- デジマート・マガジン
- 特集
- eイヤホン SW-HP11開発ストーリー
あらゆる音楽制作に対応する究極のモニター・ヘッドホンを目指す! eイヤホン「SW-HP11」開発ストーリー
ドライバーの音をいかに「正しく」耳に伝えるか? イヤーパッドとウレタン・リングの妥協なきチューニングの末にたどり着いた、奇跡的バランスのメカニズムに迫る!
純国産プロフェッショナル・モニター・ヘッドホンとして業界でも高い評価を得るSoundWarriorシリーズ。その製造、開発を担当する城下工業と、ヘッドホン/イヤホン専門店として圧倒的な販売実績を誇るeイヤホンがタッグを組み、「究極のモニター・ヘッドホンを目指す」という妥協無き開発コンセプトの元、秘密裏に開発を進められていた『SW-HP11』がeイヤホン・オリジナル・ブランドとしてついにベールを脱ぐ。次世代モニター基準機として期待されるこのヘッドホンにおけるサウンド・チューニングの仕掛人、今や知る人ぞ知る現代的音楽/映像構築の名手marimoRECORDS 江夏正晃氏……彼のヘッドホンへの真摯な情熱と哲学、そして、現場の実践から生まれた「音を聴く」ノウハウが結晶したSW-HP11とはいかなる機種なのか? 江夏氏本人に直撃取材し、その開発秘話を語っていただいた。
ただのヘッドホン好き。でも、誰よりもヘッドホンの事を考えている
──江夏さんは、どんな経緯でSW-HP11の開発プロジェクトに参加されたのですか?
marimoRECORDS代表取締役 江夏正晃さん(以下敬称略):今年(2013年)の7月か8月ですかね……eイヤホンさんから「城下工業さんとモニター・ヘッドホンを造ってるんだけど、音決めに参加してくれないか」って声をかけていただいたんですよ。元々これはeイヤホンの岡田さん(eイヤホン/PA事業本部の岡田氏。デジマート特集/eイヤホン店舗紹介記事参照)が城下さんと4月ぐらいから進めていた企画でして、僕はたまたまその頃にeイヤホンさんのUstreamの番組に出てヘッドホンの話をしたのがきっかけでね。
──ヘッドホンに深い知識をお持ちだとうかがっています。やっぱり音のプロとしては、このプロジェクトには黙っていられないですよね。
江夏:いやいや、そうじゃないんですよ。僕の場合、ヘッドホンはもちろん仕事で使いますけど、それ以外にも何十本も持っているんです。とにかくマニアでね、楽しくてしょうがない。だからUstreamの時も「プロの方としてヘッドホンの事を話していただけませんか?」って言われたんだけど、「いやだ! 単なる“ヘッドホン好き”として出させてもらえるんだったら良いよ」って(笑)。技術開発的な事じゃなくて、もっと使い手としてのパーソナルな部分や用途みたいな所に新しい切り口があるんじゃないかって思ったんです。だから、今回もそんなスタンスで関わっています。
──なるほど、製造側(城下工業)でもなく、売る側(eイヤホン)でもなく、仕事でもプライベートでもヘッドホン溺愛し、使い倒すユーザーとしての江夏さんだからこその視点があるというわけですね?
江夏:その通りです。このSW-HP11の元になっているSW-HP10のドライバーの性能がすでにものすごく高度に完成されたものだっていうことは知っていましたので、僕が担当したのは、そういった技術的な話ではなく、もっと「物理的特性」を考慮した追求なんですよ。『人間の耳』と、『ヘッドホン』。その二つを結びつけるための物理的な条件の構築こそが、このSW-HP11の音の決め手になっているんです。
同じ音でも聴こえている音は人それぞれ。だからこそ必要な、「物理的特性」が適正なヘッドホン
──ヘッドホンの「物理的特性」?
江夏:ヘッドホンも人間の耳も、とてもアナログなものだと思いませんか? デジタルなヘッドホンなんて無いのがその証拠。僕は色々なヘッドホンを試したり、FitEarでイヤモニを造ってもらったりしているうちに、人間の耳とドライバーの距離っていうのが音にとって凄く重要なことだっていうのがわかってきたんです。当たり前のことですが、両方が近ければ伝達ロスが少なくなる。だけど、イヤモニやカナル型は耳を痛めやすい欠点がある。でも、だからといって、耳の外に付けるヘッドホンだとドライバーと耳の距離が離れてしまう……。しかも人の耳は指紋と一緒で誰一人同じ耳の人はいない。ということは、耳の外からでは全員が違う音を聞いているという事になりますよね。
──それはつまり、耳の外にあるヘッドホンでは、構造的に「正しい音」を伝えにくい、ということですか?
