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- 2024/11/16
第4回を迎えた『Dr.Dの機材ラビリンス』は、初のドラム系機材、バスドラム用フット・ペダルを取り上げてみた。今回も「すべて試奏して書く」のスタイルで、20機種を超えるさまざまなタイプのペダルをレポートしていく。
『蹴る』……キック、する。そんな動作で象徴される奏法が許されている機材は、長い楽器の歴史の中でもドラム以外にはほとんど例がない。それほどに、ポピュラー・ドラム・セットの中でも特に大きな容積を占めるパーツ、「バスドラム」を使役する奏法は他の楽器とは一線を画す。
もちろん直接的に爪先で太鼓を蹴ったりするわけではないが、『蹴る』という例えには、それが伝えるプレイのイメージを呼び起こす独自のアイデンティティのようなものが存在しているのもまた確かな事である。それは「打撃」であったり、「パワー」であったり、「脚」であったり。およそ繊細で流麗なサウンドを創出する、クラシカルなアナログ楽器にはどこかそぐわない粗野で大胆な動線。だが、それこそが、ドラムという楽器を一つの独立パートとして突出した存在に至らせる大きな個性であるとも言えよう。
『蹴る』ことで操作される近代ドラミングが紡ぎ出す表現力は、もはやクラシックはもちろん、ジャズ、ロック等様々な音源の中でも欠く事のできないパートに成長を遂げた。まるで、大砲のように観客に向かって横倒しにされたバスドラムの巨大なシェルが野太く鳴らされる度に、響きは‘リズム’と‘支え’を生み、楽曲は‘速度’と‘厚み’を備えて行く。その時、ドラマーはあらためて意識する。『蹴る』という動作を『ドラミング』へと進化させる欠くべからざる存在について。手の数倍はあると言われる脚の力を、水平なエネルギーに変換し、打力に変えるハードウェア……“フット・ペダル(キック・ペダル)”がそれである。
“フット・ペダル”は、滑車、もしくはテコの原理を応用した動作系を持つメカニカル・ツールで、基本的には電子制御の無いマニュアルな駆動をベースにしている。それゆえに、バイオリンの弓や、マレット、リード、ピックなどといった他のシンプルな構造の楽器用奏具と比べると明らかにパーツや稼働部が多く、個体の特徴を区別し易い。それが、間接的とも言えるこの奏具特有のアクションを呼び起こす事で、単なる指や脚の代わりとは違う役目を負わされているデバイスであるとすぐに気づく事ができる。一方で、“フット・ペダル”には、ドラマーそのもののステータスに直結する現代ドラム・サウンドに欠くべからざる重要なメソッドとして、19世紀の末から研究されてきた長い歴史がある。それまでのドラムは、シンバル、リズム・セクションであるパーカッション、ベース・サウンド……といったように各パートに人員を割かねばならず、実に非効率的であった。それが“フット・ペダル”の登場によって一人でそれらの音源を統括できる「セット」が構築されていった経緯がある。つまり、“フット・ペダル”こそ、現代の集合的ドラム・システムの形を決定づけ、リズム打楽器の進化に全く新しい“奏法”と“プロット”を呼び覚ました存在であることにもはや疑問の余地はないのである。
ペダリング奏法を得る事で、四肢をフルに駆使し、しかも(ミュートなどは例外として)演奏中にはほとんど素手でその楽器本体に触れる事が無い……そんな希有な楽器として成立することとなったドラム。脚が奏でる‘表現力’には、ドラム・サウンドを一塊の音源として組み立てる奏者のプランを、手と同等かそれ以上に伝達し送り込む“動脈”としての責任が課せられていることはもはや明白だ。それ故に、ペダルの選定には、決して妥協があってはならない。
時代の求めに応ずるまま、時には手を超える独立したテクニックとサウンドで、ドラムという楽器を単なる打楽器から昇華させた「武装」、“フット・ペダル”。物を叩く事により音を生み出すことが打楽器の原点であるのならば、地面を蹴り鳴らすことで音を出した古代のパッションが、そのキックに込めた魂をもっと上手く伝えるアイテムを得てバスドラを『蹴る』力にも宿ろうと言うものだ。
蹴り出すのは、「音」か、「自分」か。突き抜ける低音の唸りに、ただ作為的であったビーターの動きを血の通った鼓動へとシンクロさせたいのならば、迷わず踏みしめよ。そこに、表現者としての未来へと自分を繋ぐ、跳躍のサウンドがあると信じて!
