AQUBE MUSIC PRODUCTS
- 2024/11/16
キャビネット・シミュレーター、スピーカー・シミュレーター
ギター・アンプやスピーカー・ケーブルなどを取り上げ、スピーカー/キャビネットの重要性を説いてきた機材ラビリンス。音の最終出口として自分のサウンドに合ったスピーカーをセレクトすることは機材構築の必須項目と言えるのだが、一方で優れたスピーカー・シミュレーターが多数存在することも忘れてはならない。宅録/自宅練習のような大音量を出せない環境はもとより、ライブにおいても積極的なサウンド作りに活用できる重要なアイテムなのだ。Dr.Dがセレクトした20機種の中にきっと役立つものがあるはずだ。
『音の終わり』は、一体何処にあるのだろうか。
この世にいるほとんどの人は、そんなことを考えもせず日々の営みを送っている。それもそうだ。誰が、今そこを駆け抜けて行く音に責任を持てるというのか。奥まった山奥で滴り落ちる小さな水音、天空を駆け抜ける風の嘶き、街の喧噪や電話の向こうの声まで……それらは、あまりにも刹那的で、そして、救いがたいほどに奔放なものなのだから。
しかし、ごく稀に、『音の終わり』を意識する者達がいる。それは、音を生業としている人間。生まれ放たれる音に、自分自身の何かを託す──そう、ギタリストもその中のひとりだ。音を届け、生きる。音で伝えなければその先に進めない人達がそこにはいる。その生き方が彼らに課す義務の一つに、『音の終わり』を見定める、というものがある。自分の奏でたもの、生み出した響きをただ見送るのではない。きちんと、流れ出た自分の一部やその主張が影響を及ぼす範囲を決めてやることは、彼らが音とともに生きるための制約と言っても良い。手を伸ばし五感の全てを使って己を保てる範囲を探る者達、それがミュージシャンと呼ばれる人種である。彼らは自分が発した音がその原型を保っていられる領域をリアルに把握している。だからこそ、人々は尊崇の念を込め、彼らを「音を司る人=ミュージシャン」と呼ぶのである。
では、その彼らが定める音の帰結点とは一体何処にあるのか。声楽やボイパなど身体一つで音を作り出す人たちは別として、ギタリストのような楽器使いのテリトリーは実にわかりやすい。それは、明確に「その音を奏でるのに必要な機材のつながる範囲」のことである。ギターからペダルボードを通り、アンプを介してスピーカー・キャビネットに至るまでがそのゾーンとなる。
ここで、おや? と感じた人は、音というものの性質について常に真剣に向き合っている人達だろう。……そう、誰もが一度はそう思うように、スピーカーから出た後の音もテリトリーの内のように感じてしまいがちだが、実は、その発想は危険だ。これは、音が出た先の、それが届く全ての範囲と影響について責任を取れるかどうかの話だからである。ギタリストがスピーカーから出た音を全て回収し、再びコントロールできるか? 否、できまい。それは、音となってスピーカーを離れた瞬間から、そいつはギタリストの“残骸”になってしまうからだ。それらは維持されず、ただ朽ちるのみである。変化の過程で空間に解き放たれたサウンドは、ギタリストのエッセンスこそ残すものの、その分身としての役割は果たせないし、それ以上のものになる事も無い。よって、ギタリストにとって真の『音の終わり』とは、スピーカー・キャビネットということになのである。
これはとても奇妙な現象で、この論法によると、全てのミュージシャンは、“MUSIC”になる前に、彼ら自身の音を完結してしまっている事になる。一般のギタリストにしても同様で、レコーディングという音を残す作業の中にあってさえ、一旦スピーカーから解き放たれれば、それは、どんな高級なマイクやHA(ヘッド・アンプ)を通そうとも、ただの余韻をかき集める行為にすぎなくなってしまうのである。ライン録りにおいても、その理屈は揺るがない。DIが、卓が、そのギタリストのためだけの音を作るだろうか? それらはただの受け取り口、すでにかたち作られた電気信号を取りこぼさないようにするためだけの一介のシステムにすぎず、決してギタリストのギタリストたるパーソナリティの為には存在してはいないのである。その音が良いかどうかは、残骸の中に含まれるプロットの量が多いか少ないかの問題であり、ギタリスト自身の最もピュアな部分の音質とは全く別のものなのである。どんなに偉大なプレイヤーが奏でた音でさえも、耳に聴こえる音になってしまえば、それはマイルドに加工された合成食品のように“よく似せた”代替品の価値にしかならない。しかし、だからこそ、人々はその人の機材を熱心に知りたがり、それと同じものを揃えようとするのではなかろうか。
音になる前の“音”。聴こえる前の音で勝負する、それこそがミュージシャンの──ギタリストの真実。彼らが、自身の最も高められた出口たる『音の終わり』であるスピーカー・キャビネットに拘らねばならない理由はそこにある。
一番大切な音は永遠に響かない。それでもギタリストは、今日も誰かのために音にならない自分自身を奏で続ける。
今回は、ライブ、レコーディング双方のギター・システムに最適な、『キャビネット(スピーカー)・シミュレーター』を集めてみた。選定はいつものようにデジマートの在庫に準拠し、その中から現行品を中心に構成してある。キャビネット・シミュレーターの定義としては、プリアンプ、もしくはヘッドそのものに簡易的に備わっているものではなく、あくまで単体機として、切り替え式であってもスピーカー・サウンドのシミュレート機能について比重が高いものを選んでいる。中には例外的にシンプルなDIに近いもの(旧RED BOX等)もあるにはあるが、基本的にはスピーカーやマイキング、アンビエントなどのトーン・コンディションに関するパラメーターを備えているものを積極的に採用する事にした。また、今回は特別に、最近流行りのロータリー・スピーカー・シミュレーターについても併せて紹介している。使い方こそ異なるものの、ギター・サウンドの歴史上、欠く事のできないこの特異なキャビネットから生み出された音を再現したエフェクター群についても、スピーカー・エミュレート部門の一大勢力としてご覧いただけたらと思う。
※注:(*)マークがモデル名の後につくものは、レビューをしながらもこのコンテンツの公開時にデジマートに在庫がなくなってしまった商品だ。データ・ベースとして利用する方のためにそのままリスト上に残しておくので、後日、気になった時にリンクをクリックしてもらえば、出品されている可能性もある。興味を持たれた方はこまめにチェックしてみよう!
