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- 2024/11/16
Ibanez / TUBE SCREAMER TS808 35th Anniversary Limited Model
2014年にも数多くの歪み系エフェクターが市場に現れたが、最大のニュースのひとつは初代Tube Screamerを復刻した『TS808 35th Anniversary Limited Model』のリリースであることは間違いないだろう。10/22公開のデジマート・マガジン製品ニュース「全世界3,500台限定! 初号機を再現した35周年記念チューブスクリーマー」に対する、編集部も予想しなかった反響の大きさからも、ファンの熱い期待が垣間見えた。そこでデジマート・マガジンでは、この歴史的なオーバードライブの復刻度、サウンドを探るべく、レギュラー執筆陣に検証を依頼した。ひとりは数多くの製品レビュー、週刊ギブソン等での試奏&レポートを担当してくれている井戸沼尚也氏、もうひとりは『Dr.Dの機材ラビリンス』での圧倒的なリサーチ力、楽器機材に対する造詣の深さを知らしめている今井靖氏だ。ふたりの目、手、耳にTS808 35th Anniversary Limited Modelはいかに映り、感じ、聴こえたのか? 井戸沼氏の試奏動画も加え、両名のクロスレビューという形でその魅力をお伝えしたい。
オーバードライブの名機は数あれど、他のペダル・メーカーに与えた影響の大きさや、後発機種・クローン・モデルの多さを考えれば、Ibanezの『Tube Screamer』は名機中の名機だと言っていいだろう。今回は、世界に“TS系”なる音と言葉を生み出した源流である『TS808』、その中でも最初期モデルを復刻した『TS808 35th Anniversary Limited Model』をチェックしてみた。
まず、ケースを開けると独特な細身のボディが目に飛び込んでくる。この“ナロー・ボディ”と呼ばれる細身のボディと、“キャラメル・スイッチ”と呼ばれる四角形のスイッチが、最初期モデルの外観上の特徴だ。
個人的には傷ひとつないボディ、鮮やかなライト・グリーンの塗装に胸が躍った。1979年のTS808発売当初は主に欧米への輸出用とされており、この最初期モデルを新品で手に入れた日本のプレイヤーはほとんどいないはずだ。また、ビンテージ市場に出回るオリジナルのTS-808は使い込まれ、外観上の傷や退色があるのが普通である。箱を開けた瞬間、“オリジナルのTS808を新品で手に入れる”という、ギタリストの夢が叶ったような気がした。
サウンド・チェックは、まずストラトキャスター~TS808~フェンダー・デラックス・リバーブ・カスタム(伝統的なシルバー・フェイス・サウンドの“Vintage”チャンネルを使用)というセッティングで行った。アンプはボリューム4、つまりフェンダー・アンプ好きならご存知の“完全にクリーンだが、音が太くなり始めるポイント”にセット。そこに、しっかりとゲインを上げたTS808を加え、本来のオーバードライブとしての力をチェックする。
そのサウンドは、TSと聞いて誰もが思い浮かべるあの音そのものだ。つまり、ミドルが持ち上がり、ギターの美味しいポイントに艶を与える、あのトーン。ゲインを高めに設定しても、ギスギスしたところがない暖かいサウンドだ。ストラトでいえば、巻弦の質感や、3弦12フレット前後のサウンドに最もよくその特徴が表れると思う。そしてTSならではの、コンプレッション! これが強過ぎるというギタリストがいることも承知しているが、やはりこれはギタリストにとって魔法のコンプレッションだ。弾き心地が格段によくなり、弾いていて楽しくなり、止まらなくなる。これは“指が喜ぶ”サウンドだ。本器のサウンドは大きな括りでいえばTS系そのものだが、その後継機種であるTS9、TS10、TS5等と比較すると、若干ゲインが低いように感じた。TS808単体でハイゲイン系の音まで持っていくことは難しく、その持ち味を活かす意味でも、ギター本来のトーンを失わない程度の歪みの深さで抑える使用法がベストだと思う。
