アコースティックエンジニアリングが手がけた“理想の音楽制作を実現する”環境
- 2024/11/25
誰が言ったか知らないが、都内某所にマニアックなサウンド・チェックを夜な夜な繰り返す地下工房があるという……。それが噂の“デジマート地下実験室”。第1回の実験は、“9V電池の違いでエフェクターの音が変わるのか?”。さあ果たして変わるのか、変わらないのか。しかとその目と耳でお確かめを。
というわけで始まりました、新連載・デジマート地下実験室。ギターのサウンドにうるさい皆さんが疑問に思うアレコレを“比較的まじめに、概ねゆるく”実験し、実際のところどうなのよ?に迫るのが本連載の主旨。オカルトと科学の境界線上にあるような噂の数々を、思いついた順に検証していこうと思います。
エフェクターに使用する9V電池のメーカーや電圧によって、サウンドが変化するのか?
■9V電池にまつわる噂
◎歪み系のエフェクターにはアダプターより電池がいい
◎アルカリよりマンガンがいい
◎電圧が少し落ちてきた頃合いが最もいい音
■9V電池(楽器店で入手しやすいものを前提に新品と電圧が落ちたものを用意)
◎ゴールデンパワー
◎パナソニック
◎デュラセル
◎エレクトロ・ハーモニックス
■使用機材(※リンクをクリックするとデジマートで検索できます)
◎フェンダー・カスタムショップ・ストラトキャスター
◎フェンダー'68デラックス・リバーブ(セッティングはフラット)
◎Pedal diggers 819(オーバードライブ)
◎BOSS RC-3(ルーパー/純正アダプター使用)
◎Van Den Hul/Providence/Belden(ケーブル)
◎D’Addario EXL110(弦)
◎フェンダー・ティアドロップ・ミディアム(ピック)
◎KMI Batt-O-Meter(電池チェッカー)
◎メーカー不明/Battery Plug(エフェクターのふたを開閉せずに9V電池をDCジャックにさせる便利グッズ)
※使用エフェクターについて
実験に用いたオーバードライブPedal diggers 819は、TS系のペダルです。本機を採用した理由は、音の良し悪しではなく、“定番を含め数種試した中で、最も低電圧の電池にちゃんと反応した”という点にあります。エフェクターによっては、わずかに電圧が落ちただけで作動しなくなるものもあります、ご注意ください(って、好きなエフェクターにわざわざ電圧が落ちた電池を入れる人はあまりいないとは思いますが)。
※ギターの音声信号について
電池ごとにギターを弾くと、好みのサウンドになるように手が勝手に補正してしまうため、ギターの信号はBOSS RC-3(ルーパー)に録音したものを使っています。もちろん、アンプやエフェクターのセッティングは変えません。つまり、電池を換えること以外は同条件にそろえた(はず)です。
まずはマンガン電池の“ゴールデンパワー”です。新品の電圧を計測すると、9.98Vです。9V電池の電圧って、実は9Vじゃないんですね。ほぼ10V電池です。試しに、自宅にあった某社のアダプターをコンセントに差して電圧を測ってみると、9.41Vでした。これでは9Vの約束で働いているエフェクターも大変だと思いますが、こういうものなのでしょうか。
ゴールデンパワーの新品のサウンドは、ストラトにTS系ペダルをつないだ、例の音です。これを基準としてとらえていただければと思います。次に、同じ電池の使用済みのものを使ってみます。電圧は7.82Vまで落ちています。サウンドを比べてみると、新品の方が低音は締まっていて、使用済みは少し解像度が低い感じです。具体的には、新品の1分40秒から始まるあたりと、使用済みの2分45秒あたりから始まるフレーズで聴き比べるとわかりやすいかと思いますが、どうでしょう? わかりにくいですか?判断がつきづらいものについては、iPhoneアプリのオシロスコープでデータを採取しましたので、下の画像をご確認下さい。
画像右が新品、左が使用済みです。ぱっと見ると同じような形ですが、良く見ると違いますね。まず600Hzのラインの、ちょっと左のあたり。使用済みの方が、ガクッと落ち込んでいます。次に1〜2kの間は、逆に使用済みの削れ方が少ないです。また、波の形もなんだか単調ですね。最後に6〜8kのあたり。使用済みの方は、なんだか単調で、すっと消えている感じです。データ上でも「違い」が明確になりました。
次は“パナソニック”のアルカリ電池です。余談ですが、実験の背景には涙ぐましい苦労もありました。使用済み検体を作るべく、デジタル・エフェクターを用いて長時間消費に励みましたが、これが使っても使っても電圧が落ちない! むう……さすがパナソニックといった感じでした。
というわけで、この電池は新品9.69V、使用済み8.64Vでの比較となりました。電圧の差は1V程度しかありません。サウンドはどちらも、ストラトをTS系につないだ音ですね。と言ってしまえばそれまでですが、まじめに聞き比べると、やはり少し違います。
電圧が低いほうが、ハリがないのは先ほどと同様です。新品の0分46秒あたりの4弦の音と、使用済みの1分59秒あたりの4弦の音を比べるとわかりやすいと思うのですが、どうでしょう? わかりにくいですか?
