AQUBE MUSIC PRODUCTS
- 2024/11/16
フロイドローズ型トレモロ搭載ギター
80年代、シンクロナイズド・トレモロをはるかに超える音程変化と群を抜くチューニングの安定度で、まさに一世を風靡したフロイドローズ・トレモロ。弦交換やチューニングの煩わしさ、ダブル・ロック特有のトーンなどの理由から敬遠する向きもあるが、フロイドローズでしか得られない強烈な表現力は、やはり抗えない魅力がある。今回の機材ラビリンスでは、そんなフロイドローズ搭載ギターに着目してみた。
それは誓いの儀式に似ているという。
フロイドローズを搭載したギターを買うという事は、基本的に、そのギターでは一生そのブリッジと添い遂げなければならないという事である。少なくとも、フロイドローズと同種の物以外に心を移す事は許されない。あっちのストラトは弦交換が楽そうだ。いや、こっちのレス・ポールはミュートがし易い。いやいや、そっちのVは裏通しでよく鳴りそうだ……。そんな淡い夢は見るだけ無駄というものだ。現実は、一刻も早く家に帰って、昨日の夜に切れたフロイドローズの弦を張り直さなければならない。はっきり言って、面倒くさい。その“労働”を考えるだけで、ギターのハード・ケースに視線が向かなくなる。しかし、中の愛器は昨日のままそこに眠っている。なぜ、こいつを選んでしまったのか。いつかドラマで見た、家事を一切しないでゴロゴロとコタツにくるまったまま仕事で疲れたフィアンセを迎える、ぐうたらな彼女にその姿がダブらない事も無い。
まずは、切れた弦と、もはやメチャクチャになったチューニングの弦をニッパーで切り落とす所から、作業は始まる。──まずは、部屋に散らかったゴミを片付けて洗い物を済ませるといったところか。
次に、ブリッジをベース・プレートごと取り外し、キャビティからギター本体、ついでに指板まで綺麗に拭き取り、最後にフロイドローズ本体も丁寧に磨いてやる。──部屋の隅々まで掃除機をかけて、彼女は風呂へドボンだ。
そして、弦の準備だ。ボールエンドを切り落とし、その弦をサドルに仕込んで固定する。──クローゼットから下着を出し、風呂から上がった彼女にそれを着させる。
続いて、ブリッジ・ユニットをボディに戻し、スプリング・ハンガーをサステイン・ブロックに固定。さらに、バネの付け方を変えてみたり、本数を調整したり。──風呂上がりの飲み物は? 水? それとも、オレンジジュース?
それから、やっと弦をペグに巻いていく。一本一本丁寧に、根元に向かって巻き付けてゆく。同時にスタッド・スクリューを調節して弦高を好みの高さに。──髪を乾かしてブラシを入れてやる。丁寧に、キューティクルを傷めないように。同時に、後で何が食べたいかを聞いておく。
そこまで来てようやくチューニングの開始だ。ファイン・チューナーを中間くらいにセットし、ペグを回して弦のテンションを張っていく。──くしゃみをする彼女にちゃんと服を着せ、それから、お肌の下地を手入れする。
弦がロック・ナットからズレないくらい張ったら、テンション・バーを閉める。同時に、裏バネのテンションで調整しながら、何度も繰り返しチューニングを整えていく。基本は、ブリッジが水平にフローティングしている力のかかり具合で、チューニングが合っている状態を目指す。前傾でも後傾でもダメ。──よそ行きの化粧を施す。濃すぎても薄すぎてもダメだ。
チューニングとフローティングが合ったら、今度はオクターブ調整。──ヘアスタイルを丁寧に整え、鏡で何度もチェック。
最後に、ロック・ナットを締め、ファイン・チューナーで微調整。そして、念願のプレイとなる! ──最後にコンタクトを入れ、アウターをさっそうと着こなせば、遂に念願のデートだ!
浮気? 冗談じゃない。このチューニングの狂いの無さ、そして、ステージでド派手な「アーミング」をした時に感じるあの絶大な表現力と、自分の手元に集まる観客の視線はどうだ。それは、まるで、モデルのように見違えて美人になった彼女を連れ歩いて、道行く人が彼女を振り返る時の、その快感にも似ている。ちょっと扱いがめんどくさくたって、ふわふわしてつかみ所が無くたっていいじゃないか。結局は、その、素晴らしい一瞬を共有するために、自分がそのバランスに気を遣ってやれば良いだけなのだ。
乗り換えられない事を後悔するな。一つがダメになったら、最初からやり直せば良い。何度でも。
それが、フロイドローズ。それが、大好きなあの人。
その出会いと誓いが、きっと幸せのハーモニーを奏でるその時を、ただひたすらに信じようではないか。
今回は、フロイドローズ搭載のギターにスポットを当てる。ギターの機能革命として最も革新的なデバイスの一つとされるフロイドローズは、リプレイスメントも想定された設計により、例えギター本体に多少の加工が必要だったとしても、特にFender系のギターに後付けされる場合を想定し易いアイテムである。しかし、逆に、フロイドローズを初めから載せたギターは、もはや他の種類のトレモロへの換装や、セミアコ、レス・ポールなどのようにボディに直接固定するようなブリッジを新たに搭載する術は無いと言って良い。だからこそ、初期装備として選ばれる場合、そのギターとの相性が重要となってくるのは自明だ。はたして、現代のメーカーがフロイドローズに最適と選んだギターとはどういったものなのか? 今回のリサーチでは、スタンダードなものから個性的なもの、そしてちょっと目を惹く機構との組み合わせや変わった使い方をしているものまで、なるべく多くの視点で、現行品を中心にフロイドローズ搭載ギターをラインナップしてみた。選抜はデジマートの在庫に準拠し、サード・パーティー製ライセンス商品(FERNANDES等の“FRT”、Ibanezの“Edge”シリーズ、Gotohの“GE1996T”他)も、基本的に派生型フロイドローズに含まれるものとしてカウントした。かつて一世を風靡した夢のデバイスの現状について学び、今後フロイドローズ搭載ギターを買う時の参考にしてもらえたら嬉しい。
※注:(*)マークがモデル名の後につくものは、レビューをしながらもこのコンテンツの公開時にデジマートに在庫がなくなってしまった商品だ。データ・ベースとして利用する方のためにそのままリスト上に残しておくので、後日、気になった時にリンクをクリックしてもらえば、出品されている可能性もある。興味を持たれた方はこまめにチェックしてみよう!