ドラムが単体の楽器「セット」として機能するために不可欠なシンボル、“フット・ペダル”。今回はハイハットやリモート系のものを除いた、シンプルな接地型バスドラ用シングル・ペダルに注目する。シンプルだが多彩な駆動部を持つ構造物なだけに、プレイヤーとの相性はわずかなパーツの選択やセッティングの違いだけでも、使い勝手ががらりと変わる。逆に言えば、一台で様々な適応力を備える事もあるだけに、その選択は慎重かつ入念な検討を必要とする。上級者が一段階上のサウンドを目指したり、初心者が最初のマイ・ハードウェアとして錬磨したりする場合においても、等しく、プレイヤーとの相性を見極めるための理論的指針は必要だ。そこで、今回のセレクトでは、個々のペダルのダイナミクスに最も重要な影響を及ぼす「伝達・駆動」方式の差で各デバイスの個性を比べてみた。脚というパワフルだが不器用なエネルギーを己のドラミングで十分に活かしきり、ベース・サウンドを突き動かす心臓(ダイナモ)へと変換できるかは、まずは駆動方式との相性を見極め、自分が必要とするサウンドがどんな反応を示すペダルから生まれるのかを知る必要があるからだ。以下のデータを活かし、自分という個性をもドラム・セットの中に不可欠のマテリアルとして完璧に組み込む、その快感を味わって欲しい。
人気のダブル・チェーン式高機能ペダル「Eliminator」。“P-3000C”は、Demon Driveのチェーン仕様モデル「Demon Chain」。真円アルミ・ホイールを採用した、軽量で癖の無いライト・アクションが持ち味のペダル。チェーンなのに蹴り出しのストレスが無く、反応は上々。パワーは中程度だが、防振ゴムを内蔵した新しいビーター(Control Core Beaters)と、ペダルの長さ自体を変えられるデュオドック・システムによりパワーの伝導率が向上しており、高音がびちびち言わないまとまった音が出るのでジャンルを選ばない汎用性が期待できる。一方、“P-2100C”“P-2000C”は4種類のカムを選択できる調整フリーな仕様の「Powershifter Eliminator」シリーズ。ビーターに重さがあるが、返りがスムーズでオーバルカムでも安定した動作が可能。アタックが強く出るので最初は強弱が付け難く感じるかもしれないが、ここぞと言う時に一段階上の音量をを出せる懐の深いレスポンスがある。この機種を選ぶなら、スプリングやビーター角まで細かくこだわってパフォーマンスを引き出すノウハウは必須だ。 [この商品をデジマートで探す]
ふくよかな音。奥行きがあって、前に出る質量を感じさせる音圧がある。その割には癖が無く、初心者から上級者まで安心して使える。流行りのロングボード採用(同社の名器、FP720と同サイズのボードの長さ)で、ヒール・アップでスライドのダブルを多用する人などには最上の選択肢の一つとなるだろう。サンバのダブルで2発目の音の力不足に悩んでいる人に、まず試してみる事を薦めたい。ビーターの重さと軽量化されたフット・ボードのアクションに注視した、YAMAHAらしいバランス良く仕上げられたペダルといえる。ただし、24インチ以上のバスドラを鳴らし切ろうとすると少し胴鳴りを押さえきれない感じがあるので、ビーターの選択には細心の注意を要する。 [この商品をデジマートで探す]
質実剛健で知られるdw(Drum Work Shop)製ドラム・ペダル群で、中核となる5000 Deltaシリーズのダブル・チェーン・スタイル。偏心カムのスピード重視な“AD(アクセレレーター)”と、真円カムでパワー重視の“TD(ターボ)”が基本。dwどちらも軽い踏み出しでも、凄く大きな音が出せ、戻りも自然。ビーターのアングル調整で上手くハマれば、ヘッドに吸い付くようなスマートな駆動が得られ、いきなり連打がし易くなる。つまり、この性能の使いこなしには自己カスタムによる理解とドラマーとしての経験値が不可欠なペダルと言えそうだ。そういう意味では玄人向けに聴こえるが、今回試したダブル・チェーンの中ではトリプルを打ってもパワーが減衰しない唯一のペダルだっただけに、特にADを使いこなそうとする場合、かなりの高速フレーズも思いのままにプレイできるこれらのペダルに、初心者のうちから慣れる事は大きな武器になるはずだ。ヒンジにベアリングを内蔵した踵部のエレベーター・ヒール・プラットホームにおける角度調整も、使い易さを左右する大きな素養であることも忘れないようにして使って行きたい。 [この商品をデジマートで探す]