ギター用のスピーカー・シミュレーター(Palmerの公式表記では「マイキング・シミュレーター」)と言えばここしかないというくらい、業界ではもはや大定番のブランド、Palmer。その中で、ライン・レベルに対応した専用機としてステレオのイン/アウト機能を持つラック・タイプ群がこの“PGA-05”と“PDI-05”である。本来、ギター・サウンドというものはパワー・アンプによる犇(ひし)めくようなサチュレーションと飽和、そして、スピーカーの空間を震わす音圧と広がりが揃ってこそ本領を発揮するものである事はご存知の通りだ。それらをアナログのフィルターを通して上手く人の耳に心地良いサウンドにまとめあげる事に史上最も心血を注いだメーカーだけのことはあり、その響きは、初めて聴く人には間違いなく感動を与えるレベルに達している。いわゆる「パルマー音質」と呼ばれるそれは、ナチュラルな奥行きと豊かな低音を自然にプラスするだけでなく、与えられた歪みの量に呼応するように有機的にピークのささくれを整えてくれる。ラインで使う分には飽和感こそ派手ではないが、滑らかで上品といった印象が強く、特に、クリーン〜クランチではじけるような瑞々しさを発揮する。それでも、ピッキングのフィール自体は丸くなりすぎずストレートに出るのがこのメーカーのシミュレーターの素晴らしいところだ。
音質としてはGreenbackのようなウォームでブライトな高域の輪郭があるにも関わらず、“P12N”のような中低域のまとわりつくような倍音も感じられたりと不思議なバランスを持っており、実に耳に優しいサウンドだ。シンプルなセレクト操作で使える音を望むのなら“PDI-05”でも十分な音質が得られるが、より細かなスピーカー・コンディションのヴォイシングに拘るなら、“PGA-05”を選択すると良い。多少慣れは要るものの、“LOW”というコントロールがスピーカーとキャビネットの大きさ、“HIGH”がマイクの空間距離(スピーカーから離すと低音の圧力は減るが高域の倍音をよく拾うようになる)をシミュレートしている事を理解して使えば、入力するアンプやプリアンプに対して、かなり細かくセッティングを追い込めるはずだ。ただ、“PDI-05”にもそのシンプルさ以外にも、前面にヘッドフォン・アウト端子を持っている点など、スタジオ固定でバック・パネルにアクセスしにくい環境などで重宝するという特徴があるので、自分の環境を見据えた上でスタイルを選択する事が肝要だ。特に“PDI-05”は、近年再生産された事で電源の入力部がコード直付けからインレット仕様に変更された事もあり、電源ケーブルを選べなかった旧タイプよりも音質的に明らかに有利になっている。往年の旧タイプ愛用者も、定評のあったヘッドフォン・アンプの音質があまり変わっていないこともあり、新型に安心して乗り換える事ができるだろう。
どちらの機種も、ラインだけでなく、スルー(THRU)端子にスピーカーかダミーロードを接続する事でアンプ側のスピーカー・アウト信号を流せるので、ライブではアンプ、自宅ではプリアンプといった異なる出力環境で使い分けたい人には最適だ。このアナログ且つ高品位なトーンは、特に空間系エフェクトを多用するステレオの出力環境が必須のジャズやフュージョンのプレイヤーにとって、未だ他に替えのきかない唯一の選択肢として重宝され続けている。
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Palmerによる、エフェクター・サイズのスペシャルDIボックス“PDI-09”。モノ信号しか扱えないが、小型で気軽に持ち運びができるその機動力を活かすことで、ライブ時にはアンプとスピーカーの間に挟んでPA卓用のバランス・アウト信号を取り出したり、宅録時にはプリアンプやマルチ・エフェクターからの信号をレコーディング・デバイスに送ったりと、現場の状況によって使い分けができるその利便性が重宝する。電源不要のパッシブ設計ながら、DIらしくきちんとGround/Liftスイッチを搭載し、入力信号レベルを選べるようになっている上、スピーカー・エミュレート機能もまぎれもないパルマー・クオリティを保っている事で、比較的安価に高音質なスピーカー・シミュレート機能を利用したい層に長年親しまれている。
選べるヴォイシングは、Fenderライクな12インチのオープン・バックに似たふくよかで開放的なサウンドを持つ“Mellow”と、それとは対極のマーシャルチックなブライトで引き締まったクローズド・キャビネット風の“Bright”、そして、その中間ともいうべきPalmer独特のサウンドの“Normal”の3パターンだけであるが、それでも、かなり音像に個性的な奥行きと温かさをもたらす事ができる。アウトボード的にエフェクトの一部として使っても素晴らしい臨場感が簡単に得られるので、レコーディングでは空間系の更に後段にかけるようにする事でその効果を最大限に生かす事ができるだろう。歪みで使うとやや“Bright”の音量が突出しているように聞こえるが、実際に録ってみると聴感ほどのレベル差は無いので安心だ。
一方、“PDI-03-JB”はジョー・ボナマッサのシグネチャー・モデルで、同社のフラッグシップともいうべき“PDI-03”からダミーロード機能を省いて小型化したという触れ込みの製品だ。機能的には多少フィルターが追加されたくらいで“PDI-09”と同じように考える人もいるが、その音は全くの別物。エミュレーションも“PDI-09”のようにあっさりとかかる感じではなく、かなりガツンと立体感と空気感が負荷されるのがわかる。また、上記で紹介した“PGA-05”の“LOW”ヴォイシングと同じ効果のある“箱”のサイズを選択できるセレクターを装備するが、そちらはさすがに小型機なので3パターンしか選択できない。“FLAT”、“NORMAL”、“DEEP”を8インチ1発、10インチ2発、12インチ4発、としてしまうには少し強引だが、箱鳴り感にかなりの落差があるので注意して使用しよう。そして、このモデル最大の特徴ともいうべき、ドライブ時の中域のキャラクターを変化させる“JBフィルター”により、艶やかでファットなトーンから、ザクザクしたモダンでエッジの立った突っ込みのあるサウンドまでを段階的にコントロールできるのが美味しい。これはクリーン時にもある程度音の立ち上がり方を変化させる事ができるので、定番のパルマー・サウンドに新しい感覚を求めたいならば積極的に使っていきたい機能だ。
あと、“JB”モデルには、地味で目立たないがアンバランス・アウトを装備している事にも注目したい。これにより、エミュレーターを通った後のサウンドを、さらにギター用エフェクターでブーストしたり、モジュレーションを追加したりといったことがペダルボード上で可能になる。これはPalmerの完成されたトーンの中ではあまり必要ないようにも思われがちだが、予想以上にサウンド・メイクの幅を生む機構なので、アイデアのあるユーザーならば、ぜひこのアウト機能を活用した音作りにチャレンジして欲しいものだ。
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ラック・システム全盛の時代から、“AMPULATOR”や“MICRO CAB”といった独自のキャビネット・シミュレーターの開発で人気を博し、このジャンルのメジャー・ブランドとしての地位を確立してきたADA。やはり、その真骨頂といえば、同社の名機プリアンプ“MP-1”のようなハイゲイン・サウンドを扱う事に一日の長があることだろう。近年再出発を果たした同社の製品にはその特性がしっかりと受け継がれており、現行のエフェクター・サイズになった“GCS”シリーズも、実にソリッド且つダイナミックなサウンドを有している。ブライトだがややドンシャリ気味、そして、エッジの効いた硬質な音色。マーシャル的サウンドのドライブとは抜群の相性で、そのパワフルなアタックと野太いローが、サステインを纏って咆哮する感じでどこまでも気持ち良く再生されるのは十分感動に値する性能と言える。だが、それでいてクリーンで全く使い物にならないかと言えばそんなことはなく、実に透明感のあるクリスタルなクリーンを引き立ててくれる。Palmerのような空間の奥行きを重視するようなサウンドとは異なり、突き抜けるようなアグレッシブさを持った歪みや、鮮やかな光沢のあるクランチに、“面”で鳴るような圧迫感や、1音1音しぶきを上げながら全方向に存在感を放つワイドなピッキング・レスポンスを強調したいなら、これにしか出せない音が確かにある。9V外部電源(内部で18Vに昇圧)によるアクティブ駆動という点もあり、レンジ感はパッシブ・タイプの比ではなく、初音が全く濁らないのも特筆に値する。
