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- 2024/11/16
〜スキャロップ実験〜
第15回はスキャロップ指板実験です。通常指板→スキャロップ指板では、音や演奏性がどう変わるかを試してみました。今回は特別に、“スキャロップ・モデル”の酸いも甘いも知り尽くす超絶ギタリスト、ケリー・サイモンさんをゲストにお招きしました!
■スキャロップ指板にまつわる噂
リッチー・ブラックモアは演奏しやすくするため自分で指板を削った?
ディープ・パープル、レインボーなどのギタリストとして知られるリッチー・ブラックモア。彼は、古いクラシック・ギターの指板がスキャロップ加工されているのを見て(諸説あり)、自分でもやってみようと思ったそうです。へええ。そんなこと考えたこともない私には、結構驚きです。自分でやるって、勇気がいりますよ? だいたい、スキャロップってなんのためにやるんだろう。イメージとしては、コードを押さえた時にピッチが怪しくなったりしそうだし、背の高いフレットと何が違うんだろう? サウンドが変わるとか? 考えていてもわからないので、実験してみようかな……。そこでデジマート・マガジン編集部のWさんに相談してみました。
私「というわけで、スキャロップ実験ってどうでしょう? 通常ネックとスキャロップ指板のネックのギター、2本用意できますか?」
W「あー、いいですね。ギターも用意できますが、違う個体を2本用意しても、実験としては意味がないでしょう。個体差を含め、いろいろ違っていて当たり前ですから。ここはひとつ、室長所有のカスタムショップのストラト、削っちゃったらどうですか?」
私「ああ、なるほど。そうですね」……って、おい!
むうぅ、判断が難しいところですが、確かに実験に正確さを求めるならスキャロップ加工されたギターと通常指板のギター、2本で比べてもあまり意味はありません。重量や木の乾燥具合等々、個体差がありますからね。だからといって、人様のギターを「削らせて♪」というわけにもいきません……。うーん、よ、よし……決めた。決めたぞ。
※本企画では「スキャロップ」に統一表記しています。
■使用機材&ゲスト
◎フェンダー・カスタムショップ・ストラトキャスター(ギター)
◎マーシャル 1987(改造済み)(アンプ)
◎KS-ODX(オーバードライブ)
◎Ex-pro/FLシリーズ(ケーブル)
◎アーニーボール・ハイブリッド・スリンキー(弦)
◎Kelly SIMONZオリジナルピック ウルテム(ピック)
◎マスキング・テープ
◎工具類(丸棒ヤスリ、半丸ヤスリ、紙ヤスリ、クランプ、他)
◎ケリー・サイモン(超絶ギタリスト)
◎高山昌宜(スキャロップ加工の名人)
スキャロップ指板についてはよくわからないことが多く、私は実際に弾いた経験もありません。ここはより詳しい人に弾いて、語っていただくべきだろうと、スペシャル・ゲストとして超絶ギタリストのケリー・サイモンさんをお招きしました。実際に間近で見るケリーさん、背も高いですし、存在感が凄いです。それなのに、緊張したように装っているのがおかしくて(画面では見えませんが、右手と右足、左手と左足を出して歩いて登場!)、私は笑いをこらえて進行するのに必死でした……。さて、通常指板のギターをケリーさんに弾いてもらいました。
①通常指板で弾いたら、ビブラートやチョーキングが滑らかでなく、音や速弾きも今ひとつ
②スキャロップ加工する
③超絶プレイになる
そう流れると実験としてはわかりやすいのですが、いえ、むしろわかってはいましたが、最初の演奏からすでに超絶……!!! 演奏後は打って変わって、腕組みなんかして“軽く自慢げな感じ”を醸し出すケリーさん。ピッキングだけではなく、芸まで細かいです。見習いたいなぁ。「ボクはいつもスキャロップなので、今回はいつもよりダメな演奏でした」とのコメントもありますが、どこがダメなのか、私にはわかりません。超絶ワールドの住人にしかわからない何かがあるのかもしれませんが、ここはとりあえず、“通常指板の音と演奏はこうだった”と覚えておいて、先に進みましょう。
続いて、実際に指板を削っていきます。実験前の段階では「彫刻刀を買ってきて、削ればいいんだろうなぁ」くらいの認識しかありませんでしたが、よくよく調べてみると、そんな乱暴なことはしないようです。ヤスリで地道に削っていくのが良いのだとか。加工の際は、フレット保護のマスキング・テープを忘れずに貼ってください。で、指板の中央に印を付けて、ヤスリで少しずつ削っていきます。この作業、丁寧に進めようとすると結構時間がかかります。素人作業で、だいたい1フレット分1時間くらいでしょうか。そうすると、ストラトの場合21時間かかることになります。ひえ〜っ!!