dw傘下のブランドPDPによる、廉価版コンセプト・モデル。ダブル・チェーン、ロングボード採用のペダルでこの価格は嬉しい。フット・ボードの横ブレも無く、実にスムーズで軽快な動作。ただ、小径のカムを使用しているため、蹴り出しにはやや力がいる。アタックのパワー感はそこまでは出ないが、ヒット時に一番脚の力が入るとても感触の良いペダルなので、初心者が使っても変な癖はつかないだろう。ただし、上位機種特有の独特の「溜め」のようなものが皆無なのはやむを得ない所か。クローズドできっちり音粒を揃えるのには何の不具合も無いので、シンプルなロック・スタイルでは隙のないサウンドを繰り出せるだろう。 [この商品をデジマートで探す]
Tamaの代表機種、“Iron Cobra”。鋭く差し込むパワーと、タイトなアタックを両立する、モダン・サウンドの金字塔。高速の連打でも実に粒立ちの良い音を出し、しかも、大音量にも埋もれない抜けの良い音色がロックやメタル奏者の間で多くの支持を受ける。ただし、軽いアクションのペダルに慣れた人がいきなり使うと、このペダル特有の蹴り出しの重さからワンテンポ遅れた打点を味わう事になり、フィーリングの合わない感覚を受けるドラマーも多く、クローズ状態での負荷を和らげるためにボードの下のバネ(Cobra Coil)を短く切ったりして調節する方法もあるようだ。とはいえ、ビーターの返しを少なくするなどして踏み出しの誤差に慣れるようにチューニングして行けば、かなり細かな操作も可能なわけで、パワー・ドラマーを目指す者にとっては己の力量と適応力を試されるペダルと言って良い。
その前衛的仕様で世界のペダル技術を牽引してきた“Iron Cobra”シリーズ最大の弱点であった「動作の重さ」を完全に克服した、新世代ペダルが“Speed Cobra”だ。真円カムの内部を大きくくり貫いたライト・スプロケットはチェーンに伝わる重量を確実に軽減し、新たに採用したシャフトの高精度ベアリング(FASTBALL)、“Iron Cobra”より約10%長いロング・フットボードとともにスピーディーな動作に貢献している。それは「Tamaのペダルは重い」という従来の固定観念をひっくり返すのに十分な軽さで、爪先へのビビッドな反応といい、精密かつ正確なアクションを求めるユーザーにはぴったり。アクションが楽になっても、底板がしっかりと床に吸い付くようなTama独特のあの抜群の安定感はそのままで、体重のあるドラマーでも力一杯踏んでいける。鋭角なフェルト芯を持つビーターは頂点部だと強弱が付け難いので、ヘッドを回転させて面で当たるように調整すればパワフルかつレンジの広い音色を発揮する事ができる。[この商品をデジマートで探す]
独創的なマウント・システムを持つドラム・キットを製造するddrum謹製、元パンテラのドラマーVinnie Paulのシグネイチャー・モデル。昔のメタルのイメージだけでなく、かなりウィットなプレイを得意とするテクニカルなそのスタイルからもわかる通り、パワーと緻密さへのニーズに両対応する仕様に仕上がっている。アタックはしっかり出るが、音像そのものは柔らかで、低域が横に広がるフィーリングを持つ。そのため突っ込みの派手さは抑えられているように感じるが、特に同社のドラム・セットのようなバスドラを四つ足で完全に浮かせてしまうようなシステムでは威力を発揮する。ムラの無いパワーをヘッドに平衡に伝えることで、繊細かつ豊潤な低音をしっかりと鳴らしきる爽快感が味わえるペダル。大型26インチ・サイズの太鼓をボース用に備えるプレイヤーにもお勧めしたい。ペダルボードの穴はスライド派にはやや気になる大きさかもしれないので、試奏ではその辺りのチェックも怠らないようにしたい。[この商品をデジマートで探す]
ドラマーの求めるバランスを追求したGシリーズの最新型“9711GS”は、支柱にスプリングを内蔵してスタイリッシュな外観を保ちつつも、メンテナンスのし易さも考慮した中抜け構造を持つシングル・フレーム・モデル。全体的に地に足の着いた安定感があり、踏み込んだ力を逃さないパワフルなトーンが持ち味。ワンタッチな着脱を重視したためか今一つバスドラへのジョイント接合部が甘く、スライドのダブルやヒール・アンド・トゥなど少しでも横にこじるような動作をすると踵がズレてしまうのが惜しい。定位のある落ち着いた音が出るだけに、フープ側にゴム等で厚みを加えたり、強固なマットを敷くなどして工夫して使いたい。“6711S”はミドル・クラスの簡易モデル。全体的に動作が重く、連続したダブルのあるフレーズではかなり筋力が要求されるが、引き締まった硬質なアタックは重厚なプレイにはもってこいなので、ビーターをサードパーティーのものに変えるなどして調整したい。 [この商品をデジマートで探す]