80年代のHR/HM時代を象徴するギターとして知られ、ギターの構造上における近代化をいち早く押し進めたJackson。“Soloist”は、カスタム・ショップを備えるコロナ工場の職人達の手によって、その魂を無骨なまでに引き継ぐ同社のフラッグシップだ。小型にシェイプされたボディは意外にも薄すぎる事無くしっかりとした存在感を携え、吊ってみると身体に密着するのでアーミングへの手の回り込みは実に自然だ。特異なヘッド傾斜のおかげで、テンション・バー無しでも弦がロック・ナットにしっかり張り付く感覚が秀逸で、弦高をかなり下げ気味に設定しても、ポジションに関係なく安定してネックに力がかかっているのがわかる。ただし、コンパウンド・ラディアスの場合フローティング・デバイス側ではなかなかうまく均等に力がかからないのが常なので、全体の弦高よりも、ブリッジ側のミュートで違和感が出ないよう意識を使いたいところだ。テクニカルなプレイを念頭に置いているためか、フロイドローズ本体のリセス加工(ザグリ)はそれなりに深く、常に弦に高いテンションが維持されている。その代わり、アップ側の挙動が多少制限されるのは致し方ないといったところか。しかし、逆にダウン時にはかなりのベント幅が得られる上、ジャンボ・フレットの太く粘りのある出音がフェンダー系とは全く異なる分厚い音域のうねりを獲得していた。総合的にはスルーネックの豪奢な芯材は二点式ロック・トレモロとの相性は抜群で、アタックを強調したヘヴィなリフの歯切れも良く、下へと潜り込むような音がバランス良く追求された機種なのだろう。その見た目の華奢な印象とは全く異なり、太い歪みを用いた大胆な爆撃機サウンドにはおあつらえ向きと言えるだろう。一瞬の切れ味よりも、ナタのごとき破壊力を持った“Soloist”……ギター・サウンドの立ち位置を根底から覆した反逆の遺産であるそれは、アーム・プレイにおいてもまた、独自のアイデンティティを継承する数少ない近代ギターの象徴なのだろう。
[この商品をデジマートで探す]
今や、西海岸のハイエンド・ギター工房の中でもエース格の実力派として名を知られるようになったSuhr(JST)。PROシリーズは、オーダーメイドのカスタム・シリーズを安価に提供するためにパーツ選択をある程度限定して作られたラインで、現代風のコンポーネントの“MODERN”との組み合わせでは、ブリッジはGotohのフロイド式と、少し変わったナイフ・エッジのピボットを持つ“510”トレモロの二択だが、こちらはその中のGotoh FloydRoseと呼ばれる“GE1996T”系採用モデル。市販のフロイドローズの中では数少ない14”に対応したこのブリッジが、10-14”という“MODERN PRO”のコンパウンド・ラディアス指板にしっくり来る。デフォルトでのあの低い弦設定をして、一部ではJohn Suhrを「フロイドローズの達人」と呼ぶほど、彼の、その弦との密接な距離作りのセッティングは神がかっている。実際に手にとると更にはっきりするが、その低い弦高のなかにあっても、セオリー通り1弦側に向かってほんのわずかにフレットとの隙間が詰められているのがわかる。まさに、弦が指板に張り付くようで、羽のように軽いタッチで指板を押し込む事ができ、ハイ・ポジションでも、フィンガリング性能はいささかも落ちる事は無い。クオーター・ソーンの引き締まった反発をネック側の手の中に感じながらもう一方の手でアームをアップさせれば、全体の弦が大河のうねりのごとく一つの適性の中で纏まって変化していくのがはっきりとわかった。アクの強いモダンな性能のバランスを、高いレベルのチューニングで融合させている、まさに職人の腕によって支えられた均衡がここにある。スプリングのチョイスも絶妙で、アップとダウン時のストレスの違いがほとんど感じられないのも驚異的だ。ただ一つ気になるとすれば、フロイドローズの6弦側の支点が直線になっている事で、巻き弦の立ち上がりを早めるGotoh式トレモロによる、若干のアーミングの「捻れ」が起こる可能性がある点だ。長年の使い込みでエッジが摩耗し始めたら、裏のスプリングを少し外側に寄せてみてプレイアビリティとの兼ね合いを図ろう。
[この商品をデジマートで探す]
それは、誰もが一度は夢見る仕様だとされてきた。あの、レス・ポールのファットで温かな豊饒のサウンドと、トラディショナルなアーム・プレイの融合。本来、“チューン・オー・マティック”のテイルピース&アーチトップ・ボディを基本仕様とするレス・ポールにとっては、当然のようにセット・ネックの差し角でフレット・ボードに傾斜が生まれるため、構造的にロック式トレモロとの相性は最悪とされてきた。しかし、現代的な奏法が普及するとともに、その必要性に駆られて、自らの貴重なギターの大手術を試み、そしてその賭けに敗れた人々を何度見た事だろうか。そんな悪循環についに終止符を打つべく、本家Gibsonが提示した答えは、歴代のレス・ポール・サウンドを引き継ぎながらも、完璧にロック式フロイドローズに対応した新世代のレス・ポール・スタイルへの昇華だった。ロングテノンを仕込んだ1ピース・マホガニーのネックに、エボニーの代替材としてすっかり定着した人工樹脂「リッチライト」の指板を持つこの“Les Paul Axcess”こそがそれであり、まさにトレモロを搭載するために生まれた完全に新しい構造を持つネオ・レス・ポールと言わねばなるまい。ネックの仰角は見てわかるほどに水平に近くなり、弦高は想像以上に低い。ネック保持に違和感を憶えるかと思いきや、意外にも手に取ったバランスは良好で、ヘッドが遠くに感じる事も無かった。