最新型の“GCS-3”ではライン信号だけでなくスピーカー・アウト出力信号にも対応するようになり、パワー・アンプを通過した音をダイレクトに取り込めるようになった(ダミーロード機能は無いので、“PASS THRU”端子にスピーカーもしくはロードボックスの設置は必須)のは大きい。これにより、サウンドのアドバンテージとしてアンプ本来の魅力を最大限引き出せるということだけに留まらず、この“3”から新たに装備されたヘッドフォン端子を用いた個人練習時にも、パワー管のドライブを通してしか得られない独特のピッキング・フィールをしっかりと感じながらプレイする事ができるようになった。これは、エレキ・ギターの習熟にとっては、あるのとないのとでその上達に非常に大きな差を生むファクターなので、特に初心者から中級者にとってはキャビシミュ選びの重要なポイントとなることだろう。
一つ補足であるが、この前のバージョンである“GCS-2”では、ライン・レベルしか扱えない上にヘッドフォン端子も装備されておらず一見使い勝手が悪そうに見えるが、実はバランス・アウトのLINE/MICレベルを切り替えることができるので、卓側の入力のダイヤグラムに合わせたオペレーションにデバイスを適応させる性能がある。これは“GCS-3”では省かれてしまった機能だ。それを見越してか、メーカーも“GCS-2”“GCS-3”共に現行品としてラインナップしたままなので、自分の使用環境に合わせて最適な機種を選択してみると良いだろう。
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ドイツ産ハイゲイン・アンプの名門Hughes&Kettner社が、自社製アンプに搭載していたスピーカー・シミュレーター回路を単体機として発売した“Red Box”シリーズ。エフェクター・サイズのコンシュマー用DI兼キャビシミュの源流として、長年世界中で愛され続け、今や同社製品の顔の一つともなった名機。“Red Box”の音色は、初期の段階からスピーカーやキャビネットの空気感だけでなく、パワー・アンプによる分厚い飽和感を再現しようと試みていた節があり、かなり異色と言える、押し上げるような切迫感のある響きに定評があった。まとまっていて、中央に分厚い瘤のような迫力があり、録ってみるとマイクをスルーしたかのような接近した音質があることから、ロック・テイストなマッチョ・サウンドに好んで用いられてきた。
最新はバージョン“5”になるが、その歴史は80年代にまで遡る。最初はトランス式のパッシブ・スタイルとして登場した“Red Box”(初代機の正式名称は“Red Box PRO”)だったが、時代を経るに従って、アダプターやバッテリー・オペレーション、ファントム・パワーによるアクティブ回路や、S/N向上のための入力端子の区別が実装され、キャビネット・タイプも選択できるようになっていった。そして、現在のバージョン“5”では、キャビネットやスピーカーのコンディションをタイト/ルーズ、モダン/ビンテージ、ラージ/スモールから選択できるようになり、過剰入力に対処するための-26dBスイッチも装備され、より音色に対して趣向を体現できるようになった。さらに、これほど省スペースかつ高機能にも関わらず、9V電池で駆動できるためノイズにも強く、非常にバランスの良い使い勝手に強化されている。
また、あまり公にはされていないが、“Red Box 5”は先代の“Classic”と同様にアダプターによるDCインは9V〜24V、ACインは9V〜15Vと幅を持たせてあるのも特徴の一つだ。実はこの電圧の加減、直流、交流の違いでもかなり音色に変化が生ずる。特に、電圧の上下は、セレクト項目にも無い「マイク感度のシミュレート」に近い音色の解像度と明るさをコントロールし得るので、スライダックやDC可変可能なパワー・サプライを所持している方には、積極的に試す事を強くお勧めする。必ず、想定に無かった素晴らしいサウンドに出会えるはずだ。
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世界初のデジタル・ロードボックス/キャビネット・シミュレーターとして、その圧倒的な音質を誰もが認めるところとなったTwo Notesの“TORPEDO”シリーズ。中でも、大まかな機能はそのままに、ライン、もしくはインスト・レベルに限定した入力を扱うストンプ・スタイルの局地型シミュレーターがこの“TORPEDO C.A.B.”だ。その使い勝手はまさにエフェクター感覚。ロードボックスが付かない事で単なる機能縮小版のように思われがちだが、実はそうではない。
巨大な電力の塊であるスピーカー・アウトからの信号を抑制しデジタル変換することは、想像以上に音質変化を生む要因になる上、ハードにかかる負担から生ずる本来あってはならないアナログとデジタル間による受け渡しの誤差、そして、高電力由来のメカ・トラブルやノイズの発生は、最終的な出音にとっては致命傷になりかねない。それをハード・レベルから根本的に回避し、安定した低出力信号内でオペレーションを完結するのは、安全、音質、システム制御……その全てにおいて絶対的に優位なのは言わずもがなである。むしろ、こういった用途を限定した使い方こそが、このデバイスの能力を最大限に活かせる最善の方法のように思える。信号が安定し、ロー・ノイズであること。おそらく、それこそがデジタル環境をギター・サウンドに再生するための必須環境なのであろう。それを理解した上で使えば、“TORPEDO C.A.B.”の音質は、他のアナログ・シミュレーターとは次元の違う完成度だということがわかってくる。
その決め手となっているのは、やはりこの個体に搭載される「パワー・アンプ・シミュレーター」なのではないだろうか? 音粒の一つ一つに呼応するように、音圧を内側から押し上げる、上に向かって張り付くようなサチュレーション。そして、パワー管独特のピッキングを押し返すようなフィードバック・ドライブ。もちろん本物の真空管アンプのような手応えこそ実際にギターを弾く手には伝わることはないが、そのリアルな反応性は確実にトータルのサウンドの中に反映される。鼓膜を圧迫する圧巻の空気感と臨場感が、この“TORPEDO C.A.B.”の音には確かにある。デジタル・シミュレーターに懐疑的な人は、まず、その無数のキャビネット選択、ソフトウェアによるマイキングの自由度よりも、従来のキャビシミュ製品が見て見ぬふりをしてきたギター・サウンドの根幹『パワー・アンプ・ドライブ』の恩恵を自分のペダルボードに常に封じ込めておけることに利点を見出す事から始めてみてはいかがだろうか。
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ロシア発祥のメーカーでありながら、アナログとデジタルの大胆な融合テクノロジーの開発により在米法人資格を取得し、更なる飛躍を遂げたAMT Electronics。彼らのエフェクターにおけるメイン・ラインであるLegend Ampシリーズに搭載され長年実績を積んできたキャビネット・シミュレーター・パートを、独立したコンテンツとして分離させ、機能を強化したのがこの“CHAMELEON CAB”だ。
キャビネットの大きさとスピーカーの口径を決める“SIZE CAB”、アルニコかフェライト(セラミック)かのマグネット・キャラクターを操る“MAGNET”、マイク・シミュレートがコーンを中心とした場所からどのくらい横にズレているのかを図る“MIC POSITION”、そして、マイクの傾きによってoff axis状態を作り出す“MIC TURN”といった個性的なコントロールを備える。特にマイクのエミュレーションは歪みの質に関わる中域のフィーリングや全体の空気感、高域の解像度を大きく左右するので、これがあるのと無いのとではかなり音の精度に差が出てくる。しかも、それらは全てエフェクター式コントロールによってシームレスに可変できる事から、その音の組み合わせは無限に近い。マグネットの性質でかなりキャラクターは違うものの、全体的に丸みがあってダークな音色が持ち味のローファイなサウンドが心地良い。かなりのハイゲインな音色にも耐性があるので、PODなどのキャビシミュではハイファイ過ぎて歪みがキンキンするという人は、内部キャビをオフにして“CHAMELEON CAB”に突っ込んでやることで、目が覚めるような分厚い70年代ドライブに生まれ変わらせてやる事も可能だ。
