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- 2024/11/16
セイレン
♪セイレン それは ハワイィよりすごい 幸せの甘い音~ セイレン♪というわけで、今回は秋の香りが漂い始めた信州・松本のセイレン株式会社/セイレン弦楽器工房を訪ねました。近年は主力のウクレレだけにとどまらず、モバイル・ベースなど新たなカテゴリー開発にも精力的な同社の製作現場最前線から保有銘木・珍木素材の数々を全部見ちゃいました。
2011年7月にスタートしたセイレン社。年数だけを見るとうんと若い工房ながら、社主であり楽器製作家である高橋信治氏=レジェンドはキャリア30有余年を誇る大ベテラン。1987年に設立したティーズギターを後進に託し、自らはさらに高みを目指してセイレン社を立ち上げました。現在は幅広い層に向けたファクトリー・ブランドT's Ukulele®と自身がすべての工程に携わるSeilenブランドを2本の柱とし、世界に向けて高品質な楽器を生み出しています。
同氏が楽器製作家としての方向を大きく変えたきっかけは1995年、ウクレレとの出会いでした。旅先で見つけた小さな楽器に惹かれ、その製作ノウハウを世界的ウクレレ製作家、故・中西清一氏から習いました。その後、オリジナル・ブランドで製作/販売するうちに、そのクオリティの高さを聞きつけた取引先のOEM生産も請け負うように。2005年には本場ハワイのウクレレ製作コンペティション、Ukulele Exhibitionで“Best in Show”(テナー以外部門での1位!)を受賞するという快挙を達成、翌年には総合でのBest in Showも受賞しました。ラグビーで南アフリカに勝つより難しいことを2年連続で成し遂げたその実績だけでなく、斬新な発想や高い楽器製作技術は本場ハワイの製作家からも一目を置かれています。
また、当時、
セイレン社は“木工団地”という、いかにも信州地域らしい工業団地の一角に居を構えています。フットサルとビーチバレーが一緒にでき、お祭り屋台が出店できるような広い駐車場と2フロアの社屋&作業棟。玄関に入るやいなや銘木達がお出迎えしてくれます。取材当日は入荷間もないであろうネック用に成形されたマホガニーや、ログから板に卸されたタマナ材などがありました。
玄関を抜けた1Fは大型パワーツールを導入した木工工程と素材保管スペース。切ったり曲げたり貼ったりの木工工程の多くがこのゆったりとしたスペースで繰り広げられていきます。特筆すべきは、壁に立てかけられた材料の数々、切粉にまぎれて見過ごしてしまいそうですが、その多くがハワイアン・コア。しかも幅が広い! 大きい丸太自体が減り、日本に輸入される段階で細く切り揃えられてしまうことが多い中で、これらのサイズは今や希少です。奥のスペースにも壁、棚、床問わず銘木トーンウッド達が保管されています。楽器に生まれ変わるその日までじっくり待っててね。
2Fには社長室&応接テーブルと組み立てスペースが。そこでは若きスタッフが日々、楽器の組み立て、最終セッティング工程に勤しんでいます。松本の厳しい冬を数度乗り越えて、今やチーフ然とした坂田さんと今年から新たに加わった松川さん。どんな仕事でも同じですが、一番最初にどこで、誰から学ぶかは自身の将来にとってかなり重要なことです。その点からすると、おふたりの環境は最高に恵まれていると言えますね。取材時にはエレキ・ウクレレの組み立てが佳境でした。この薄型エレキ・ウクレレも同社のヒット商品のひとつ。圧倒的コストパフォーマンスは他の追随を許さない次元です。そして、近年ブレイクしたモバイル・ベースも組み立て工程に突入中。ショート・スケールなれどレギュラー・チューニングで弾けるベースとして国内外のプロ・ミュージシャンにも愛用者が増えているそうです。このサイズで鉄弦仕様は今のところセイレンのみの展開。こうした進取の気風、革新的な試みを具現化できる力を備えるのは、セイレン社ならではです。
ここで高橋氏が近年注目している木工フィニッシュ、拭き漆(ふきうるし)の実演をリクエスト。木曽地方では昔から伝わる伝統産業でもある漆ですが、楽器にはどうよ?的立ち位置から、誰もが二の足を踏む技術にも率先して取り組まれています。