むしろ22フレットとRの少ない指板構成が、どこか古い国産器を思わせる手触りで、不思議な懐かしささえ感じたほどだ。ただ、ヘッドの傾斜やそのRの緩さはロック式トレモロにとっては元々有利だったようで、弦角の問題さえクリアできれば、実はレス・ポールにはフロイドローズへの適性があったのだと思えるほど、その挙動はスムーズそのものだ。ボディはやや薄めに仕上げられているが、それもまたフロイドローズのやや硬く立ち上がるサステインとよく相まって、音の出足を上手く捕まえ、心地よい響きで抜けさせてくれる。アームの挙動も実に正確で、どんな細かいアーミングでもリッチなミドルはアタックに追随するので、文句の付けようが無い。一見してはあまり変わらないように見えて、これほどの大胆に新たなバランスを組み上げるのは、さすがに大家Gibsonならではの仕事と言うべきだろう。これは、孤高の反骨と正統進化の両方を兼ね備えた次世代スタンダードの一角を担うGibsonの、まさに新たな野心が透けて見える「全く新しいギター」なのだ。
[この商品をデジマートで探す]
カリフォルニアの小さなパーツ屋が、奇才グローバー・ジャクソンの息がかかった事で、コンポーネント・ギターの先駆けとして先見の明を持って時代に迎え入れられた事はまだ記憶に新しい。Charvel/Jacksonはその後、日本国内生産時代を経て2000年代にはFenderに子会社化されたが、その発祥の地名をとったモデル“San Dimas(サンディマス)”によって、再びUSA時代のハイエンド工房としてのプライドの復活を見た。そして、現在その正式ラインナップとして“San Dimas”の名を継いでいるのが、このジャパン・メイドであるPRO MODシリーズ“STYLE 1”である。一見、ストラト風に見えるが、“STYLE 1”の作りはむしろJacksonに近く、ジャンボ・フレットの採用をはじめ、コンパウンド・ラディアスも12-16”とゆるやかである。また、重量バランスがほど良い個体で、Jackson系だとヘッドが軽すぎると感じる人にはこのネック・バランスは感涙ものだろう。フロイドローズは、あまり本体を彫り込まず、どちらかと言えばスタッドとの間に持たせた隙間によってナイフ・エッジの駆動域を広くとろうとする“ベタ付け”に近い組み上げで、横方向への駆動は安定しているが、縦方向に力が加わると高音弦はチューニングがやや狂い易くなる可能性があるので注意したい。また、デフォルトのトレモロ“FRT-O2000”は指板のR規格がフェンダー並の10”に適性がある物なので、ハイ・フレットでは両端の弦が下がりすぎてしまうきらいがあり、通常はそれほど気にはならなくても、5度近い深いアーム・ダウンを要する場合には思わぬ制限となってくる。リプレイスメントをする気があるならば、Rの適性が12”以上の物を選ぶ事でさらに指板との相性は良くなるだろう。それを除けば気になるところはほぼ無く、ボルト・オン・ネックに拘りたいストラト的シルエットの1本としては、相当にロッキング・トレモロとの融合を進めた機種だと言える。コストパフォーマンスも高く、フロイドローズ初心者にもお勧めだ。
[この商品をデジマートで探す]
MUSIC MANがあのEVHとの契約時に作り上げた、ギター史に残る傑作シグネチャー“EVH Signature”……それが、現在の“AXIS”である。丸みを帯びた独特のフォルムを、バスウッド・バック、メイプル・トップという仕様で形成し、10”の固定Rを持つクラシカルな指板構成と、奥へ行くほど握り込みが強くなる左右非対称グリップの相性は恐ろしく自然で、まさに、指が勝手にまとわりつくような滑らかな握りを与えてくれる。トレモロは、当然のフロイドローズ(ライセンスもの)且つ、バック側を彫り込まないハーフ・フローティング仕様。アーム・アップがほぼ不可能なこの仕様は通称「ダウン・オンリー(ベタ付け)」と呼ばれ、演奏間でのドロップDに対応できる他、弦切れの際にもブリッジが後ろに傾斜しないためチューニングが狂いにくいという利点を持っており、御大をはじめテクニカルなギタリスト達に重宝された機構の一つである。確かにアップ側はほぼ固定なのに対し、ダウン側にはかなり切れ込んでいける。驚くのはそのスムーズなアームの降り方で、固定ラディアスの指板に対してジャストのR構成を持つフロイドローズならば、これほどに滑らかな駆動が可能になるものなのかと改めて感心させられたほどだ。戻りの反発も強過ぎず弱過ぎず、縦の捻れも全くといっていいほど無い。この押し込みは本当に癖になる心地よさだ。アーミングの安定性とプレイアビリティの問題を、ギターそのものの構造理論によって解決しているのがこのギターの最大の強みだろう。また、DiMarzioのカスタム・ハムは立ち上がりが速く、歪みの中でも音が崩れないクリアな芯を持ったサウンドを放つ上質なモデルで、音量が下がる帯域がほとんど無く、ジャンルを問わずアーミングのワイドな表現力を余すところ無く引き出してくれる。ロック式トレモロにアレルギーのある人にこそ試して欲しい、そんな逸品だ。
[この商品をデジマートで探す]