また、AUXイン端子から取り込んだ外部音源をヘッドフォン・アウトにミックスし出力できるなど、自宅で練習する時の出力ターミナルとして機能させられるという優れものだ。欲を言えば、ヘッドフォン、ラインのイン/アウト、AUX全てでレベル調整ができないのと、DI機能が無い事、そして最近流行のパワー・アンプ出力対応機能が備わっていないことについて改善して欲しい気がしないでもないが、現行で、これだけ安価で幅広い音色コントロールを持つキャビネット・シミュレーターは他には無いので、今後もライン専用機としてその存在はますます特別なものとなっていく事だろう。
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タイのエフェクター・ブランドMAXZ Pedalsが提供する、スピーカー/キャビネット・シミュレーター。このシリーズのミソは、区分けが曖昧になりがちな「スピーカー部のサウンド特性」と「クローズ・マイキング(スピーカー・コーンにマイクを接近させて収録する技法)」という二つのサウンドを、別々のデバイスで再現した事にある。
まず、“Speaker Simulator”はオーソドックスなライン用の擬似スピーカー・アンビエント生成機で、“WARM”コントロールと、“MUDDY-BRIGHT-NORMAL”の3パターンのヴォイシングを使って音を作れるエミュレーターだ。この機種が優れているのは、エミュレーテッド・サウンドとスルー・サウンドを並行して出力できる点で、必要に応じてそれらをミックスすることで、より高度なパラダイムが構築可能になってくる。これは、スピーカー・シミュレーターがシステムの最終段階に置かれる事が多いため意外に見過ごされがちな、極めて有用な構成だと言えるだろう。また、一方で、“Cabinet Simulator”はバーチャル・マイクの傾きをコントロールする“AXIS”ノブを装備しているモデルで、ライン信号の他に、パワー・アンプ信号からもバランス送りが可能な個体となっている。単独で使うなら、スピーカーとアンプの間に置く事で、ちょっと触っただけでセッティングが乱れてしまうようなアンプのマイキングに頼らずとも非常に安定したソースを卓に供給する環境を作り出せる他、前述の“Speaker Simulator”と一緒に使う事で、ライン信号上でもほぼ完全なマイキング・エミュレート環境を完結できる。
一見すると複雑にも見えるが、それぞれが明確な目的を持ってシンプルに作られており、しかもそれが全てアナログによってなされる意義は大きい。両方とも電池は使えず、“Speaker Simulator”は汎用9VDC、“Cabinet Simulator”はファンタム電源もしくは9V〜25Vという外部電源のみによって動作する。余計なものは必要なく、自分のサウンドに欠けているものをピンポイントで補える出口シミュレーターをお探しなら、こういう選択肢もある事を知っておこう。
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省スペースな筐体で人気を博すMooer。そのシンプルなライン用DIとして有名な“MICRO DI”だが、実はキャビシミュとしての性能もかなり優秀であることはあまり知られていない。コントロール項目は一切無いが、シミュレーターのスイッチをオンにすると、見事に音に厚みと奥行きのあるエアー感が増し、音が立体的に飛ぶようになる。目の詰まったブライトなサウンドで、どっしりとした低域を持ち合わせている事から、モダンな4 × 12”のクローズド・キャビネットを模している事がわかる。音的にはおとなし目だが、しっかりと張りがあって、高域の鮮やかな色彩もわざとらしくなくて実に良いあんばいである。面白いのは、ベースで弾いた時にもカラッとした歯切れの良いサウンドを生み出すので、底に溜まりすぎるきらいのあるベース・キャビの緩慢なローエンドや、DI直のレコーディングで今ひとつ厚みの無い音に辟易しているユーザーは、ぜひ使ってみて欲しい。シンプルだが、かなり使い出のある音色になってくるはずだ。
また、入力ゲインの調整に+20dBの項目があるのも面白い。これにより、間に何も挟まずパッシブのシングル・コイル・ギターを直に突っ込むことも不可能でなくなる。意図的に臨場感のある枯れたサウンドを演出したい場合や、生音に近いくらいの滑らかなリアのカッティング音を拾い上げたい時には一定の効果が期待できる。シミュレートをオフにすると、アンバランス・アウトにはトゥルー・バイパスの信号が流れることといい、ちょっと変わってはいるが、実に機能的に整頓された美しいデバイスだと言えよう。ちなみに、かのFender名義でこれと全くと言ってよいほど同じ筐体、同じ音を持つ“MICRO DI”という名の個体もあるが、当然それはMooerから提供された機体をFender名義でリリースしただけのものにすぎない。Fenderも認めたその洗練された機能美とサウンド……1台持っていても全く損をしない、新世代の製品と言えるだろう。
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2010年に創業したばかりのGFI Systemは、インドネシアはジャカルタ発の精鋭メーカーである。“Cabzilla”は彼らが自信を持ってリリースする汎用型のアクティブDI兼キャビシミュ。ダミーロードは搭載していないが、“THRU”端子によりパワー・アンプからの信号も通せるタイプで、何と言ってもその特徴は、ライン・レベルのバランスとアンバランス、そしてスルーの3つの出力を同時に得られる事にある。これにより、アンプ信号を一つはそのままスルーしてキャビネットへ、エミュレート信号ラインのバランスはPA卓へ、そして最後のアンバランスはサブ・ウーファーのアクティブ・スピーカーへ……などといった使い方が可能になってくる。また、-40dBの入力モードを備えるので、ベースのアクティブ・ピックアップによる過入力対策も万全である。
ヴォイシングは3種類。広がりがあって重心の低い“NATURAL”と、ハイ・ミッドが押し出された歯切れの良い“PUNCHY”、さらに、コンプ感が少なくワイド・レンジな“BRIGHT”。いずれもむちゃくちゃなハイゲイン以外ではどんなジャンルにも無難に適合するサウンドにチューニングされており、クリアな低域がスピード感のあるサウンドを生む。この個体は、ややクセのあるこの製品独特のインプット・バッファとの兼ね合いで音質を整合されているため、例えアコギのようなクセの強い高域の倍音を持ってしても同じカテゴリーに収めてしまうような強引さがあり、そこがまた、本物のキャビネットっぽくて好感が持てる。ただ、一応電池でも駆動可能なわりには平常でも30mA以上を消耗する大飯喰らいなので、電池消耗を知らせるインジケーターがあるとはいえ、やはり安定したオペレーションのためには高出力のアダプターかパワー・サプライは不可欠だろう。また、ノイズを発生しやすい個体なので、アイソレートされた電源環境下で使用する事をお勧めする。
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オランダが誇るハイエンド・アンプ・ブランドKoch。その大定番ロードボックス“LB120”シリーズの後継機種として、現代的ローパワー・アンプに最適化されたアッテネーター&スピーカー・シミュレーターがこの“DUMM YBOX”だ。住宅事情により大容量のアンプを鳴らせない国内のミュージシャンにとって、高出力アンプを、スピーカーを繋がずにモニターできるアッテネートDIは必須であるにも関わらず、ダミーロード一体型、しかもキャビシミュ機能付きとなると、国内ではPalmerなどの高級機種を除いてあまり選択肢が無かった時代が長くあった。そんな中で、省スペースなデスクトップ・スタイルとモダンなハイゲイン・トーンに最適化されたKochのロードボックスが2000年代のヒット商品となった事は記憶に新しい。