ご本人曰く、五十の手習いとのことで、今なお実習中だそう。確立したポジションに奢ることなく新たな技術を先人から学ばれる姿勢、敬服いたします。実演に先立ってまずはハワイアン・コアで作ったわっぱ(お弁当箱)拭き漆フィニッシュを見せてもらいました。「コアと漆は合う」とは聞いていましたが、素材自体が持つ自然な光沢、色の深みが素晴らしいですね。やや濃い目に仕上がるため、ハワイアン・コアの野趣豊かな持ち味がさらに際立っているように見えます。水飴コーティングのような化学物質で覆われた塗装も多い中、このナチュラルな質感はシェラック塗装とともに木にも環境にも優しい技術であることを今更ながら感じました。その分人当たりは厳しく、油断して生の漆に触れるとかぶれることも当然あります。完全に乾燥していれば問題ないそうですが、念のため敏感な方はご注意くださいね。
筆者(以下:FW) 最近の萌え材を教えてください。
レジェンド高橋(以下:LT) 数年前から小笠原のタマナにハマっています! たまたま泊まったペンションのオーナーさんがペンションを建てる時に伐った木を分けてもらったのが最初ですが、その後、偶然に他から大きなログが手に入りました。なんでも樹齢もおそらく100年を超えることから倒木の危険性を心配した関係者の提案で伐られたそうです。でも実際はほとんど健康な樹で、その伐り倒された樹の行く末を儚んだ楽器好き近隣住民が私に知らせてくれたというわけです。一部はすでに薄板製材し、シーズニングしています。遠くない将来に楽器として世界遺産が楽しめそうです。
FW タマナのどんなところがタマらんですか?
LT 独特の流れるような杢目、南洋材らしいエキゾチックな色合いなどです。薄板にするとマンゴーにも似た柔らかいサウンドが作れそうです。国内だと沖縄にもあるらしく、ハワイでは“カマニ”の名で知られている木です。
FW ここに暮らしていると和材との出会いも頻繁にあるのでは?
LT あり過ぎます(笑)。最近だとスポルティッドとかカーリーのトチを買いました。地元木工家の古いストックから分けてもらったので、シーズニングは完璧、価格も時代錯誤なハッピー価格でした。
FW ハワイアン・コアの入荷状況はどうですか?
LT 長年に渡って使う分よりはるかに多くの材を買い増してきたので、今のところ向こう10年は大丈夫といった感じです。全部がグレードの高いものばかりではないですが、量的には建屋内に収納できず、屋外にも保管しているほどです。
FW ハワイアン・コアを調達する際、気をつけている点は?
LT コアに限らず、海外は材のグレーディングが甘いことが多いので、そこが悩みです。わずかにカーリーが出ているだけで、ハイ・カーリー・グレードになったり、4A、5A表示連発だったり……こればかりは何度か取引して、相手のスタンダードを見極めるしかないですね。
FW ハワイでもビジネスを始められて何か感じることはありますか?
LT ハワイはメインランドや日本に比べてあくまで離島、田舎であるということでしょうか。機械部品や梱包材などを調達するにしてもほとんどメインランドから取り寄せするしかなく、時間や費用が余計にかかってしまいます。ハワイはリゾートとして楽しむには最高ですが、本格的なビジネスに取り組むにはなかなか大変です。
……と、ここで立場反転。
LT ところで最近、面白い材はないの?
FW いや実は……(おもむろに木を取り出す)ブラジルのペルナンブコにハマってまして……。バイオリンやチェロの弓材や、演奏時、床と楽器とのスペーサー(置き台)に必ずといっていいほど使われている材です。比重が1(1以上だと水に沈む)近いのに、針葉樹並みの音響特性を持っていることがわかっています。その秘密がこのオレンジ黄な面を彩る色素、この色素を抽出して他の材に含浸させれば、特性変化させることまでわかっています……(永遠とペルナンブコ賛美続く)。
ということで、氏はペルナンブコなウクレレを1本試作することに……ふふふ。結果オーライでしたらまた使ってくださいね。
FW 今秋のプロモーション・スケジュールは?