かつて先人達は、ギターに適した素材を探すために、カーボン、グラファイト、ステンレス、アルミ、そしてプラスティックから硝子まであらゆる物を木の代わりの材として用いようとした。しかし、ARISTIDES INSTRUMENTSのオーナー、アリスティデス・ポートのように、自ら生み出した新素材でギターを完成させた例は他には無い。「アリウム」は木材のような特性の鳴りと恐るべき強度を持った、まさにギターのためだけに生まれたセラミックの一種である。それはどんな形にも成形可能なので、「アリウム」のギターは当然、ネック/ボディはスルーネックどころか全て一体型の繋ぎ目の無い形状としてこの世に生まれてくる。その鳴りは、アンプを通さない方がむしろはっきりとするくらいに、凄まじく明瞭で高貴な響きを有している。分離がもの凄く良いのに、金属のように無駄に拡散するたわんだ共鳴を持たず、目の詰まったマホガニーの様に温かくて芯のある音が真っ直ぐに抜けてくる印象だ。ストラップで釣ると、重量バランスが少し木の場合と異なり、なんというか……上下にピンと固定されているような静止感なのだ。むしろペグだったり、指板だったり、それこそフロイドローズだったりといったパーツの独特の重さが伝わってくる感触が斬新だった。それもあってか、アーミングすると薄いボディまで引っ張られてガクガクする気がして、最初は何だか頼りなげだったが、それにはすぐに慣れ、10分もしないうちに、その圧倒的なロング・サステインを活かしてアーム・プレイを楽しむ事ができた。搭載されているEMG自体のサステインを、素材のサステインが追い越すのを初めてはっきりと耳で聴き取れたかもしれない。コンパウンド・ラディアス指板なので3、4弦は多少弦高が高めに感じたが、それでもフロイドローズ・オリジナルだとすれば頑張っている方だろう。一つだけ注意する点があるとすれば、ネックは「アリウム」なので反らないが、指板だけはエボニーなので反る可能性があるという事くらいだ。フロイドローズのあの一種「冷たい」ロング・トーンの中和にも効果を期待できる、世界で唯一のギターと言って良い。
[この商品をデジマートで探す]
TOM ANDERSONお得意のドロップ・トップ(ベンド・トップ)加工の持つ複雑でレンジの広い出音は、もはや説明不要だろう。加えて、それにプレイング・ディスタンスを圧倒的に押し広げてくれるフロイドローズを搭載した、まさに理想のギターを地でいくような贅沢なスペックを持つギターがこれだ。ただの高機能の寄せ集めではなく、全てが丁寧に仕上げられ、どのパーツも当然のようにその選別にも設置にも弛みはない。また、フロイドローズ用のザグリだけでなく、全てのキャビティの彫り込みが丁寧で、サステイン・ブロックとスプリングの挙動にもしっかり余裕がある。これはリプレイスメントで長いブロックを埋めたい場合にもかなり有利だろう。ネック・ジョイントは台形の木材を立体的に組み合わせる「A-Wedge」により、たった2点のボルトで組まれているにもかかわらず素晴らしい密着度を見せ、しっかりとヘッド近くまで鳴りが伝わるディレクションが感じられた。ピックアップのレイアウトは様々ながら、必然のTOM ANDERSON純正。どちらかと言えばモダンなフロントとリアのモデルに比べ、センターに素晴らしく透き通った倍音を放つクラシカルなシングルをチョイスするいつもの仕様は、実にこのモデルを選ぶユーザーの心理を見切った差配と言える。Sunkenのライセンス・ブリッジは、フローティング部を支えるスプリングの初動が鈍めで、ややクセのあるタイプだが、一旦バネが伸び出すとしなやかに巻き込むようなダイナミックな動きが魅力で、上も下もアーミングに抑揚が付け易い印象だ。クリケット奏法などをしない限りはアーム・プレイでもそのオールラウンダーぶりを発揮できそうだ。
[この商品をデジマートで探す]
重低音ユーザー御用達のDIAMONDシリーズを始め、コンシューマー層のハード面への要求をその品質と堅牢なバランスで支える、中堅コンポーネント界の騎手SCHECTER。その最上位機種の一つが国内のESPで作られるこのSCHECTER JAPAN製EXCEEDシリーズだ。ボディはストラトとディンキーの良いとこ取りのような構造で、スマートで重量バランスに優れるが、ストラップに吊るすと実際にそうであるよりもトレモロの位置がやや後方にあるように感じる所がいかにもESP産っぽい。それでいて、アームに手が届きにくいわけではなく、かなり自然な位置取りで手首のグラインドを真っ直ぐ上から伝える事ができる。弦のテンションも常に高く、なかなか侮れない完成度のギターだ。ただ、弾き易すぎて、あの図太いネックから連なるスルーネックなどのSHECTER独特の剛胆さは影を潜めてしまった事が残念だ。しかし、フロイドローズの適性を考えればこの取り回しの良さは致し方ないといったところか。テクニカルなプレイにはさすがに抜群の相性を見せ、フローティング・ブリッジにしてはタップやスウィープの音量も十分出る上、サステインもブライトでしっかりと太い。ピックガード越しの倍音の出方も派手さこそ無いが、常にアタックの音圧を押し上げる感じが心地よく、アーム・プレイでやってしまいがちな出足でアタックを押さえ込んでしまうような戻りプッシュも無く、SCHECTER独特の潜在的な音の強さはここでも健在。22フレット型だとアーム・アップ時にもそれほどサイドの弦が詰まる事も無く、初期値の弦位置が少し高めな感じの設定である事と、これは個体差かもしれないがピックアップの音量差がやや気になる事以外は、この値段のわりには弱点らしい弱点がほとんど無い、本格的に実戦で使えるギターと言えるだろう。
[この商品をデジマートで探す]