その最新機種“DUMMY BOX”シリーズは、約60W(RMS)までのスピーカー・アウト信号をロードできるパッシブDIであるとともに、同社のアンプなどに組み込まれているキャビネット・エミュレーション機能を引き継ぎ、ミドルクラス・アンプ用にバランスされた製品である。モデル区分には“HOME”用と“STUDIO”用が存在し、“LB120”シリーズほど多彩な出力選択肢は無いものの、ベッドルームに最適な3段階の音量(H-M-L)にアッテネートする簡易モニター・アウトを備え、1 x 12”もしくは4 x 12”のバーチャル・キャビネット・サイズとマイクのaxis設定を切り替える事のできる使い勝手の良いセレクターが内蔵されている。シミュレーターのサウンドは、コンプ感の少ないオープンでハイゲインなモダン・アンプ・サウンドに合わせて、やや丸みを帯びた煙るような空気感に仕上げられている。ただ、省スペース化の影響か、アッテネーターを通過する時のハイ・ミッドの減退が大きく、フィルターはかかっているものの、やはりダイレクトな信号ほどの情報量が感じられないのは残念という他は無い。そのままの音で本格的なライン・レコーディングには無理があるかもしれないが、アタック感はきちんと残るし、パワー・アンプのレスポンスもダイレクトに反応するので、デモ録りや練習には十分すぎる音質と言える。
“HOME”バージョンと“STUDIO”バージョンの差はライン出力系の違いで、“HOME”が1/4フォーン、RCA、3.5mmピンの3つのアンバランス・アウトを備えるのに対し、“STUDIO”はキャノンのバランス・アウト一発のみ。自宅にミキサー卓が無く、ヘッドフォン出力もこの“DUMMY BOX”で完結したいのなら、マイク・レベル(-20dB)の3.5mmアウトを備える“HOME”を選択するのが良いだろう。また、必須事項として、それぞれのバージョンにはアンプの出力抵抗(Ω)に合わせた3つのダミーロード入力モデル(16Ω、8Ω、4Ω)があるので、必ず自分のアンプにマッチするタイプを選ぶことも忘れないようにしよう。ちなみに、“LB120 II”も国内に流通する数は少なくなったが未だ現役機種なので(内部ファンを動かすにはDC電源が必要)、100Wアンプをお持ちの方はこちらを試すと良いだろう。
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全世界が待ち望んだ、Mesa/Boogie純正のロード機能搭載型スピーカー・シミュレーター“CAB CLONE”。かつて、どんな高級なアンプ・シミュレーターでも再現不可能と言われていたあのMesa/Boogie独特のキャビネット・サウンド……古くはALTEC“417”から定番の“Black Shadow”、またはCelestion“Vintage 30”を搭載した“ROADKING”キャビネットまで、どんなアンプも「挿せばメサの音になる」と言われたあのゴリッと空間を断ち割るような中低域を満たす鳴弦のサウンドが、ついに実用レベルのレコーディング・ツールとして再現されたのだから歓迎しないわけにはいくまい。
構成は完全パッシブで、中途半端なアッテネーター機能の無いライン出力もしくはスルーという潔い仕様。その音は、実際にモニターしてみるとさすがに本物のキャビネットほどではないにせよ、確かに「メサの音」がする。ロー・エンドは透き通っていてレスポンスも良く、多少、中高域の厚みが失われてはいるもののかなりレベルの高い音質だ。あのメサのキャビネットそのままのパンチのあるミドルときらびやかな高域、そして歪ませた時にドライブのピークにかぶさって来る、呻くようなアタックの圧縮は見事という他は無い。その傾向は、むしろMesa/Boogie以外のヘッドを繋いだ時によく表れており、多少マイルドにチューニングされてはいるものの、本物のメサのキャビネットの代わりとして十分に機能するレベルだった。音としては例えるのが難しいが、やや高域がセンターに寄った感じの“Rectifier”キャビ、と言ったところか。実際のキャビネットよりも低域はよほどすっきりしているようにも聴こえるが、それはそれでなかなかバランスの良いサウンドと言えるだろう。
この製品のもう一つ優れている点として、ヘッドフォン・アンプの質が素晴らしいという点が上げられる。安易なフル・レンジ感は皆無で、しっかりギターの美味しい帯域に照準が合った見事なバランスの音を持っている。よくアンプ付属のヘッドフォン端子にありがちな、急にレンジ感が無くなったり、減衰域が拾い切れていなかったなどということもなく、ライン・アウトから卓に流した音と比べても全く遜色の無いサウンドがモニターできるのだ。DI側の出力レベルも細かく設定できる他、キャビネット・タイプだけでなく位相反転回路も装備するなど、さすがにメジャー・メーカー製だけあって、一つ一つに意味がある洗練されたコントロールに、その製品にかけるプライドの高さが透けて見える。惜しむらくはヘッドフォン出力のボリュームが付いていれば満点をあげたいところだったが、高級感溢れる外観といい、Mesa/Boogieアンプのユーザーはもちろん、それ以外でも買って損の無い逸品と言えるだろう。
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音響メーカーとしての実力を世界に知らしめた“Vitalizer”等にみられる独創的な発想力で、オーディオやギター関連機器のアウトボード製作を通じ確かな地位を築いたSPLから、あの超高機能なアナログ・キャビネット/マイキング・シミュレーター“Transducer”に次ぐ「POWER SOAK」プロダクトの第二弾として登場したのが、この“Cabulator”だ。コーン紙のキャラクターやマイク・ロケートの細かなディレクションが可能な“Tranceducer”とは異なり、スマートなアッテネート機構とアナログ・サーキットによるレイテンシー・フリーなダイナミクスを実現するために、最低限の機能のみに限定した高音質とレスポンスの良さが売りの高級機。
「POWER SOAK」とは、水面に音源をゆっくり沈めるように曇りのない出力抑制を行う機構の事で、その名の通り、高品位なトランスを用いたそのオペレーションは、巷にある簡易なアッテネーターとは確かに次元の違うS/Nの高さを感じる事ができた。パワーを下げても歪みの変化はごく微弱で、しかも、サウンドのキモである中域から高域にかけてのロールは、恐ろしいほどにそのままの手応えを残したまま、耳に届くレベルだけがあっけないくらいにストンと落ちていく感じだった。スピーカー・エミュレーションによる音の追加はあくまで最小限で、不自然に音を盛ったりせず、全てのフィルターが原音を維持するためにチューニングされているのがよくわかる。しかも、よくありがちなゴワゴワとした不細工なエフェクター臭さなど皆無だから、なお凄い。実際、スピーカー・シミュレートのパートは、原音とは別にエミュレーション・サウンドを“Speaker Voicing”でミックスしていく構造なので、エミュレーション・フィルターのみの音を一つのアンビエント操作として直感的にコントロールできるのは他に無いアプローチだ。
フィルターのセレクト自体は、キャビネットがクローズ/オープン、そしてキャラクターがビンテージ/モダンくらいしか選べないのだが、原音が鮮烈に維持されている分、逆にそれ以上のコントロールは邪魔になるだけのような気がした。それほどに隙のない音質なのに、DIのバランス・アウトがキャノンでないのだけが惜しまれる。だが、それを差し引いても、フィルターの音質さえ気に入ってしまえば、もう十分に、実際のマイク撮りと天秤にかけて良いくらいのクオリティでレコーディングを達成してしまえる製品だという事は間違いなさそうだ。
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キャビシミュ界の大正義、Palmerが誇る名機“PDI-03”。かつてはEVHやスティーヴ・ルカサーをはじめ、多くのプロのラック・システムの中に採用されていた事から、その実用的な耐久性とサウンドの確かさは折り紙付きだ。“PDI-03”は電源不要の完全なパッシブ仕様なので、ステージの規模によって電源の配置を気にする事無くシステムに追加できるのも重宝された理由の一つだ。単体で100Wまでのロードボックスとしても機能し、スピーカーを繋げば200Wまで対応する容量の大きさに、時代を感じずにはいられない。音はやはり良くも悪くも「パルマー音質」だ。メリハリがあって歪みの質もしっかり細かく出るのでどちらかと言えばハイファイなサウンド向きだが、目の粗い歪みでも不思議なバランスで優等生な音に変えてしまうところなどは、はっきり言って好みの分かれる部分だろう。しかし、これがシンプルなアナログ・フィルターのみで生み出された音だとわかれば、ほとんどの人は文句を言えなくなるに違いない。それだけ“PDI-03”のサウンドというのは、今聴いてもちゃんと使える音であるし、そして何よりも、時代を超えて慣れ親しんできたプロ達の「アノ音」の一端を確実に作ってきたフィルターとして、もう耳が「良い音」として記憶してしまっている響きなのである。“PDI-03”は一度ディスコンになっているが、プロ、アマ問わず上がったそのあまりの反響の大きさから、すぐにPalmerが復刻したという事からもわかる通り、まさにエレキ・ギターの近代史に無くてはならない価値を持つ機材であるし、また、今もその代わりが無いデバイスなのである。
