キルト杢楽器
古今東西、杢っ気の強い材はたくさんありますが、キルト杢（キルテッド）ほど超立体3D遠近両用魚眼的な外観を有するものは他に例がありません。この杢は同じ丸太から製材しても、ノコ刃を入れる角度により杢の出方が大きく異なります。言わば、杢を見極める洞察力如何で銘木にも駄木にもなり得る可能性をはらんでいるわけです。今回は自然の造形美と人智のすべてを注いだ結果の産物であるキルト杢を、今最もキルティな楽器とともに紹介します。世界に同じキルト杢が存在しないことをご理解の上、どうぞ見て黄門。
この杢が現れる代表的な樹種を挙げるなら、メイプルがその筆頭格と言えるでしょう。他にもマホガニーやサペリなどにも同様の杢が見られますが、出現の機会は少なく、杢のない材に比べてはるかに高額で取引されています。材種を問わず、キルト杢はフラットソーン（板目挽き）した材面に最も大胆かつ明瞭にその姿を見ることができます。板目から追柾目へ流れるにしたがって“リーフ”と呼ばれる杢を構成するピースひとつひとつの形状が変化し、さまざまなキルト・ワールドが展開されます。杢自体の強弱もさることながら、この杢の流れがキルト最大の見どころでもあります。具体的にメイプル材を通して代表的なキルト模様を見ていきましょう。
あえて“プレーン”と定義するこの手のタイプは杢を構成するリーフの形、大きさが整っており視覚上の落ち着きがあります。同時にわずかな面積でも杢の立体感が出やすく、市場ではハイ・グレードに評価されるケースが多いようです。家具や内装などの突板（実際は印刷の化粧板がほとんどですが）としても高級感があり使いやすく、外出時には意外な場所（ホテル内のトイレ、エレベーターなど）でこの杢に全方位を囲まれることがありますね。
プレーン杢
耳付き
プレーンなリーフをそのまま両手で横方向に引き延ばしたような形状です。それぞれの太さ、長さ、結合具合などから“チューブ”キルトや“ソーセージ”キルト、もしくは白子などと呼ばれています。大きい面積で使うと迫力があり、まるで特大フランクフルト・ソーセージやボディビルダーの腹筋が眼前に現れたかのような錯覚さえおぼえます。
横長チューブ・キルト
白子タイプ
比較的規則正しく積み重なり結合している上述の2タイプとは異なり、こちらは部分的に大きさや杢行きが乱れながら変化し、ややフレイム的な雰囲気も出始めます。私感ですが、個性的かつアーティスティックな造形美を求める楽器材には最も適したタイプかもしれません。見え方によりさまざまなネーミングが存在しますが、中でもエンジェル・ステップ（ステアーズ）と呼ばれるリーフが階段状に連なるタイプなどは、美しい光沢を左右に放ちます。
ブロークン・タイプ
エンジェル・ステップ
厳密に言えば、キルトというより“玉杢”ないし“泡杢”と呼んだほうが適当なケースもあります。リーフの形状が丸く、その大きさがさまざまなものが多いようです。全面を覆うというよりは、バブルが部分的に湧き出し、杢を形成している感じです。写真左の東欧産メイプルは、大きめの泡が連なりクロコダイル革のようにも見えますね。
ブリスター・タイプ
ブリスター・カエデ
春到来！ 今すぐ決断できる、即決、即買いのキルティな楽器たちを集めてみました。まずはその杢を味わってください。※例によって、リンク切れ御免、早々にご確認ください。
写真：イシバシ楽器 デジマート店
この杢を見ておっ立たない（※ときめかないの意）木フェチはいないでしょう。分厚いトップ材から削り出したキルト杢はこれ以上望めないくらいの立体感と生きているような動きを味わわせてくれます。エンジェル・ステップとはまた違ったスラント形状をして“キルト杢の新世界”と名状したいですね。
写真：Historic Guitars 名古屋
美しいキルト杢を美しいフィニッシュ“Bourbon Burst”で仕上げた、ULTIMA Qなモデルです。バック側には秋空の雲海を思わせるような穏やかな杢をチョイスしています。ソリッド・カラーにはない珠玉のカラー・グラデーションが杢の立体感をより際立たせています。
写真：クロサワ楽器 G-CLUB TOKYO