江夏:今の話だと、普通はそう思っちゃいますよね? でも、そう結論を出すのはまだ早いです。僕は、そうは思わない。ヘッドホンはちゃんと適正な音を耳に届ける事が出来るデバイスだと思っています。
──ドライバーが遠くても、ですか?
江夏:そう。要するに、離れていたってドライバーから出ている音のエネルギーを、適性に漏らさず耳に伝えることが出来れば良いわけ。ただ、ヘッドホンというのはそのための条件を満たしにくい「物理的特性」を持っている、っていうことなんですよ。まずその一つとしてあげられるのは、装着方法の間違い。これがけっこう多いってこと。
──付け方が間違っているから、音が正確に届かないと?
江夏:そうです。例えば、僕も仕事で使っているSONY MDR-CD900(ST)ていう機種の場合、「低音が出ない」っていう人がよくいるんだけど、彼らは9割が装着を間違っているんですよ。その人たちに、「ヘッドホンを上からギュッと押さえてごらん」って言うと、みんな今まで聴いていた音と比べて、その音の良さにびっくりしてしまう。これは、側圧のあて方が間違っているんですよ。これって結構やりがちな事で、ヘッドホンをかける時につむじのあたりや頭頂部でかける人がいますけど、それ、絶対ダメなんです。上のバンドがもっと前の方の頭の凹んだところに来て、きちんと耳がパッドの中に入るようにしないといけないんです。付け方を間違ってしまえば、必然的にドライバーと耳の距離はメーカーが想定している角度や距離と一致しなくなる。耳が正しく入らない事で、パッドの密閉性も失われますし、ね。とにかく、ヘッドホンは正しく音を聞けるスイート・スポットから1ミリでもズレたら、もうそれは適正な音とは言えないんです。
──なるほど。でも、それが人為的な要因だとすると、ヘッドホン側にもそれを防止するような構造が必要ですよね。
江夏:おっしゃる通りで、装着性っていうのが、その快適さだけじゃなくて、いかに“適正な装着”に結びつく「物理的構造」を持っているかもヘッドホンには大きく問われなければなりません。『耳とドライバーの位置関係がいつも同じポジション』というのが重要なんです。パッドの内側のホールが小さすぎて耳に乗っかってしまうものや、逆に穴が大きすぎてその中で耳の位置が動いてしまうものも聴く人によって音の差異が出やすくなります。僕の場合、耳が立っているので、パッドによっては耳がヘッドホンを押し上げて音が定まりにくいんです。さらに形状が丸いと耳の下後ろあたりに隙間が出来てしまって遮蔽性が失われてしまう……それら全てを考慮した上で、このSW-HP11のパッドの構造を見てください。
──おー、確かに楕円形なので耳にフィットします。耳介(みみたぶ)を収納するだけの厚みもしっかりありますね。
江夏:この楕円は、正しいヘッドバンドの装着時にストレス無く耳を覆う角度に設定されています。それだけでも誤装着はかなり防げます。さらに、パッドのホールも無駄に広くなく、耳だけをしっかりと包み込む構造になっています。もちろん個人差があるのですべての方にフィットするというわけにはいきませんが、出来るだけ、多くの方にフィットするようなサイズにお願いしました。
──確かに、正しく付ける事で装着感が抜群になりますね。パッドがSW-HP10のものより分厚いのも付け心地が楽でとても良いですよ。
江夏:実は、パッドの厚みに関しては、SW-HP11のもっと他の構成要素に深く関わっているんですよ。
──他の構成要素?
江夏:ズバリ言えば、『音』です。それはSW-HP11の持つもう一つの「物理的特性」を象徴するパーツ“Oリング”とのバランシングによるものなんです。
「音漏れ」とは、外に音が漏れる事じゃなく、中のエネルギーを漏らさず鼓膜に伝えきれないことを指すんです
──“Oリング”?
江夏:パッドをはずしてもらうとわかるんですが、ドライバーの出口のまわりに特殊なウレタンで造られた薄いリングが装着されているのが見えると思います。この小さなリングが音にものすごく影響を与えることに、以前から注目していたんですよ。僕は、このプロジェクトに参加して初めて城下工業さんにお邪魔した時に、いきなりこれの話からはじめたくらいでしたからね。こいつが音決めの重要なキーになる事は当初からわかっていたんで。このリング、市場の商品を見ると付いている機種も付いていない機種もあって……もしかしたら、ついているものの方が少ないんじゃないかな?
──普通の人は気がつかない部分ですね。
江夏:多分、メーカーの方でもこの部分の重要性にはそんなに注目されていないと思いますよ。現に城下工業の社長さんも「これだけでこんなに音が変わると思わなかった!」っておっしゃってましたから。
──具体的には、どのように音に影響するんですか?