パナソニック同士で比べるより、先ほどのゴールデンパワーと比べると、サウンドの傾向がわかりやすいかもしれません。パナソニックはどちらも音の押し出しが強いように感じました。シールドを良いものに換えたような感覚です。とはいえ、ゴールデンパワーがダメというわけではありません。確かに“違う”ということです。パナソニックもオシロスコープで波形を見ておきましょうか。
画像右が新品、左が使用済みです。まず400〜600kの間に注目し、ゴールデンパワーと比較してみてください。山が飛びだしていますね。3kあたりに大きな谷があるのもパナソニックの特徴です。反対に1kちょっと上のあたりは、ゴールデンパワーの方が出ているようです。両者が異なるキャラクターだということはわかると思います。
パナソニック同士の比較ですが、うーん……。150kの山のあたりとか、違うっちゃ違うんですが(ちょうど、本文で触れた4弦あたりですね)、やはり1V程度の違いだと、データ上も差が出にくいようです。
続いてアルカリ電池の“デュラセル”です。私は普段この電池を愛用しています。新品の電圧は9.55V。これまでの新品の中では最も低く、アダプターの値に近いですね。ただしこれは、新品といえども保存期間が長ければ少しずつ放電しているはずですから、この値がブランドで統一されたものかは判断できません。電池の鮮度が気になる人は、できるだけ回転が速そうな店で買うほうが良いかもしれませんね。
サウンドは、ゴールデンパワーの動画の1分33秒あたりの3弦12フレットの音と、デュラセルの0分54秒あたりの同じく3弦12フレットの音を聞き比べると、デュラセルの方がブライトで、ゴールデンパワーはややエッジが落ちてコンプ感が強いのが、感覚的ですがわかります。
この時点での私感ですが、ゴールデンパワーの中庸さが好きだったりします。ただし、こうして他の電池との比較が進むと、ゴールデンパワーの1〜2弦の音は明らかに弱々しいですね。やはり深いです。
閑話休題。さて、デュラセルの使用済みのもの。5.75Vまで落ちています。そのサウンドは……あれ? ほとんど音がしません。気を取り直して、もう一度計測すると、今度は……4.29V。嗚呼、もう、まったく音になりません。どうやら、事前に使いすぎてしまったようです。GWの間中、キッチンタイマー片手に時間を測りながらエフェクターを使用し、メモを取りつつ適正なところまで電圧が下がるよう調整していた日々は何だったのでしょうか。使用済みデュラセルのトーンはわかりませんでしたが、「……4.29V?」と言った時の、不安を感じた際の自分の声のトーンはわかりました。
それでは最後の電池にいってみましょう。
最後は『エレクトロ・ハーモニクス』です。電池の表面にプリントされている、同社社長のマイク・マシューズ氏の写真が強烈ですね、これだけで音が良さそうな錯覚を起こさせます。
両者は完全無欠の新品ではありませんで、一つ目は8.45Vです。サウンドは、イメージ通りというか、歪みの粒が適度に粗い感じです。今回の実験で最もクリアなサウンドだと感じたパナソニックの新品と比較すると、この電池の音の傾向がわかると思います。ロックな電池と捉えていいんじゃないでしょうか。
次に、さらに使用した状態のもの。電圧は……4.85Vです。先ほどのデュラセル使用済みの悪夢が頭をよぎり、一瞬家に帰りたくなりましたが、踏みとどまって音を出した瞬間、これまでの苦労がすべて吹き飛ぶサウンドが飛び出しました。
こりゃすげえ!!! エレハモのファズの音だぜ!!!!!!!!!
低音が分厚く、太く、歪みの粒が粗く、音量まで大きい。とてもすげえんですが、同時にショックでした。動画を見ると、最初のEコードの音の後に、密かに私の頭が後ろにのけぞっていますね。まぁ、のけぞりますよ。お気に入りのエフェクターの音が、電池一個でこんなに変わるなんて!
結論:9V電池の違いでエフェクターの音は変わる。
実験を終えての感想は、動画を最後まで見てくれた皆さんと同じです。驚きました。そしてエレクトロ・ハーモニクスというブランドに改めて畏敬の念を抱きました。電池の種類や状態で音が変わることははっきりしたので、あとは各自、自分のエフェクターに合う電池の種類・状態を探してみると楽しいのではないかと思います。バッテリーチェッカーも、1台あると便利です。
途中で音が出なくなるわ、予想を超えた結末だわで初回から大荒れの『地下実験室』ですが、これからもぼちぼち続けていく予定です。「今度はゲルマのファズでやれ」とか、「シールドの実験やれ」とか、「ステップアップ・トランスやれ」とか、「個体差実験やれ」とか、「ビンテージvsリイシューやれ」などご要望あれば、デジマート・マガジンTwitter/デジマートFacebookなどからリクエストください。それではまた次回、今度はより深い地下2階でお会いしましょう。
※次回は6月2日(月)を予定。
井戸沼尚也
大学在学中から環境音楽系のスタジオ・ワークを中心に、プロとしてのキャリアをスタート。CM音楽制作等に携わりつつ、自己のバンド“Il Berlione”のギタリストとして海外で評価を得る。第2回ギター・マガジンチャンピオンシップ・準グランプリ受賞。現在はZubola funk Laboratoryでの演奏をメインに、ギター・プレイヤーとライター/エディターの2本立てで活動中。