エントリー・モデルの120シリーズに変わって登場した、ライトフィーリング・コンセプト・モデル「Demon style」。アンダー・プレート無しのシングルチェーン、真円カムといった仕様の“P-830”は名機“P-850”シリーズを彷彿とさせるが、ロングボードを装備し、左右にぶれない安定したバランス・ウェイトを確保している点などさすがの現代仕様。ダブル・チェーンほどのパワー感はさすがに出ないが、きちんとダイナミック・レンジは確保されており、基本に忠実な音が出る。アンダー・プレートのある“P-930”はヒールの位置を前後にずらす事ができ、ストロング/ライト両アクションに対応する上、標準で搭載される偏心カムは取り外せば真円カムにする事ができ、低価格仕様ながらフレキシブルな適応力を持つ。[この商品をデジマートで探す]
YAMAHAのエントリー・モデル。シンプルな構造ながら上位機種と同じく捻れ防止のサブ・フレームを搭載し、メイン・フレームから独立したビーターのベアリングが滑らかな動作を実現する。デフォルトでは、返しが速く、押し込みに力がいるように感じるが、ビーター・アングルの調整で多少は違和感を除く事ができる。一旦慣れてしまえばシングルとは思えない力強さがあるペダルで、音量は思った以上に自由になる。不容易な横ブレも無く、真っ直ぐ踏み抜けばかなりテクニカルなプレイにも追随してくるが、やはりダブル・チェーンのモデルと比べるとビーターがはね返った慣性とチェーンの戻し動作で二段階のプルがあるのが感じられるのが残念。しかし、全体的なバランスとコストパフォーマンスは、シングル・モデルの中ではずば抜けた物がある。 [この商品をデジマートで探す]
Gシリーズのシングル・チェーン・モデル。軽量なビーターのおかげかアクションは軽くなり、反応性はダブル・チェーンのものより上かもしれない。ただ、チェーンやビーターの軽さがペダルボード自体の重さと釣り合っていないようで、戻りが鈍く、結果的に連続した2発目は十分なストローク幅が確保できない弱いアタックになってしまいがち。故に、ダブルを多用するプレイヤーには向かない。このペダルは打ち出しの反応の良さを単音で使って行くのが適正なので、クローズド奏者はひと呼吸早めに足を戻す癖をつけると良いだろう。ビーターをやや重いものに付け替える事で戻りは安定するので、アンバランスな初期仕様に拘らず、カスタムして自分のスタイルを見つけるのもこのペダルの賢い使い方の一つなのだろう。 [この商品をデジマートで探す]
MAXTONE(KIKUTANI)の入門者向けペダルだが、基本性能は高い。ダブル・フレーム&フロア・ボードの組み合わせはブレの無い駆動を生み出し、しっかり音粒の揃ったアタックを生む。ややペダルの重みでチェーンを引っ張る感じはあるものの、この価格帯でこのバランスは素晴らしい。ビーターはもっと軽く振り子が作用しないものにするとさらにスピードと音量を上げる事ができるだろう。同社にはさらに驚異的なコストパフォーマンスを誇る“DP-002”もあるが、“DP-2”をはじめドラム・ジョイントが貧弱なので、滑り止めなどでの補強が必要な事だけが悔やまれる所だ。ただ、駆動系に変な癖は無く、値段を考えれば圧倒的安価で揃うハードウェアとして初心者にも十分お勧めできる品質なのは間違いない。 [この商品をデジマートで探す]
生産完了機種だが、“P-2000”シリーズのベルト・アクション・モデルを紹介しておこう。予想通りの軽さ。踏み出しもスルリと行くし、何よりも戻りが速い。連打を全く足の疲労を気にせず使って行けるので、その点は優位。音は優しく丸いアコースティックな雰囲気にマッチする音色。それでも、アタックの芯はそれなりに感じる事ができるので、貧弱な出音では決して無い。ぐっと底に溜まった後、登り詰めて高い位置から吹きこぼれる……そんなサウンドだ。トリガーの「アソビ」を楽しむような大人な演奏やジャズ系ミュージシャンにはもってこいの音色。ただし、セッティングはチェーンのものよりも遥かにデリケート。あまりロケートにゆとりを持たせないと無機質なつまらないサウンドになってしまいがちなので注意が必要だ。必要な音に辿り着くためには、フット・ボードの現代的な重さとのバランスを考えつつ、4種類あるカスタム・カムとの相性を考慮し、さらに各種パーツの綿密なバランスの元で適正な音色を出す組み合わせを、時間をかけて探っていく必要がある。 [この商品をデジマートで探す]