江夏:リングの厚みが0.5ミリ違うだけで劇的に出音が変化します。特に低音の出方、抜け方が全く違います。高さもありますが、特に“厚み”ですね。厚くすればものすごくブーミーな低音も出せますし、逆に薄くすればタイトになっていく。ドライバーから一番近いパーツですからね。そのエネルギーを送り出す音をチューニングするのに、一番影響がある部分なんですよ。だから、このリングがついている機種はそれがへたってしまったりすると、正確な音は出せなくなってしまう。
──ということは、その“Oリング”のセッティングがSW-HP11の音を決定づけているんですね?
江夏:“Oリング”だけじゃありませんよ。先ほども言った通り、バランスなんです。ハイにもローにも影響するパッドの厚みも、リングの素材も、ドライバーとの距離も……その全てがバランスよく設定された時に、初めて望む音が出るんです。そのためのテストケースを、何ヶ月もかかってあらゆるパターンを試した結果、このSW-HP11の音に行き着いたんです。
──ベストの組み合わせを見つけ出す作業……想像するだに根気のいる作業ですね〜。
江夏:城下工業さんも、僕の要求に合わせて本当にたくさんのリングやパッドを試作してくれました。それなくしては、これだけ徹底して音を追い込む事は出来なかった。さらに、僕は既存の機種で多く見られる、パッドの内側底の周囲部分にハウジングとの隙間が出来る事が非常に気になっていたので、その溝を埋める工夫もお願いしました。そういった城下さんの技術、そして、元々、岡田さんが持っていたケーブルの両出し案や低反発のパッド素材……それに僕のアイデアが乗っかって、あらゆる事が奇跡的に連動してうまくいったっていう、ホントに偶然の産物だったと思いますよ。そしてその三者とも誰も妥協しなかった。SW-HP11は、そうやって生まれたヘッドホンなんです。
ヘッドホンを一個買って満足するのはなく、いろんなヘッドホンを楽しめるようになれば良いと思う
──江夏さんは、実際のユーザーにこのヘッドホンをどんなふうに使って欲しいですか?
江夏:そうですね……僕にとってヘッドホンは基本的に二種類の役割があると思っています。一つは「音を正確に聴く」ためのヘッドホン。そしてもう一つは「音を楽しむため」のヘッドホン。前者はいわゆるモニターで、どんなソースでもどんな場所でもどんな用途でも、まず『基準となる音』を出せる。しっかりと聞き取れて、正確で、分解されていて、色づけの少ない音が出せるタイプですね。逆に、後者は気分によって「今日は低音を利かせたいな」とか「コードが邪魔だからBluetoothのやつにしよう」とか「電車で音漏れしたらイヤだからカナル型のにしよう」とか、音も用途も着せ替え気分で遊べるタイプ。こっちの音はいわゆる、気持ちよく聴けるようにその人にとっての「良い音」が出るようチューニングされているもの。だから決して原音には忠実じゃないしフラットじゃないけど、聴いていて気持ちがいいという物。SW-HP11は前者に近いと思います。そして、これからのリファレンスとして多くの方に愛されるようなものを作ったつもりです。
──時代によって、必要な音も変わってくると言うわけですね? SW-HP11は現代に最も適応したヘッドホンだと。
江夏:はい。今までの業界の基準がMDR-CD900(ST)だったことは間違いないことです。僕も仕事ではこれ使っていますからね、良いヘッドホンだと思います。でも、CD900は何十年も前に開発された機種ですから、当たり前ですが、その頃の音源に最も適応している。だから、現代のクリアでエッジのきいた音源……そう、特にハイレゾ(192kHz/24bitなどの、録音時などに用いられる情報量の多い高音質音源)で聴くと分離は非常に良いですが音が固く感じられて、長く聴くと疲れることがあります。これは意外と多くの方が感じてらっしゃると思います。
──確かにCD900は、今の音源では疲れますよね。
江夏:それに比べて、SW-HP11はハイレゾ音源でもしっかり長時間聴いていられるようにチューニングされています。耳に痛い部分のギリギリの所で音先を丸くしているから、リスニング用としても絶妙なバランスを持っていると思います。低域も音のスピード感をしっかり出すために80Hzから下はあまり無駄に出ないようになっています。50Hz以下はうまくロールオフさせて、80〜120Hzにかけてタイトに低音を感じられるように設定してあります。さらに、音量を絞った時の音もぜひ聴いてみて欲しいです。
──小音量だと、どうなるんですか?