一応、形としては“PGA-04”が“PDI-03”の進化版という体をとってはいるが、世間では“PGA-04”は全く新しいアプローチから生まれた、Palmerの新機種として認知されている。フィルターの構成からみても、“PGA-04”は“PGA-05”をモノラルにしてダミーロードを載せたくらいにしか見えないが、実はそのPalmer独自のダミーロードの存在が、“PGA-04”の音質を“PDI-03”とは全く違うベクトルに進ませてしまったようだ。その違いは、“PGA-05”と“PDI-05”の間にある音の違いの比ではない。アクティブ・タイプの“PGA-04”の音は、より中心のレンジが広がっている分、その幅広いトーン選択が仇となってノブを回し切った場所での音質にかなりクセが出てしまう傾向にある。“PDI-03”のように何処で弾いてもそれなりの音を出す、というようにはいかない。しかし、“PGA-04”には確実に”PDI-03“には届かない領域の音があり、特にロー側の引き締まった出方やサステインの倍音の盛り上がり方等、セッティングを追い込むほど良さが見えてくる部分も多い。これを偶然と言ってしまって良いかはわからないが、少なくとも、この新しい使い心地は、Palmerというメーカーがキャビシミュのサウンドとダミーロードの音質変化について昔から研究を重ね続けたからこそ導き出せた、職人気質の勝利と言えなくもない。いずれにせよ、この優れた2つの特徴的なタイプを選択できる現代とは、Palmerという専門メーカーがあってこそ達し得たキャビネット・シミュレーターの成熟期なのであろう。
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デジタルと聞けば無条件でアレルギーを起こすギター・プレイヤーが多い中、アナクロの極みとも言うべきアンプ・サウンド界に独自の技術で割って入ったのが、このフランス生まれのTwo Notesというブランドである。彼らが掲げたのは、サウンドというものを一つのデバイス内で完結してしまう“POD”や“Axe-Fx”のような製品ではなく、あくまでも現行のリアル真空管アンプの機構全てに当てはまるように、最高のデジタル・サウンドでサポートする事であった。それが、デジタル・キャビネット・シミュレーター“TORPEDO”である。アナクロなチューブ・アンプでしか味わえない「いつもと変わらないプレイ・フィール」と「音色の多様性」を両立させるために何が必要か考え、そして、完成したのが、数十種類のキャビネット・タイプと選択できるマイク・パターン、そしてさらにライン用のパワー・アンプ・シミュレーターを搭載した世界初のデジタル・ロードボックス単体機“TORPEDO VB101”であった。
“TORPEDO STUDIO”は、その直系機たるフラッグシップ・モデルで、150Wのロード機能とあらゆる入力インピーダンスに対応する切り替え機能は引き継ぎながら、ロードボックス自体のキャラクターそのものもフラットなサウンドの“リアクティブ”とウォームな“レジスティブ”から選択できるようになった最新鋭機。しかも、バーチャル環境内に2チャンネル分のマイクとスピーカーをそれぞれ異なるタイプで置き、ステレオもしくはデュアル・モノで録り、内部でミックスするという、実に高度なレコーディング環境そのものを生成できる高機能プロセッシング能を備えている。キャビネットがギターの音の多くを左右するとはいえ、実際にプレイに影響の無い範囲はデジタルに任せ、ギターらしいレスポンスを生むアンプ部分には決して干渉しないその見事な分業をハード面で成し遂げた、まさに、近未来のライブ/レコーディング・ツールである。当然ながら“TORPEDO”は従来のアナログ・シミュレーターのような「それっぽい音」を使わない。選択できるキャビネットは全て実際のモデルの音から組んだアルゴリズムによって形成されており、実際のチューブ・アンプ部分が本物なだけに、恐ろしくリアルかつダイレクトなサウンドが思い通りにコントロールできるのは恐ろしい快感である。
“LIVE”はその機能縮小版で、1チャンネル分の信号ラインと100Wのダミーロードを備えており、1Uに抑えられた筐体スペースによってシステムにも組み込みやすく、まさにライブでPAに音を返すのに最適な環境を構築できるツールだ。……ただ、一つだけ注意したいのが、このダミーロード搭載タイプは、いかにデジタルとはいえ高圧なパワー・アンプ信号をもろに受け止めているので、グラウンドの取り方によっては思わぬノイズの発生源となってしまう可能性がある点についてだ。ラック・シャシーを含めたグラウンド管理や、他のアナログ・デバイスとの電源のルーティーンを考慮しながら、システムの中で最適な電源環境を準備する事が“TORPEDO”を運用する最低条件であると考えるべきであろう。
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エンジニア御用達、エフェクターからレコーディング機器まで幅広く手がけるカナダの音響メーカーRadialの手がける、ハイエンドなアッテネーター/DI。とにかく多くのセッティングが自在に行える統合マシンで、アッテネーター・パート一つにしても6段階+αの多段階減衰と、レゾンナンス・セレクトによるキャラクターの選択が行える。加えて、DI部では2バンド・イコライザーに加えて6種類のキャビネット・ヴォイシングを選択でき、外部マイクなどで卓へ送る信号と位相が合うように360度に渡るフェイズ調節機能も備わっている。
このように、音色に関して親切すぎるほどの高機能ぶりを見せつけるが、実は、この“HEADLOAD V8”の凄いところはもっと別のところにある。それは、バランス、アンバランスの出力が共に2系統ずつあり、それぞれがEQ&ヴォイシングを通過するアウトと通過しないアウトを備えている点だ。もちろんそれを、モニターとミキサー卓のように別々のソースとして振り分ける事もできるのだが、やはり、この仕様の最大の使いどころは、スピーカー・エミュレーションを行ったサウンドとダイレクト・アウトのサウンドをミキサー内で掛け合わせ、音像を強化する目的下でこそ真価を発揮する。エアー感を付加されたエミュレート・サウンドに、さらに輪郭のしっかりとしたドライ音をミックスしてやる事で、音像の厚みと芯が同時に得られ、最高のサウンドになるからである。バランス・アウト側には、当然のように同じ卓に送られる事を想定して位相で相殺したりしないようにするためのフェイズ・スイッチも別途備わっているという念の入れようだ。しかも、それに加えて更にこのスピーカー・スルーから本物のキャビネットへ送った音を更にリアル・マイキングして、第3のラインとしてそれら3つのソースを合体させる事さえ可能だ。DIパートにある360度フェイズ・ノブは、当然、その事を想定して付けられている事が予想できる。その効果は驚くほど顕著に現れるので、例えスピーカーに一本しか線を送っていない人でも、ちょっとでもステージで音が引っ込んでいると感じたらこのフェイズ・リザルトに意識を向けてみると良いだろう。
スピーカー・シミュレート自体は実にナチュラルな音色を基調としていて、通すだけでクワッとした飽和感が増し、低域にマットなエレメントが追加されるのがわかるものの、決してうるさ過ぎず、音の剛性だけが素直に増す感じだ。PAやステージ全体との連携を視野に入れた大規模システムの要となる機能を持った、真にプロユースなキャビシミュであると同時に、改めてラインを並走させる事による位相コントロールの重要性を教えてくれるマシンだと言えよう。ただ、一つ惜しいのは、電源が専用ケーブル(4ピンXLR)による供給のみである点だ。確かにステージ上でのケーブル脱落を予防するためにキャノン・プラグを使用したい気持ちもわかるが、万一の断線に対処しにくい他、電源ケーブルを交換することによる音質強化にも改造が必要になってくる等、不便な面も多い。この一点さえ気にならなければ、当デバイスにしかできないことは何かと多いので、使用者のシステムを一段階ハイレベルな方向に引き上げてくれると信じて一度使ってみて欲しい。録れた音のあまりの凄さに、キャビシミュに関するイメージが180度変わるほどの衝撃を受けるはずだ。