70年代以降を代表するYAMAHAの名機で、今もなお多くの信奉者を有する“FP-700”シリーズの復刻ともいえるフット・ペダル“FP-8500B”。ベルト・ドライブにロング・フット・ボードという伝統もそのままに、フロア・ボードを排したその使い勝手は、あの“FP-700”シリーズの軽快なふみ心地にさらに安定感を増した現代仕様。鋭過ぎず、絶妙な反動で戻るその返しの良さは、プレイの連続性を担保するだけでなく、一つ一つの音の出方を均一にする効果を持つ。ベルトの抵抗の少ない踏み出しのおかげでピーターだけが先んずる事も無く、きちんとアタックに体重の移動がついて行くその感覚は他ではあまり味わえない。ベルトとはいえ、チェーンに比べてパワー感がそれほど失われていないのもこの機構の完成度の高さとして認識すべきであろう。高音が強く、べちべちとヘッドを叩く音が聴こえるのもご愛嬌だ。ただし、本当に強い音が必要な時にはきちんと正確に踏み切る能力が無いと力の有る音は出せないという、使い手の基本がきちんとしていなければ使いこなせないペダルである事も明記しておこう。 [この商品をデジマートで探す]
“Iron Cobra”のベルト・モデル。角度のある偏心カムとしなやかで錆びないデュポン社製ケブラー・ベルトで、ライトなニュアンスと独特のフェイクを持ち合わせるペダル。癖が強いと言うほどではないが、スピードに対する反応が良い割にはペダルの動作自体には極端な軽さは感じられない。他社のベルト・モデルと明らかに違うのはその戻りのスピードの緩やかさで、伸び縮みがしにくいベルト素材のため引っ張ったときの‘たわみ’が少なく、ビーターの返しスピードが鋭角に上がらないのが要因のようだ。ジャストで次の音に間に合わせるには膝の使い方に多少コツがいるため到底初心者向きではないが、この理屈さえわかっていれば慣れて行くのはそれほど難しくはない。アタックが全体的にまろやかなので、高速なダンス・ステップで粒立ちを揃えるには、スライドよりも足首のスナップ・ショットを使えるプレイヤーになる必要がある。 [この商品をデジマートで探す]
変幻自在なブレイク・ビーツを操る事で知られるドラマーJojo Mayerのシグネイチャー・ペダル。「PERFECT BALANCE」と銘されるだけあって、素晴らしい応答性能を誇る。昔のSONOR製ペダルのような余韻を残した重厚なサウンドを狙わず、あえてタイトに、そしてワイド・レンジに奏でるサウンドを狙ったもの。だが、決してダイレクト・ドライブのように機械的になりすぎない、わずかな「しなり」ともいうべき力学を得て加速する不思議なダイナミクスを持つペダルだ。真円カムの素直なストロークにシンクロして角度を変えるスプリングが不要な慣性を抑え、押し込みによるスリップを極限まで防止している点は見逃せない。通常の「Giant Step」シリーズより踵が下がるように設計されているため、アップ&ダウンをはじめとしたあらゆるアクションで制限が無いのも地味だがよく考えられている。手と同一なほどの繊細なプレイを可能にするこのペダルを完全に操る事ができたならば、必ずやプレイヤーとしての至高の表現力を備えることができるだろう。 [この商品をデジマートで探す]
輝くアルミ削り出しのシャシーに、ヒールレスなロング・フット・ボード、そして一貫したダイレクト・アクション。科学的検証と精緻な理論がコスト度外視で生み出した高精度な工芸品とも呼べるこの怪物ペダルを、今や笑う者は一人もいない。速く、強く、堅牢…そのシンプルかつ永遠の命題に対して、ドラム・ペダル界のあらゆる革新に先んじて独自の実践を積み上げ、Axisは今やダイレクト・ドライブ・ペダルの最高峰と呼ばれるまでの地位を築き上げた。一度踏めば、既存のペダルとの差は一目瞭然。軽い。そして徹底してメカニカルな反応性。どんな高精度なチェーンでもパワー・ロスや接合部の伸縮による「アソビ」を解消できないのが道理である事を、誰よりも体現しているのがこのペダルである。容赦なくアカデミックに、そして一点を穿つように連打を許すパワーと速度を兼ね備え、しかも、人間のリズムの狂いによって開花するポリフォニックなタッチ・テクニックをごく自然に引き出すほどのストローク・アジャストメントの絶対的正確さをも持ち合わせる唯一のペダルといえる。一言で言えば、このペダルを使えば、今までメカ的な理由で不可能だった全く新しいドラム・テクニックさえも生み出す事ができるということだ。