今回は見ても、弾いても、舐めても素晴らしいメイプルのお話です。この連載では毎回のように資源的タイマーの点灯を叫んできましたが、今回はその点では一息つけそうです。読み終わったら甘い香りがあなたの鼻孔を通り抜けているはずです!
♪ハードでもソフトでも
実はこの材を取り上げるにあたって、今さら“メイプル”“メープル”、どっちの表記がいいのか悩んでしまいました。どうやら立木の状態やメイプルやシロップ製品、そして観光地を巡る旅行パンフなどで圧倒的に“メー”が多いことに気づく一方、素材としての板製品などになると、これが不思議と“メイ”が多いのですね。楽器関連も“メイ”表記の方が多く、その方がどうみてもクールに見えます。そんなわけで勝手ながら今回は“メイプル”という表記で統一させていただきます。このような英語のカタカナ表記は考え出すとキリがありませんが、最近の歌謡曲(J-POPのことです)の歌詞もうまく聞き取れなくて悩みます。朝ドラの“にじいろ”、いまだ半分くらいしか聞き取れません(新聞の投書欄にも同輩がいました)。
さて、楽器材とメイプルの関わり、古くはバイオリン族との関わりになるかと思うのですが、これが16世紀頃から、我らがLM楽器との関わりとなると、前世紀の草創期からとはいえ、つい最近のことだということになります。
楽器材に使われるメイプル材、これはかなり大きく分けてハード(=シュガー)とソフト(レッド、シルバー、ビッグリーフなど)の2種類になります。一昔前のコンタクトレンズみたいですが、板になった状態での見分け方はそんなに簡単ではありません。立木の状態であれば、葉や樹皮などの特徴で見分けがつくこともありますが、肌をさらした板になってしまうと、遠目には判別つかなくなります。ただ、幸いなことにそれぞれに特有の色、杢や質量感の差は確実にありますのでよく見て、触って、表裏お触りすると何とかわかります。
“ハードはソフトより25%硬い”とまことしやか書いてあるサイトも存在しますが、現物は個体差もありますので、“ハードはソフトより硬い”程度に考えておいたほうが良いような気がします。ソフト・メイプルでも手ノコで切ると手強い材多数です。メイプルの後でスプルースを切ると、絹ごし豆腐のように感じるほどです。
メイプルの杢モク
ハード類によく見られるのはご存知バーズアイ、いわゆる鳥眼杢です。見た目の好き嫌いはありますが、ソリッド板だけでなく装飾用の突き板や印刷された合板などにも多く見かけます。古い銘木店さんなどではこの杢を“バー材”と表示していたりします。一瞬、何のことかわかりませんが、要するに“バーザイ”、発音良過ぎなわけです。7upは“セブナップ”と呼ばないといけないのです。
この杢が現れる理由には諸説あるのですが、未だに証明した人はリケンも含めてどこにもいないようです。一例を挙げるだけでも、虫穴説、キツツキ説、キノコ説、ウイルス説、バクテリア説、遺伝説等々あります。私のウッドバイブル、『木材活用ハンドブック』(ニック・ギブス著)には虫害が原因と書かれており、やや戸惑いましたが、冷静にこの木の木口断面や木肌を見ると、この木はこの世に生を受けてから誰か、何かにイタズラされたわけでなく、自らの宿命としてこのような杢を持つ樹に育ったことがわかります(って断言していいのか?)。
虫だって齧るならこんな硬い木よりもっと柔らかい木を好むでしょうし、キツツキだって、嘴も心も折れます。バクテリアやウイルスのような微生物だってこぎれいに放射線状だけに悪さをするでしょうか。あとはキノコ説……眼はエノキの頭にも見えますが、これは厳しいですね。そういえばスーパーで男優がナニを握られるあのCM、直ぐ放映中止になりましたね。あれは放送中止にして逆にブランドを注目させるキャンペーンだったのでしょうか? ということで、消去法で言えば、先天性遺伝説、DNA説でしかありえないと思うのであります。
ソフト類に多くみられる代表的な杢にキルト(キルティッド)があります。和名では泡、玉、鱗(ウロコ)などいかにもその様相をそのまま表した呼び方が多いですが、欧米ではもう少しこじゃれた呼び方をする場合もあります。ひとつひとつの杢が横長に伸びたものを“ソーセージ・キルト”、階段状に斜め上に流れたものを“エンジェル・ステップ”、羽のように広がったものを“エンジェル・ウイング”と呼んだりします。あくまでセールス・トークの一貫としてですが……。
