今回は楽器好きでなくとも広く知られた木、マホガニーのお話です。この木、チークやウォルナットと並んで、いわゆる世界三大銘木と呼ばれています。このラインナップを見ると、どうも家具内装業界の方による選出とお見受けしました。同じ“三大”でも唐木(からき/この呼び方もずいぶん大雑把なものですが、主にアジア周辺の有用材のことを指しているようです)では紫檀、黒檀、鉄刀木(タガヤサン)がランクインします。楽器業界での“三大”となると、ブラジリアン・ローズウッド、マホガニー、メイプル。予備登録がスプルース。サプライズがあるとすれば、コアっ by ジーコといった感じでしょうか。
マホガニーにもいろいろありまして
さて、本題のマホガニー、楽器用材としてはご存知のとおり種類がいくつかあります。主に楽器材として使われているのはオオバ・マホガニー(商業名:ホンジュラス・マホガニー、アメリカン・マホガニーなど)。この種はボディ、ネックは言うに及ばず、ウクレレなどにも広く使われ、20世紀以降の楽器材としてなくてはならない存在ですね。中米ベリーズ(旧英領ホンジュラス)、グアテマラから南米アマゾン上流域のペルー、ボリビア、ブラジルに及んでかなり広い地域に分布しています。
マホガニーは一般に、ベリーズやグアテマラ産に優良な材が多いと言われますが、現在の流通材の多くが南米産のようです。ペルーなどでは原住民と開発者の間で激しい争奪(略取ともいふ)防衛戦が繰り広げられており、社会・環境、自然保護問題として大変なことになっていると『ナショナルジオグラフィック誌』で報道されていたのは記憶に新しいところです(一説によると、ペルーから輸出されるマホガニー材の80%以上は不法伐採材らしい)。今を生きるために伐る論理もわからないわけではありませんが、長い目で地球生命体を考える時、認証を受けた材だけで成り立っていくような消費構造社会を早急に作らなければなりませんね。
こんな事情もあって、ホンジュラス・マホガニー材もずいぶん入手が難しい材になってきました。もちろん認証を受けた材は今でも輸入され続けているので、すぐに消えるものではありませんが、材の品質を十分吟味、選択できるだけの物量を見る機会は、この先有り得ないでしょう。資源をめぐる根本的解決にはなりませんが、一部ではこのようなマホガニー材も使われ始めています。
およそ100年以上前に伐採され、なんらかの理由により水中に沈んだ丸太を引き上げているところです。これはベリーズの河でのひとコマですが、北米でも五大湖やそれに流れ込む河川などでウォルナットやメイプル、レッドウッドなどの沈木材をサルベージし、市場に供給する試みが何年も前から始められています。
楽器材としてこれらを使った時、水中バクテリアなどの影響で木質が変化し音が良くなるという意見もあります。私はこのバクテリア効果云々以前に、時代が古い木材である点のほうが重要な気がします。この時代に伐採された材だとすると、実生オールドグロウス(老齢樹)がほとんどでしょうから、そのポテンシャルの高さは現代の流通材とは比較にならないほどです。このような人々の記憶から忘れられた木を見つけ、使っていくことは環境にとっても楽器業界においても、非常に有益なものであると思います。
一方、ホンジュラス・マホガニーの代用としてアフリカン・マホガニーを見かけることも増えてきました。スペック表示の中で、“マホガニー”とだけ記してあるものの多くはこの種だと思います。実は学術上はマホガニーではありませんが、見た目がとてもよく似ていますので、今後はこの種が“マホガニー”の主流となってくること間違いありません。質の低いホンジュラスより、柾目のピシャッとした男前アフリカンのほうが絶対にいいんじゃないかと思います。名前ではなく、モノの本質で選んでいくのが“木フェチ漢”(註:木馬鹿と同義)としての在り方だと強く思います。
他にもアフリカ系では杢目のキレイなサペリは有名ですし、資源の多いシポ、アフゼリア、そしてフィリピンやフィジーなどアセアンのマホガニー準構成員たちも“ポスト”ホンジュラス・マホガニーの地位を虎視眈々と狙っています。
赤い悪魔か、宝石か、キューバン・マホガニー
ところで、楽器材としてはほとんど使われていませんが、キューバン・マホガニー(Swietenia mahogani)という種も存在します。と言いますか、この種が実は“本物”のマホガニーであり、いわゆる真正だということはあまり知られていないようです。さらに申し上げれば、前述の“三大銘木”としてのマホガニーはどう考えてもこの種のことであり、それ以外の種ではありえません。どこかの木材学者(?)の方が、「マホガニーが三大銘木のひとつである理由がわからない」と記されていたのを見ましたが、それはキューバン・マホガニーをご覧になったことがない故の誤解だと直感しました。