前衛的な高速メタル・ドラマーだけでなく、今や、あらゆるジャンルのプレイヤーがAxisのペダルの可能性を確かめようと躍起になっているのも頷ける。その中でも最新の“A21”は、ビーター・カムの角度を21度に設定することで、最も力とスピードを使い切る設計に仕上げられた製品で、なるほど一見近すぎるように見えるヘッドとの距離が気にならないくらい、凄まじいパワーが短距離で引き出せるのがわかる。このモデルには「工事現場」の異名を持つDerek Roddy仕様のスペシャル・モデルも存在し、彼自身が、その演奏をして、オルタネイトでないワンバスのブラスト・ビートにクラッチを混ぜるあの高等テクニックも余裕の性能を見せつけている。[この商品をデジマートで探す]
ヒールレスなフット・ボードが精悍な印象を与える、Trick Drumsのダイレクト・ドライブ・ペダル。独特の「圧縮スプリング方式」のせいか有効なふみしろ部分が長く、足の置き場所によってキック・パワーを使い分けることができるというやや特徴的なレスポンスを持つ。特殊合金のフレームで構成されたビーターは、ヘッドが小さく軽量なのに実にパンチの効いた抜けの良い音を出す。かと言って、低音ばかりが強調されるわけでなく、胴太のまとまった音圧があって、ジャンルを問わず使って行けそうだ。このビーターには、他のメーカーのペダルで使っても威力を期待できそうなほどの洗練された完成度がある。あと、最近流行りのビーター角とペダル角を独立して調整できるのはやはり便利だ。接触するリムの形状やヘッドとの距離でいちいちペダル角が変わると、スローンの位置をいちいち決め直さなくてはならず、他のプレイにも影響を及ぼすからだ。音はやはりモダンな印象だが見た目ほどスピード重視な反応でもなく、機能も充実しており、チェーンやベルトに慣れた上級者でも建設的にダイレクト・ドライブを堪能しようという気にさせる逸品である。 [この商品をデジマートで探す]
「Eliminator DEMON」シリーズの最新ダイレクト・ドライブ。機構自体は“P-3000C”とほぼ変わらないものの、踏み応えはさすがに圧倒的にこちらの方が軽い。踏み込みが軽くなるとはっきりわかるペダル本体そのものの左右の重量バランスも、さすがのPearl製、きちんと真ん中に重心があり、多少ペダルの上で足をこじってもびくともしない安定感がある。ペダルの返しの感覚がチェーンほど鮮明ではないので既存機からの移行にはその点で多少不安を覚えるかもしれないが、戻り自体は実に正確で、2打目の強弱を1打目の戻し距離で繊細に調節できる事がわかればこのペダルはもっと使い易くなる。ドライブ・シャフトをあえて2段階にして、その接合点のポジションを任意に選択できる(Direct Link Adjustment)のも非常にユーザー・ライクな仕様だ。これによって、ダイレクト方式では調整が難しいと言われる、ペダルの戻りも含めた駆動の重さ自体をコントロールできるからだ。シャフトの関節が増える分、やはりAxisなどと比べて反応がニブくなってしまうが、そこまでの精密さが必要無い人にはそれでも十分なスピードを享受できるはずだ。一つこのペダルを使いこなすコツとして、フット・ボード上のトラクション・ドットを全て外して使う事をお勧めする。これはチェーンやベルトの場合は「アソビ」があるのでそのスタート地点の目安にあると便利だったのだが、ペダルのどの部分を踏んでも「アソビ」による蹴り出しのズレが余り無いダイレクト・ペダルの場合には、ドットの引っかかりが邪魔をする場合があるからだ。この点にのみ注意すれば、このペダルはシンプルに誰のプレイにも安定した正確さをもたらしてくれるだろう。 [この商品をデジマートで探す]
ダイレクト・ドライブを採用した中でも、特にビーターの最後の加速感が強く感じられるペダル。従来の偏心カム独特のあの突っ込み感が好きな人にはこの感覚はたまらないはず。ダイレクト特有の反応の速さと相まって、軽いタッチでスピードのあるプレイを極めたい人にはバランスの良い選択肢では無いだろうか。当然、戻りも、ヘッドに近い所では極端に速く中間を過ぎると急激にスローダウンする印象。その感覚の是非は分かれる所だが、あまり意図的にペダルを戻さない半クラッチ・スタイルの奏者には、ともすればストローク距離が長く感じがちなダイレクト・ペダルにおいて、一つの肯定的な解決策と言えないこともない。ハイハットの横に置いてヒール・アンド・トゥを使うペダルとしては、頼もしい仕様であることは間違いない。総じてパワフルな音像はチェーンに全く引けを取らない優良機種。[この商品をデジマートで探す]