続いて、ハムバッカー搭載のレス・ポール・タイプのギターを使い、TS808をブースターとして使用してみる。セッティングは、レス・ポール・タイプ~本器~マーシャルJVM210Hで、マーシャルはオーバードライブ・チャンネルを選択。ここでナチュラルな歪みを作り、本器をブースターとして使用して、最終的なサウンドを作るやり方だ。この方法では、本器をオンにすることで歪みの粒が整い、実に弾きやすいサウンドに変化する。サステインも大幅に増し、艶やかなロング・トーンも思いのままだ。ピッキングのアタックがキュッと鳴るところも、弾いていて気持ちがいい。フロント・ピックアップを選んでも音が抜けるのも好印象。基本的には暖かなサウンドなので、切り裂くようなトレブリーな音や、過激な重低音を狙った音作りよりも、オールド・スクール的なロック・サウンド作りとの相性がいいだろう。
結果としては、シングル/ハム、クリーン系/ハイゲイン系アンプのどちらでも、TSらしいグッド・トーンが得られたように思う。ただし、ハイゲイン系のアンプを使用する場合はアンプのゲインを上げ過ぎず“一味足りない”位の設定にしておいた方が、本器をオンにした時に美味しいサウンドとなるようだ。本器はあくまでも“発売当初のモデルを復刻する”ことに主眼があり、“TS808のハイエンド版”ではない。オンにすると多少レンジが狭くなる感覚があるが、しかしその分、ギターの美味しいポイントが輝き出すTSらしさ、そのオリジナル版を現代において体感できる貴重なペダルだといえる。
TS808の名声は日本や欧米だけではなく、世界中で高まる一方だ。本器は、全世界で3500台の完全限定生産。手に入れるには早めの決断が必要だろう。
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まさに記念モデルに相応しい、オリジナル“ナロー・ケース”を細部にわたり再現したこだわりの外観に仕上がっていることが一目見ただけでも伺える。TSカラーと評されるくすんだライト・グリーンの塗装、ポジション・ドット無し、キャラメル・スイッチ、スロープ・ボディ、ハイフン(-)有り型番……このあたりは国内でもよく見られる最初機の“ラージ・ケース”とも同一の仕様なのでもはや説明は不要だろう。やはり最初に目を引くのは、側面に施された“フライング・フィンガー”プリントではないだろうか。このマークは、80年代以降のIbanez製品にも頻繁に使用されたが、“Tube Screamer”シリーズに刻印されたのは79年頃の欧州輸出用のナロー・ケースのみだ。全体的にフォントの大きさ、配置における再現度もかなり高く、“TONE”以外のコントロール名が全てノブの上側に刻印されている点などはオリジナルそのままで、実にマニア心をくすぐるルックスをしている。この、音量が“LEVEL”ではなく“BALANCE”と表示されている仕様も、国産エフェクターのルーツに詳しい人ならば当然押さえておかねばならないポイントの一つだ。
惜しむらくはIbanezロゴの右上に(R)登録商標マークが無いこと、そしてOverdrive〜の印刷がオリジナルよりわずかに右にズレているのが見て取れるが、それらは大人の事情として推して知るべしであろう。ちなみに(R)登録商標マークの有無は初期Tube Screamerの定番判別ポイントの一つ。残りの二つはミニ・プラグ・ジャックのスクリュー・ナットと、“TS-808”のハイフンの有無。全てがある“あり・あり・あり”が最も古い最初期型。オリジナルのナロー・ケースもこの仕様を備えていた。ハード面では、インプット・ジャックの上座に搭載されているスクリューありの1/8ミニ・プラグ電源ジャック(ラージ・ケースではボディ奥側に敷設)や、ボディと同じ色に塗られた一枚板の金属底面も非常に拘って造られている。中を開ければ、角を折った形の樹脂製絶縁ケースに収められた基板に印された「OD-801」(ナロー・ケース・モデルには、当時のMAXON = 日伸音波製作所製デュアル・オペアンプ・タイプ、D&S = OD-801と同種の基板が使われていたとされる)の文字に思わずニヤリとさせられるユーザーも多いのではなかろうか。電池交換に背面ネジを外さなければならない煩わしさや、この高輝度LED隆盛の現代においてあえて弱々しい光を放つインジケーターを搭載している事も含め、分厚い外層によるずっしりとした重みや、せり出したクラシカルなジャック(オリジナルは実はそれほど飛び出していない)などに、Tube Screamerという世界に誇る国産オーバードライブの原点を形作ったむき出しの実直さと不器用さを垣間みる事ができる。