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旧Damage Controlの技術者が立ち上げたデジタル・エフェクター界の寵児strymon。“Lex”は、そんな彼らぐらいしかやらないであろう、恐るべきポテンシャルを内包したマニアック・ペダルの極致とも言うべき傑作エフェクターだ。ロータリー・スピーカー・ユニットとは、Leslie等に代表される回転スピーカーを内蔵したキャビネットの事。高域(ホーン)、低域(ドラム・ローター)を司る二つのスピーカーの回転方向とスピードを操る事で、ドップラー効果や位相の揺れが生む不思議なうねり効果を得るための装置で、元々ハモンド・オルガン用に開発されていたものをエレキ・ギターにも流用させたもの。バイブ系エフェクターの元祖でもあり、コーラスやフェイザー、さらには駆動用に内蔵された真空管アンプがドライブすることによるハーモニクスなど、実に複雑なモジュレーションを内包したサウンドを生む。
その設定域は無限に近く、更に聴く位置(マイク位置)により全く異なる効果を持つ事からその操作を完璧に行うほどパラメーターは複雑化するため、エフェクターとしてはある程度の複合的ディメンション・コントロールを導入せざるを得なかったのだが、strymonは見事にその常識を打ち破ってくれた。モジュレーションのアルゴリズム形成を実用レベルで徹底的に細分化した後に組み直し、たった4つのノブと2つのスイッチしか無いエフェクターにその全てを封じ込めたのである。それぞれのスピーカーの速度による連動や、ローターのスロー・ダウンまたは停止状態の音を作ったりと、動きのシミュレートは実に多彩。音はやや高止まりしたハイファイ気味なサウンドがデフォルトなので最初は金属質に感じるかもしれないが、“Mic Distance”などで音との距離感やアンビエントを整え、“Cab Direction”によるキャビネット・カバーをオープンにした状態等をコントロールし、更に接続アンプのキャビネット・フィルターのタイプを選択していくうちにその重厚な空気感を手に入れる事ができるようになってくるだろう。まどろむように渦巻く朗々とした唸りから、せわしなく羽ばたく鳴嚢の嗚咽サウンドまで、その設定域は使えば使うほど広がっていくようだった。
また、インスト・レベルだけでなく当然のようにライン・レベルにも対応している事で、アンプのセンド・リターンだけでなく、外部デバイスに合わせて二つの出力をステレオからバイアンプ構成にするなど、異常なまでにやれる事が多い。さらにアンプ部分の歪み設定やEXペダルによるパラメーターのリアルタイム・コントロール等の設定もでき、裏モードを駆使すると実に20項目に迫るコントロール・モードを備えており、ちょっと音を出すために、まるでLeslieの業者になったかのように必死になってその効果と連動してくるサウンドの動きをテストし続ける事になるだろう。確かに気軽に使えるエフェクトではないが、そのノブ操作が恐ろしく合理的にできており、意外にも直感でかなり良い音に辿り着けてしまうのもこのペダルの魅力と言わねばなるまい。何よりも、これほど複雑なサウンドの操作を、安全かつきちんと楽しめる範囲でプレイヤーの成長を促すように音作りを委ねる、このメーカーの実直な取り組みに脱帽だ。
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NEO Instrumentsの創始者グイド・キルシュが、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのギター・アンプの革命児、Kemper Ampのクリストフ・ケンパーとともにかつてはあの有名なシンセサイザー、Access“Virus”シリーズを手がけていた事を聞けば、このメーカーのデジタル・イクイップメント製作に精通した実力も垣間見えようというものだ。
“mini VENT”は、以前ロータリー・スピーカー・エミュレーターの金字塔として名を馳せた名機“VENTILATOR”シリーズの後継機。“VENTILATOR”はLeslieスピーカーの複雑なモジュレーションを、あくまでも直感的に操作できるデバイスとして組み直し、一部のマニアックな層から絶大な支持を得ていたマシンだ。何が画期的だったかと言えば、それは、このメーカーの「音作りのセンス」ということに尽きるだろう。音量に関係なくどんな設定をしても、また、そのエフェクターをギター・システムのどの場所に持ってきても、ちゃんと使える音になる。パラメーターは限られているのに、それぞれが確実に連動し、しかも、ギター側からのタッチに実によく応答するように作られており、まるでピック操作一つでロータリー・スピーカーの駆動をコントロールしているような錯覚に陥るほど、ギターという楽器の特性にその音がマッチするように作られていたことに驚かされた人は多かったに違いない。
“mini VENT”はその特性を丸々引き継ぎ、もはやパラメーター設定自体を完全にオートメーション化した究極のロータリー・スピーカー・エミュレーターとして戻ってきた個体だ。なにせ、エフェクターにも関わらずコントロール・ノブのようなものは全く排除され、あるのは、バイパス用とスピーカーの回転をコントロールする“SLOW/FAST”の2つのフット・スイッチのみ。あとは背面にモード切り替え用のボタンが一つあるだけという恐るべきシンプルさなのだ。そして、少し音を出してみただけで「おお」と唸らされる、その整って使いやすいゆらぎと飽和感のバランスは見事という他に無い。上記のstrymonとは全く対照的なアプローチで、完璧に最高の状態の音だけを何のストレスも無く、買ったその日から楽しめるように設計されているのである。それでも、ロータリー・スピーカーの醍醐味とも言うべきローターの停止状態を、フット・スイッチ同時押しによってちゃんと呼び出せたりと、おさえる効果はきちんとおさえてあるところにこのメーカーの隙のないセンスの良さを感じる。
また、内部ジャンパー切り替えによるゲイン設定、さらには“SLOW/FAST”スイッチ3秒押しで入れるプリセットで、各モードのドライブ状態を5種類(off、1、2、3、full)の中から選べるなど、その独特のサチュレーションやハーモニクスといった音質そのもののニュアンスを決める部分にはきちんとアクセスできるようになっているのが本当に凄い。ギターの帯域が呼び出せる干渉波ポイントに内部のサウンドがちゃんとジャストに反応することでわかる通り、実はこの“mini VENT”は「for Guitar」のバージョンで括られる、まさにエレキ・ギターのサウンドに完全に最適化された個体なのである(他には「for Organ」もある)。これほど偏った条件下でのみ使用される機材なのにもかかわらず、1から10まで手を抜かずその使用機材の特性に寄り添ったチューニングを施すとは……このメーカーのさりげなくも恐るべきこだわりに、これからも期待したいところだ。
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Tech 21のメイン・ラインSansAmpシリーズにも、ミドル・ユーザー向けのわかりやすいロータリー・シミュレーターが存在する。豪華なパラメーター設定や親切なデジタル・アシストこそ無いものの、必要最低限の設定項目で、Leslieサウンドの面白みをしっかりと引き出す事のできるエフェクターらしい設計にまず目を惹かれる。スピーカーの歪み特性をコントロールする“DRIVE”や音像の輪郭を決めるEQセクションは全てアナログ回路で構成されており、非常にデリケートな効きだが、しっかりとモジュレーションに効果を発揮する帯域をプッシュするようにチューニングされていて、その効きのほどはわかりやすい。