職人の国ドイツ製のプライドが感じられる、名門Sonorのフラッグシップ・モデル。パーツ全てに細やかなこだわりを感じさせる工芸品的な完成度を誇るペダルで、機能性も抜群だ。何といってもそのノイズレス。チェーン(ダブル)装着時も非常に動きがスマートかつ滑らかで、パワー・ロスも少なく、まるでダイレクト・ドライブのようにパーツの連動性が高いペダルといった印象を受ける。フープ・クランプが本体と分かれるドッキング・ステーション方式なのにも、現場での実用性を追求したメーカーの高い創造性を感じさせる。音は硬く直進的なので、パワー派よりも技巧派におすすめ。ベルトにすると速度は増すが、ややタメが無く、どっしりしたドラミングでは間の取り方によって好みが分かれる所だ。チェーンでもベルトでもどちらもニュアンスは出し易く、リリカルな曲調の底を上手く支えてくれそうだ。 [この商品をデジマートで探す]
ダイレクト・ドライブとチェーン(ダブル)が選択可能な、業界新機軸のペダル。駆動方式が全く異なるこの二つの構造を一台に内蔵したことで、これがドラマーにとって革新的な使い勝手をもたらす全く新しい選択肢となる事は必定である。同社の他のペダルよりやや重心が上にあるが、動作はぐらつきもせず軽快そのもの。得意のダイレクト・ドライブを選択すれば連打に強いスパイシーな音色になり、チェーンを使えば一気に太くシェルを鳴らすトラディショナルな明暗の聴いたアタックを生み出せる。意図的に駆動方式によってビーターがヘッドに当たる瞬間の速度を変えてあるのか、上手く特徴が二分されており、幅広いジャンルを打ち分けるドラマーにとっては非の打ち所の無い仕様と言えよう。 [この商品をデジマートで探す]
すでに生産は終了となっているが、チェンジャブル・ペダルとして近年まで人気の高かった一台。特徴はシングルのチェーンとベルトを交換できる点で、低価格ながら交換機能の利便性が味わえる。ジョイント・ソースの交換は本来大変デリケートな要素で、メカニカルな面の複雑さもあり大抵そのメーカーの最上位機種にしか付かないのが定石だが、Pearlはいち早くそれをコンシュマー層に広げたパイオニアと言える。音は基本に忠実で、ダブル・チェーンほどの迫力は無いものの真っ直ぐでまとまった響きに好感がもてる。ただ、上級者になるとビーターの加速感が足りない感じがするかもしれない。上位機種のようにカムがチェンジできないのが唯一の難点か。チェーンにせよベルトにせよ、オープンで使うか、ヒール・ダウンしてナローに使うのに向いているようだ。 [この商品をデジマートで探す]
現行YAMAHAのフラッグシップ・ペダル“FP-9500”シリーズのチェンジャブル・スタイル。ダブル・チェーンとベルトが交換可能。アクションに迷いが無く、剛性感溢れるパワフルな動作は同社の真骨頂といった所だろう。ドン、と打ち抜くインパクトと足に伝わる手応え(足応え?)は気持ち良い事この上ない。このエレメントの力強さは、20インチ程度のバスドラではやや持て余すくらいの飽和したエネルギーを十分に内包している。ビーター・アクションもクセが無く、中級者以上でパワフルなトーンを求めている人ならば後悔はしないだろう。ストッパーの無いロングボードの採用はベルト仕様時には特に有効だが、チェーンと同じセッティングのまま使うと有効な力点が前方に偏りすぎるきらいがあるので、少し起こし気味にセッティングすると良い。これだけの性能なのに他社製の最高級モデルの約半額で買えるという価格設定も魅力。 [この商品をデジマートで探す]
dwが誇る最高峰のフリー・スタイル・ペダル。ハードウェアによるメカ・チューンの限界にチャレンジしている高性能機で、チェーン(ダブル)⇔ベルト・ストラップの交換だけでなく、ボルト一つでカム形状を無段階で変形できるインフィニット・アジャスタブル・カムを装備している。これにより、無限に近いパターンの組み合わせによる駆動系のフィッティングを全て自己管理できるようになり、ダイレクト・ドライブを除いたあらゆる可能性を試す事ができるようになる。踏み込みは他社のハイエンド・ペダルほど軽過ぎず、一定の負荷が常にあるが、それがまたさらに生き生きとしたタッチ・センスを呼び起こすのに役立っている。音はタイトで、クリア。ムラが無く、嫌みも無く、コンフォータブルなペダルの最高峰として君臨するに相応しい、およそ欠点の見つからないバランスで完成されている。逆に言えば、レンジが広く調整できる箇所が多いだけに、知識とテクニックが一定以上でないと使いこなせないのが唯一の難点と言えるだろう。 [この商品をデジマートで探す]
