連載早6回目、今回はブラジリアン・ローズウッドという絶対的君主を脅かすポスト・ブラジリアン・ローズウッドの数々をご紹介します。本家は言うに及ばず、ポスト材でさえ入手が難しくなってきた昨今、ローズ種にこだわらず広く世界からナウいトーンウッドを集めてみました。
ポスト最右翼3兄弟近況
これまでも、そして今現在もポスト・ブラジリアンというとまず最初に名前が挙がるのが、ホンジュラス・ローズウッド、ココボロ・ローズウッド、マダガスカル・ローズウッドといった“ローズ3兄弟”です。残念ながら、この3種も今やすべてワシントン条約の附属書Ⅱという分類に加わってしまいました。附属書Ⅱというのは、「現在は必ずしも絶滅の恐れはないが、取引を規制しなければ絶滅の恐れのあるもの」だそうで、国際間の商業取引においては輸出国の輸出許可書等が必要になります。動物で言えば、クマ、タカ、オウム、ライオン、植物ではサンゴ、サボテン、ランなどが同じ扱いです。ちなみにボスのブラジリアンは附属書Ⅰに分類されており、これは絶滅の恐れがあり、学術研究上の取引のみ許されているものです。動物ではパンダやオランウータン、スローロリス、アジアアロワナなどと同じ扱いです。そっか、パンダ級だったのですね、ブラジリアン様。
話をもとに戻して3兄弟、彼らはすでに多くのメーカーや製作家が採用しており、そのポテンシャルの高さは周知のとおりでしょう。そんなわけで今回の特集ではあえてご遠慮頂き、若手・中堅どころでイキのいい材を中心にこぴっとご紹介します。「他にももっとあるじゃないか」とのお声もあろうかと思いますが、個人的な好みもありまして、偏っていたらごめんなさい。
次世代ポスト材いろいろ
すっかりサッカー・ワールドカップ気分も盛り下がり、今や日本代表という青いユニフォームのチームが出ていたことさえ忘れてしまいましたが、ここではあえて地域ごとに有力材をご紹介させていただきます。
南米代表
アマゾン・ローズウッド
この材は海外ではまれに“ブラジリアン・ローズウッド”として流通しています。産地がブラジルでローズ種ですから間違いないのですが、現物はかなり異なる印象です。見た目はともかく香りがほとんどないので嗅いでみると直ぐにわかりますが……。本家より重く堅くトレブルハイな出音が特徴です。
ボコテ
黄味がかったベースに褐色のややオヤジっぽい杢目は、脈拍が上がるほどの高揚感は味わえませんが、いぶし銀の脇役のような存在感があります。価格もリーズナブルですし、加工もしやすいとなれば、さらに飛躍が期待できるボコです。
サチャ・ローズウッド
ペルー産の材です。ローズウッドと呼んだ方が聞こえがいいのでそう呼ばれていますが、本当はローズではありません。それが木材業界というものです。ウォルナットにオレンジを絞った感のあるキレイな杢目が特徴ですが、加工時のオイニーは耐えるしかありません。
ブラッドウッド
国内での流通名はサッチーネ、サティーネなどと呼ばれることが多い材です。加工時は甘い香りが漂います。おもにウッドデッキなどのエクステリア材として使用されますが、そんなところにとどまる木ではない気がします。さらに高みなを目指してほしいです。秋元せんせい!
インブイヤ(インブイア)
別名ブラジリアン・ウォルナットです。やはり呼び名は世界三大銘木の恩恵に授からないわけにはいかないのでしょう。サイズも国土に比例して太く、豊富な供給量を誇ります。国内では装飾用の突き板での流通が多いようですが、杢目の豊かさからエレキ材としてもよく目にします。オリーブから褐色にいたる渋いベース・カラーに加えて、なかなかゴージャスな杢目は南米代表の中では最も大化けしそうな雰囲気があります。
グラナディーロ
この種は附属書のⅡです。南米ローズとして流通しているケースが多いようです。地味でも派手でもなく特徴に乏しいのですが、トーンウッドとしてのポテンシャルは相当なもので、良材が入手できるローズウッドとして以前から内外の個人手工家に採用されています。
北中米・カリブ海代表
パナマ・ローズウッド
この木は附属書Ⅲに入っています。附属書Ⅲというのは、自国内の保護のため、他の国の協力を必要とするものだそうで、やはり取引時には輸出国の証明が必要になります。色は薄く、質感はココボロとホンジュラス・ローズの中間といった雰囲気で、油分が多く重いのですが、やはりレスポンスの速さはローズ種ならではといった感じです。流通量は少ないのが難点のど飴です。
ジリコテ(ジリコート)
国内では“シャム柿”で流通しています。シャム(タイ)産でもなく、カキでもないのになぜかシャム柿と呼ばれます。リアルにタイ産のシャム柿という木があるとおっしゃる人がいますが、私は見たことありません。個人的にはどうにもコテコテな杢が好きになれませんが、海外での人気には目を見張るものがあります。国内では床柱や仏壇の材料として輸入されたものが多いようです。油分が少なく割れやすいので取り扱い注意です。メキシコ・ユカタン半島あたりから良材が産出されます。
オルミーゴ(オルミーギョ)
グアテマラ産の硬木です。マリンバの素材としては、ホンジュラス・ローズウッドが有名ですが、グアテマラのマリンバはこの材を使うそうです。ナイロン弦ギターでも以前から使われていますが、これからはアコギなどでもぜひ使ってほしいです。ただし、流通量が乏しく、本来の濃い色目の材はなかなか入手が難しいです。