設定の手順は簡単で、まず、右のフット・スイッチの上にある“BIAMPED”スイッチで回転するスピーカーを、上(ホーン)のみか、それとも上下(ホーン、ローター)ともにするのかを決定し、“FAST/SLOW”フット・スイッチでその回転速度を選んでやるだけ。次に、ドラム・ローターの速度はモードごとで固定されているが、ホーンも回るバイアンプ設定の場合は“TOP SPEED”ノブが効くので、それでローターとの回転をずらしながら好みの空間演出を見つけるのがセオリーとなる。あとは好みに応じて“POSITION”でトレモロのロールの音量幅を、さらにお好みに応じて“SPEAKER SIM”スイッチでその独特なピーク周波の揺れを追加すれば良い。
音質はとても温かで角が丸く、音域の定位が低いので何とも言えない心地良いローファイ感が常にまとわりつくのが好印象だった。設定域にあまり極端なものは無いものの、使い方によってはかなりグログロとした泥臭い酩酊音に追い込む事もでき、常に飽きのこない絶妙なコンプ感が中域を押し上げる感じも良かった。これでEXペダルが使えればさらにライブで使えるエフェクターになっただろうと思わせるも、この価格帯でこの使い勝手と音質を維持しているだけでも十分に価値のある仕様だ。ロータリー・シミュレーターの入門機として、万人にお勧めできるバランスの良さが光るペダルだ。
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エフェクターの利点を最大に生かした音作りで市場を席巻するBOSSが、独自のアンプ・シミュレーション技術「COSM」により生み出したロータリー・シミュレーターの傑作“RT-20 Rotary Sound Processor”。すでに発売より10年を経過するロングセラーとなっているこのモデルは、本物以上の音域とコントロール能を有し、本格的なライブ・オペレーションでも実績を残す大定番機種だ。わかりやすい4つのモード設定から好みのものを選ぶのはもはやお決まりのルートだが、このマシンが凄いのは、完全に実機とは異なるアプローチのパラメーターから、本物そっくりの……否、それ以上のサウンドを作れてしまう点にある。
回転速度を切り替えた時の変化スピード“RISE TIME”をコントロールできるくらいのことは朝飯前で、凄いのは、ホーンとドラム・ローターの音量バランスを自由に変えられる“BALANCE”機能があること。意外に地味に思われるかもしれないが、この操作が、特に、回転の遅い「コーラル」時の音像に実に分厚い深みを与えるのだ。また、強調される周波数もそれによって微妙にズレを起こすので、新たなゆらぎの効果を生む事にも繋がり、全く新しいサウンドが生まれてくるような新鮮な臨場感の達成に一役買っている。一方、ギターのドライ音は“DIRECT”、エフェクト音の方は“EFFECT”で独自に支配率を操作しながらミックスできるので、ほとんど気がつかないような薄い揺れから、転覆寸前の大波まで、通常の規範を越えた容赦のないディレクションが可能となるのも便利この上ない仕様と言えるだろう。
だが、やはりこの製品の最大の特徴と言えば、一目瞭然、その真ん中でうねうねとひらめく「バーチャル・ロータリー・ディスプレイ」に尽きるであろう。ロータリーの駆動による音場の動きを視覚的に捉えられるこの窓は、初めての音像領域に踏み込んだ時には、意外にも音のイメージを掴みやすくしてくれるのである。窓の傾きは、本物のLeslieだとスピーカーが筐体のセンターに設置されておらず、四角いキャビネットの中では音響反射が決して左右対称にならない事をよく知っている人が作っている事が伺えて、何処か微笑ましい。音自体は非常にハイファイで、BOSSのデジタル・エフェクターらしい目の詰まったフィールがやや無機質に感じられることも無いではないが、これはこれで、自分で使い込む事によって音を柔らかく使うコツを次第に見出していける楽しさが漂う、実にBOSSらしいバランスに仕上げられたペダルと言えよう。
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極小の筐体に、極上のサウンド。その驚くべきサイズ設計でたちまち頭角を現した、エフェクター界の小さな巨人Hotone。“ROTO”は、おそらく世界でも最小のロータリー・シミュレーター・ペダルである事は間違いないであろう。そのオモチャにも見える筐体にあの複雑怪奇なロータリー・サウンドを封じ込めることは誰もが不可能と思うに違いない。だが、そういう難題にこそ執念を燃やすのがこのメーカーの美徳でもある。
“ROTO”のメイン・コントロールは、回転スピードを操作するボディ・トップの“SPEED”と、トーン・コントロールである“COLOR”、そしてゆらぎのモジュレーションを追加する“INTENSITY”のみ。一見、これであのまどろむような振幅を十分に操れるのか不安になるが、音を出してみて一瞬でその懸念は吹き飛んでしまった。まさにその音はロータリーの揺れ……仰々しく、そしてたおやかにはためく二重の回転サウンドがそこにある。叩き付けるようなエグ味や泥臭さまではさすがに表現できなかったようだが、真空管のアンプ特性によるあのゴワゴワとした、沸き立つような飽和感はきちんと備わっており、音自体の厚みや立体感はなかなかのものだ。
ピッキングによる感度も良好で、何より、“COLOR”に連動してちゃんとドライブ・ゲインが底上げされていく感覚があって、緩めた回転の中では実にダーティに呻いてくれるのが本当に素晴らしい。“VIBE”スイッチは常に入れていた方がLeslieらしいサウンドが得られるので、このエフェクターの後段にボリューム・ペダルを入れ、ゆらぎに連動させて音量にも一定の幅を与えてやりさえすれば、恐ろしく完成度の高いロータリー・サウンドに仕上がるに違いない。むしろ音の色彩自体は濃いので、飛び道具として一瞬の不安定感をフレーズに投げ込むのも使用法としては効果的だろう。60年代のあの匂いたつような天鵞絨(びろーど)の響きを蘇らせる、最もアバンギャルドな近道がこれだ。
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今回も実にマニアックな『キャビネット(スピーカー)・シミュレーター』特集、楽しんでいただけただろうか?
昔だったら、どんなに近所迷惑だろうとも自宅でマイク・スタンドを立ててギターを録音したものだが、録音中にインターフォンが鳴ったり、猫が暴れたり、鬼の形相の同居人が乱入したりと、考えてみればロクな環境じゃなかった。それが今では、こんなにたくさんの音の良いキャビシミュが街にあふれている。少なくともギターの練習用としては十分すぎる性能のものがほとんどなので、今やギタリストにとって日本の住宅事情は、ギター修練と宅録におけるハンディキャップとはならない事をまざまざと痛感させられた思いだ。値段も熟れていて、初心者でも手が届くものがいくつもあり、まさに選びたい放題だ。試しに、ライン録りでいくつかの音を同時に卓に取り込んでミックスしてみたが、信じられないほど良い音になった。これで、ますます本物のギター・キャビネットが売れなくなってしまうかもしれないと思ったら心も痛むだろうが、まあ、実物には実物の替え難い普遍のサウンドがあるわけだし、決してシェアを食い合いするようなものではなかったように思える。臨機応変に様々なサウンドを選択できるのが現代のスタイルという事なのだろう。
また、少しではあるが、ロータリー・シミュレーターについても触れる事ができて良かった。今回のリサーチでは省いたが、久々に自分が所有するHughes&Kettnerの“Tube Rotosphere”を引っ張り出して弾き比べたりなどして楽しませてもらった。よく考えたら、こいつみたいに真空管搭載のロータリー・シミュレーターなど、もう、ほとんど見かけるものではない。こいつは間違いなく、今後、ディスコンになってしまったのが悔やまれる失われた名機として、再評価される時が来るに違いない。売らずに持っておいて本当に良かった。フー。
それでは、次回10/14(水)の『Dr.Dの機材ラビリンス』もお楽しみに。
今井 靖(いまい・やすし)
フリーライター。数々のスタジオや楽器店での勤務を経て、フロリダへ単身レコーディング・エンジニア修行を敢行。帰国後、ギター・システムの製作請負やスタジオ・プランナーとして従事する一方、自ら立ち上げた海外向けインディーズ・レーベルの代表に就任。上京後は、現場で培った楽器、機材全般の知識を生かして、プロ音楽ライターとして独立。徹底した現場主義、実践主義に基づいて書かれる文章の説得力は高い評価を受けている。