野太い骨格を圧縮されたゴムで覆ったような、硬質な弾力に満ちたミドル。そして、それを取り巻くように覆うクリアでスムーズな歪みと、チリチリとした倍音。いわゆる「TS系」と呼ばれるもののように安易にエッジやフィールを呼び出せるオール・レンジな現代的歪みの使いやすさとは一線を画す、初期型Tube Screamer本来の、どこか“こもった”ようで、それでいて艶やかな質感をきっちり備えている。ただし、よく比較されるラージ・ケースで使用された1オペアンプ・スタイルの、艶ありJRC4558Dタイプのようなマイルドで飽和した歪みではなく、レンジはやや狭めだがロー・エンドに突き抜けたタイトさがあり、先端が少しバラけたロックな音だ。シングルコイルのギターならば“OVERDRIVE”が10時程度で充分にブルージーなリードが弾けてしまうほど主張の強いドライブを持つ当機だが、2時を越えると更にハイ上がりなピークと沸点の低い硬質な倍音を両立する独特の歪みに変化していくのが面白い。
このギラギラと波打つ水銀のような音色は、入力インピーダンスが現代のハイファイなデバイスと異なり500kΩしかないことがひとつの要因で、テレキャスなどのピーキーな出音を上手く高域の潰れた温かく優雅なサウンドに変化させ、また、ハムバッカーではブーミーに割れてしまいがちな中高域から上手くアタックの輪郭を抽出する効果を持っている。ただし、このサウンドを使いこなすには、中域が立ち上がるタイミングが他のドライブよりも際立って強調されている事を理解した上で、薄皮のように常にまとわりつく歪みの皮膜を切り裂いていくような押し引きのあるピッキングと、チューブ・アンプによる充分な出口音量が必須となる。音の原理をよく知らないで使おうとするとどうしても“歪まない”と感じてしまいがちで、それでも実は単体で充分なゲインを持っているのが“Tube Screamer”だ。それでもこの35thモデルならば、むやみにプレゼンスに頼らない音作りを心がけ、ローが鈍らない程度の音量を維持しさえすれば、ミッド・ブーストと相性の良いブリティッシュ系のアンプだけでなく、6L6系のアメリカン・アンプでも粘りの中に絶妙にストレートなドライブが抜けてくる感じを味わえるはずだ。要は、中域が循環しているように見えて、実は更に奥まった場所に見えないギラついたアブダクションを備えているというこの“ナロー・ケース”固有の音質に対し、高域でエッジを足すのではなく、更に強いミドルを加算して本来の牙を隠しているその“包み”をはぎ取ってやることこそが、この機種本来の音色を得るために最善の方法であることを憶えておこう。
[この商品をデジマートで探す]価格:¥25,000 (税別)
井戸沼尚也(いどぬま・なおや)
大学在学中から環境音楽系のスタジオ・ワークを中心に、プロとしてのキャリアをスタート。CM音楽制作等に携わりつつ、自己のバンド“Il Berlione”のギタリストとして海外で評価を得る。第2回ギター・マガジンチャンピオンシップ・準グランプリ受賞。現在はZubola funk Laboratoryでの演奏をメインに、ギター・プレイヤーとライター/エディターの2本立てで活動中。
今井 靖(いまい・やすし)
フリーライター。数々のスタジオや楽器店での勤務を経て、フロリダへ単身レコーディング・エンジニア修行を敢行。帰国後、ギター・システムの製作請負やスタジオ・プランナーとして従事する一方、自ら立ち上げた海外向けインディーズ・レーベルの代表に就任。上京後は、現場で培った楽器、機材全般の知識を生かして、プロ音楽ライターとして独立。徹底した現場主義、実践主義に基づいて書かれる文章の説得力は高い評価を受けている。