PRSのフロイドローズ搭載器と言えば、Custom 24などが多い中、やはり忘れてはいけないのがニール・ショーンというギタリストの存在だろう。同社の数々のシグネチャーで培った彼のトーンこそ、フロイドローズのサウンドそのものだからだ。“Private Stock Neal Schon LTD”は、セミホロウ・ボディのギターにフロイドローズという恐ろしく奇抜な発想を、高級な材と新たな空間設計によって磨き上げたPRSにしか成し得ない、真にプライベートな仕様を誇る究極の逸品だ。同じくニール・ショーンのモデルでもある“NS-14”よりも幅広で音が大きく、“NS-15”よりも上質なカーリー・メイプルをトップ材に用いたスペシャル・モデルである当器は、弾むように溢れる高域のきらびやかな倍音をバランスの良いフィールでまとめあげた、ダイナミックなプレゼンスの抜け感が癖になる素晴らしい音色を持ったギターである事はもはや疑う余地はない。ホロウとはいえフロイドローズのキャビティはセンター・ブロックのような形で独立しており、本来は胴内の響きと枯れ感の強い音が強調される構造のはずなのに、サステインがしっかり出ている。指板のRはフロイドローズを想定したかのような10”固定で、当然、フロイドローズそのものも市販のギターに付属するアジア産の“RFT-1000”系ではなく、本筋のSchaller製の物を使用しているので、アームの挙動を支える接点となるベース・プレートの接面も全く隙がない。また、バネの締め圧、サステイン・ブロックの挙動、ブリッジ下部のザグリ(トレム・アップ・ルート)等が、アームの上下量において絶妙に右手の可動域を越えないようにコントロールされているのも、地味だがこのギターの精度の高さが伺える箇所である。間違いなく、フロイドローズの音を活かすために作られたホロウ・モデルの中ではトップクラスの完成度を誇っていると言って良い。華麗な大人の立ち回りと硬派な職人気質を同時に表現したいユーザーにとっては、生涯最高の1本となる可能性のある、そういうギターだ。
[この商品をデジマートで探す]
故ダイムバック・ダレルが使用していたDEANの稲妻型ギター“ML”。その彼がパンテラの初期から愛用していた「The Dean From Hell」と呼ばれる稲妻のペイントが入ったMLのフロイドローズは、彼の友人が後付けしたものだったという逸話が残っている。ギターも、また、本人も、その過激な容姿から荒っぽいアーミングを想像しがちだが、そこに生み出されたプレイは繊細でテクニカル。押し引きのあるベンド・テクはフロイドローズを極限まで使いこなしたプレイヤーの一人とも称され、ハイ・パワーのピックアップと繊細なハーモニック・コントロールが生み出すスクウィールをその独特のアーム・アップで生み出す時、ピーキーな高域を越えて不思議な浮遊感が空間を支配するという。また、アーミングとチョーキングを連動させながら、更にワウやワーミーでハーモニーのピークを意図的にずらしたりする高等テクニックを併用したと言われている。そんな激しい奏法に耐えられるかはいざ知らず、この「ダイム・スライム」と呼ばれる蛍光の緑にペイントされたギターの完成度は間違いなくそういった複合的なアーム・アクションを想定した機動力を有している。ネックのVシェイプはロー・ポジションで深くグリップを握り込んでのチョーキングに最適で、マホガニー・ネックの地を這うような鳴りが、アーム・ベンドするたびにビリビリするほど左手の親指の付け根から這い上ってくるのがわかる。同社の廉価版STEALTHの“DIME SLIME”と異なり、こちらのシグネチャーではドイツ製(Schaller)の純正を惜しげも無く搭載している点も見逃せない。ヘヴィネスに、そして繊細に……アーム・プレイの摂動を継ぎたい者達に贈る前衛の1本だ。
[この商品をデジマートで探す]
ヨーロッパを中心に80年代からその名を広く知られるようになったフランスの実力派工房Vigier。国内ではまだ認知度の低いメーカーながら、長い時をかけて実現してきた数々の技術の中には、次世代をリードするに相応しい品質にまで磨き上げたこのメーカーならではの機構がいくつも存在する。その技術の粋を集めたフラッグシップが、90年代に完成され、今でもロングセラーを続けるこの“Excalibur”だろう。トラスロッドを排した「10/90ネック・システム」の豊潤な鳴り、ロック・ナットの更に手前に配置されたゼロ・フレット(昨今、弦ごとに6つに分割された新ゼロ・フレット「New ZeroFret-S」へとバージョン・アップした)の安定したサウンド、そして、ネックを被う「マット・バーニッシュ・フィニッシュ」の吸い付くような手触り……それらを全て併せ持つ事で、正確無比な音像コントロールと色彩の強いジューシーな出音を保証するこのシリーズには、さらに、標準装備としてVigier謹製の高機動フロイドローズが採用されている事でも知られている。Vigierは、IbanezやGotohなどと同じくフロイドローズの正規ライセンスを独自に取得した企業であり、その構造的アドバンテージで現代でも最も進んだフロイドローズ・システムの一つと言われるほど優秀な非売品ユニットを自社製品に採用している事でも有名なのである。それは、ナイフ・エッジではなく、ボール・ベアリングの滑らかな挙動を利用してアームにかかる力の抵抗を飛躍的に軽減するという構造のもので、触ってみれば一目瞭然のしなやかな初動に誰もが驚くはずだ。しかも、ギター本体を揺さぶったぐらいではアームが動くような事も無く、あくまでもソフトに、滑らかに手動によるベンドのみを可能にする負荷なのがすごい。さらに、フロイドローズ本体のベース・プレートは、指板のRにあわせて一台一台最初から緩やかに湾曲させられており、またそれに応じて土台の材も成形されているので、コンパウンド・ラディアスへの対応でも弦高を一定に保つ事ができるという、細かな職人技が光る。フロイドローズにまつわる問題をかなりの確率で回避できるVigier製ロック・トレモロとともに、その突き詰められた機能美を是非堪能して欲しい。今後、国内で価格高騰必至の革命的モデルだ。