アジア・オセアニア代表
カンボジアン・ローズウッド
ホンジュラズ・ローズに近い重厚な質感を持っています。SE(東南アジア)ローズウッドと呼ばれることも多いです、というかその方が多いかもしれません。アジア産のローズというと、どうしても床柱、框などの建材、仏壇材などのお地味なイメージがつきまといますが、この種はもっと若々しいこれからの素材です。
インディアン・ローズウッド
ここで、あえてインド・ローズの登場です。と言っても一般的な柾目のそれではなく、変わり種です。近年、派手な板目やバーズアイ調のフィギャードものをちらほら目にするようになりました。音も色も今までのインド・ローズと同じですが、なにしろ雰囲気がまったく異なります。トーンウッドとしてのポテンシャルは言うまでもなく、加えて見た目のインパクトも加われば……今さらですがアジアの雄、インド・ローズを外すことはできません。
タスマニアン・タイガーマートル
ポスト・ブラジリアンとしてはやや趣が異なりますが、この材も取り上げずにおれません。この杢目はタスマニアン・マートルの中でもとても希少なものです。関西のご婦人にウケそうなルックスですが、関西のオバちゃんは虎でもヒョウでも顔がないとダメだそうです。見た目と違い音はソフトで甘くメロウな音がします。杢っ気の強いものは流通量が極端に少なく、見つけた時に買っておかないと本物のタスマニアン・タイガー同様絶滅してしまう危険性大です。
オガサワラ・クワ(小笠原桑)
この間、なんでも鑑定団をみていたらこの材を使った古い指物小家具とちゃぶ台が出て500万!くらいの鑑定額がついていました。小笠原島固有の材で、見た目は濃茶褐色でいわゆる山桑、島桑の類とはまったく異なる風貌でした。なんでも地質のタンニン成分の影響でそんな色になるとか。もし、これから入手できるものなら、ぜひ弦楽器でこの材の響きを聞いてみたいものです。もはや木っ端のような材でしか流通していませんが、どこかでみかけた際は、直ぐATMに走ってください。資源がない材をポスト材として紹介するのはどうかと思ったのですが、どうしても和材を紹介したくて紛れこませました。画像はナシよ。
アフリカ代表
ブビンガ
この材はなにしろ資源豊富です。おまけに太く長い幹から、巨大なヌリカベ状板材を得ることができます。別名アフリカ・ローズ、赤みが強く、ウォーターフォールと呼ばれる滝のようなゆらゆらと流れるようなタテ縞杢目が有名です。
アフリカン・ブラックウッド
通称アフリカ黒檀、いや、わたくし黒木でございます、と聞いて喜ぶ方はティピカル昭和な方です。オーボエなどの木管楽器や民芸品細工用などが主な用途でしたが、近年、ずいぶん流通量が増えてきました。サップは真っ白、心材は真っ黒、この極端なコントラストがお好きな方も多いです。この素材が持つロー寄りの深み、リバーブ感はポスト・レベルを超越しているとも言われます。仕上げ後のなめらかさも秀逸で、いつまでも触っていたくなります。泣き所は油分の多さからくる製作時のヤニ発生、サンディング・ペーパーの目詰まり等々、製作者にとっては完成品の素晴らしさからは想像できない苦労の多い材です。
ウェンゲ
“ウェンジ”と呼ぶ方も多いのですが、ネイティブの発音は“ウェンゲ”のようです。この木も大きく、資源も豊富だと聞きます。家具内装用の突き板として知られた木ですが、ここ数年手工ギター製作家の中でも積極的に採用されています。流通しているのは目の詰んだ柾目材がほとんどで、ぱっと見、堅そうに見えますが、曲げは比較的容易で出音も輪郭がはっきりし立ち上がりの良い音を響かせます。価格的にも今なら、お・ねだん以上です。柾目特有のタテ割れだけには注意必至です。
ヨーロッパ代表
イングリッシュ・ウォルナット
唯一の欧州組です。ブラック・ウォルナットにこの種を接ぎ木したものがクラロ・ウォルナットという話は有名ですが、このイングリッシュ自体は独特のマーブル模様が大いに木フェチ心をくすぐります。流通量が少なく、ギター・サイズがバランス良く取れるような板材がなかなか出ないのが悩ましいところです。こちらも画像はナシよ。
以上、思いつくまま、気になる素材を挙げてみました。ここ数年、特に海外のトーンウッド・サプライヤーの多くが、資源の永続性があり、音響・物性的に優れた目新しい材をここぞとばかりに紹介するようなりました。一方、市場でそれらの目新しい材を使った楽器を目にする機会はまだそう多くありません。売る立場、買う立場、作る立場いずれにしても聞き馴染みのある安全な材を選ぶ傾向は、急に変わることはないのかもしれません。そんな中、産地や呼び名にこだわらず、現物重視で新しい素材を積極的に採用し続けるメーカー、個人製作家さんが確実に増えてきていることは、木材末端サプライヤーとして嬉しく思うところであります。次回購入の際はぜひ未知材にもトライしてみてください。
今回の特集に際しては、材の出音、加工性、流通事情等々に精通されているWater Road Guitarsの増田明夫氏(右写真)にご協力いただきました。この場を借りまして厚く御礼申し上げます。
ポスト・ブラジリアン率の高いウォーターロード
感謝の意を込めまして、ウォーターロードの検索です。皆さん、ぜひウォーターロードでポスト材をチェックされてください。
次回は8月25日(月)を予定。