このキルト杢、基本は板目に出る杢なのですが、樹皮側と芯側では数cmで杢の構成が全く変わってしまうのです。もちろん丸太から製材する時のノコ刃を入れる位置、角度によっても大きく変わります。まっ、これはキルト杢に限らず杢ッ気の強い材すべてに言えることなのですが、キルトは特にその度合いが激しいとです。わずかな感の狂いで銘木にも雑木にも変わる木挽き(こびき)のせめぎあいが存在してしていることを、この杢を見るといつも考えます。
バーズアイもキルトも好き嫌いがはっきり別れる杢ですが、比較的万人に好まれる杢といえば“カーリー”ということになるでしょうか。この杢はソフトでもハードでも頻繁に現れますが、特にソフト類にピッチが細かく、彫りが激しいものが多く、ハード・メイプルはやや穏やかで、ピッチも荒く、リボン状の太いものが多いような気がします。ハード・メイプルを使ったビンテージ・レス・ポールのトップ板の杢を見ると、フレイム、タイガー、フィドルバック、ピンストライプ、リボンカールなど様々な景色を見せてくれます。一言で“トラ目”とか軽く呼んでしまうとバチがあたりそうな気がしますね。
このカーリー杢、細かくびっしり入っていればイイっていうものでもなく、国内の木工界では一寸八縮み(約3cmの間にスジ8本が理想)とする考えもあるそうです。ようするに何事もバランスというわけですね。見た目の落ち着き、優しさを考えた先達者の発想でした。
メイプル材には明確に名前で分類できる杢もあれば、それぞれが複雑に入り乱れたような杢も多くみられます。捻れながら育ったり、“アテ”と呼ばれるストレス集積部分、そして“クロッチ”と呼ばれる幹が二股に分かれる付け根などには楽器用に向かなくとも、クラフトや装飾には格別なビジュアルをもたらせてくれるものも多いのです。
新作“焼き”メイプル
このコラムらしい一風変わったメイプルを紹介したいと思ったのですが、スポルティッド材やサルベージ(シンカー)ウッドはよく知られたところですし、新種のような存在も見当たらず、どうしたものか思案していましたら、まだまだポピュラーではありませんが加工材で面白いものがあるのに気づきました。ヒート、ロースティッド、キャラメライズドなどと呼ばれる、いわゆる“焼き入れ”材です。
“焼き”を入れるといっても、焼豚やプリンの表面にバーナーの火をあてるような原始的ものではなく、実際は真空の高温釜の中に一定時間おくことで、木質性状に変化もたせるというもののようです。材のエイジングを過速度的に行うようなものだと思うのですが、確かに釜から出てきた焼メイプルはほどよくこんがりと色付き、やや軽量化し、かん高く抜けの良いタップトーンを放ってくれています。おまけに、ほのかにメープル・シロップが焦げたような香ばしい香りもついています。私が知っているメイプルの加工場は北米ですが、国内でも建材や床材などへ焼き加工がずいぶん前から行われています。
耐久性を考えると諸刃の剣という気もしますが、寸法や形状の安定性や狂い出しの促進という意味では、実に興味深い加工法であること間違いありません。メイプル類以外にもアッシュやアルダー、バスウッド、ウォルナットなどでも同様の加工を施したものが出回りつつあり、今後も目が離せませんね。現状は主にソリッド部材向けが多く、薄板としてはスプルース類しか目にしたことがありませんが、それもいい感じの素材でした。一見似たような加工でスモーク(燻製)という方法もあるようですが、“焼き”とは加工プロセスがかなり異なりますので、全く別物と考えたほうが良さそうです。香りもモロおつまみ風なので、一杯飲みながら弾く楽器には最適かもしれません。
メイプル、楓の類はおしなべて加工がしづらく、狂いも出やすく材の養生に非常に気を使う子です。しかし、苦労して製作された楽器はその分見た目にゴージャスでいかにも天然木といった高級感があります。紅葉時にはメイプル街道をドライブしてみたいものです。800Kmあるそうですが……。
焼きメイプルな楽器
先の東京ハンドクラフトギターフェスでは、ロースティッド・メイプルを薄く製材してウクレレを作っているメーカーさんもありました(すぐ売れていました!)。実際にエレキ楽器としてもネック材、ボディ材などに使われていますので、ぜひデジマートという国内最大の楽器検索サイトでチェックしてみてください。
次回(8月4日/月曜日)は、ポスト・ブラジリアン・ローズ特集です。とはいえ現実はポスト材でさえ入手が難しい時代に突入しているのです。さてバラ子の運命は……。