こちらのキルト・ステップはかなり急峻な出で立ちです。階段というよりは山脈並みに隆起している感じ。雲海に突き刺す超高層ビルを見上げているようにも見えます。このMAX杢をフルアコの面積で拝見できてナマステでございました。
写真：Blue Guitars
この素材選択でこの価格は正直驚きの1本です。ピロウキルトって呼ぶのですね、細かいリーフが縦方向に、ぎっちり詰まっていて、まるで枕投げ状態の様相です。杢の詳細はリンクされているメーカーさんのサイトでもじっくり拝むことができます。
写真：三木楽器 心斎橋店
まるで海のような蒼深いターコイズ・ブルーの世界が広がります。整ったリーフ上に施されたカーブ加工が波のようにうねっている様は絶景ですね。毎度のことながらこのブランドの「Wood Library」、すんごい材ばかり出てきます。
写真：クロサワ楽器 お茶の水駅前店
Wood Library からもう1本。キルト・ステップがセンターからエッジにかけて見事に駆け上がっています。ボディ・シェイプと杢の流れマッチ度で言えば、今回ピックアップした中でも最高クラスでしょう。機会があればこの垂涎図書館におじゃましたいものです。関係者の方、ぜひご案内ください。
写真：三木楽器 アメリカ村店 中古・ビンテージ・アウトレット専門店
キルトだけでなく、やや玉っぽい杢が出ています。ナチュラル・カラーと杢の優美さだけでウッディな響きが聴こえてきそうです。それでなくてもタマの少ないハイエンド・ブランド、お、ねだん以上のメっけものUSEDです。
写真：chuya-online.com FUKUOKA
1995年にWarwick創業者でもあるハンス・ペーター・ヴィルファーの手により復活したFramus。ベース・メーカーとして確固たる地位を築いているWarwick同様、木フェチ心を激しく揺さぶるMASTER BUILDシリーズからターコイズ・ブルーの逸品をご紹介。非バリアフリーな立体的トップ・デザインと夏のぅ～クラクション的（by 稲垣潤一）クールカラーはグラサンなしでは直視できません。夏までに昼夜問わずオンラインでお求めください。
写真：ロッキン 名古屋栄店
連なる大陸系山脈の如し切り立った断崖杢が浮き出ています。この渋いチェリーレッド・カラー、ボディ・トップとヘッド化粧板、指板、ブリッジには合わせて28羽の飛びまわるダヴたち、アバロン装飾などカスタム・モデルにふさわしい風格を備えています。
写真：ロッキン 刈谷本店
ワイルドなフレイムからキルトに移り変わる杢景色。バーストのグラデーションと杢の流れが見事にマッチしています。100％フラットソーン（板目）ではなく物性面も考えてこのような材選択になっているのかなと推測します。
写真：MUSICLAND KEY 東京新宿店
美しい全面激キルト・バック＆サイドと、かなり引っかかれたジャーマン・スプルースという白木系最強タッグの1本。キルト・メイプル採用が初というのは意外な感じもしますが、それ以外にも多種多様な素材選択をされていますから、満を持してということでしょう。展示会仕様の超気合器、お見逃しなく。
写真：LAST GUITAR
ウクレレではあまり見かけないキルト・メイプルですが、これはホロー・ボディ構造のエレウク・タイプ。エキゾチックな南国リゾート・カラーが目を引きます。揺らめくグレインと泳ぐ稚魚のような杢の中に新しいウクレレの世界が見えます。
写真：FINEWOOD
あ〜、これからキルト楽器を作ってみようというビルダーさん、いらっしゃいましたらポチッとお願いします。パッと見スルー・ネック状態の変杢でおます。
今後は隔月更新、次回は5月31日（火）更新予定です。すこーし間が空きますが引き続きのご愛顧よろしくお願いいたします。
森 芳樹（FINEWOOD）
1965年、京都府生まれ。趣味で木材を購入したのが運の尽き、すっかりその魅力に取り憑かれ、2009年にレア材のウェブ・ショップ、FINEWOODを始める。ウクレレ／アコースティック・ギター材を中心に、王道から逸れたレア・ウッドをセレクトすることから、“珍樹ハンター”との異名をとる。2012年からアマチュア・ウクレレ・ビルダーに向けた製作コンテスト“ウクレレ総選挙”を主催するなど、木材にまつわる仕掛け人としても知られる。