江夏:音が分解し始めます。一つ一つの音がよりはっきりと聞き取れるようになっていくんですよ。いわゆる普通のモニターで、音量を下げた時の上下がなくなっていく感じが少し違います。だから、上げていくと全体のバランスが見えてきて、下げていくと分離するんですよ。
──それは、モニター・ヘッドホンとしては最高の素養ですね。素晴らしい!
江夏:ありがとうございます! でも、これも狙って作ったって言うより、やっぱり偶然なんですけどね。本当に幅広く使っていけると思いますよ。個人的にはすべての人に万能なヘッドホンは無いと思うのですが、このSW-HP11が多くの方に愛してもらえればと思っています。
──では、最後に、音作りをする全てのユーザーに向けて一言お願いします。
江夏:僕にとって「良い音」っていうのは基本的に無いんですよ。何故かと言うと、僕は音楽を“作る”人なので。僕が良い音だ、と言った時点で音楽は終わってしまう。だから、僕が作った音をなるべく多くの人が良い音だと思ってくれるように作るべきだと思うんですよね。それをなんとかコントロールするためにどうしたら良いんだろうか試行錯誤の連続です。それを判断するためにも『基準の音』が何なのかを知っておく事が大事なんです。全てはその音との比較でしかない。それをキャリブレーションする中で、自分に本当に必要な音が何なのかを探していって欲しいですね。そのためにヘッドホンって凄く役に立つものだと思いますよ。
◎eイヤホンHP:http://www.e-earphone.jp/
◎marimoRECORDS HP:http://www.cybermarimo.com/
◎城下工業株式会社HP:http://www.shiroshita.com/
eイヤホン SW-HP11/編集部インプレッション
まず、手に取って感じるのは、がっしりとした肉厚のシャシーに似つかわしくない軽快な付け心地だ。余計な押さえつけが無く、しっかりと耳にフィットし、パッドは低反発なものを使用しているので質感が良く、密閉性もHP10とは比較にならないほど高い。
音を出してみて感じたのはまずキックのスピードがハンパ無い事。実に立体的で一つ一つ分離が良く、一瞬で立ち上がり、質量を載せたままぶっ飛んで来る。だが突出する事無く、うまくミドル〜ローのバランスをフラットに保ちながら地に足の着いた輪郭のある音の芯を常に感じさせてくれる。DJもこなす江夏氏のチューニングはここでも完璧に作用している。ピアノなどのレゾナンスの利いた音もうまく原音を引き立たせ、余計な歪みを拾う事もない。一方、ギスギスと主張する音ばかりを叩き付けてくる既存のモニター・ヘッドホンとは異なり、絶妙な「溶け感」が味わえるのが秀逸。情報量はMDR-CD900STの1.5倍ぐらいは拾っているように感じる……なのに疲れないので長時間のモニターでも全く苦にならない。まさにハイレゾ音源を有効活用できるヘッドホンと言っても過言ではない。歪んだギターとの相性も抜群で、明瞭なアタックとともに伸びやかな高音の倍音が原音に混ざっていくのを一音一音しっかりと感じ取れた。正確であるだけでなく、聴いていて大音量のスピーカーで鳴らした時の地の底から沸き上がるような“気持ち良さ”もきちんとあり、実に音楽的に楽しめる。レコーディングだけでなく、ギターの自宅練習用にも間違いなくオススメできる。実際、この価格帯でこれほど高次元な音質を持つモニター・ヘッドホンは見た事がない。
構造的には、ドライバー以外のほとんどが樹脂製なので一見安っぽく見えそうだが、パーツ点数も少ないためその耐久性は折り紙付きだ。コードも着脱式な上、本体の構造もシンプルそのもの。万が一の時もeイヤホンの店舗で即修理が可能だということだ。ランニングコスト面も考慮された、ユーザーライクなアプローチには頭が下がる。
あえて難を言うならば、カラーがブラックの一色しかない所ぐらいか(マリモレコーズのロゴは可愛い)。しかし、ご安心を。バージョンがアップすればカラーも増える可能性もあるということだ。さらには、中のリングやパッドの調整アタッチメントなども展開を考えているという。ついに、ヘッドホン自体の音質にユーザーが手を入れる時代が来ると言う事か……今は乞うご期待という事にしておこう!
eイヤホン SW-HP11【eイヤオリジナル marimorecords監修 MMCXモデル】
【SPECIFICATIONS】
■形式:クローズド・エアー・ダイナミック型(密閉型)
■インピーダンス:40Ω/1kHz
■周波数特性:15Hz~20kHz
■出力音圧レベル:108dB/1kHz,1mW
■最大入力:300mW
■重量:220g(コード含まず)
■付属品:MMCXイヤホンケーブル、6.3mm標準ジャック用アダプター
■価格:18,900円(税込)
■発売日:2013年12月21日