exotic Wood Custom)-SAKURA”である。
これは、ボディのトップ材、ヘッドストックの化粧板に樺やミズメではない本物の和材の本桜(長野産)を使用し、メイプル・ネックの指板には淡く紫に輝くパープルハートを、そして、その上に花びらを散らしたかのような光沢のあるメイプル・インレイを散らすように埋め込んだ和の風合いを全面に押し出したモデルだ。まるでそれ自体が夜闇に佇む1本の老木のごとき厳粛なオーラを放つとともに、そのルックスには、着物の帯に封じられた絵巻のような、“時の流れ”すら感じさせる優美な儚さが漂っている。桜は硬質材だが、メイプルよりも遥かに粘りが強く、ギターのトップに貼るとあまりコンコンせずにコシの強いハイ・ミッドを放ってくれるなかなか優秀な木である。この“EWC-SAKURA”のバック材はアッシュなので、引き締まった低域と合わせ、やや重心の低い、しかしブライトなアタックが音の輪郭をしっかりと拾い上げてくれるとても収まりの良い音になっているのがすぐに感じられた。突き抜けるようなパワーこそないものの、搭載されているMOJOTONEのピックアップが持つぴしっとクリアな抜け感は表現力の幅があり、繊細でテクニカルなプレイにはもってこいな印象だった。
このギターには現行でテレキャス・タイプ(フロント・ピックアップはアルニコP-90タイプ“Classic”)の“T-MASTER”と、ストラト・タイプ(レイアウトはSSH)の“G-STUDIO”がそれぞれ用意されており、特に“G-STUDIO”は限定12本なので気になる人は早めにゲットしておく事をお勧めする。
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なかなか雑誌やメディア等では紹介されない、インレイや彫刻、彫金のくくり、いかがだったであろうか?
もちろん、断っておくが、今回の特集など実際の本格的な楽器装飾のほんの入り口にしかすぎない。商品の選定についての部分でも少し触れたが、このテーマをやるためにはショウ・モデルや個人のオーダー品の研究は避けては通れないので、市場に流れる物しか扱っていないデジマートの在庫だけでは当然その深淵には到達し得ない。ギターだけで考えても、アコギの世界の装飾などはさらに奥深く、完全な高等芸術の域に達してしまっている物さえあるほどだ。あくまでも今回はこういった情報に縁遠かった人達に少しでも興味を持っていただけたらと思い企画した次第である。
個人的なインレイの思い出としては、アコギだとギブソンやマーチンだけでなく、Larrivee(ラリビー)なんかも印象に残っている。和物ではフジゲンも素晴らしいインレイを掘っていた時期があった。現代のギターのインレイ・ワークを語るならば、古くはマイク・ロングワース、そして、当然のようにウイリアム・ラスキン(William“Grit”Laskin)あたりのビッグ・ネームは避けては通れない。特にラスキンは、静物から、人物、動物、抽象物から浮世絵まで、全てにストーリーがあり、躍動するインレイでは並ぶ者がないとされる職人である。……そうそう、最近では日本でもなかなかに腕のたつインレイ職人が育っている事をご存知だろうか? ギブソン・カスタム・ショップ時代のインレイ職人レン・ファーガソンに師事した加藤穂高氏などはご存知の方も多い事だろう。他にも国内には神谷一毅氏や小川貴之氏といった実力派がいる。興味がある方は調べてみて欲しい。
話は変わるが、先日、同じデジマート内のコンテンツで大人気連載中の「デジマート地下実験室」用に、ちょっと面白い機能のあるアイソレーション電源を貸し出させていただいた。なかなか興味深い結果が出ているようなので、そちらも是非チェックしてみて欲しい。ほぼ、この日本という国でしか有り得ない、電源に関する“とある難問”にいつも通り体当たりで挑んでいるので、音に関わる人ならばきっと参考になる事だろう。
それでは、次回11/11(水)の『Dr.Dの機材ラビリンス』もお楽しみに。
今井 靖(いまい・やすし)
フリーライター。数々のスタジオや楽器店での勤務を経て、フロリダへ単身レコーディング・エンジニア修行を敢行。帰国後、ギター・システムの製作請負やスタジオ・プランナーとして従事する一方、自ら立ち上げた海外向けインディーズ・レーベルの代表に就任。上京後は、現場で培った楽器、機材全般の知識を生かして、プロ音楽ライターとして独立。徹底した現場主義、実践主義に基づいて書かれる文章の説得力は高い評価を受けている。