[この商品をデジマートで探す]
「技」のESP……まさにその本領ともいうべき、フロイドローズへの加工精度の高さを見せつける人気のシリーズと言えば、この新しい“VP(VIPER)”がそれに当てはまるだろう。シルエットこそSGスタイルのままだが、ボディ材をアルダーへと変更し、ネックの仕込み角を更に追い込んだERGOジョイントを採用した事で、その音はまさに別物。強くタイトに、しかしSG特有のロー・エンドの粘りは健在という、かつてないフィールがそこにはすでに生まれていた。さらに、あえて浅く掘られたザグリ(リセス加工)のため、ネックの調整をせずにフロイドローズをベタ付けする事ができ、実際やってみると、過激なまでに水平に近い24フレットの指板に限界まで下げられた弦高をもってしてもビビリなど一切起こさぬ精密さに思わず唸らされる。ボディ厚が45mmにフロイドローズという事で前後の重量配分に一抹の不安があったが、実際に抱えてみると予想以上にコンパクトでしっかりと身体に密着し、むしろトレモロの存在など忘れてしまうほど中心に向けて引き締まってかかる重心の安定性は見事だった。トレモロをフローティング状態に戻すと、多少裏バネの締め具合に神経は使うものの、新しく身に付けた硬く引き締まったサウンドとアーム・アップがもたらすヒステリックなサウンドは、現代のラウド・シーンにはまさにうってつけだろう。“Random Star”よりも“Arrow”よりも身近に、国産大手工房のフロイドローズにおけるチューニング精度を体感するのに、これ以上の機種はあるまい。
[この商品をデジマートで探す]
国産老舗大手が手がける「シンプル・イズ・ベスト」のプロダクト・ライン“RS”シリーズの最新鋭機。より多彩な音色が求められる現代にあって、プレイアビリティと機能性の追求が生んだ1ヴォリューム&2wayセレクトという極限の選抜にあって、スルーネックとフロイドローズという組み会わせだけは手放さなかったアリプロのプライドこそ、かつて世界のギター工房足り得たビザール気質の名残なのであろう。カルデラのように成形されたオリジナルのボディ・トップの末端部分にフローティング・ユニットを置く事で、上手くアーム・アップ時の斜角に対応しているのは、余計なリセス加工の必要がなく、目立たないが無駄が無く秀逸な工夫だ。その上、さすがにスルーネックはテンションが高く、フロイドローズの安定製と併せ、見た目に似合わずワイルドなアーム・プレイにも十分対応できそうだ。ピックアップもパワーのある組み合わせで、コシのあるサステインとロー・ミッドに力のある野放しなレンジ感が実に奔放。きちんとチューニングさえできていれば他に何も考える事無く直感的にプレイができるというだけでなく、マシンの力ではなく、指先の技術によって何とか音に変化をつけようとしたくなる……そんな気を起こさせるモデルは、この“親切すぎる”現代においては絶滅危惧種と言えよう。今ではあまり見なくなった、本当の意味で「プレイヤーを育てるギター」なのかもしれない。
[この商品をデジマートで探す]
豊富なラインナップを誇り、常に独自の目線でギターの技術革新に取り組んできたIbanezの現行品最高峰のラインJ-Custom。その中でも最も人気の“RG”の名を冠するフラッグシップの一角“RG8570Z”に、海を渡ったフロイドローズの正統進化と、その系譜を読み説く事ができる。そもそもIbanezはフロイドローズの正規ライセンスを受け、自社製品への搭載用として数々のトレモロ・ユニットの開発を行ってきた会社である。有名な“Edge”シリーズをはじめ、ベアリング式の物、また、チューニングの利点のみを活かしたフィックスド・タイプのもの等、その培った技術はもはや本家以上と言っても良いだろう。そんな中で、“RG8570Z”に搭載される進化系フロイドローズ“Edge-Zero”の優れたメカ・タスクがもたらす機動力は、そのためだけにギター本体を購入する価値すらあるのではないかと思わせるほどに群を抜いている。“Edge-Zero”は、独自の「Zero Point System」と呼ばれるアライメント機能によって、常にトレモロ全体をセンター状態に保つ事をハード・レベルで実現する画期的な平衡システムだ。これにより、今まではユニットの一部を台座にベタ付けする事でしか防げなかった、弦切れなどによって全ての弦のチューニングが台無しになってしまうようなフロイドローズならではのトラブルに対処できるようになった点は大きい。しかも、数個の部品を取り除けば、通常のフローティング・トレモロとして動作させる事もできる。フロイドローズのチューニングに関する煩わしさを圧倒的に軽減し、しかもダウン・オンリーなどの機能的制限を必要としないこのシステムを知らないトレモロ使いは、一度はこの東洋で生まれた新しいフローティング・ユニットのもたらす奇跡に触れてみて欲しい。きっと、自身のプレイ・スタイルを変えてしまうほどの衝撃を受けるに違いない。……ちなみに、“Edge-Zero”は、なにも“RG8570Z”のような高級モデルにばかり備わっているわけではなく、Ibanezの数多くの低価格モデルにもその派生ユニットが採用されているため、一度でもそういったモデルに出会った人ならばその利便性は言わずもがなであろう。しかし、ここであえて“RG8570Z”を紹介したのは、その材から組み上げまで、Ibanez式フローティング・トレモロの使い勝手とトータルの音質において、そのバランスが最も優れていると感じたモデルだったからという事を付け加えておこう。アンサンブルの中を清々しく突き抜ける彗星のようなIbanez最高峰の音質と、“Edge-Zero”のクールでしなやかなサステインの融合もまた、フロイドローズがあったればこその恩恵だという事を万人が知りえてこそ、きっとこのシステムには意味があるのだから。