これはダメだ。まず、スキャロップするフレットを12フレットから上に限定しよう。それでも10時間ほどかかってしまう計算になりますから、今回、監修的な立場で現場にお越しいただいていたスキャロップ加工のスペシャリストにご協力いただくことに。ESPギタークラフト・アカデミーの教務主任、高山昌宜さんです。リッチーに影響を受けて自分のギターにスキャロップ加工してみたことがきっかけでリペア/クラフトに興味を抱き、専門家になってからも数え切れないほどのギターをスキャロップしてきたという、まさにスキャロップ名人です。
名人に作業をお願いして感じたことは、当たり前かもしれませんが“仕事が早くて丁寧”ということです。“早いけど雑”とか“遅いけど丁寧”とかいうことではないんですね。熟練すると、早くて丁寧になる──うーん、勉強になります。私は見てるだけで、あっという間に作業は終了。やはり餅は餅屋です。実はスキャロップにも大きく2種類あり、1弦側を中心に削るリッチー型、全体に深く削るイングヴェイ型があるそうです。今回は全体に削っていただきましたが、削りはごく浅い(約1mm/イングヴェイ型は通常約2mm)、ハーフ・スキャロップでお願いしました。ちなみにこのハーフ・スキャロップという言葉も、高山さんが命名したものなのだとか。へえー!!!
では、12フレット以上が美しくスキャロップされたストラトで、ケリーさんに再度プレイしていただきましょう。ケリーさん曰く「スーパー・シルク・タッチ!」に仕上がったこのギターで、どんなプレイを聴かせてくれるのか? ケリーさん、お願いします。
♪ギュイーン、ジャーン! ブルルルルルルルルルル…………、ウィンウィン、クイーン!
む、むう、これは……いつものケリーさんにしか聴こえねぇ!
ちょっと心を鎮めて、もう一度通常指板のプレイと比べてみましょう。聴き取りやすい泣きのフレーズの部分、前半2分40秒のところと、後半11分55秒からの部分を比べると、後半のバージョンの方がビブラートの振幅が大きく、速いようです。
──ケリーさん、いかがですか?
「スキャロップというと速弾きに効果があるというイメージを持っている人もいますが、スキャロップの最大のメリットは、指の腹が指板に触れないことによってビブラートやチョーキングがスムーズに行えるという点にあると思います」
──サウンドについては?
「明るく、立ち上がりの速い音になる傾向があると思います。若干、ローが削れるのでそれをどう捉えるかですが、軽いタッチで粒立ちの良い音が出せるので、速弾きに適した音になると言うことはできると思います」
──サステインはいかがですか?
「指の腹が指板に付かないで弦にだけ触れていますから、指先を通してサステインを体感することができます。軽いタッチでのチョーキング&ビブラートもしやすいので、スキャロップにしたからサステインが伸びるのではなく、スキャロップにすることでサステインをコントロールしやすくなります」
結論:スキャロップ加工をすると、ギターの音は明るく粒立ちが良くなり、演奏性については軽いタッチでビブラートやチョーキングを行えるようになる
リッチー・ブラックモアは、こういう効果を狙って指板を削ったんですね。なるほどなぁ。で、今回採用したハーフ・スキャロップは、多くのメリットがありながら、見た目の違和感もほとんどないという優れた仕様です。ただ、わずかとはいえ、指板を削ることによってネックが動きますから(反ったり、ねじれたり)、そうした部分も含めてチェック/調整できる専門家にお願いすることをオススメします。
ケリーさんをお招きした当日の作業では12フレット以上の部分だけをスキャロップしましたが、その後すべてのフレットをハーフ・スキャロップにしていただきました。その際にやはりネックが少し反ったようで、ネックの調整をしていただきました。さらに高山さんのリペア魂に火がついたようで、フレット・クリーニング、ナットの調整、ブリッジ周りの調整などもしていただいて、状態は完璧です。ありがとうございます! 実際に私も少し触ってみましたが、なるほど、軽いタッチでビブラートがかけられます。音の粒立ちも、確かに良い(ただし、総合的な調整もしてもらったので、その影響もありそうです)。テクニカルなギタリストが好むのがわかるような気がします。わかったと言えば、もうひとつ。
裏結論:ケリー・サイモンは、何を弾いてもケリー・サイモン
当初の私のギター、あまり良い状態ではなかったのですが、ケリーさんには関係ないみたいです。あの、ねじ伏せる力! 凄いなぁ。それでは、今回我が身(私物)を削って行った実験はこれでおしまいです。次回、地下16階でお会いしましょう!