LT 11月に大阪で開催されるサウンドメッセに出展します。他にもいくつかウクレレ・ショップさんのイベントにもブース出店する予定です。
FW これからのセイレン社の方向性についても教えてください。
LT 齢五十も過ぎて、あと何年仕事できるかわからないので、これからは自分の好きなモノを作っていきたいですね。もう一度エレキやフルアコ、そしてアコギなんかも……バンジョー・ウクレレのような遊び心も忘れませんよ。
インタビューに登場したもの以外でも、たくさんの材を見せていただきましたので、その一端をご紹介します。ここには木フェチならずとも目を引く材が限りなくあります。
製作本数が限られている上に、売れ脚の速さといったら東村山生まれオコエ君並のセイレン・メイド楽器たち。掲載時に完売、リンク切れも予想されます。なにとぞご容赦を。
コンサートの3Aコア・モデル。プレーンな仕様ながら、すべての工程においてレジェンド自らが腕を奮っています。「安心してください、鳴ってますよ」的な、とにかく明るいウクレレです。
ソプラノ・ロング・ネックのマホガニー・モデル。ただし、使てるマホがちゃう。選りすぐられたビンテージ・マホガニーを採用しています。加えて今やウクレレ・ペグの定番UPT採用で、ここぞの数セント合わせが一発で決まります。
メイプル・トップのエレキ・ウクレレ。カーリー・メイプルとfホールはまるでクラシック楽器のような佇まい。セミカスタムならではの素材使いは絶品です。
ミニ・テナーの4Aコア・モデル。コンサート・ベル・シェイプ・ボディにテナーとコンサートの中間スケールを採用した同ブランドのオリジナル・モデル。ウクレレらしい出音と安定したイントネーションを実現しています。
コアのテナー・サイズ、ジェイクよろしくスロッテッド・ヘッド・モデルは船橋にあるなっしぃ~。しかもネック、指板までコアのリミテッド・モデルは超レア、クールです。
めったに出ないセイレンUSEDを発見、しかもデジマート決済で瞬殺OK! 3Aコア・ボディの柔らかいカールと色合いが特徴です。ピックアップ完備だけでなく、かなりオーバーサイズなケースも付いてくるなんて夢のようです。さぁ、いつまで残っているかしらん?
こちらはピンクアイボリーとカーリー・メイプルのコンサート・ウクレレ。あっ、指板やブリッジもおピンクちゃんでした。白蝶貝のトリムは美しくセクシーで、ロゼッタにはハートリングまでぶら下がっている凝りよう。まぁ、いやらしい♡
モバイル・ベース・シリーズのすごさはこのスケール、ボディ・サイズながらオリジナルの金属弦を使い、オリジナル・パーツを駆使し、一般的なベース・チューニング、確実な出音で演奏できるといった点でしょうか。できそうでできない、誰も手を出さなかったカテゴリーに風穴を開けた功績は大きいです。
今夏新装開店のLAST GUITARさんからはフレットレスのモバイル・ベースがランクイン。メイプル・ネックに鮮やかなソニックブルー・ボディ、これで2kgの仕上がり! お見事です。
新装開店を祝ってLAST GUITARさんからもう1本、5弦ベースをチョイス。アルダー・ボディにカーリー・メイプル・トップ、オリジナルPUシステムから太重低音が響きます。
ジリコーテ・トップのエキゾチック仕様。ベース好きに木フェチが多いことはよく知られたところですが、トップだけでなく指板もヘッドもジリコーテでコーディネート。ショップオーダー品ならではの素材スペックです。
こちらはアコースティック・タイプのモバイル・ベース。濃厚なローズウッド・ボディは高級感のある仕上がりです。エレキ・タイプだけでなく、アコタイプでもベースらしい重低音の再現を実現させています。
お忙しい中、工房の隅からスミまでご案内いただき、おまけに拭き漆実演まで見せていただき有難うございました。改めて高橋社長が重篤な木フェチさんであることを確認した取材でした。これからは「好きなものを作っていきたい」というスタンスも素敵です。ますますルシアー高橋信治、そしてセイレンから目が離せなくなりそうです。
次回も木になる情報をお届けします。10月26日(月)更新予定! お楽しみに。
森 芳樹(FINEWOOD)
1965年、京都府生まれ。趣味で木材を購入したのが運の尽き、すっかりその魅力に取り憑かれ、2009年にレア材のウェブ・ショップ、FINEWOODを始める。ウクレレ/アコースティック・ギター材を中心に、王道から逸れたレア・ウッドをセレクトすることから、“珍樹ハンター”との異名をとる。2012年からアマチュア・ウクレレ・ビルダーに向けた製作コンテスト“ウクレレ総選挙”を主催するなど、木材にまつわる仕掛け人としても知られる。