[この商品をデジマートで探す]
FERNANDESとフロイドローズの間には長い確執の歴史がある。“FRT”という型番がフロイドローズを含むロック式トレモロの総称のように使われるまでには、時期、性能、生産地、ライセンスなどの様々な規格を統一していった経緯に目を向けなければならない。当のフロイドローズがFERNANDESに国内製品向けの製造を委託したのが1983年。その前後から独自開発品を「FRT」シリーズとしてすでにファイン・チューナーなどの無いモデルとして発売し始めていたFERNANDESが、正規規格として最初にラインアップしたのがすでに「FRT-3」だったという皮肉もさる事ながら、まだライセンス契約のあった1985年にも同社は独自商品を“FRT-6(通称「HEAD CRASHER」)”として大胆不敵にも販売したりしていた。2年後にライセンスが失効し、1994年に再びライセンス旗下に舞い戻るまで非正規品たる「HEAD CRASHER」の販売を続けた事で、FERNANDESのロック式トレモロはさらなる独自の進化を果たし、それらがやがて正規規格の元で統一されて今の“FRT”シリーズに繋がっていったのである。ある意味、非正規時代もフロイドローズの研究と開発に余念のなかったFERNANDESという会社の雑草魂にフロイドローズ側が折れたと言っても良いのかもしれない。そうして手に入れた“FRT”シリーズの元祖として、自社のギター“FR-DLX JPC”の中でフローティング・ユニットとして“FRT-10”を採用し、なおかつそれを「Sustainer(サスティナー)」と組み合わせる事に成功した事は僥倖という他は無い。永遠に続くかと思うようなサステインの優雅な波形を、過激なアーミングで自在にかき混ぜてやる快感は、まさに恐るべきカタルシスを伴っている。「FRT」と「Sustainer」……FERNANDESという環境下で独自の進化を遂げたその二つの技術の配合が生み出す音像の未来を見据え、妥協無く日本の技術を駆使して組まれた、そんなギターがこれだ。
[この商品をデジマートで探す]
長野県は塩尻市に拠点を置くハイエンド工房T’s Guitars。通常の6弦ギターのチューニングが決して合わない事の矛盾を解消する「バズ・フェイトン・チューニング・システム」の国内正規トレーナーでもある高橋謙次氏が、同工房内で手がけるオリジナル・ライン“DST”シリーズにもその新世代のチューニング・システムは数多くインストールされる。この“DSTC 22F”も例外ではなく、外観こそ80年代の高級コンポーネント・ギターの容姿に拘りながらも、中身はバズ・フェイトン・チューニングをはじめとした近代的な装備でバランスされた実に野心的な仕様を誇る。“DST”シリーズではロック式チューナーに安定した駆動で知られるGotohの“GE1996T”系を採用する事が多いにも関わらず、そこをあえてオリジナル・フロイドローズを採用する事で、トータライズされた音質ステージの革新を促すかのような原始的なスペックに、現状に留まる事を許さない職人の気概があらわれているようでむしろ清々しい。そして、もちろん、その采配は精神的な効果だけに留まらない。バズ・フェイトン・チューニングのもたらす正確無比な和音をアーミングした時の、素晴らしく整然とした音のたわみはどうだ。今までどれほど濁った音をピッチ操作でごまかしてきたか恥ずかしくなるほど、このギターが放つ音色の一体感はあまりにも透明だった。フロイドローズの正確な挙動があわさり、それは清流を櫛で磨ぐようなあっけなさ……まるでそれが和音である事を忘れさせてしまうかのようなスムーズな音程の移動に、思わず身震いさせられるほどだった。最新のチューニング・システムと、高い精度で組み込まれたフロイドローズ、そして、澱みの無い出音をもつギター。それらが合わさった時にのみ発生する音響的に完成された真円のようなベンド・サウンドを手にする贅沢を、是非味わってみて欲しい。
[この商品をデジマートで探す]
共和商会の倒産により、英国ブランドに買収された悲運のコンポーネント・ブランドCaparison。それでも、その類を見ない組み上げで和製PRSと称されたクオリティの高さを武器に再度支持を集め、2011年にCaparison Guitar Company(名義のみ。デザインと工房を国内に残しているため、実質的には純国産ブランド)として再出発を果たすとともに、人気モデルの復刻とアップグレードに努めてきた同社。“Dellinger”はブランドの主力の一つで、「M3」と呼ばれる(メイプルのセンター材をマホガニー・ブロックで両サイドを支える感じで組まれた)ボディに、同じくメイプルでできたネックをボルト・オン構造でジョイントするという、材質だけで見ればスルーネックにも劣らないトータリティを実現する機構のモデルである。その7弦モデルが“Dellinger7”であり、もう一つの主力製品であるスルーネックの“TAT”と同じ滑らかな曲線を描くボディ・トップを採用した“Dellinger7 Prominence”へと近年バージョン・アップを果たす事となった。