【注意】
当コーナーでは、刃物を含む工具の扱いはクラフト/リペア・プロフェッショナルの監修下で行っております。スキャロップ加工を自ら行う際は、個人の責任において、細心の注意を払って行ってください。ギター側のダメージを含む万が一の事故に対して、井戸沼氏、Kelly SIMONZ氏、ESPギタークラフト・アカデミー及びデジマート編集部で責任を負うことは出来かねますので、ご了承ください。
本編動画では紹介しきれなかったスキャロップ加工の行程を、今回特別にノーカットでお届けします! スキャロップ加工の行程をESPギタークラフト・アカデミーの教務主任、高山昌宜さんが詳しく解説。注意すべき点など作業ステップのコツを伝授しますので、これを観てアナタもスキャロップ加工に挑戦してみては!? ※画像をクリックするとデジマートのYouTubeチャンネルへジャンプします。
ギター業界への入口
今回、企画へご協力いただいたESPギタークラフト・アカデミーは、有名クラフトマン/リペアマンを多数輩出するESP直営の学校。東京/大阪/名古屋/仙台にて開校しており、ギター製作/リペアの基礎から応用までを網羅したカリキュラムは、1・2・3年コースから選択可能となっている。毎月学校説明会/体験実習が開催されているので、興味のある方は下の「イベント情報」を確認してほしい。
自由な発想を具現化する能力を身につけた卒業生の多くは、有名ルシアーとして身を立てる者はもちろん、ギター・メーカーやディーラー、果ては(?)リットーミュージック月刊誌の編集者など、ギター関連ビジネスのフィールドで活躍している。
■募集学科
1年次:製作修理本科=エレクトリックギター&ベース・コース/アコースティックギター・コース
2年次/3年次:研究開発科=エレクトリックギター&ベース・コース/アコースティックギター・コース/リペア&カスタマイズ・コース
■入学時期
2016年4月
■学校説明会/イベント情報一覧
http://www.esp-gca.com/bfunc/event.php
■第8回ギターデザインコンテスト開催!
http://www.esp-gca.com/bfunc/news.php?n=150023
募集期間:5月1日〜7月31日
結果発表:8月下旬
本記事でスキャロップ加工を施した井戸沼室長の私物、フェンダー・カスタムショップ・ストラトキャスターを、BIG BOSS新館・お茶の水駅前店さんで格安にて販売いたします。販売開始日時は、5月11日(月)12時を予定。数々の実験で使用し、Kelly SIMONZ氏がスキャロップした(一部)本モデルが欲しいという方は、下記をご確認ください。
■販売開始:5月11日(月)12:00〜
※販売は終了しました。
井戸沼室長より
「スキャロップ指板のメリットは多く、今回それが明らかになりましたが、必ずしも万人向けの改造ではありません。事実、ビブラートは弦を指板に練り込むようにしてかけたい私の場合、このギターは合わないと思いました。合わないギターを所有していても仕方がないので、このギターは今回の実験をもって手放したいと思います。“カスタムショップのストラトで、スキャロップのものが欲しい!”という方がいれば、格安でお譲りします。ケリーさんのサイン付き、調整もバッチリ! これまで地下実験室で苦楽を共にしてきたギターなので、大事に弾いてくださる方のところにいくといいなぁ。興味のある方はよろしくお願いします!」
Kelly SIMONZ(ケリー・サイモン)
1970年7月1日、大阪生まれ。超絶ギタリスト。1998年には自主制作アルバム『Sign Of The Times』をリリース。翌年ソロ名義の『Silent Scream』でメジャー・デビューを果たす。2003年よりESP/MIジャパンの特別講師に就任。2009年にはリットーミュージックより『超絶ギタリスト養成ギプス』を刊行、テクニカル系ギタリストを目指すプレイヤーのバイブルとしてベスト・セラーになる。Kelly SIMONZ's Blind Faithの最新作は、2014年、キングレコードよりリリースされた『BLIND FAITH』。そして7月1日にはニューアルバム『AT THE GATES OF A NEW WORLD』をキングレコードより発売予定!
◎Kelly SIMONZ オフィシャルHP
◎Kelly SIMONZ オフィシャル Facebook
高山 昌宣
ESPギタークラフト・アカデミー教務主任。東京校にて技術指導を行う傍ら、高崎晃、島紀史、中間英明、大村孝佳などのオーダーやリペア・カスタマイズを担当した。ギタークラフトを志したきっかけは、ギターを始めて間もない時にリッチー・ブラックモアへの憧れから自ら指板にスキャロップ加工を施したこと、というほどスキャロップ指板には並々ならぬ思い入れを持つ。
◎ESPギタークラフト・アカデミー
井戸沼 尚也(いどぬま・なおや)
大学在学中から環境音楽系のスタジオ・ワークを中心に、プロとしてのキャリアをスタート。CM音楽制作等に携わりつつ、自己のバンド“Il Berlione”のギタリストとして海外で評価を得る。第2回ギター・マガジンチャンピオンシップ・準グランプリ受賞。現在はZubola funk Laboratoryでの演奏をメインに、ギター・プレイヤーとライター/エディターの2本立てで活動中。
◎井戸沼尚也HP 『ありがとう ギター』