このキューバン・マホガニー、残念ながら20世紀には商業的資源が枯渇しており、現在、立ち木として残るのはミクロネシア地域のプランテーションやフロリダ沿岸部やハワイに防風林などとして植林されたものしかありません。本場の西インド諸島各島でも、庭木程度ならともかく、まとまった林、森、ジャングルのような規模での生育は、はるか昔に消滅したようです。悲しいのですが、それがこの木の現実です。
かつてはカリブ海の西インド諸島キューバ、その南に位置するジャマイカ、東側ドミニカ、プエルトリコ、そして小さな群島を構成する一部の島、そしてフロリダ半島の先端沿岸地域にも生育していました。WBC決勝リーグの常連国と思いっきりかぶるのが特徴です。
マホガニーの悲しい歴史
この木の来し方行く末を語るうえで、欧米列強の侵略・植民地政策が大いに関わっていたのを忘れてはいけません。16世紀以降スペインやイギリスなど当時の強国は天然資源や労働力を求めて大洋をわたり中南米諸国を支配していきました。小さな島国の集合体、西インド諸島もその豊富な天然資源に目をつけられ支配されました。
格好の餌食となったキューバン・マホガニー材は、当時の家具やドア、内装の材料として母国に持ち帰られ、大量に消費されます。この木が特に栄華を極めた1725−1825年(1770年という意見も)あたりは“The Golden Age Of MAHOGANY”と呼ばれるほどの隆盛でした。そして激しい乱伐の結果、発見からわずか数世紀でこの木の資源をほぼ使い果たすことになったわけです。
英国の木材ジャーナリストであり、自身木彫家でもあるニック・ギブス氏はその著書『The Wood Handbook(木材活用ハンドブック)』の中でキューバン・マホガニー材に対して「過剰伐採の教訓としてとどめておくために載せる」とまで言い切っています。この材を表す象徴的な言葉で木フェチ心を激しく揺さぶります。
現在、この木を楽器材として使うには、その資源をアンティーク家具や建具に求めるしかほぼありません。海外の製作家の中でも、この材の持つポテンシャルの高さに気づいている方の多くがその手段をとっているものと思われます。しかしながら、アンティーク家具の中でもマホガニーものは豪華な装飾が施されているものが多く、オークやウォルナットを使ったものに比べて大変高価です。加えて、ソリッドのキューバン・マホガニーを使った時代が大昔であり、現存しているもの自体が非常に少なくなっています。
残念ながら、1800年代中期以降のマホガニー家具の多くがこの種以外のマホガニー材です。近年のプランテーション材やフロリダのハリケーン倒木材なども希に流通することがありますが、やはりゴールデンエイジ期のものとは全く別種に見えます。
このキューバン・マホガニー、色は赤黒く、ずっしりとしたローズ並みの質量感、木肌はシルキーで特有の流れるような木目が見られます。セラックやラッカーなどで仕上げれば何も着色しなくても見事に塗料のマホガニー色になります。この木の現物を見ていただければ誰も“三大”入りに疑念はないでしょうし、“ないとまで言う”、そんな気概を感じます。
マホガニーの今後
私は、楽器材におけるこの材は早晩近似種に置き換わる気がします。ずいぶん前からネック材などに“Select Hard Wood”(その時ストックのある最も相応しい堅木という意味でしょうか)に変更する大手メーカーなどもありますからね。呼び名にこだわらない樹種選択はこれからの時代、避けて通れない道でしょう。楽器材資源は減りこそすれ一気に増えることはありえず、木フェチにとって辛い時代が続きそうです。
■参考文献
『The MAHOGANY Book 2nd edition』MAHOGANY ASSOCIATION,INC.1936刊
『The MAHOGANY Book 7th edition』 MAHOGANY ASSOCIATION,INC.1948刊
『A History of ENGLISH FURNITURE』Percy Macquoid 著
『木材活用ハンドブック』ニック・ギブス著/産調出版
キューバン・マホガニーなギター
アイルランドの名工、Lowdenもまた、キューバンに魅せられたひとりです。デジマート上でも、キューバン・マホガニーを使用したモデルが数件上がっておりますので、ぜひチェックされてみてください。
次回(6月9日/月曜日)は「月夜に吠えるスプルース」の巻です。ごきげんよう、さようなら(ビブラート強め)。