数ある7弦モデルの中でも圧倒的にプレイアビリティに優れたモデルで、弦間が絶妙な幅に調整されたShaller製の7弦用フローティン・ユニット“FRTS200K”を採用した事で、6弦モデルとほぼ変わりない操作性を維持する。本来、フロイドローズの場合、7弦以上になるとベース・プレートが長くなるせいで、アームの支点に、より多くの捻れが加わるため、どうしても6弦側の挙動が鈍くなってしまいがちなのだが、ロー・ポジションの指板を狭くデザインしRもかなり緩やかなコンパウンド・ラディアスを採用したせいか、トレモロの重心がしっかり弦と平行の向きに力が加わるようになり、実に安定した挙動を生むに至っている。さらに、“Dellinger”の密度のある響きが、7弦になって広がったFRTのサステイン・ブロックが拾って重厚な倍音構成を構築するのは、なかなか弾いていて気持ちの良いレスポンスであった。7弦のフローティング・デバイス搭載ギターとしては、今後筆頭格に評価が高まるであろうその卓越した組み上げバランスに、今から注目しておきたい。
[この商品をデジマートで探す]
機能の見本市と言わんばかりのアイデア豊かでしかも実践的な加工技術によって名を知られる、国産実力派工房Killer Guitars。街でよく見かけるESP委託製造の“KG-EXPLODER”は、この自社製造のフラッグシップ・モデル“Prime Signature”の弟分に過ぎない。ブランドの元々の成り立ち自体が、高崎晃(LOUDNESS)の為のギターを製造する事から始まっており、“Prime Signature”もまさに彼の理想を突き詰めた究極の機能美を誇る。指板を含むトップ構造を1弦側へ傾斜させたアングルド・ボディ・トップ、ネックがロー・ポジションからハイ・ポジションに移るに従って「V」形状から「U」形状に移行するVUシェイプ、5点止め(表1、裏4)ディープ・ジョイント等、その独特の機能は数えたら切りがないほどだが、実際触ってみればそのいかついルックスとは対照的に実に人間工学に基づいた、無駄の無い構造だとわかるだろう。フロイドローズは、実績のあるオリジナルを装備。フローティングはあえて水平設定ではなく、高崎晃仕様という事で、ダウン側の幅をより多くするため後傾気味に設定されている。それによってハイ・フレット側はかなり弦と指板が接近する事になるが、アームの置き所に慣れるまでバーに手が触れてしまいそうなのを除けば、ハイポジ側の運指にも問題は無く、特に気にする必要はなさそうだ。近年、ボディ材がホワイトアッシュからライトアッシュに変更された事で、ミドルの強い乾いたアタックが目立つようになったが、影のようにそのブライトなトーンの底を支える硬質な倍音の粘りは、まさにフロイドローズの恩恵と言えるだろう。弾くという事をただ真っ直ぐに追求された飾らないフィールの整合に、いっそうギターとの一体感が味わえそうな、そんな喜びに溢れたモデルである。
[この商品をデジマートで探す]
何故、今、フロイドローズなのか? と問われると困るのだが、それが、人気や流行を全く気にも留めない視点から機材について探訪していくこの「Dr.Dの機材ラビリンス」だから、としか言いようが無いのもまた事実なのである。
思い返せば、フロイドローズとの付き合いは意外にも長い。まず、最初に友達に売ってもらったアリプロのギターにそもそもフロイドローズが載っかっていた。そのころはフローティングの仕組みなど気にせず、ベタ付けのダウン・オンリーとしてガンガン使っていた思い出がある。で、次に、これも友達から借りパク状態だったヤマハのギターに、バッタ屋で買ってきたフェルナンデスの“FRT”とロック・ナットを無理矢理載せた事があった。自分のじゃないからって、えげつないザグリを入れて、指板も遠慮なくぶった切ったのは、今思い返しても冷や汗が出る(後ほど、きちんと友人にはお詫びしました)思い出だ。で、10代後半にはレス・ポールにハマっていたので、アーム・プレイからはとんと遠ざかっていて……その後、あらためてフロイドローズのギターを買ったのは、もう30歳を越えるか越えないかという歳になってからであろうか。恥ずかしい話、その時になって初めてフロイドローズの凄さに気付いたという、おっさんデビュー組なのですよ。今はおかげでフロイドローズは大好物で、何の抵抗も無く楽しめるようになっている。どうやら、いつハマっても良いものは良いという事で、一安心。
そういえば、バッタ屋で買った“FRT”は、後ろのパイプみたいな管から弦を入れるタイプで、ボールエンドも特に切る必要がなかったなあ……どうやら、あれは“FRT-6”ぐらいだったのかな?? そういう事を調べるのも今となっては楽しい作業の一つだ。ともかく、フロイドローズは、自分が思っていたほど現代から浮きまくって(フローティング・トレモロなだけに)いるわけではなさそうなので、めでたし、めでたし、である。
それでは、次回7/8公開の『Dr.Dの機材ラビリンス』もお楽しみに。
今井 靖(いまい・やすし)
フリーライター。数々のスタジオや楽器店での勤務を経て、フロリダへ単身レコーディング・エンジニア修行を敢行。帰国後、ギター・システムの製作請負やスタジオ・プランナーとして従事する一方、自ら立ち上げた海外向けインディーズ・レーベルの代表に就任。上京後は、現場で培った楽器、機材全般の知識を生かして、プロ音楽ライターとして独立。徹底した現場主義、実践主義に基づいて書かれる文章の説得力は高い評価を受けている。