Mapex最高峰のペダルとして名高い「FALCON」シリーズがリニューアルし、“PF1000”にバージョン・アップ。現行ではほぼ世界でただ一つ、この新「FALCON」のみが、ダイレクト、ベルト、チェーンの三つの駆動系を一台で完全網羅する機体となる。ドライブの巻き取り角(ビーター角)を変えてやることで偏心カムと真円カムを使い分ける機構や、軽量化された極太の高精度平行シャフトなど、マシンとしておよそ考えつく限りのセッティングを一台で試す事ができる。ただ単に高性能、高機能と言うだけでなく、現場のハード・ワークに耐えられるヘビーデューティーさも持ち合わせ、高度なニーズを想定した仕様は今後のスタンダードとなって行く事だろう。“PF1000”で最も特筆すべき仕様は、やはり新採用のダイレクト・アクションだろう。とにかく突っ込み感が凄まじく、ヘッドを突き破らんばかりのパワーがある。極太シャフトのおかげでビーターをこじる感じが一切無いので、ヒット面は綺麗に一箇所に力が集中しているのがわかる。戻りの感覚も気持ち良く、連打もストレスが無い。あまりナローなタッチに向かないのは他のダイレクト仕様のペダルと同様でやむを得ないが、それでもこれだけ返しのレスポンスが鮮明にある個体は少ない。ビーター・ヘッドの中の錘を抜いて軽くしてしまえば、かなり優しい音も出せるようになる。名実共に最高の機能を持つペダルの一つに間違いない。前バージョンの“P1000”もダイレクト・ドライブは使えないもののニュー・モデルと肩を並べるスペックを誇る素晴らしいペダルなので、まだまだ現役で使えそうだ。[この商品をデジマートで探す]
フット・ペダルというのは、つくづく「楽器」なのだと感じる事がある。
言うまでもなく、ドラム・セットというのは想像以上に大所帯なもので、どんなステージやスタジオでも常に自分の必要とするセットが使用できるとは限らない。時にドラマーは、メーカーやジャンルを超え、据え置きのセットで己のパフォーマンスを最大限発揮しなければならないシチュエーションにも多々遭遇する事になるだろう。
だが、そんな時、やはり頼りになるのは、ほぼ全ての環境において持ち込みが可能となる、フット・ペダルの存在である。それを既存のドラム・セットに組み入れるだけで、ドラムが発声するサウンドのうち全体の何割かにあたるバスドラのディレクションを、己の馴染んだレスポンスで操る事が保証されるからだ。それは様々な理由で機材に制約の多いドラマーにとっては、実に頼もしいシステムなのである。
しかも、シンプルに見えるペダル一つとっても、上記で紹介した駆動方式の違いや、カムの選択、さらにはビーターやスプリング、ベアリング、ヒンジ、そしてボード面や床下に使用する滑り止めやマットに至るまで、やろうと思えば一つのペダルをとことんまで自分好みに追い込んで行けるのである。これは、視点を変えれば、ペダルを介したプレイにも、無限に近いパターンや相性が存在していることを明確に表している。ならば、フット・ペダルが登場してより百数十余年、いまだあらゆる要求を補完する完成形のペダルが現れない歴史的事実に鑑みて、正解のペダル・セッティングとはまだまだプレイヤーの手の内にあると言えるだろう。個性で使いこなし、鍛え上げ、精度を高める……そして、それはどんな場所でも音楽にかかわる限り、自分という不動のアイデンティティを音源へと注ぎ込む重要なフィール・ツールとして価値を得る存在。それが「楽器」でなくて何だと言うのだ。
単体では決して音を出さない沈黙の機材、ドラム用フット・ペダル。奏でるのは音階ばかりではない。人と音源を結び、存在意義を示す“調和”のハーモニー……その精神こそが、音楽を高める最も崇高な力であると言えるのではないだろうか。
それでは、次回の『Dr.Dの機材ラビリンス』もお楽しみに。
※公開時にはデジマートでの在庫がないために残念ながら本編では割愛したが、ぜひ紹介しておきたいモデルのリンクを掲載しておこう。興味のある人は、たまにチェックしてみてほしい。
今井 靖(いまい・やすし)
フリーライター。数々のスタジオや楽器店での勤務を経て、フロリダへ単身レコーディング・エンジニア修行を敢行。帰国後、ギター・システムの製作請負やスタジオ・プランナーとして従事する一方、自ら立ち上げた海外向けインディーズ・レーベルの代表に就任。上京後は、現場で培った楽器、機材全般の知識を生かして、プロ音楽ライターとして独立。徹底した現場主義、実践主義に基づいて書かれる文章の説得力は高い評価を受けている。